067・見習い商人との旅
約束した翌月。
(あ……来た)
村に続く山道を、1台の幌馬車が登ってくる。
御者席には、水色の髪の少女――見習い商人ポポの姿があった。
村の門前で待っていた僕とティアさんは、「おお~い」と手を振った。
彼女も気づき、
「やっほ~!」
と、笑顔で手を振り返してくれる。
やがて、
ガタタン
僕らの前で、馬車は停車する。
御者席から降り、
「おはよう、ククリ、ティア姉さん」
「うん、おはよう」
「おはようございます、ポポ」
と、3人で挨拶を交わす。
旅支度を整えた僕らの格好に、ポポは安心したように笑う。
僕を見て、
「無事、村長に許可、取れたみたいね」
「うん」
僕も頷く。
小さな村だからね。
20日間、村人が2人も減るのは、それなりに大変なんだ。
だけど、
「今は、冬の出稼ぎで余裕があるから」
「そうなの?」
「うん。あと、村のみんなも虹煌魚を食べたいって。村長にもお土産、頼まれちゃった」
「あらま」
少女は目を丸くする。
それから、おかしそうに笑い、
「わかったわ。私が仕入れ価格で手に入れたら、何匹か譲ってあげる」
「本当?」
「ま、それぐらいわね」
パチッ
ポポは器用に片目を閉じる。
彼女なりに、護衛のモチベーションを高める作戦かもしれない。
けど、
(嬉しいな)
と、素直に思う。
僕とティアさんは笑い合う。
ポポも笑い、
「じゃあ、そろそろ行きましょ」
「あ、うん」
「はい」
僕らは頷き、馬車に乗る。
水色の髪を揺らし、少女は御者席へ。
僕とティアさんは御者席が狭いので、荷台の方へと上る。
荷台には幌がかかり、木箱が並ぶ。
僕らは、その隙間に座る。
「はいっ」
パシン
少女の鞭が、馬の背を叩く。
ガタタン
蹄が地面を踏みしめ、馬車が動き出す。
車輪をゴトゴト鳴らしながら、村前の道で方向転換して、来た道を戻りだす。
荷台からは、少女の背が見える。
反対側には、マパルト村。
(ん……?)
見れば、村人の何人かが僕らに気づき、手を振っていた。
僕とティアさんも、荷台から手を振り返す。
…………。
やがて、村も見えなくなる。
しばらくは、植物に囲まれた木々の間の狭い山道を進む。
ガタゴト
車体が揺れる。
荷台には椅子もないので、隣のティアさんと肩を預け合い、お互いの体重で身を固定する。
視線を交わし、
「…………」
「…………」
クスッ
思わず、2人で微笑み合う。
そんな風にして、僕らの幌馬車は山道を進み、南部のクルチャ地方を目指したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
細い山道を下ったあとは、少し広くなった草原の街道を南に向かう。
視界が開け、気持ちいい。
大地を埋める草たちが、風に波打つように揺れている。
遠くには森の濃い緑と水色に霞む山々、そして、青い空と輝く太陽が見えていた。
ピ~ヒョロロ
鳥の鳴き声。
見れば、頭上の青空には、円を描いて飛ぶ鳥の影が見える。
それを眺め、
(あ……そうだ)
僕は、思い出した。
「ねぇ、ポポ」
「ん?」
「あのね、シュレイラさんなんだけど、なんか彼女も来たいって。後日、現地で合流するってさ」
「へ……?」
御者席の少女は、こちらを見る。
(わっ)
よそ見運転。
僕は慌てて、
「ポポ、前見てっ」
「あ、う、うん」
言われて、すぐに前を向くポポ。
そのまま、
「え? 何、炎姫様も来るの? 本当に?」
と、聞いてくる。
僕は頷く。
「うん。今は、王国からの外せない依頼があって、先週から遠征に出てるんだけどさ。でも、終わり次第、空飛んでクルチオン大湖まで来るって」
「え~、マジで?」
「マジ」
「…………」
「だから、向こうではシュレイラさんも一緒でいい?」
「……それ、駄目って言えると思う?」
「ううん」
僕は苦笑。
少女は嘆息し、
「ま、いいわ。あの炎姫様が一緒なんて、むしろ商人として箔がつくもの」
と、明るく言った。
(それは、うん、確かに)
頷き、僕も笑う。
すると、隣のティアさんが言う。
「きっとあの女は、ククリ君が作る魚料理を狙っているのだと思いますよ」
「え?」
「そうなの?」
「はい」
黒髪を揺らし、頷くお姉さん。
