054・帰村の日
王都を発って10日目。
馬車の窓から見える景色は、草原から山間の森に変わっていた。
この辺には、まだ雪も残っている。
ゴトゴト
街道は狭く、少し荒れていた。
座席で、その揺れに身を任せて、しばらく……やがて、風景が見知ったものになってくる。
そして、
「あ……見えた」
街道の先に、懐かしいマパルト村が現れたんだ。
…………。
山間部の小さな村だ。
背の低い石垣に囲まれ、人口も200人ほどしかいない。
その村の中では、僕らの馬車に気づいて、村人たちが門前に集まってくるのが見えた。
ギギィ
馬車が停まる。
僕らが降りると、
「おかえりぃ」
「無事、けぇったな」
「お疲れさん」
「父ちゃ~ん!」
「あんたぁ」
と、笑顔や泣き顔での出迎えがあった。
特に、家族を残して出稼ぎに出ていた村人たちは、熱い抱擁を交わしていた。
(うんうん)
僕も、青い瞳を細めちゃう。
隣の黒髪のお姉さんも優しい眼差しで、ふと視線が合うと、僕らも笑い合ってしまった。
僕ら2人にも、ご近所さんが労いの言葉をかけてくれる。
やがて、出迎えも一段落すると、村長の声かけで、僕ら出稼ぎ組は村長の広い屋敷で帰還祝いの宴を開いてもらえることになった。
…………。
夕方の村長宅。
ワイワイ ガヤガヤ
出稼ぎ組20人とその家族、あと、村の人もたくさん集まり、村長の家の広間と庭で料理とお酒が振る舞われた。
皆、笑顔で食事を楽しむ。
僕も、焼いた肉の塊をかじる。
ムグムグ
(ん、美味しい!)
王都の繊細な料理もいいけれど、村の豪快な味付けの料理も悪くない。
この肉も、塩胡椒しただけ。
骨も残ってる。
でも、肉汁もしたたり、脂身も旨い。
意外と大食漢のティアさんも、もう3個も肉塊を平らげ、更に4個目に手を伸ばしている。
(あはは)
さすがです。
見たら、彼女の頬に肉片が付いている。
(あ……)
僕は、
「ティアさん」
チョンチョン
僕は、自分の頬を触って、彼女に教える。
黒髪のお姉さんは「あら……」と少し恥ずかしそうな顔で、
ペロッ
長い舌で肉片を舐め取った。
(わ……)
野性的な仕草なのに、美人の彼女がすると何だか色っぽい。
背筋がゾクゾクする。
彼女は、クスッと僕に微笑むと、再び肉の塊にガブリとかぶりついた。
もう……。
僕も苦笑し、自分の肉をかじる。
視線を周囲に向けると、屋敷の縁側で村長と出稼ぎ組の代表者が談笑しているのを見つけた。
(…………)
村長、機嫌良さそう。
でも……それもそうか。
今回の出稼ぎでは、5000万リオンもの大金を稼いだのだ。
例年の約5倍である。
出稼ぎ中も、手紙で連絡と報告はしていたけれど、実際、5000万分の硬貨の入った5つの金属箱を見て、村長も目を見開いていたっけ。
小村には、充分以上の蓄えだ。
今後、数年は安泰だろう。
村長としても気苦労が減ったと思う。
(だからこその宴会、かな?)
