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057・長雨

 村では、しばらく長雨が続いた。


 春の雨かな?


 今日でもう10日間、降り続いている。


 だからって、薬草を集めない理由にはならなくて、僕とティアさんは雨具を着込んで、本日も山に入っていた。


 バシ バシバシ


 木々の葉を打つ雨音が響く。


 足元の土はぬかるみ、滑り易い。


(ん……)


 サクッ


 薬草の茎を丁寧に斬り取る。


 タオルで軽く拭き、袋にしまう。


 隣では、ティアさんも他の薬草を採取している。


 けれど、彼女の黒髪は長いので、雨具からこぼれて濡れてしまっていた。


(あらら)


 でも、彼女は気にした様子もない。


 ……無理もない。


 雨具は着ているけれど、隙間から沁み込んだ雨で全身ビショビショだ。


 作業してると、どうしてもそうなるんだよね……。


 あと、


(雨足も強いんだよなぁ)


 少し恨めしげに、灰色の空を見上げてしまう。


 雨粒も大きい。


 おかげで視界も悪く、普段より薬草も見つけ難い。


「ふぅ」


 薬草をしまい、ティアさんが立ち上がる。


 僕は微笑み、


「お疲れ様」


「いえ」


 彼女も微笑み、自分の黒髪を絞る。


 ポタタ


 水滴が落ち、けれど、雨でまた濡れていく。


 彼女は嘆息する。


「こう毎日雨だと、薬草採取も大変ですね」


「うん、そうだね」


 僕も苦笑する。


 それから、


「だけど、植物は喜ぶよ。雨上がりには、山の薬草も増えると思う」


「まぁ、そうなのですね」


「うん。だから、今は我慢、我慢」


「はい」


 頷くお姉さん。


 そのあとも、僕ら2人は山を歩いていく。


 道中に、昔、ティアさんを発見した川が増水していたり、土が崩れ、木々が倒れているのを見つけたりした。


(……う~ん)


 土砂崩れ、かな?


 僕は言う。


「ティアさん」


「はい」


「もし山で変な音がしたら、すぐ逃げてね」


「変な音……ですか?」


「うん、プチプチとか、パキパキとか……山の土が崩れて、地下の木の根が千切れてく音なんだって。そのあと、土砂崩れが起きるんだ」


「まぁ」


 彼女は、目と口を丸くする。


 すぐに頷き、


「わかりました、気をつけます」


「うん。お願いします」


 僕も微笑み、頷いた。


 そのあとも、雨の中、薬草を集める。


 晴れの日より、量は少なめ。


 日も暮れてきたので、僕らはそこで切り上げ、村に帰ることにした。


 結局、夜になっても雨は止まなかった。 



 ◇◇◇◇◇◇◇



 屋根のある家に帰り着く。


(ふぅ……)


 ようやく一息。


 玄関で雨具を脱ぐけど、下の服もビショビショだ。


 ふと隣を見て、


(わっ)


 隣のお姉さんも服が濡れ、肌に張りついている。


 その大きな胸や下着が透けて、肌の色も見えてしまい、僕は慌てて顔を逸らした。


 ドクドク


 鼓動が速い。


「? ククリ君?」


 彼女は不思議そうな表情だ。


(え、えっと……)


 あ、そうだ。


「お、お風呂」


「え?」


「濡れて寒いよね。僕、お風呂沸かしてくる」


「あ、はい」


 驚いたように頷くティアさん。


 僕は、なるべく彼女を見ないようにしながら、風呂場へと急いだんだ。


 …………。


 …………。


 …………。


 やがて、お湯が沸く。


「ククリ君がお先に」


「う、うん」


 優しい笑顔で促され、1番風呂に入らせてもらった。


 ザパァ


 うぁ……温かい。


 春の雨で、身体がすっかり冷えてたみたいだ。


 手足の末端がジンジンと痺れ、血流が戻っていくのを感じる。


(ほふぅ……)


 思わず、全身が緩む。


 あ、いかん。


 僕が冷えてたということは、ティアさんも今、寒いはずだ。


 急いで出よう。


 ほどほどに温まった僕は、すぐに湯船を出た。


 広間に戻ると、


「あら、お早いのですね」


「うん、お待たせ。ティアさんも入って」


「はい」


 頷き、彼女も風呂場に向かった。


(さて……)


 その間に僕は、集めた薬草の仕分けを始める。


 種類によっては、濡れたままだと腐る葉もあるので、丁寧にタオルで拭きながら選別する。


 …………。


 30分ほどで、彼女も戻ってきた。


 あ、おかえり。


 そう言おうと思い、そちらを見て……言葉を飲み込む。


「はふぅ……」


 色っぽい吐息をこぼす美女。


 新しいシャツの胸元は開き気味で、谷間の白い肌は今、ほんのり赤く色づいている。


 濡れた黒髪も、いつも以上に艶やかに輝く。 


 その長い髪を、彼女は首にかけたタオルで拭いている。


 覗く白いうなじは艶めかしい。


 その端正な美貌は、湯上りで軽く上気し、心地好さそうな表情だった。


(……あ)