僕を見て、
「ククリ君は料理上手ですから」
「…………」
僕は、思わず目を瞬いてしまう。
前を向いたまま、ポポは言う。
「そうなんだ? 私も1度、薬草少年の料理を食べてみたいなぁ」
チラッ
と、こちらを見る。
僕は、また苦笑する。
頷いて、
「いいよ。目的の虹煌魚、手に入ったらね」
「やった!」
僕の答えに、彼女は嬉しそうに背中を揺らす。
水色の髪が柔らかく踊り、そこから伸びる少し尖った耳がピョンと跳ねた。
その姿に、僕とティアさんは笑い合う。
ゴトゴト
そんな風に、草原を幌馬車は進んでいく。
やがて、日暮れ前の時刻に、街道沿いの宿場村の1つに到着したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
宿の食堂で、夕食を頂く。
メニューは、豆と芋の煮込みスープに、兎肉の串焼き、あとは塩パンだ。
モグモグ
(ん、悪くない)
素朴だけど、いいお味。
まぁ、小さな宿場村だから、さすがに王都の宿とか、本格的な料理店の料理とは比べられないけどね。
でも、普通に美味しい。
(このスープ、今度、自分でも作ってみようかな?)
なんて思う。
そんな僕のそばで、
「――まぁ、虹煌魚は、冷凍して運搬するのですか?」
「そうよ、氷の魔石でね」
と、女2人の会話が行われている。
それを聞き、
(へぇ、冷凍か)
と、僕も感心した。
魚は、生物。
だから、鮮度が大事だ。
だけど、輸送の距離があると時間がかかり、どうしても傷んでしまう。
僕らの村も、魚を食べる。
でも、村周辺の川魚ばかりだ。
行商で手に入る遠方の魚は、基本、干物か塩漬けになる。
冷凍は珍しい。
見習い商人の少女は、言う。
「商人として、やっぱり美味しい魚を届けたいのよね」
「はい」
「でも、氷の魔石を使う分、費用がかかるの。だから、販売価格はちょっと高くなっちゃうのよね。そこが悩ましいんだけど……」
「なるほど」
頷く黒髪のお姉さん。
モクッ
兎肉を1切れ、歯で噛み、串から抜く。
咀嚼し、飲み込む。
コクン
それから、言った。
「では、今回は、私が魔法で凍らせましょうか?」
「え……」
ポポは、瑠璃色の目を丸くする。
驚く少女に、
「大剣の魔法で、私は氷雪の力が使えます。魔法の氷ですので、普通の氷のように溶けないですよ」
と、頼もしく微笑んだ。
数秒の沈黙。
見習い商人は、聞く。
「……無料?」
「はい」
「本当に?」
「本当ですよ。村の皆からも、虹煌魚をお土産に頼まれていますし、そのついでです」
「ティア姉さん!」
ギュッ
少女の両手が、ティアさんを抱き締める。
「ありがと、お願いするわ!」
「ふふっ、はい」
感激するポポに、頷く黒髪のお姉さん。
(うんうん)
2人の様子に、僕も微笑んでしまう。
なんか、本当の姉妹みたい。
ポポは本当に嬉しかったのか、自分のお皿の串焼きを何本も、ティアさんのお皿に渡している。
意外と大食いのお姉さんは、
「まぁ、すみません」
モグモグ
美味しそうに、兎肉を頬張る。
……幸せそうだ。
見ていると、僕の視線に気づき、
「……ぁ」
ほんのり、頬を赤らめた。
うん、可愛い。
僕も、また笑ってしまう。
…………。
そんな風に、僕ら3人の旅の初日の夜は過ぎていったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
――旅は、順調に進んだ。
街道の風景も日々、変化していく。
草原の中だけでなく、時に流れる川沿いを進んだり、崖の谷間の石造りの橋を越えたり、森の中を抜けたりする。
(この辺は、初めて来るなぁ)
僕も物珍しく、車外の景色を眺めてしまう。
基本、昼間に移動。
夜間は、宿場村に宿泊する。
道中、泊った村々では、ポポが商人らしく、荷台に積まれた日用雑貨や魔石などを売っていた。
彼女曰く、
「空いた木箱に、今度は虹煌魚を積んで帰るのよ」
とのこと。
(なるほど)
無駄のない商売。
見習いとはいえ、さすが商人だ。
ティアさんも感心した顔をしていた。
そんな黒髪のお姉さんを、見習い商人の少女は、常に販売の馬車のそばに立たせていた。
最初は、
(護衛かな……?)
