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060・来客の炎姫様

「――へぇ、ここが2人の家かい?」


「うん」


 我が家を見て興味深そうなシュレイラさんに、僕は頷いた。


 その後ろでは、


「……むぅ」


 と、ティアさんが不満そうな表情をしている。


(あはは……)


 僕は、心の中で苦笑。


 今回、赤毛のお姉さんは『廃坑調査』の依頼のために村まで来てくれた。


 最初は、村長宅に滞在する予定だった。


 村長も、手厚い歓迎をするつもりだったろう。


 だけど、


「それより、詳しい話を聞きたいね」


 と、彼女が言い出した。


 経緯は、依頼書にも書いてある。


 でも、彼女はそれ以上に、実際に廃坑に入り、現場を確かめた僕らの話を聞きたがったのだ。


(さすが、一流の冒険者) 


 僕も、村の皆も感心する。


 無論、反対する理由もなく、本日、赤毛のお姉さんは僕の家に滞在することが決まったのである。


 まぁ、ただ1人、


「…………」


 ティアさんだけは何も言わず、でも、若干嫌そうな顔をしていたんだけど……。


 ともあれ、


 ギイッ


 僕は、家の扉を開ける。 


「どうぞ」


「ああ、お邪魔するよ」


「…………」


 3人で、家に入る。


 ただの村の民家だ。


「狭くてごめんね」


 僕は、先に謝る。


 王家とも関わる英雄のお姉さんには、家畜小屋みたいなものだろう。


 でも、彼女は室内を見回して、


「いや、いい家じゃないか」


「…………」


「よく手入れされてるし、大事にしてるのがわかる。生活感もあるのが逆に落ち着くよ」


「……そう?」


「ああ。アタシは好きだよ」


 と、笑った。


 それは、嘘のない笑顔だと感じた。


(そっか)


 両親が残してくれた大事な家だから、素直に嬉しかった。


 僕も笑ってしまう。


 そんな僕らのことを、


「…………」


 ティアさんは、凄く複雑そうな顔で見ている。


(……?)


 どうしたの?


 僕はキョトンとする。  


 シュレイラさんは苦笑して、


「やれやれ……全く難儀なお姉ちゃんだねぇ、ククリ」


 ポンポン


 と、僕の頭を軽く叩いた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 本日は、薬草採取した日だ。


 まだ、葉の選別作業が残っている。


 なので、仕分けの仕事をしながら、シュレイラさんと話すことになった。


「ごめんね」


「ああ、大丈夫だよ」


 謝る僕に、赤毛のお姉さんは気さくに笑う。


「こっちこそ、忙しい時間に悪いね」


「ううん」


 僕も、笑った。


 ティアさんは「……全くです」と小声で言う。


(こら)


 心の中だけで叱ります。


 とりあえず、薬草茶だけは淹れて、赤毛のお姉さんに渡してある。


 僕らは、作業を開始。


 シュレイラさんは、興味深そうに眺めている。 


 そんな彼女に、


「それにしても、なぜ、貴方が来るのです?」


 と、ティアさんが言った。


(うん、確かに)


 僕も「驚いたよね」と同意した。


 その間も、僕らの手と目は、葉の選別作業を進めている。


 シュレイラさんは苦笑。


「女王のご要望さ」


「女王様の?」


「ああ。元勇者様に恩の押し売りしたいのと、万が一の可能性を懸念したんだよ」


「……えっと?」


 恩の押し売りは、わかる。


 でも、万が一の可能性って……? 