 ふと、我に返る。


 思わず、見惚れてた……。


 僕の視線に気づくと、彼女ははにかみ、


「お風呂、あがりました」


 と、言う。


 僕は「う、うん」と頷く。


 普段は意識してないけど、ふとした時に、彼女はとても美人なのだと思い出す。


 今も、そう。


 僕は、視線を外す。


 と、彼女は少し驚いた顔をする。


「まぁ、1人で仕分けをしていたのですか?」


「あ、うん」


「私も手伝います」


「ん、ありがと」


「いいえ」


 微笑み、彼女は隣に座った。


 柔らかな石鹸の香り。


 風呂上がりの彼女の熱い体温が、ほんのり肌に伝わってくる。


 カサッ パサッ


 彼女は、薬草の仕分けを行う。


 長い黒髪が横顔にこぼれると、白い指が耳の上にかき上げた。


 と、その時、


「? ククリ君?」


 手の止まっている僕に声をかける。


 あ……。


 僕は「ごめん」と謝り、作業を再開する。


 少し不思議そうに首をかしげ、彼女も仕分け作業に戻った。


 ザアアア


 雨音が響く中、2人で黙々と葉を触る。


 その時、同じ葉を取ろうとして、お互いの指が触れた。


(あ)


「あ」


 お互い、パッと指を離す。


 しばし無言。


 僕がティアさんを見ると、彼女も僕の方を見ようとしていた。


 彼女の頬が、少し赤い。


 僕も同じかも……。


 何となく、お互いに笑い合う。


 それからも僕らは、雨の音を聞きながら、我が家で2人きりの時間を過ごしたんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 2日後、ようやく長雨はんだ。


 久しぶりの青空と太陽だ。


 雨のあとは空気も暖かく変わり、冬の気配は微塵もない。


 そして、


「薬草の葉が、皆、大きく広がっていますね」


「うん、そうだね」


 驚くティアさんに、僕は笑う。


 植物も生きている。


 十数日ぶりの太陽の光を浴びようと、より葉を開くように成長するのだ。


 おかげで豊作。


(明日は、もっと薬草が育ってそう)


 僕も、満面の笑みである。


 雨で集められなかった分、本日は大量の薬草を採取した。


 夕方、自宅へ。


 2人で笑いながら、葉の選別作業をしていると、


 トントン


(ん?)


 家の戸が叩かれた。


 誰か来たみたい。


「は~い」


 作業をティアさんに任せ、僕は玄関へ。


 扉を開けると、


「あれ、村長?」


「んだ」


 思わぬ来客である。


 何でも話があるとかで、まずは自宅に上がってもらう。


 ティアさんも作業をやめ、座る場所を作る。


 薬草茶を淹れ、


「はい、村長」


「おお、ありがとな。忙しい時にすまんべ」


「ううん」


 僕らは首を振る。


「話って?」


 と、聞く。


 村長は、お茶を一口。


 それから、僕らに言う。


「村から北西の山奥に、廃坑あるの、知っとるべ?」


「あ、うん」


「廃坑?」


 僕は頷き、ティアさんは初耳の顔。 


(あ、そうか)


 まだ村事情に詳しくない彼女に、僕は教える。


「昔ね、北西にある山の1つに鉱脈があったんだ。『光石ライトストーン』が掘れたんだって」


「光石、ですか」


「うん。魔素を含有した光る鉱石」


「ほう」


「王都の街灯とか魔法のランタンとか、魔力で灯す照明具の素材に使われるんだよ」


「そうなのですね」


 頷くティアさん。


 そして、


「ですが、廃坑に?」


「うん、50年前にね。光石を掘り尽くしたみたいで」


「まぁ……」


「あとね、坑道の奥には遺跡もあって」


「え?」


「なんか、掘り当てたみたい。でも、国の調査も終わって、特に何もなかったらしいんだけど」


「そうですか」


「うん」


 僕は頷く。


 そして、


「それでね、今は危ないから、入り口を木板で塞いでるんだよ」


 と、説明を締め括った。


 彼女も興味深そうに「そうでしたか」と呟く。


 そんな僕らに、村長も頷き、


「そん北西の廃坑のことだ」


 と、言う。


(あ、うん)


 僕らは、彼を見る。


 村長は、


「実はこないだの長雨で、北西の山でも土砂崩れさ起きてよ。そん廃坑を塞いでる木板が壊れたんだわ」


「え、そうなの」


「まぁ」


「でな、その前の土に足跡あってよ」


 足跡?


 僕らは目を丸くする。


 村長は頷き、


「獣か、魔物かわかんね。けど、廃坑ん中さ、何か入ったかもしれねんだ」


「…………」


「…………」


「んでよ。もし魔物だとしたら困んべ」


 それはそう。


 村近くの廃坑が魔物の巣になってしまう。


 村長は、僕らを見る。


 真剣な表情で、


「それで、ティア、ククリ……わりぃんだけど、2人に中さ確認して来てもらいてえんだ」

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