064・氷雪の勝利
ギチッ
人の口から生えた牙が広がり、中央に再び青白い光球が生まれる。
炎姫様が叫ぶ。
「圧縮した魔力の爆弾だよ! 気をつけな!」
ヒュン
言いながら、槍を回転させ構える。
ほぼ同時に、光球が射出される。
彼女は炎龍の槍を突き出し、先端から炎が噴き出した。
ボパァアン
光球とぶつかり、爆発。
(う、ぐ……っ)
凄まじい爆風と熱に、肌が焼ける。
我慢している間にも、骸蟲は、次々と圧縮魔力の爆弾を投下し、シュレイラさんの炎が空中でそれらを誘爆させていく。
ドドンッ ドパッ ドパパァン
連続する爆発。
と、僕の前にいたティアさんが、
「――はっ」
手にした『氷雪の魔法大剣』を輝かせた。
ヒュオッ
僕らの正面の空中に、大輪の『氷の華』が咲く。
凄まじい熱波は、その美しい氷が相殺して、僕らまでは届かなくなる。
(……凄い)
氷の華の盾だ。
彼女は息を吐く。
僕を振り返り、
「ここで待っていてください、ククリ君。今から、あの魔物を倒してきます」
と、微笑んだ。
気負いのない落ちついた声。
僕は驚き、すぐに「うん」と頷く。
彼女も安心したように笑う。
そして、綺麗な黒髪をなびかせながら、前方の戦場へと歩きだした。
その姿に、炎姫様も気づく。
「来たか」
「ええ。貴方が手こずるので」
「くっ、言うねぇ」
「このままでは、ククリ君が焼けてしまいます。あとは、私が」
「……やれるのかい」
「もちろんです」
2人の美女は、一瞬、見つめ合う。
すぐに赤毛の美女が破顔する。
後ろに下がりながら、
「わかった。お手並み拝見だ」
と、槍を引いた。
黒髪のお姉さんは頷く。
そして、その間にも、骸蟲は牙を開き、圧縮魔力の光弾を射出した。
2人に目がけて落ちる。
ティアさんは、大剣を振るう。
リィン
光る剣閃となった『魔刃』が光弾を切断する。
ボパァン
再び、空中で起きる爆発。
その爆音に負けない声量で、シュレイラさんが言う。
「大技は使うんじゃないよ! 魔物を倒せたとしても、廃坑が崩れてアタシらも生き埋めになっちまうからね!」
その警告に、
コクッ
前を向いたまま、ティアさんは頷く。
その間にも、巨大な骸蟲は、天井に張り巡らされた糸の間を移動しながら、圧縮魔力の爆弾を落とそうとしてくる。
黒髪の美女は、そんな魔物を睨み、
「――させません」
キィン
大剣が光り、彼女の背中に煌めく『氷の翼』が広がった。
(え……)
驚く僕。
赤毛のお姉さんも、目を見開く。
バヒュッ
煌めく氷の翼が羽ばたく。
冷気と共に氷片が散り、ティアさんは上空へと飛翔した。
骸蟲も、驚愕の表情。
すぐに蟷螂の胴体の巨大な鎌で応戦し、
ヒュパン
青白い大剣の一閃で、その鎌のある腕(足?)が簡単に切断された。
紫の体液が散る。
ティアさんは空中で身を捻り、
「はっ」
もう1度、大剣を振る。
骸蟲は、その巨体からは想像できないほどの反応速度で、それを避け、
ザキュッ
けれど避け切れずに、魔物の人型部分の胴が斜めに裂けて、紫色の体液が噴く。
致命傷ではない。
それでも魔物は、バランスを崩し、
ヒュオ……
天井から落下した。
下方約20メードの古代闘技場の床に、
ズズゥン
と、重い音を響かせて激突。
その人間の女性と蟲の融合したような顔に苦悶の表情を浮かべながら、ギシギシと巨体を起こしていく。
スタッ
その正面に、黒髪の天使が着地する。
青白い大剣を構え、
「さて――終わらせましょう」
と、美しい声で告げた。
◇◇◇◇◇◇◇
(凄い……)
自分よりずっと大きな魔物を圧倒している。
その姿に、僕は、驚きと興奮で青い目を輝かせてしまう。
あの炎姫様も、
「さすがだね」
と、感心した表情だ。
けれど、黒髪のお姉さんは淡々と落ち着いた表情で、大剣を構えたまま、骸蟲へと近づいていく。
骸蟲の顔には、焦りがある。
ギチチッ
牙を鳴らし、再び圧縮魔力の爆弾を作る。
ティアさんの表情に、油断はない。
今までと同様、瞬時に『魔刃』で斬り捨てる備えができていた。
だけど、
バシュッ
(え……?)
骸蟲は、それを斜め上へと射出した。
かすかに驚くティアさんの頭上を、青白い光弾は越える。
その落下地点には、
(僕っ!?)
馬鹿な僕は、今更気づいた。
これまでの戦闘で、彼女が僕を庇っていたことを骸蟲は見ていたんだ。
……頭いいじゃないか。
2人のお姉さんも気づく。
「ククリ君!」
「ククリ!」
彼女たちの視線が僕に向く。
僕は、
(――――)
咄嗟に、持っていた『魔法弓』を構える。
早撃ちは得意――、
ヒィン
光の弦が生まれ、それを引き、弓の正面に生まれた光弾――魔法の矢を射る。
パシュッ
光跡を残し、魔法の矢が飛ぶ。
そして、頭上から飛来する圧縮魔力の爆弾に……命中した。
ドッパァアン
大爆発。
(どわっ!?)
