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062・魔物の正体

 東の空に、朝日が昇る。


 探索用の装備と荷物を整えた僕らは、


「じゃあ、行くか」


「うん」


「はい」


 赤毛の美女の言葉に頷き、家を出た。


 村長宅で村長に挨拶と調査開始の報告をして、村の人たちに見送られながら、村を出発する。


 片道5時間。


 北西の山を登り、廃坑に到着。


 数日前と変わらず、廃坑の入り口は崖ごと氷漬けになったままだった。


 それを見て、


「こりゃ、凄いね」


 と、呆れるシュレイラさん。


 コン コン


 軽く叩き、


「相当な魔力を込めたね。『氷陣結界』かい」


「結界?」


「そうなのですか」


「……はっ。元勇者様は、自覚なくやるんだから恐ろしいね」


 と、苦笑する。


 それから彼女は、周囲を見る。


 入り口近くの地面、崖の斜面、流れた土砂の跡……それらを丹念に確認していく。


 僕は聞く。


「中、入らないの?」


「ああ、周りを調べてからね」


「…………」


「予想が正しければ……この崖の上にあるかもね」


「……何が?」


「まずは見てからだ」


 赤毛の美女は笑う。


(???)


 僕とティアさんは、思わず顔を見合わせてしまう。


 それから僕らは、森の中を迂回して、廃坑のある崖の上へと移動する。


 高さは、20メードぐらい。


 ただ、先日の長雨の土砂崩れで、岩肌の斜面の一部は崩れてしまっている。


 赤毛の美女は、


「……ふむ」


 特に、その崩れた場所を見ている。


 僕とティアさんは、その様子を見守る。


 何をしているかわからないので、手伝うこともできない。


 と、その時、


「ああ、やっぱりね」


 そんな声がした。 


(何だろう?)


 僕は、首をかしげる。


 すると、


「ククリ、ティア、こっち来な」


「あ、うん」


「はい」


 崩れかけの地面に気をつけながら、彼女の近くへ。


 シュレイラさんは、


「これ、何かわかるかい?」


 と、自分の足元を指差した。


 僕らも視線を落とす。


 でも、


(……何もない)


 少なくとも僕の目には、少し凹んでいる地面があるだけにしか見えない。


 ティアさんも、


「何もありませんが?」


 と、首をかしげる。


 拍子に、長い黒髪がサラリと揺れる。


 赤毛のお姉さんは、


「ここ、丸く凹んでいるだろう?」


「……うん」


「はい」


「ここに何があったと思う?」


 何がって……。


 僕は考え、答える。


「……岩?」


「ですかね」


 黒髪のお姉さんも同意する。


 単純に、崖に埋もれた岩が土砂崩れで流れ落ち、その跡が残っているだけに思える。


 だけど、赤毛の女冒険者は、首を左右に振る。


 結ばれた赤毛の髪が踊り、


「違う」


 と、否定した。


 僕らを見て、言う。


「これは、魔物・・がいた痕跡さ」


(え……?)


 魔物!?


 僕は、青い目を見開く。


 ティアさんも驚いた表情だ。


 第1級の最高峰の冒険者は、頷き、



「――骸蟲むくろむしだよ」



 と、呟いた。


(骸蟲……?)


 聞き慣れない魔物の名前だ。


 シュレイラさんは、説明してくれる。


「大型の空飛ぶ蟲でね。産卵期には地面の下に卵を産み、その幼生体は土中で育っていく」


「幼生体……」


「ここに、卵が産みつけられたんだろうね」


「…………」


「で、幼生体がいた」


 それが、この凹んだ跡……。


 直径1・5メードはある。


 蟲の幼生体だというのに、かなり大きな生物だ。


(なら、成体は……?)


 どれほどの大きさなのだろう?