 黒髪のお姉さんも怪訝な表情だ。 


 赤毛の美女は、言う。


「もし依頼を受ける冒険者が現れなかったり、失敗したら、今回の件、最終的にティアが対処することにならないか?」


「え……?」


 それは……うん。


(確かに、ありえる)


 村で1番強いのは、ティアさんだし。


 村の外に頼れる人がいないなら、やっぱりそうなると思う。 


 黒髪のお姉さんは、


「それに、何か問題が?」


 と、強気に聞く。


 赤毛の冒険者は、


「女王には、あるみたいだね」


「…………」


「勇者の実力は認めてる。けど今は、記憶もなく、不老不死の加護も消えた元勇者だ」


「信用がない、と?」


「それ以上に、不確定要素が気になるのさ」


「…………」


 元勇者のお姉さんは、無言。


 王国の英雄である赤毛のお姉さんは、続ける。


「場所も狭い坑道だ」


「…………」


「おまけに隣にいるのは、勇者時代のような歴戦の騎士や英雄たちじゃない。ただの村人の子供だろう」


(え……?)


 彼女の金色の隻眼は、僕を見ている。


 ドクン


 心臓が跳ねる。


 冷徹な視線と声が、僕らに言う。



「――下手したら、まず死ぬのはククリだよ」



 静かな声。


 なのに、妙に大きく僕らの耳に響く。


 黒髪のお姉さんの美貌も強張り、2人とも作業の手が止まってしまう。


 ガシガシ


 赤毛の髪をかき、彼女は言う。


「女王の心配は、そこさ」


「…………」


「せっかく手に入れた元勇者。なのに、早々に心の支えが壊れて、使い物にならなくなったら困るんだよ」


「…………」


「だから、ここにアタシを送ったのさ」


 と、肩を竦めた。


(……そっか)


 実力の不安定な元勇者。


 足手まといの村人の子供。


 確かに、万が一の事態はあり得る訳で、女王様の懸念ももっともだった。


 …………。


 僕、一緒にいない方がいいのかな?


 少し心配になる。


 ティアさんも何だか僕と同じような、不安そうな表情でこちらを見ている。


 言葉が……出ない。


 と、


 ペチン ペチン


(いてっ)


 2人とも、頭を軽く叩かれる。


 驚く僕らに、


「変な考えしてんじゃないよ、ったく」


「…………」


「…………」


「2人とも、顔に出てんだよ」


「……う」


「……む」


「いいかい? 女王は、アンタら2人が一緒にいられるようにアタシを寄こしたんだ。その意味をよく考えな?」


「……うん」


「……はい」


「アタシだって、ただ命じられただけの理由でここにいる訳じゃないんだよ」


 と、腕組みしてそっぽを向く。


(え……?)


 僕は目を丸くする。


 ティアさんも「シュレイラ……」と驚いていた。


 赤毛のお姉さんは気恥ずかしかったのか、その横顔は珍しく赤くなっていた。


 僕とティアさんは、顔を見合わせる。


 思わず、2人で笑ってしまう。


 そんな僕らに、


「ふんっ」


 優しい炎姫様は、照れ臭そうに鼻を鳴らしたんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 そのあとは、シュレイラさんの質問を受ける。


 廃坑の状態、足跡の形、数、大きさ、同じように何かが這ったような跡の形、大きさ、青毛大鹿の死骸の状態などなど……色々と細かい内容まで。


 僕らも、薬草の選別作業をしながら答える。


 答えるのは、基本、僕。


 ティアさんは、補足する感じで。


 あと面白いのが、それらを見た時、僕らがどう感じたか、という印象なども聞かれたんだ。


 つまり、感情面。


 物理的に確かな、客観的情報ではないもの。


 だけど、シュレイラさん曰く、


「あながち、人間の直感っていうのも馬鹿にできないのさ」


 だって。


(そうなんだ?) 