衝撃波に、僕は後方に吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がる。
痛……っ。
額が痛み、左目に何かが流れ込む。
触ると、指が赤い。
(……どこか、切ったかな?)
少しクラクラする。
そんな僕の状態に気を取られ、その瞬間だけ、2人のお姉さんの意識が魔物から外れていた。
だから、骸蟲の動きに対応が遅れた。
ブシュッ
その巨大な腹部のお尻から、白い糸が放射状に2人に降りかかった。
「!」
「ち……っ!」
2人とも、咄嗟に避けようとして間に合わない。
ギシッ
2人の服や鎧、肌、髪、武器などに白い糸が張りつき、闘技場の床に縫い留めてしまう。
動きが封じられた?
僕は驚き、
「ティアさん……!」
掠れた声で叫ぶ。
2人は、実力者だ。
きっと、何とか脱出できるかもしれない。
でも、そのためには、最低でも数秒が必要で……骸蟲は当然、それを待たなかった。
ギチチッ ジジッ
その口と、更に4本の両手の先に、圧縮魔力の爆弾が生まれる。
合計5つ。
それを1つに合わせ、
ジジジッ
直径2メード近い、超巨大な爆弾が誕生した。
(……何をする気だ?)
目の前の骸蟲は、鎌のある腕を斬られ、人型の胴体部分にも負傷があり、今も紫色の体液を流していた。
高所からの落下ダメージもあっただろう。
決して軽傷ではない。
魔物の顔には、悲壮な覚悟が見える。
同時に、強い生への渇望も……。
だから、気づいた。
その答えに、僕は青褪め、
「ソイツ、廃坑を崩落させるつもりだ!」
「!?」
「何っ!?」
僕の叫びに、2人のお姉さんも驚く。
超巨大な爆弾を爆発させ、この廃坑を、そして、古代闘技場を崩落させる――それが奴の狙いだ。
無論、そんなことをすれば、骸蟲もただでは済まない。
だけど、
(骸蟲は、本来、土中で成長する魔物)
地中の移動もできる。
でも、人間である僕らは生き埋めになり、確実に死んでしまう。
骸蟲にしてみたら、このまま殺されるぐらいなら、多少の危険を覚悟してでも生き残る可能性に賭けたいだろう。
ニィッ
人型部分の顔が、醜く笑う。
そして……超巨大な魔力圧縮爆弾を、天井目がけて射出した。
(あ……)
湧き上がる絶望。
その光景が、なぜかゆっくりと見える。
僕は、
「……ティアさん」
と、呟いた。
自分でも、わからない。
ただ、大好きな人の名を呼んでいた。
その瞬間、
ヒィン
白い糸に包まれた黒髪のお姉さんの額に、真っ赤な『神紋』が浮かぶ。
その全身に魔力が広がり、
ジュッ
絡まる糸が蒸発する。
彼女の身体は、神々しい光を放っていた。
ほぼ同時に、
ドッゴォオオン
天井に超巨大な魔力爆発が発生し、青白い爆炎と共にドーム型の石材が砕け、そのひび割れが凄まじい勢いで広がった。
巨大な瓦礫が落下し始め、
「――私のククリ君を殺させない」
彼女が呟いた。
手にした『氷雪の魔法大剣』をクルッと逆手に握り直し、
ガシュン
古代闘技場の床に突き刺す。
瞬間、刀身が青白く輝き、凄まじい閃光と共に白い氷片の渦が噴き出した。
ビキビキビキ……ッ
(!?)
床が凍りつく。
煌めく氷は、あっという間に広がる。
床を、壁を、天井を……。
落下した瓦礫さえ、何本もの氷柱に追いつかれ、空中で凍っている。
吐く息は白く、冷気が肌を凍えさせる。
(でも……)
僕と赤毛の美女がいる場所だけは、凍りつかずにいる。
制御された魔法。
それは、ほんの5秒ほどの時間で、古代闘技場の全面を氷漬けにし、始まった崩落を強引に停止させていた。
…………。
何だ、これ……?
僕は、目の前の光景が信じられない。
骸蟲も、呆然だ。
しかも、その巨大な足が地面ごと氷に覆われ、動けなくなっている。
シュウウ……ッ
氷雪の世界で、黒髪の美女だけが立っていた。
光り輝く、真紅の神紋。
そして、冷気を溶かす魔力の熱で、肉体からは白煙が噴いている。
……いや?
もう1人、いる。
この氷雪の白い世界で、
ボッ ボボボッ
全身に絡んだ糸を真っ赤な炎で焼きながら、自由を取り戻した炎姫と呼ばれる英雄が。
まるで、炎の化身。
全身に炎を纏いながら、赤毛の髪をなびかせている。
彼女は、
「……やってくれたね」
と、低く危険な怒りの滲む声を漏らした。
ジャキン
手にした『炎龍の槍』を構えると、穂先の炎が渦を巻く。
元勇者のお姉さんも長い黒髪を揺らしながら、床から『氷雪の魔法大剣』を抜き、ガシャンと構える。
ヒュオ……ッ
白い氷片と冷気が舞う。
(ああ……)
朦朧とした意識の中、僕は笑う。
2人の美女は、動きを封じられた骸蟲へと歩いていく。
静かに。
優雅に。
死の香りをさせて……。
骸蟲の表情には、恐怖と絶望……やがて、諦観の念が浮かぶ。
対して、美女たちは笑った。
美しく。
艶やかに。
やがて、赤と黒の髪をなびかせ、炎と氷雪の競演が始まる。
…………。
そうして地底深く、古代闘技場に巣食った巨大な魔物は、その命の最期を迎えることとなったのだ。