表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

73/97

072・虹の料理

(おお……これが)


 調理場のまな板には、今、1尾の魚があった。


 ――虹煌魚。 


 体長90セルドほどで、体表の細かい鱗は、虹色の不思議な光沢をしていた。


 胸や尾のひれも長く、ドレスを着てるみたい。


 なんか綺麗……。


 ポポ曰く、


「これ1尾で、売値は3万リオンなのよ」


 とのこと。


 結構、お高い。


 眺めていると、


「じゃ、ククリ、頼むぞ」


 ポン


 と、僕の肩を叩く赤毛のお姉さん。


 隻眼の金色の目には、美味しい料理を期待する輝きがあった。


 いや、彼女だけじゃない。


 ティアさん、ポポも同様だ。


 僕は苦笑し、


「うん、がんばる」


 と、答えた。


 ま、料理人じゃないんで、素人料理だけど……。


 まな板上の虹色に輝く魚を眺める。


(さて……何を作るか)


 遠方の魚は、基本、干物か塩漬けしか食べたことない。 


 でも、これは獲れたて。


 せっかくだし、生で食べたいよね?


(よし、決めた)


 僕は頷き、


「ティアさん、手伝ってくれる?」


「はい、ククリ君」


 微笑み、頷く黒髪のお姉さん。


 僕も笑う。


 そして僕らは、手に入れた虹煌魚の調理に入った。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 まずは、虹煌魚のえらを落とす。


(よっ……と)


 包丁でザクザク。


 そのあと腹を裂き、内臓を取り出して、


「あ……筋子だ」


 魚の卵。 


 鱗同様、虹色の粒々だった。 


 凄い、宝石みたい。


 ティアさんも、


「綺麗ですね……」


「うん」


 思わず、魅入ってしまう。


 ちなみに、ティアさんは長い黒髪をお団子にして、頭の後ろにまとめている。


 宿屋の若女将さんっぽい。


 彼女と一緒に、薄皮に包まれた筋子を潰さないよう丁寧に取り出す。


 で、魚本体を水洗い。


 洗い水に『浄化の魔石』を入れることで、寄生虫も駆除できる。


 そして、頭を落とす。


(んしょっ)


 ズダッ パキパキ


 頭を外したら、3枚に身を下していく。 


 こんなに大きな魚は初めてで、少し大変だったけど……うん、何とか綺麗に下ろせたんじゃないかな。


 身は、薄いピンク。


 春を感じる、綺麗な桜色だ。


(ん、いいね)


 僕は微笑む。


 下ろした身から腹骨を切り取る。


 骨が大きいので、1本1本、取っていく。


 それから、皮を削ぐ。


 結構、身が大きいので半身にし、血合いも取ろう。


 ん……できた。


 あとは切り分ければ、お刺身の完成だ。


(次は……)


 筋子さん。


 宿屋の料理人に、地元ならではの調理法は聞いてある。


 結構、豪快で。


 塩をまぶし、熱湯をかけるのだ。


 ジャアア……


 5回ぐらい繰り返すと、薄皮が完全に剥がれてくれる。


 1つ1つ、粒がバラバラに。


 綺麗になったら、水気を拭き取る。


 新鮮なので、虹色の粒は潰れずに美しいままだ。


 それを器に移し、醤油で浸ける。


 そのまま、一旦、保冷庫へ。


 沁みるまでの間に、他の調理に取り掛かろう。


 ティアさんには、白米をお願いする。


「はい、お任せを」


 黒髪のお姉さんは嬉しそうにお米を研ぎ、炊く作業に入ってくれる。


 僕も微笑み、


(よし、やるぞ)


 と、気合を入れ直す。


 先程、外した魚の頭に包丁を入れ、2つに割る。


 割った頭や中骨、各部のヒレなど、アラの部分を軽く焙るように焼く。


(ん……これぐらいで)


 焙ったアラを鍋に入れて水を注ぎ、生姜を1欠片入れ、火にかける。


 できたら、綺麗な布と網でこす。


 ちょっと、味見。


(うむ)


 最高のお出汁です。


 また火にかけ、味噌を解く。


 食器に移したアラの上へと、最高の味噌汁をかける。


 刻んだネギを、パラパラ。


(よし、アラ汁完成!)


 やがて、


「炊けました」


 と、黒髪のお姉さんの炊いた白米もできあがった。


 保冷庫の卵を取り出す。


 味……染みたかな?


