066・商人の友として
「……何でシュレイラはんが、マパルトにいるんや」
行商人のジムさんが呟いた。
本日は、行商の日である。
村を訪れた行商人たちは、こんな田舎の村になぜかいる『炎姫様』に驚くことになり、現在は彼女を中心に人だかりとなっていた。
その人垣の輪を、ジムさんは唖然と眺めている。
(あはは……)
顔馴染みの行商人に、僕は苦笑。
「なんか、この村を気に入ったんだって」
「……マジか」
「うん」
「は、はは……ほうかぁ」
乾いた笑いのジムさん。
ま、気持ちはわかるよ。
僕自身、いまだに信じ難いもん……。
しかも、
(行動力、凄かったんだよね)
と、思い出す。
村に住む宣言をした翌日、炎姫様は村長と交渉、即、承諾を得る。
すると、その日の内に王都に帰還。
役所で手続き。
仕事中の女王様には、大臣に言伝を頼む。
そして、その日の夜の内に、マパルト村に戻ってくる。
出迎えた僕らに、
「村民登録してきたよ」
グッ
白い歯を見せて笑い、親指を立てるシュレイラさん。
僕も、ティアさんも、村長も、村のみんなも、その時ばかりはさすがに言葉が出てこなかったよ。
(いや、即日って……)
さすがに想定外。
まさに空を飛べる彼女ならではの荒業だ。
…………。
その辺の出来事を、ジムさんにも伝える。
頭痛がしたように、彼は額を押さえ、
「……せっかち過ぎやん」
と、呟いた。
否定はしまい……。
隣で僕も若干遠い目になり、行商人に囲まれる炎姫様を眺めてしまう。
と、その時、
「どうしたの、ジム兄」
水色の髪を揺らし、見習い商人の少女ポポがやって来た。
後ろには、ティアさん。
彼女の手は、布袋を抱えている。
黒髪のお姉さんは、どうやら商人の少女から何か買い物をしていたらしい。
親戚の兄は、無言で人垣を差す。
それを追い、
「ああ、炎姫様ね」
「おう……」
「ティア姉さんに聞いたわよ。炎姫様、凄い行動力よね」
と、彼女は感心した顔だ。
ティアさんは、
「気が短いだけですよ」
と、肩を竦める。
その反応に、ポポは苦笑する。
それから僕を見て、
「やっほ、薬草少年」
「やっほ、ポポ」
笑う彼女に、僕も笑い返した。
ポポは言う。
「これから炎姫様も、この村に住むんだ?」
「うん。たまにらしいけどね」
「ふぅん」
「…………」
「でも、何で急に住むことにしたのかしら?」
「なんか、この村が気に入ったらしいよ」
僕は、ジムさんに言った言葉を繰り返す。
すると、
ジ……ッ
(ん?)
見習い商人の少女の瑠璃色の瞳が、僕を見つめる。
そして、
「気に入ったの、本当に村だけかしら?」
「え?」
「ううん、何でもない」
ニコッ
彼女は、完璧な笑顔。
何だか誤魔化された感じ……。
(ま、いいか)
ただ、ティアさんは何か心当たりがあるのか、少し考える表情だった。
と、その時、
「あ、そや」
ジムさんが、声をあげた。
(ん?)
「あのな、ククリ」
「うん」
「これからなんやけど、この村への行商、しばらくワイは来れんようになるんやわ」
「え……?」
「代わりにポポが来るさかい」
「ポポが」
「そや」
頷くジムさん。
僕とティアさんは驚き、少女を見る。
少女は「そや」と笑い、
「今度ともよろしくね」
と、優雅に一礼。
あ、うん。
「わかったけど、でも、どうして? 何かあったの?」
「おう、実はな」
彼には、ニッと笑う。
そして、
「ワイ、今度、王都に店を出すんや!」
と、言った。
(え……)
僕とティアさんは目を丸くする。
「凄い」
「本当ですか?」
「ああ、商業ギルドの融資審査にやっと通ってな。ようやく夢が叶ったんや」
彼は、はにかむ。
(そっか……)
4年前、出会った時からずっと『いつか店を持つ』って言ってたもんね。
僕は頷き、
「――本当におめでとう、ジムさん」
心から言う。
彼は、照れ臭そうに「ありがとうな」と返してくる。
ティアさんも「おめでとうございます、ジム」と拍手し、ポポもそんな僕らに笑っている。
彼は「へへ」と鼻をすする。
それから、
「そんな訳でな。今までみたいにはマパルトまで来れんのや。ま、たまには顔を出すつもりやけど……」
「そっか」
「すまんな」
「ううん。むしろ、そんな大事な時期に来てたら駄目だよ」
「ククリ……」
ジムさんは、目を潤ませる。
黒髪のお姉さんが優しく微笑み、僕の髪を手で撫でる。
そして、
「次の冬の出稼ぎで、また王都に行った時に、そのジムの店に行ってみませんか?」
「あ、うん。そうだね」
それはいい考えだ。
僕は、大きく頷く。
ジムさんも笑い、
「そん時には、ぜひワイの店に寄ってや。割引したるさかい」
「お、約束だよ?」
「おう。その日を楽しみにしてるで」
「うん!」
パシッ
僕らは、約束の握手を交わす。
そんな僕らに、ティアさんとポポも微笑んでいる。
そして、商人の少女は、
「そんな訳で、これからは私が来るからよろしくね」
「うん、ポポ」
「ジム兄みたいに薬草の買い取り額、勉強するからさ。質のいい奴、優先して売ってね?」
パチッ
茶目っ気たっぷりに片目を閉じる。
僕は苦笑。
「ん、わかったよ」
見習いとはいえ、やっぱり商人。
商魂たくましい。
そんな親戚の少女に、ジムさんも頼もしそうに笑っている。
すると、その時、
「お……何だい、4人とも賑やかだね」
と、声がした。
振り返れば、そこには赤毛のお姉さんが立っている。
他の行商人との話が一段落着いたのかな?
