061・誰の嫁
明日、廃坑の探索に3人で行くことが決まった。
とは言え、明日は明日。
今日はもう、窓の外は日暮れの空である。
それを確認して、
「シュレイラさん、今日は泊ってく?」
と、僕は訊ねた。
赤毛のお姉さんは「ん?」とこちらを見る。
黒髪のお姉さんもギョッとしたように、僕のことを見ていた。
「いいのかい?」
「うん」
別に、村長の家でもいいんだろうけど。
でも、せっかく再会できたし、色々お世話になっているから何かお返しもしたかった。
なので、
「夕飯もご馳走するよ」
「へぇ……じゃあ、お言葉に甘えようかね」
「うん。あ、でも、王都のお店みたいな大した料理はできないよ」
「ああ、大丈夫だよ」
と、彼女は笑った。
(そっか、よかった)
僕も安心して笑う。
そんな僕らに、
「…………」
ティアさんだけは、なぜか不満そうな顔をしている。
やがて、嘆息し、
「わかりました。私も料理、お手伝いしますね」
「わ、ありがと」
「いいえ」
黒髪のお姉さんは、優しく微笑む。
そして、赤毛の美女を見る。
ビシッ
指差して、
「いいですか? ククリ君の料理は絶品ですから、楽しみにしてなさい」
と、宣言。
(ティアさん?)
赤毛のお姉さんも「お?」と驚いた顔をする。
すぐに苦笑し、
「わかった、期待しとくよ」
「はい」
満足そうに頷くティアさん。
なんか、ハードルが上がったんですが……。
(が、がんばろう)
少しドキドキしながら、台所に向かう僕でした。
◇◇◇◇◇◇◇
(さてっと……)
僕は、袖をまくり、エプロン装着。
お手伝いのお姉さんも、長い黒髪が邪魔にならないよう頭の後ろでお団子にしている。
僕は、メニューを考える。
(……うん、これでいいか)
決めると、
「ティアさんは、白米を炊いてもらっていい?」
「はい、ククリ君」
僕のお願いに、彼女は快諾してくれた。
お米を用意し、水で洗い、研いでくれる。
(うん)
あっちはお任せしよう。
で、僕は……と。
保冷室から、食材を色々と取り出す。
まずは、牛肉とゴボウだ。
水を入れた桶で、ゴシゴシとゴボウの土を落とす。
皮も食べるので、しっかり丁寧に……。
ゴシ ゴシ ゴシ
綺麗になったら、ささがけにして、5分ほど水に浸しておく。
次は牛肉を、包丁で食べ易い大きさに。
鍋に水を入れ、沸騰させ、牛肉を投入……出てきた灰汁を取る。
(で、砂糖、醤油……)
そのまま、軽く煮る。
そのあとは、別皿に移動させる
空いた鍋に油を敷き、先程のゴボウを入れ、しんなりするまで炒めていく。
(ん……いいかな)
そうしたら、牛肉の煮汁だけを入れる。
ここで強火に。
更に牛肉を投入し、軽く混ぜ合わせたら……うん、1品、完成だ。
…………。
次、味噌汁。
今日は、大根と人参で。
どちらも細長く、包丁でトントンと切っていく。
鍋に水を入れ、一緒に煮る。
沸騰したら、粉末出汁をパラパラ入れ、軽く混ぜたら蓋をする。
しばし待つ。
さて、人参の柔らかさをチェック。
(よしよし)
そうしたら、火を弱め、味噌の出番。
適量入れ、味見。
ん……合格。
最後に火を戻し、1度、軽く沸騰させて、味噌汁も完成。
…………。
で、あと1品。
取り出したるは、きゅうり。
まず、両端を落とす。
茎のある側は擦り合わせ、灰汁を抜き、皮も数ミリ剥く。
あとは、薄くスライス。
トントントン
ふぅ……意外と手が疲れる。
さて、スライスしたきゅうりに塩を振り、10分ほど馴染ませる。
その間に、小鉢に、
(砂糖、醤油、お酢……と)
三杯酢だ。
容器にきゅうりを入れて、水で揉み洗い……取り出して、しっかり水気を取る。
小皿に載せる。
その上に、三杯酢をスプーンで。
そして、鰹節をパラパラ。
(よし、完成)
ティアさんの方も、
「炊けました」
と、ホカホカのごはんをしゃもじで軽くほぐしていた。
うんうん。
立ち昇る湯気も美味しそう……。
僕は笑って、
「お疲れ様、ティアさん」
「はい、ククリ君も」
彼女も、笑顔を返してくれる。
そうして僕らは、出来上がった料理をお盆に載せ、赤毛のお姉さんの待つ居間へと戻ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「こりゃ、最高だ!」
ハグハグ
ホカホカの白米の上に、味の染みた牛肉とゴボウを乗せ、彼女は豪快に口の中にかき込んでいく。
味噌汁もズズッと含み、一緒に飲み込む。
合間に、きゅうりをパクッ。
見ているこちらが嬉しくなるような食べっぷりだ。
(よかった)
僕は安心して笑い、ティアさんはドヤァ……という表情である。
僕も食べる。
うん、美味い!
牛肉とゴボウの相性って、どうしてこんなにいいんだろう?