 なるほど、第1級冒険者が言うと説得力を感じてしまう。


 ティアさんも『ふ~ん』って顔。


 もちろん僕らは、そうした質問にも正直に答える。


 赤毛の女冒険者は、そうした僕らの話を『廃坑の地図』を確認しながら聞いている。


 ペラ ペラ


 何度もページをめくり、


「場所は、ここで間違いないね?」


「うん」


 と、確認もされる。


 指を尺取虫みたいに動かし、距離も測っている。


(…………)


 思った以上に綿密に情報を集めている。


 これが本職の冒険者か……。


 薬草の仕分けをしながら、そう感心してしまう。


 やがて、薬草の葉の選別が終わり、僕らは道具などを片付ける。


 でも、


「この距離……でも、痕跡から考えると……」


 ブツブツ


 赤毛の美女は独り言を呟きながら、まだ考え中だ。


(えっと……)


 僕らは彼女に断り、1度、場を外して村長の家に納品に向かった。


 そして、帰宅。


 ブツブツ


 彼女は、まだ考えている。


「…………」


「…………」


 僕とティアさんは、顔を見合わせてしまう。


 更に30分ほどして、ようやく赤毛の美女は思考の渦から戻ってきた。


 パタン


 廃坑の地図を閉じる。


 そして、


「――なるほどね」


 と、呟いた。


 薬草採取の道具の手入れをしていた僕らは、手を止める。


 彼女に聞く。


「何かわかったの?」


「ああ。まぁ、とりあえず、魔物の種類とその現在地は見当が着けられたよ」


「え、凄い」


「本当ですか?」


 僕らは目を丸くする。


 シュレイラさんは「ああ」と笑った。


 それから、


「ククリが引き返す決断をしたのは、英断だったよ」


「え?」


「予想が正しければ、この魔物は暗闇ではかなり面倒だし、危険な奴だからね。素人が手を出すべきじゃない」


「そ、そう」


 あの判断は、正しかったんだ。


(よかった……)


 安堵と同時に、もし探索を続けていたら……という可能性に少しゾッとした。


 黒髪のお姉さんは、


「さすが、ククリ君ですね」


 と、微笑む。


 そして、赤毛の美女に聞く。


「それで……その魔物は何なのですか?」


「いや、今は言わない」


「……は?」


「確定じゃないしね。余計な先入観は持たない方がいい。現地で痕跡を見て、もう1度、考えるさ」


「…………」


「おいおい、そんな顔すんなよ」


 と、苦笑する。


 確かに今のティアさんは、不満そうな仏頂面だ。  


 美人が台無しである。


(いや……でも、そんな顔も可愛いかも……)


 と、思う僕。


 きっと僕は、ティアさん馬鹿なのかもしれない……。


 シュレイラさんは言う。


「アンタらのためだよ?」


「…………」


「今後のためにも、今回の仕事には2人にも同行してもらう。そのための配慮さ」


「は……同行?」


「ああ、経験積みな。将来、ククリを守るためにも」


「むっ……」


 真剣な声に、ティアさんの表情も変わる。


(なるほど)


 今後も、同じような事態はあるかもしれない。


 そして、その時、今回のようにシュレイラさんが来れるとも限らない。


 また緊急なら、冒険者に依頼できない場合もある。


 そうした将来のために。


(色々、考えてくれてるんだ、シュレイラさん)


 本当に、面倒見のいい姐御さんだ。


 ティアさんも、


「わかりました」


 と、頷いた。


 それから、


「では、魔物の居場所ぐらいは聞いても?」


「……そうだね」


 少し考え、頷く赤毛のお姉さん。


 バサッ


 床に廃坑の地図を広げて、


「広い廃坑だけどね、最下層は遺跡みたいだ」


「うん」


「はい」


「通常、魔物は魔素を好む。そして大気中の魔素は、基本、下へ下へと流れるもんだ」


「あ、じゃあ」


「魔素が、この遺跡に……?」


「ああ。この50年で、かなり高濃度の魔素が滞留してるはずだよ」


 パン


 彼女の指が、地図上の遺跡を叩く。


 金色の隻眼が、僕らを見て、



「――今回の魔物も、今、その遺跡でたらふく魔素を吸収してるはずさ」



 と、獰猛な肉食獣のように笑った。

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