ちなみに、集まっていた行商人たちは彼女を気にしつつも、今は村人相手に商売をしている。
ジムさんは、背筋を伸ばす。
「シュレイラはん!」
「や、ジム。しっかりやってるかい?」
「へい、そりゃもう!」
ビシッ
その動きは、まるで上官に応える新兵みたいで。
僕とティアさんは、少し唖然。
見習い商人の少女は、ため息交じりに苦笑している。
ジムさんは、
「おかげ様で、アルマーヌ先生とも良い取引、させてもろとります」
と、言う。
(……アルマーヌ先生?)
僕の表情に気づき、ポポが、
「ほら、前に炎姫様がジム兄に紹介してくれた、高名な魔法薬師様の名前よ」
コソッ
と、教えてくれた。
(ああ、そうなんだ)
僕は頷く。
顔馴染みの行商人は、その炎姫様に言う。
「実は、今度、王都でそのアルマーヌ先生の魔法薬を専門で販売する店を出すことになりまして」
「そうなのかい?」
「へい!」
「そいつは凄いね」
赤毛を揺らし、彼女は頷いた。
ポン
彼の肩に手を置き、
「アイツも偏屈な奴だからね。それが許可を出したんなら、それだけジムのがんばりが認められたんだ」
「へ、へい」
「よくやったね、ジム」
「あ……」
炎姫様のお褒めの言葉に、ジムさんは目を見開く。
ポロッ
涙が1粒、こぼれた。
炎姫様は、優しく笑い、
「今度、アタシも顔を出すからね」
「あ……ありがとうございます、シュレイラはん!」
バッ
金髪の青年は、深々頭を下げる。
(ジムさん……)
何だか、僕も目頭と胸が熱い。
ティアさんも珍しく瞳を潤ませ、ポポも「ジム兄……」と泣きそうなのを堪える表情だ。
ジムさんは、
「おおきに、おおきに――」
と、頭を下げたまま繰り返す。
炎姫様はその金色の隻眼を細め、
パン パン
彼の背中を、優しく、励ますように何回も叩いたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
そのあと、ジムさんは今まで馬車番をしていたポポと交代で、自分の馬車に戻った。
今は、村人相手に商売をしている。
「毎度、毎度~!」
いつも以上に、明るく、元気な声。
(……うん)
シュレイラさんと話して、力をもらったのかな?
彼の姿を、僕は温かく見守ってしまう
他の3人の女性陣も、同じような表情で金髪の青年商人を眺めていた。
と、その時、
フワッ
ふと、美味しそうな匂いがした。
(ん……?)
その出所をクンクン……と探すと、多分、ティアさんの抱える買い物袋からだ。
僕の視線に、彼女も気づく。
「ククリ君、何か?」
「あ、うん。それ、袋の中身、何を買ったのかなって」
「ああ、これですか」
ガサゴソ
彼女の白い手が、袋の中を探る。
そして出てくると、その指には、小さな兎の形の砂糖菓子が摘ままれていた。
「わ、落雁?」
「はい」
「へぇ、甘そうだね」
「ふふっ、他にも、花とか鳥とか、色々な形の物があるんですよ」
と、微笑む。
よく見れば、兎の身体は白、耳の内側はピンク、目は赤、と色彩も3色ある。
(……凄い)
小さなお菓子なのに、手が込んでる。
感心していると、
「それ、私が仕入れたのよ」
と、自慢げに、水色の髪の少女が言った。
僕は驚く。
「ポポが?」
「そ。アルパ村の菓子職人の落雁よ」
「へぇ……」
もっと西部の村だっけ?
彼女は言う。
「品はいいのに安くてさ。悔しいから、私が販路広めて、もっと儲けさせてやろうと思ったの」
「……悔しいの?」
「ええ。当たり前でしょ?」
「…………」
「いい仕事する人は、ちゃんといい思いもしなきゃ不公平だわ」
フン
胸を張って言う少女。
(そっか)
商人ポポの矜持かな。
でも、その矜持は、僕にはとても好ましく感じる。
赤毛のお姉さんも「ふぅん」と笑っている。
ティアさんは、
カリッ
落雁の1つをかじり、
「ん、甘くて美味しいです」
と、微笑んだ。
袋からもう1つ取り出し、
「ククリ君もどうぞ」
「え。あ、ありがと」
「いいえ。はい、口を開けてください。あ~ん」
(え?)