更に、白米も加わると最高だ。
味噌汁も美味しい。
大根と人参も柔らかく、味が沁みてる。
温かくて、なんか安心する味。
きゅうり揉みも、三杯酢がさっぱりする。
鰹の風味もいい感じ。
ティアさんが言う。
「どうですか、シュレイラ。ククリ君の料理、美味しいでしょう?」
「んぐっ……ああ、最高だよ!」
赤毛の美女は、明るく笑う。
ペロッ
唇を舌で舐め、
「シンプルで素朴だけど、だからいい。普通に美味い」
「ふふっ」
「家庭の味って言うのかね? 宮廷料理も食べたことがあるけど、それとは違う美味しさだよ。ああ、毎日食べたい味だね」
「ええ、ええ、その通りです」
何度も頷く、黒髪のお姉さん。
何だか、照れ臭い。
(でも、嬉しいな)
僕も、2人に笑ってしまう。
そんな僕を、赤毛のお姉さんの金色の隻眼が見つめる。
そして、言う。
「なぁ、ククリ」
「うん」
「お前、アタシの嫁に来ない?」
「へ……?」
僕は、ポカン。
彼女は、僕のテーブルの上の料理を見つめる。
そして、
「こういう料理、毎日作ってよ」
「え、えっと」
「な?」
と、色っぽい上目遣いで、僕に懇願するように言う。
ちょっと、ドキッとする。
すると、
「な、何を言ってるんですか!」
呆然としていた黒髪のお姉さんが我に返った。
グイッ
(わっ?)
僕の頭を胸に抱き寄せ、
「ク、ククリ君は、もう、私の嫁です! 貴方にはあげません!」
なんて言う。
いや、僕……嫁じゃないです。
って言うか、
(むしろ、婿じゃないかな……?)
僕、男だし。
なんて考える僕も、相当、混乱しているみたいで。
そして、
「ずるいぞ、ティア」
と、赤毛のお姉さんは子供みたいにむくれている。
それから、
「じゃあ、アタシは2番目でいいから」
「むっ……」
「な?」
「まぁ、それなら……」
「お、いいのかい?」
「ですが、優先権は私ですよ」
なんて、会話が続く。
いやいや、
(全然、よくないです)
本人の僕を抜きにして、勝手に話を進めないでください。
全くもう……。
ムニュ
僕を抱く彼女の豊満な胸の弾力が、顔に当たる。
…………。
一瞬だけ、想像する。
い、いや……まだ早いよ。
そんな僕の頭上では、綺麗なお姉さん同士の会話が続く。
それを聞きながら、
(……ふぅ)
僕は若干、達観した思いで吐息をこぼしたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
何やかやあったけど、夕食は終わった。
食後の薬草茶も談笑しながら飲み、やがて、洗い物も済ませる。
僕は、濡れた手を拭きながら、
(あ……シュレイラさんの寝る場所、用意しなきゃ)
と、思い出した。
布団はある。
なので、
「シュレイラさん、僕とティアさん、どっちの部屋で寝る?」
「ん?」
「ククリ君?」
居間と、僕の隣にいたお姉さんが、僕を見る。
僕は言う。
「ごめんね。余ってる1人部屋がないから」
「ああ」
頷くシュレイラさん。
チラッ
僕の隣のティアさんに、一瞬、視線を送る。
笑って、
「じゃ、ククリの部屋で」
「駄目です」
(え?)
なぜか、僕の隣のお姉さんが拒絶した。
しかも、即答。
唖然とする僕に、
「彼女は、私の部屋で寝ます」
「あ、うん」
「おいおい、何でだよ~?」
「黙りなさい」
笑いながら言う赤毛のお姉さんに、ティアさんはピシャリと言う。
言われた方は、
「おお、怖い」
と、むしろ楽しそうだ。
僕は、目を白黒させてしまう。
シュレイラさんは笑いながら、
「何だったら、私がティアの部屋で1人で寝るから。ティアがククリと寝てもいいぞ」
と、提案する。
(え……)
「私が……?」
驚き、考え込むティアさん。
ああ、うん。
(まぁ、それでもいいけど)
王都から帰った日とか、一緒の部屋で眠っていたしね。
チラッ
彼女は、僕を見る。
「魅力的な提案ですが……いえ、今日はやめておきます」
「そうかい?」
「はい」
頷き、
「さすがに貴方が同じ家にいる中で、そういう気持ちにはなれません」
「ありゃ、アタシはお邪魔虫か」
「今更、自覚しましたか?」
「言うねぇ」
シュレイラさんも苦笑する。
ティアさんは僕を見る。
ドキッ
緊張する僕に微笑み、
「今夜は、そういうことになりましたので」
「あ、うん。はい」
僕は、コクコク頷く。
ここは、彼女のしたいようにさせた方が良さそうだ……と、直感した。
と、彼女は、僕に顔を寄せる。
耳元で、
「……また一緒に寝るのは、2人きりの時に」
「…………」
甘い囁き声。
顔が離れ、サラリと肩から流れた髪が色っぽい。
何も言えない僕に、その黒髪のお姉さんはニコッと笑ったんだ。
…………。
夜である。
外は闇に包まれ、静寂が満ちる。
僕は自分の部屋で1人、布団の中に入っていた。
(……ん)
何だか、眠れない。
今夜はシュレイラさんがいて賑やかだった分、現在の静けさが妙な孤独感を感じさせた。
変な感じ。
……あ、そうか。
ふと気づく。
この家に3人も人がいるのは、両親が亡くなって以来なんだ。
だから懐かしくて、でも、同時に寂しくて……。
(……そっか)
僕は、苦笑する。
心の中の苦しさを、静かに噛み締める。
と、その時、
(ん……?)
遠くから、かすかな話し声が聞こえた。
内容は、わからない。
でも、離れた部屋で、2人のお姉さんがお喋りをしているみたいだ。
何だか、楽しそう。
思わず、耳を澄ませてしまう。
そして、気がつけば、少しだけ寂しさが和らいでいるのに気がついた。
(ふふ……)
僕は微笑む。
そして、青い瞳を閉じる。
彼女たちの奏でる声を、まるで子守唄のように聞きながら……やがて、ゆっくりと眠りに落ちたんだ。