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006・家事

 ――記憶喪失の黒髪のお姉さんと出会ってから、1週間が経った。



「ククリ君、私が持ちますね」


 ティアさんは、2つの水桶を抱える。


 朝の水汲みの時間。


 この1週間で、家の手伝いをしたがるお姉さんは、この毎朝の仕事に同行するようになっていた。


 僕は頷き、


「うん、ありがと」


 と、笑った。


 基本的に、彼女の自主性を尊重している。 


 その方が、彼女自身も、ここが居場所だと感じられると思うから。


(……ま、少し申し訳ない気もするけど)


 そこは、僕の勝手な思いだろう。


 僕のお礼に、


「いいえ」


 と、彼女もはにかむ。


 そして、2人で村の井戸へ。


 そこには、早起きなご近所さんたちもいて、


「おはよ~」


「皆さん、おはようございます」


「あら、ククリ、ティアちゃん、おはよう」


「2人とも、おはよ~さん」


「ま、今日も2人仲良しね」


「まるで新婚さん?」


「いいわねぇ」


「ね~?」


「はいはい、お水汲ませてね~」


「どうぞ~」


 僕は苦笑し、井戸前へ。


 でも、ティアさんは「し、新婚……?」と赤面してる。


(ああ……)


 真面目なんだから。


 ほら、彼女の反応に、ご近所のみんな、ホクホクの満足そうな顔である。


 皆さん、ほどほどにね?


 …………。


 でも、こうしてティアさんをからかうのは、受け入れてる証拠。


 早く、村に馴染めるように。


 孤立しないように。


 だから、ご近所さんも声をかけてくれている。


 不器用な優しさだ。


(……うん)


 本当、ありがたいよね。


 今度、また、みんなに薬草茶の差し入れしないとなぁ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 ザパァ


 台所の水瓶に、井戸水を注ぐ。


「ふぅ」


「これで満杯ですね」


「うん、お疲れ様、ティアさん」


「ククリ君も」


 僕らは、笑い合った。


 ティアさんのおかげで、水汲みの時間も半分になった。


 本当に助かる。


 それに、


(彼女、力持ちなんだよね)


 この1週間で、それが発覚した。


 水の入った水桶って、結構、重いんだ。


 でも、彼女はバランスを崩すことなく軽々と持ち上げ、我が家と井戸を何往復もできてしまう。


 鍛えてるとは思ってたけど、


(正直、びっくり)


 川で助けた時は、相当、衰弱してたんだね。


 家の掃除の時も、ベッドとか小棚とか、簡単に持ち上げてくれるので助かってます。


 ただ、家事は苦手な様子。


 食事を作る時、


「手伝います」


 と、言ってくれるんだけど、


 ザクッ ドン ガシィン


 まな板の上で野菜を切る音が、これです。


(…………)


 こ、怖い。


 基本、見守る僕だけど、指まで落としそうなので止めました。


 彼女曰く、


「その、刃が軽くて……どうも違和感が……」


 とのこと。


(何のこっちゃ?)


 ま、人間だもの。


 得手、不得手はあるものです。


 少しずつ、慣れていってくれればいいかな、と思う。


 …………。


 …………。


 …………。


 で、今朝の朝食も、僕ががんばって作りました。


「はい、お待たせ」


 コト コト


 居間のテーブルにお皿を置く。


 本日は、猪肉のベーコンと目玉焼き、焙ったパン、新鮮サラダ、あと、甘い薬草茶。


 ベーコンは、脂じんわりカリカリで。


 目玉焼きには、胡椒とお塩がまぶしてある。


 新鮮サラダは、大きめに千切ったレタスに、斜め薄切りにしたキュウリ、トマトのスライスを乗せ、植物油と果物酢などで作ったドレッシングも用意した。


 甘い薬草茶は、蜂蜜入り。


 焙ったパンは、大きめにカットしてある。


 そのパンにベーコンと目玉焼きを乗せたり、サラダも合わせたり、もちろん個別に食べたり……。


 食べ方は、自由です。


 ティアさんは、


「わぁ、今日も美味しそうです」


 と、目を輝かせた。


 その表情が、うん、僕も嬉しい。


 僕らは早速、『いただきまぁす』と手を合わせた。


 サクッ


 ティアさんは、ナイフとフォークでベーコンと目玉焼きをカット……半熟の黄身が、トロリとこぼれる。


 その一切れを、口に運ぶ。


「んん……」


 幸せそうな顔。


 彼女は、残りをパンの上に乗せ、 


 ハムッ


 と、かぶりつく。


「美味しい?」


「んっ、んっ」


 綺麗な黒髪を揺らしながら、彼女は何度も頷く。


 なんか可愛い。


 大人っぽいお姉さんが、今は幼女みたいだ。


(うん、よかった)


 僕も、笑顔になってしまう。 


 それから僕も、新鮮サラダに手作りドレッシングをかけ、モグモグと頬張る。


 ん……悪くない。


 薬草茶も、渋めの味の中に、ほんのり甘みがある。


 その時、


「…………」


「…………」


 ふと、正面の彼女と目が合った。


 お互い、一瞬、動きが止まる。


 すぐに、2人一緒になって笑ってしまった。


 なぜだろう?


 でも、


(なんか……いいな)


 こうした時間が、とても心地好かった。


 そして何となく、ティアさんも同じ気持ちなんだろうな、と、その笑顔を見ていて思ったんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 食事のあとは、後片付け。


 2人で洗い物だ。


 ガチャ ガチャ


 僕が洗って濯ぎ、彼女が布巾で拭いてくれる。


 ティアさんは不器用だけど、食器は木製なので、割られるようなこともなく、作業は進む。


 ミシッ


 た、たまに軋む音がするけど、大丈夫……と思う。 


 チラッ


 横顔を覗けば、


「…………」


 と、真剣な表情で家事をがんばるお姉さん。


(うん……)


 僕は微笑み、


「――あ、そうだ」


 と、思い出した。


 僕の声に、彼女も「?」と手を止める。


「ククリ君?」


 綺麗な黒髪を揺らして、不思議そうに首を傾ける。


 僕は、そんな彼女を見て、


「ごめんね、忘れてた。ティアさんに伝えとくこと、あったんだ」


「私に……ですか?」


「うん」


 キョトンとする彼女に、僕は頷く。


 そして、言う。


「実はね、あと3~4日の内に、このマパルト村に行商の人が来る予定なんだよ」

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