 想像して、少し震えた。


 赤毛の美女は、言う。


「本来なら、20~30年かけて、土中の魔力を吸いながら育つ。やがて、地上に出て空に飛んでいくんだ」


「……あ」


 僕は、気づく。


 思わず、口にする。


「土砂崩れ……」


「あ」


「そうさ」


 ティアさんも呟き、シュレイラさんは笑う。


 僕に頷き、  


「ククリが想像した通り、土砂崩れで幼生体が外に放り出されたんだ」


「…………」


「空腹の幼生体は、魔力を求める」


「……だから、廃坑?」


「そう。たまたま近くに、廃坑の奥に魔素の溜まった遺跡があった。それを食べるために、廃坑内に入ったんだよ」


「…………」


 じゃあ、あの這いずった跡は、骸蟲の幼生体のもの?


 でも、それなら、


「鹿の死体は?」


「ただの偶然だね」


「偶然……」


「土砂が崩れた時、たまたま居合わせたんだろうさ。そして、幼生体を見て驚き、思わず廃坑内に逃げ込んでしまった。そして、追いつかれ……喰われた」


「……幼生体は肉食なの?」


「魔食と肉食の両方、雑食だね。ただ成長するためには、特に大量の魔力が必要なのさ」


「ふぅん」


 面白い生態だけど……今は楽しめない。


 だって、


「もし居合わせたのが村人なら……襲われてたの?」


「ああ、そうだね」


「…………」


 彼女は容赦なく認めた。 


(そっか)


 僕は、息を吐く。


 でも、不幸中の幸いだ。 


 今の所、村人の被害はない。


 そして、鹿の足跡が残っていたおかげで、廃坑を調査した。


 だから、魔物の存在に気づけた。


 もし、足跡がなかったら……僕らは骸蟲の存在を知らず、結果、村に大きな被害が出ていたかもしれない。


 そう考えたら、


(うん、幸運だ)


 僕は、黒髪のお姉さんを見る。


 ――幸運の女神。


 彼女が来てから、村は幸運に恵まれている。


 今回も、マパルト村に幸運を運んできてくれたのかもしれない。


 僕の視線に、


「……?」


 彼女は、不思議そうな顔をしていたけれど。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 パキィィン


 廃坑の入り口を覆う氷壁が、ティアさんが『氷雪の魔法大剣』を振った途端に砕け散る。


 氷片がキラキラと反射しながら、青空に舞う。 


(……綺麗だな)


 眺める間に、その煌めきたちは消えてしまう。


 開放された入り口。


 その闇を、2人のお姉さんは見つめる。


「行くか」


「うん」


「はい」


 僕らは頷き、歩きだした。


 中は暗く、ランタンを灯す。 


 今回は、僕とティアさん2人分、用意した。


 と、シュレイラさんが手にした『炎龍の槍』の前にかざす。


 ボッ


 穂先に炎が灯り、周囲を照らす。


(わ、便利)


 そう思っていると、


「まだ暗いね」


 と、彼女は呟く。


 クンッと穂先を揺らすと、そこから『炎の小鳥』が3羽、坑道内の闇に生まれた。


 わ……?


 3羽の小鳥は、僕ら3人の前方に留まる。


 凄く明るい。


 直線なら20メード先まで見通せそうだ。


 僕は目を丸くして、


「凄いね、シュレイラさん」


「だろ?」


 彼女は、得意げに笑った。


 そんな僕らの様子に、黒髪のお姉さんは「……む」と少し頬を膨らませる。


 対抗心……かな?


 ともあれ、視界を確保した僕らは奥に進む。

 

 …………。


 先頭は、シュレイラさん。


 次に、僕。


 そして、最後尾にティアさんが歩く。


 しばらくして、分岐に当たる。


 赤毛のお姉さんは迷うことなく、右の道を選ぶ。


(……正解)


 前回も通った正しい道だ。


 やがて、また分岐に突き当たり、彼女は再び正しい道を行く。 


 次の分岐も。


 その次の分岐も。


 そのまた次の……。


 全て、正しい道を選んでいる。


 でも、目の前の女冒険者は、1度も『廃坑の地図』を確認していない。


(え、何で……?)


 と、思い、気づく。


 まさか……と、僕は聞く。


「シュレイラさん」


「ん?」


「もしかして、昨日見た廃坑の地図、覚えてるの?」


「ああ、そうだよ」


 彼女は、あっさり頷いた。


(やっぱり)


 僕は納得。


 ティアさんは驚いた表情だ。


 赤毛の美女は言う。


「たかだか7層ぐらいの深さだからね。距離は数万メードあるけど、ま、普通に覚えられるさ」


「……そう?」


「ああ。冒険者なら、これぐらい記憶できなきゃやってけないよ」


「…………」


 そうなんだ?