 本当は、もう少し時間をかけたかったけど、ま、今日はこのぐらいでね。


 美味しそうなご飯に、虹色の粒々を流す。


 これで、魚卵のっけご飯の完成だ。


 刺身も用意。


 飾りで、大根と人参のツマも横に乗せておく。


 …………。


 以上、3品。


 完成した料理を眺め、僕とティアさんは笑い合う。 


(うん)


 自分的には、満足の出来。


 そうして僕らは、食堂で待つ2人の下へと料理を運んでいく


(……あの2人の口にも合ったらいいなぁ)


 と、願いながら。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「美味いっ!」


 ダン


 食べた赤毛のお姉さんは、テーブルを叩いた。


(わっ?)


 僕は、びっくり。


 シュレイラさんは目を閉じ、感じ入ったように「くぅ~っ」と唸っている。


 魚を仕入れた見習い商人の少女も、


「本当、美味しいわ!」


 と、明るい表情だ。


 パクパク


 虹色の魚卵ごと、白米をかき込んでいく。


 調理場を貸してくれた宿屋の料理人にもお裾分けしたところ、満足げに頷き、グッと親指を立ててくれた。


 みんなの反応に、僕も安心する。


 手伝ってくれたティアさんと笑い合った。


 僕も実食。


(ん……!)


 本当に美味しいや。


 自画自賛というより、やっぱり食材がいい。


 桜色のお刺身は新鮮で弾力があり、脂も乗っていて、噛むとすぐに口の中で溶けるようになくなってしまう。


 虹色の魚卵もプリプリだ。


 粒が皆しっかりしていて、プチッと皮が破れるとトロリと中身がこぼれる。


 その、まろやかな舌触りの醤油味と白米の相性が最高。


 魚卵だけをそのまま食べても美味しい。


 アラ汁も、うん、いい味だ。


 魚の旨みに満ちていて、ホロホロと崩れる身も美味い。


 焙った小骨やヒレを、パリパリ食べてもいい。


 生姜の風味もよく、身体も暖かに。


 一緒に作ったティアさんも、目を丸くしながら、


「まさか、虹煌魚がこんなに美味しい魚だとは……驚きました。なるほど、確かに苦労するだけの価値がありましたね」


 と、納得したように頷く。


 パクパク


 再び食べ、そして、恍惚の表情を浮かべる。


(ふふっ)


 その顔を見てるだけで、僕も嬉しい。


 みんな、笑顔で食べ続ける。


 大きい魚なのでお刺身は量があり、大食いのティアさんとシュレイラさんも満足そうである。


 ただ、魚卵はさすがに少量で。


 魚卵のっけご飯は、全員、すぐに食べ終わってしまう。


「ああ……」


「もう終わりですか」


「もっと食べたい……」


 と、3人とも悲しそうな顔をする。


 僕は、苦笑する。


(しょうがないな)


 締めのつもりだったけど、少し早めに用意しよう。


 僕は、立ち上がる。


 ご飯はたくさん炊いたので、おかわりしてもらう。


 その上に、桜色の刺身を花のように敷き詰め、更に薄めに味噌を解いた最高の出汁をかけていく。


 刻んだ海苔を、上からパラパラ。


 おまけで、油で揚げた皮を添える。


 実は油で5分ほど、揚げておいたんだ。


 虹色の鱗は細かく、柔らかいので、そのまま食べれるのである。


「おおっ!」


「ククリ君っ!」


「美味しそう……っ!」


 3人とも、目を輝かせる。


 みんな、ズズッと口に含む。


 モグモグ


(ん……!)


 魚の旨みがしっかり出てるよ。


 皮も香ばしく、鱗もパリパリした食感で面白い。


 優しい味わいで、身体だけでなく心もふんわり温かくなる。


 もう少し濃い味が好みなら、刺身を醤油に軽くつけ、味噌出汁のご飯と食べてもいい。


 ハグハグ モグモグ


 3人も、無言で食べている。


 その様子を見るだけで、感想を聞かなくても満足だ。


 やがて、全員完食。


 あれだけの量のお刺身も、全て4人の胃袋の中である。


(う~ん)


 虹煌魚、凄い。


 無駄な部位がなくて、全部、本当に美味しかった。


 しばし、味の余韻に浸ってしまう。


 と、


「ククリ君」


(ん?)


 ティアさんの声に、顔を向ける。


 すると、彼女だけでなく、シュレイラさんとポポも僕を見ていた。


 3人で僕に微笑み、


 ペコッ


「ご馳走様でした。とても美味しかったです」


「ああ、マジで美味かったよ、ククリ! ご馳走さん!」


「ご馳走様っ、最高だったわ」


 頭を下げ、それから嬉しそうにそう言ってくれる。


 僕は、少し驚く。


 でも、3人の笑顔を見て、胸の奥がジンと熱くなった。


 僕も笑って、


「ううん。こちらこそお粗末様でした」


 ペコッ


 と、頭を下げる。


 そして顔をあげると、4人でまた一緒に笑ってしまったんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