と、思った。
でも、違う。
ティアさんはとても美人だ。
その類稀な美しさは、どの村でも目立つ。
そして、自然と村人の注目を集めてしまう。
そうして人が集まると、商品も自然と売れ行きがよくなるんだって……そう、あとでポポにこっそり教えられた。
(うん)
商魂、逞しい。
そんな訳で、護衛以上に役立ちながら、僕らの旅は続いた。
…………。
それは、4日目だった。
僕らは、森林地帯の街道を進んでいた。
道の左右は、3~4メードほどの崖になっている。
壁に挟まれた感じで、少し狭い。
また道の前方は曲がりくねっていて、森の木々もあり、見通しは悪い。
だから、
「あら……倒木だわ」
不意に、御者席のポポが呟き、馬車の速度を落とした。
(ん……?)
僕も、前を見る。
確かに、狭い道に太い木が1本、転がっている。
あれじゃ、通れない。
ギギィ
車体が軋み、馬車が止まる。
ポポは、
「面倒だけど、どけないと駄目ね」
「…………」
「ね、ククリ、ティア姉さん。手伝ってくれる?」
と、御者席から降りようとする。
でも、僕は、
グッ
その肩に手を置いて、止めた。
少女は、驚いた顔をする。
「ククリ?」
「…………」
僕は答えない。
(……倒木?)
何か、違和感を感じる。
倒木に根はなく、途中で折れた感じ。
でも、道の左右に木々はなく、崖の上にも折れた木が見当たらない。
断面も、妙に綺麗だ。
むしろ、斧か何かで切れ込みを入れ、折ったような……。
おまけに、
「ククリ君」
ガシャッ
黒髪のお姉さんが警戒した表情で、『氷雪の魔法大剣』の柄を握る。
(これは、決まりかな)
僕も確信。
「ポポ、車内に入って」
「え?」
「お願い」
「……わかったわ」
僕らの様子に察したのか、少女も硬い表情で荷台に移る。
僕は『魔法弓』を手に取る。
外を見る。
もし、予想通りなら、
ヒュッ
(!)
馬を狙って飛来した矢に気づき、即、弓を構えた。
パシュッ
魔法の矢を放つ。
空中で木製の矢に当たり、弾き飛ばす。
矢が飛来した方を見れば、
「いた」
崖の上に、武装した6~7人ほどの人影があった。
(――野盗だ)
やっぱりか。
この時期、僕らのようにクルチャ地方を目指す商人は多い。
当然、それを狙う悪人も増えるのだ。
王国も、街道警備兵の巡回を増やしてるだろうけど、さすがに全てを防げはしない。
ポポは青褪め、
「やば……」
と、身と声を震わせる。
でも、
「大丈夫」
「私たちがいますよ」
僕は言い、ティアさんは少女の肩に触れながら微笑んだ。
そして、僕と視線を合わせ、頷く。
ヒュッ ヒュッ
また矢が降り注ぐ。
僕は、すかさず魔法弓で迎撃。
パシッ バチュン
全ての矢を射落とし、馬と馬車を守る。
ただ、今度は矢の斉射と同時に、野盗たちが5人、崖を滑り降りて直接襲いかかってきた。
奴らの手には、長剣や斧がある。
防具には、皮鎧や毛皮などを身に着けている。
タン
黒髪をなびかせ、ティアさんが車外に降りた。
「ティア姉さん……っ」
心配そうに、ポポが呼ぶ。
黒髪の美女は振り返らず、けれど、それに応えるように青白い大剣が横向きに構えられた。
「おらぁ!」
「死ねやぁ!」
「ひゃっはあ!」
野盗たちが雄叫びと共に、飛びかかる。
瞬間、
ヒュボッ