 でも、確かに……。


 冒険者は古代遺跡にも潜るし、もし事故などで地図をなくしたら出られなくなってしまう。


 他にも、魔物から逃げる時とか、地図、見てられないよね。 


(……うん)


 探索場所の暗記は、必須なのかも。


 でも、理屈はともかく、実際にここは迷路みたいに広い坑道だった。


 地図で見るのと、実際に歩くのでも感覚は違う。


 それなのに、


(迷わずに歩けるなんて……本当に凄いや)


 ジッ


 思わず、赤毛のお姉さんを尊敬の眼差しで見つめてしまう。


 視線に気づき、


「……何だか、こそばゆいね」


 と、彼女は苦笑する。


 そして、黒髪のお姉さんも「わ、私も次からは覚えてきます」と宣言する。


 うん、


(僕も次があれば、そうしよう)


 と、思ったんだ。


 …………。


 そんな感じで、僕らは暗い坑道の中を進んでいった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 しばらくして、青毛大鹿の死骸の場所に辿り着く。


(ん……)


 少し腐臭がする。


 赤毛を揺らして、シュレイレさんはしゃがみ、魔物の食べ残しを確かめる。


「ふむ」


「…………」


「若い鹿だね……だから、焦って坑道に入ったのか」


「…………」


「骸蟲の幼生体は、芋虫みたいな形状なんだ。そこから、細い糸を吐く」


「糸?」


「ああ。それに絡まり、動けなくなった所を……ね?」


 ネチョ……


 彼女は槍の先で、食べ残しの粘液みたいな部分を示した。


(なるほど)


 僕は頷く。


 ティアさんも、


「やはり、骸蟲とやらで確定ですか」


「だね」


 頷き、シュレイラさんも立ち上がる。


 そして、奥の闇を見つめる。


「鹿を喰ったあとも、魔素の溜まってる最下層を目指したろうね」


「……うん」


「問題は、日数だ」


「日数?」


 僕は、首をかしげる。


 彼女は言う。


「土砂崩れから、最低でも12日が経過してる。廃坑内に侵入した『骸蟲の幼生体』は、もう最下層にある遺跡に到達してるはずだ」


「あ、うん」


「その場合、すでに大量の魔素を吸収してるだろう」


「…………」


「だとすると、もしかしたら『成体』に羽化してる可能性があるんだよ」


「え……成体に?」


 僕は、目を見開く。


 ティアさんも驚きの表情だ。


「そんなことがあるのですか?」


「ああ。本来は、土中の魔素を時間をかけて吸収し、それが一定量を越えると『成体』に羽化するんだけどね」


「…………」


「ま、地下の遺跡に溜まった魔素の量次第さ」


 と、シュレイラさんは肩を竦める。


(そっか)


 僕は頷き……待てよ?


 そこで気づく。


「あの……」


「ん?」


「本来、成体の骸蟲って土中から出て、空を飛ぶんだよね」


「ああ」


「なら、この廃坑の地下にいる骸蟲も『成体』になってたら、地面を掘って廃坑の外に出て……その、村を襲う可能性も……?」


 と、恐る恐る聞く。


 黒髪のお姉さんも「あ……」と呟く。


 僕らの視線に、



「――その通りだよ」



 と、赤毛の美女は頷く。


 淡々と言われ、僕は、咄嗟に言葉が出てこない。

 

 彼女は息を吐き、


「だから、そうなる前にと急いでるのさ」


 と、言った。


 黄金色の隻眼は、僕らを見つめる。


 黒髪のお姉さんも、励ますように僕の手を握り、微笑んだ。


 その唇が動き、


「きっと大丈夫です。その前に、私たちで必ず駆除しましょう」


 と、力強く言う。


 シュレイラさんも笑い、頷く。


「――うん」


 僕も、頷いた。


 …………。


 そして、現状を再認識した僕ら3人は、再び廃坑の奥の闇へと歩を進めたんだ。

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