あ~んなの?
僕は驚くけど、ティアさんは笑顔のまま、摘んだ落雁を差し出してくる。
ま、まぁいいか。
「あ~ん」
「はい」
口に優しく押し込まれる。
白い指先が、僕の唇に軽く触れ……離れる。
カリッ
(ん……美味しい)
しっとりかすかな歯応えと共に、甘味が広がる。
僕の表情に、彼女は「ふふ」と笑う。
それから無意識に、
ペロッ
砂糖のついた指を舐めた。
「あ」
「え?」
「う、ううん、何でもない」
「???」
不思議そうなティアさん。
でも、赤毛のお姉さんが目ざとく見つけ、
「おお、間接キスかい?」
「え?」
「やるねぇ、ティア。さりげないふりして、なかなか大胆じゃないか」
「間接……あっ」
今更気づく、黒髪のお姉さん。
僕を見る。
(え、えっと……)
僕は、少し照れながらはにかむ。
それを見て、
ポッ
彼女の頬も真っ赤に染まった。
長い黒髪に隠すようにうつむき、表情も隠してしまう。
「す、すみません」
「う、ううん、大丈夫」
僕も、何とか答える。
水色髪の商人の少女は「わぁ……」と両手で口を押さえながら、目を輝かせる。
赤毛の美女は、
「ははっ、何だい? 2人とも初心だねぇ」
と、楽しそうに笑う。
…………。
僕とティアさんは何も言えず、ただただ恥ずかしがるばかりだった。
◇◇◇◇◇◇◇
その後、4人で落雁を食べる。
本来、ティアさんの買った品だけど、彼女は「構いませんよ」を笑っていた。
(ありがとう、ティアさん)
感謝しながら、モグモグ。
そんな風に、皆で談笑していると、
「――あ、そうだわ」
不意に、商人の少女が声をあげた。
(ん?)
僕は、食べる手を止める。
そんな僕を見て、
「ね、ククリ」
「うん」
「あのね、ちょっと頼みがあるんだけど……」
「頼み?」
「ククリって薬草少年だけど、冒険者でもあるんでしょ。なら、私の護衛って頼めない?」
「護衛? ポポの?」
「そ」
肩までの水色の髪を揺らして、彼女は頷く。
思わぬ頼みに、2人のお姉さんも目を丸くしている。
僕は聞く。
「えっと……具体的には?」
「うん。来月ね、私、南部のクルチャ地方に向かうの。ほら、有名な『クルチオン大湖』のある地域よ」
「ああ、うん」
王国で1番大きい湖だね。
僕は頷く。
ポポも頷き、
「もうすぐ、大湖にいる『虹煌魚』が産卵期になるの。だから、その仕入れをしたいのよ」
と、言う。
すると、赤毛の美女も「ああ」と声を出した。
頷いて、
「もうそんな季節かい。確かに旬の時期の『虹煌魚』は美味いんだよね。特に卵は絶品でさぁ」
ジュル
と、想像だけで涎を吸う。
ティアさんが好奇心を刺激されたように聞く。
「それほどですか?」
「食わなきゃ、人生の大半を損してるね」
「……まぁ」
「ククリに料理してもらったら、最高の味が楽しめるんじゃないかい」
「…………」
黒髪のお姉さんの紅い瞳が僕を見る。
(あはは……)
僕は苦笑。
商人の少女は言う。
「今、ジム兄が忙しい時でしょ。だから、私1人で仕入れに行く予定なんだけど……少し不安でさ」
「ああ、うん」
「だから、道中、往復の護衛、頼めないかな?」
「う~ん」
僕は、少し考える。
確かに、僕は冒険者だ。
だけど、それは副業。
本業は薬草採取で、荒事は得意じゃない。
それは、ポポもわかってるはず。
とすると、
(ティアさん、か……)
本命は、彼女。
村の用心棒も務める実力者だ。
だけど、黒髪のお姉さんは、僕のことを最優先に考えてくれる人である。
だから、僕に頼んでる。
そんな感じかな……?
商人の少女は、
「護衛代、正規料金と同じだけ払うわよ?」
と、付け加える。
ふむ……。
友人価格が目当てでもなさそう。
となると、
(精神面かな)
道中は、それなりの長旅だ。
見知らぬ大人の冒険者が複数の護衛だと、少女1人では不安や緊張も感じるだろう。
でも、僕は同い年の友人。
多少なりとも、気心も知れてる。
…………。
友人の頼み、か。
少女は、少し不安そうに僕を見ている。
黒髪と赤毛のお姉さん2人も、何だか期待している眼差しを送ってくる。
僕は、心の中で苦笑。
そして、確認。
「日数は?」
「あ、えっと、20日ぐらい。多少、前後するかも」
「出発は、来月だね」
「ええ」
「わかった。それも計算して、来月分の薬草集めを終わらせとくよ」
「え……あ、じゃあ」
彼女は、目を輝かせる。
僕は頷き、
「うん。――ポポの護衛依頼、引き受けたよ」
と、笑った。