出稼ぎ組への労いと今後のマパルト村の安泰の日々を喜び、村全体で盛大に祝うことにしたのだろう。
村人たちの表情も明るい。
(うん)
僕も、笑ってしまう。
がんばってよかったな、と、心から思う。
眺めていると、
「ククリ君?」
隣の黒髪のお姉さんに、不思議そうに声をかけられた。
僕は、彼女を見る。
小さく首を振り、
「ううん、何でもない。お肉、美味しいね」
ガブッ
笑って、手にした肉にかぶりついた。
◇◇◇◇◇◇◇
宴会のあと、自宅に帰ることにする。
(……3ヶ月ぶりだね)
懐かしい我が家に思いを馳せながら、ティアさんと共に村長宅から自宅へと向かった。
久しぶりの村の道を通り、自分の家へ。
「あ……」
見慣れた我が家が目に入った。
……うん。
僕は、つい微笑んじゃう。
隣の黒髪のお姉さんも、家を眺める紅い瞳を細めていた。
ガタタッ
扉を開く。
中は暗いので、燭台を灯す。
出た時と変わらない景色……それに、3ヶ月ぶりでも何だか安心する。
自分の居場所。
ここがそうだ、と感じる。
と、ティアさんが、
「思ったより、埃が溜まっていませんね」
不思議そうに呟く。
あ、うん。
僕は頷いて、
「ご近所さんに時々、留守中の換気をお願いしておいたんだよ」
「まぁ、そうなのですか」
「うん」
驚く彼女に、僕はまた頷く。
都会だと、珍しいかな。
でも、ここは小さな村だし、助け合いは基本だから。
僕ら出稼ぎ組で留守にする家は、残った村の人たちが責任を持って守ってくれる。
だから、僕らも安心して出られるんだ。
普段、鍵もかけないしね。
もし王都だと、簡単に空き巣に入られるだろうけど……。
そのあと、家の中を確認する。
(ん……)
特に問題なし。
ご近所さんは、屋根の雪下ろしもしてくれたみたいで、冬の間の家屋の損傷もない。
ありがたや、ありがたや。
(明日、お礼を言っとこう)
そんなことを考える。
旅の荷物を片付け、囲炉裏で薬草茶を1杯……その後、お風呂を沸かして入る。
気づけば、夜も更けていた。
「そろそろ、寝よっか」
「はい」
僕の提案に、ティアさんも頷く。
旅から帰った疲れもあるし、今日は早めに就寝して、また明日に備えよう。
と、その時、
「あ……」
彼女が、何かを思い出したように呟いた。
(ん?)
僕は、ティアさんを見る。
黒髪のお姉さんは、少し寂しそうに、
「そう言えば……この家では、寝室が別でしたね」
と、僕に言った。
僕は、青い目を瞬く。
言われてみれば、確かに……。
王都の宿屋では、3か月間、ずっと同じ部屋で過ごし、ベッドも同室で一緒に眠っていたっけ。
でも、我が家では別室。
ティアさん個人の部屋もある。
3ヶ月前は、それが当たり前だったけど……。
(…………)
僕は、彼女を見る。
黒髪のお姉さんも、僕を見ていた。
そして、
「不思議ですね……今はもう、1人で眠るのが寂しく感じます」
「うん……」
「ククリ君」
「ん?」
「今夜だけ、同じ部屋で一緒に眠っては……駄目ですか?」
「…………」
彼女の提案に半分驚き、半分喜んでしまう。
でも、いいのかな?
少し考え、
(ま、いいか)
と、僕は頷いた。
「うん、いいよ」
「あ……。ありがとうございます、ククリ君」
「ううん」
「ふふっ……よかった。安心しました」
彼女は嬉しそうに笑う。
僕も「そっか」と微笑んだ。
そのあと、彼女は寝具を抱え、僕の部屋へと運び入れる。
布団を並べ、敷く。
(……近い)
本当にすぐ隣だ。
王都の宿屋のベッドは、それなりに離れていたのに……。
でも、黒髪のお姉さんは嬉しそうで。
(……うん)
今更、止められない。
やがて、灯りを消し、僕らはそれぞれの布団に横になる。
懐かしい天井だ。
窓からは、月光が淡く差し込む。
その柔らかな光の中で、
「ふふっ……ククリ君」
キュッ
(!)
布団の中の僕の手を、握られた。
驚き、彼女を見てしまう。
隣のお姉さんは、どこか悪戯っぽく微笑んでいた。
長く美しい黒髪がシーツに広がり、降り注ぐ月の光に艶やかに輝いている。
紅い瞳が僕を見つめ、
「…………」
ゆっくりと閉じた。
無防備で、信頼に満ちた表情。
僕は、苦笑する。
息を吐き、
「おやすみなさい、ティアさん」
キュッ
繋いだ指に、力を込める。
黒髪のお姉さんも、まぶたを閉じたまま微笑んで、
「はい、おやすみなさい、ククリ君」
と、応じる。
優しい声の響きが、心に染みる。
僕も微笑み……そして、まぶたを閉じた。
…………。
…………。
…………。
繋いだ手の温もりに安心感を覚えながら、僕らは久しぶりの我が家で眠りについた。