大剣が弧を描くように、真横に振られた。
野盗たちの皮鎧と毛皮を貫通し、その肉と骨と内臓を切断し、狭い崖の壁面を削り落としながら。
巻き込まれた野盗は、3人。
全員、驚いた顔だ。
そして、その胴体が上下に分かれ、真っ赤な液体と共に地面に落ちる。
「……は?」
「……え?」
生き残った2人の野盗は、呆然と立ち尽くした。
そして、
「う、うわぁあああ!?」
と、悲鳴を上げ、尻もちをつく。
崖上で見ていた2人の野盗も唖然とし、
「な、何だ、あの女!?」
「く、くそっ! 殺せ!」
と、慌てて弓を構える。
ヒュッ ヒュッ
安全な高所から、何発も矢を放ってくる。
けれど、
ヒィン
ティアさんが大剣を輝かせると、幌馬車の頭上の空間に大きな『氷の華』が咲いた。
魔法の盾だ。
そこにぶつかり、矢が弾かれる。
魔法の氷の花弁は、矢が当たるたびに、パッ、パッ……と光を放った。
なんか、綺麗。
でも、野盗たちは愕然だ。
動きが止まる。
そこ目がけて、
(んっ!)
パパシュン
僕は、魔法弓の矢を射返した。
ボ、ボォン
弓を持っていた野盗2人の頭と胸部を、魔法の矢は貫く。
崖上で倒れ、その姿が見えなくなる。
「ひっ、ひぃ!」
「に、逃げろ……っ!」
バタバタ
幌馬車の前にいた野盗の生き残り2人が、慌てて逃走を始める。
(わっ)
意外と早い。
身軽に崖を越え、僕の射角外に消えてしまう。
……野盗になる前は、もしかしたら、森の狩人だったのかな?
と、
「逃がしません」
黒髪のお姉さんが呟くと、
タタンッ
先の2人以上の身軽さで、崖を蹴り、あっという間に登ってしまう。
凄い身体能力。
(さすが、元勇者様だ……)
その姿に、
「嘘……」
と、商人の少女も唖然する。
僕は苦笑し、
「すぐ戻ってくると思うから、待ってよう」
「あ、う、うん」
ポポは目を丸くしながら頷いた。
僕は魔法弓をいつでも射れるように備えながら、周辺警戒を続ける。
そして、3分後。
(あ……)
崖上に、彼女が戻ってきた。
僕らに微笑み、軽く左手を振ってくる。
でも、右手の大剣の刃には赤い液体が付着し、白い美貌にも返り血が付いていた。
ん、終わったみたい。
(……ふう)
僕は、息を吐く。
水色髪の少女は、まだ呆然とした様子で、
「……2人とも強いのね」
「あ、うん」
でも、僕は武器が強いだけ。
本当に強いのは、実はティアさん1人だった。
だけど、護衛として安心して欲しいため、今は言わないでおく。
やがて、ティアさんも馬車に戻る。
その時には、ポポも余裕が生まれ、
「ありがと、ティア姉さん、ククリ! 2人に護衛を頼んで正解だったわ」
と、明るい笑顔を浮かべた。
(……うん)
無事、護衛らしいこと、できたみたいだ。
僕と黒髪のお姉さんは、お互いの顔を見て笑い合う。
その後、ティアさんの大剣が倒木を切断し、幌馬車は再び谷間の街道を進みだした。
…………。
次の町で、野盗に関して役所に報告。
少額の報奨金を受け取った。
それからも旅は続いたけど、それ以降、野盗に遭遇することはなく、1度だけ街道を横切る狼の群れを見たけど、それもすぐに追い払い問題なし。
そして、旅に出て7日目。
僕らを乗せた幌馬車は、旅の目的地である『クルチオン大湖』に到着したのだ。




