052・新年祭
――王都アークレイに来てから、早1ヶ月となった。
僕らの出稼ぎの日々は続いている。
女王様に『氷雪の魔法大剣』と『魔法弓』をもらったけど、受注するクエストは『薬草採取』のみだった。
なぜかって?
(うん……悪目立ちするんだよね)
どちらも、高価な魔法武器。
しかも、『氷雪の魔法大剣』は見る人が見れば、とんでもない価値だとわかる。
冒険者ギルド内でも、結構、目立ってた。
多分、ティアさんの実力なら『討伐系のクエスト』も達成できると思うけど……でも、これ以上の評判は、よくない影響もありそう。
きっと、悪い噂も立つし。
最悪、勇者のこととか、バレるかもしれない。
(……気にしすぎかな?)
とも思うけど。
でも、シュレイラさんも、
「王国内にも、帝国の間者はいるからね。言動には気をつけな」
なんて言っていたし。
用心に越したことはないと思うんだ。
ティアさん本人も、
「私は、ククリ君と薬草を集めるの、好きですよ」
と、微笑んでくれた。
なので、1番簡単で報酬も安い『薬草採取』だけを受注し続けたんだ。
…………。
シュレイラさんは、魔法剣の試しのあと4日目から、遠征に出るとかで会えなくなった。
何でも、
「各地の魔物の生態調査とか、討伐とか、色々あんだよ」
「ふぅん」
「全く、こき使いやがって……クソ女王め」
「…………」
さすがに不敬なので、僕には答えられません。
ティアさんも「まぁ……」なんて、その物言いに呆れていたけどね。
でも、そうした言葉を使えるぐらい、シュレイラさんと女王様の関係は親密なのだと思う。
勇者の件みたいな国家秘密を共有するぐらい。
そういう関係は、
(なんか、いいな)
って感じる。
年齢や立場を越えた友人って感じで……。
赤毛のお姉さんは、
「そんな訳で、アタシは少し行ってくるから。ティアのこと頼んだよ、ククリ」
「うん」
「よしっ、いい男だ」
ポンポン
(わっ?)
僕の頭を軽く叩いた。
黒髪のお姉さんは不満そうに、
「なぜ、ククリ君に頼むのです?」
「ん? そりゃ、ククリの方がしっかりしてるからね」
「…………」
「ティアは、どこか抜けてそうだからね。荒事なら安心だけど、それ以外の日常生活だと……ねぇ?」
「シュレイラ……」
「ククリもそう思うだろ?」
(え?)
僕に振る?
2人のお姉さんの視線が集まり、僕は少し慌てる。
えっと、
「ティアさん、いいお姉さんだよ」
と、笑顔で答えた。
黒髪のお姉さんは「ククリ君……」と嬉しそう。
一方で、赤毛のお姉さんは明言しなかったことに気づいたみたいで、「ほら、しっかりしてる」と苦笑していた。
(あはは……)
僕は、誤魔化し笑い。
その後、出発までの4日間は、彼女は僕らの暮らす宿屋に遊びに来たり、近くの飯屋で一緒に食事をしたりした。
気さくな姐御さん。
多分、僕らの心配もしてくれてるんだろう。
いい人だ。
王国の英雄……だけど、そう感じない。
まるで、近所のお姉さんみたい。
(……うん)
もしかしたら、僕らと彼女も、いつの間にか友人になっていたのかも……なんてね。
ともあれ、彼女は旅立った。
炎の翼を広げた『炎龍の槍』に乗り、多くの冒険者や王都民に見送られながら、青い空の彼方に飛翔していったんだ。
その姿は、格好良くて……。
(――どうか無事で)
そう願いなら、僕も見送ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
本日も『薬草採取』を終え、ギルドで報酬を受け取る。
(ん……)
今日もがんばった。
雪羽虫のように大金を稼げはしないけど、毎日コツコツ、確かに収入を得られている。
こういう積み重ねも、僕は好きだ。
黒髪のお姉さんも微笑み、
「今日もお疲れ様でした、ククリ君」
「うん、ティアさんも」
「はい」
「じゃあ、帰ろっか」
「はい」
僕らは笑い合い、王都の通りを歩く。
通りには、たくさんの人々が行き交い、街路樹もある道沿いには店舗が並ぶ。
忙しい雰囲気。
だけど、何だか明るい空気。
この時期の店舗には、色々な飾りつけも行われていた。
と、隣のティアさんが、
「何だか、街の景色が華やかですね」
と、呟いた。
(ん?)
僕は、彼女を見上げる。
彼女の紅い瞳は、周囲の景色を映しながら、
「どこのお店も装飾が綺麗ですし、街路樹にも照明も飾られています。街全体が明るい感じで……」
「あ、うん」
「まるでお祭りみたいですね」
「それはそうだよ、明日は『新年祭』だから」
「……新年祭?」
「うん……え?」
黒髪のお姉さんは、キョトンした顔だった。
(まさか……知らない?)
驚きつつ、
「えっと……今年は今日で終わり。明日からは新しい1年が始まるんだ。それを祝うお祭りなんだけど……」
「まぁ、そうなのですね」
「うん……」
「言われてみれば、そうした行事もあった気がします」
と、彼女は頷く。
それから、少し遠い目で、
「ただ……昔の私は、それを楽しむ余裕がなかったのかもしれません」
「…………」
勇者のティアさん。
当時の彼女は、魔王軍との戦いに明け暮れていたのだろう。
昼も夜もなく。
新年も、何も、感じる暇もなく……。
殺して、殺されて、生き返り、また殺して……ただ人々の平和のために……。
(…………)
僕は思わず、
ギュッ
彼女の両手を、自分の両手で握った。
「!?」
驚く黒髪のお姉さん。
その美貌は、真っ赤に染まる。
「え……あ、あの、ククリ君? と、突然、何を……っ?」
と、慌てる。
そんな彼女を見つめて、
「明日は、僕と一緒に新年祭を回ろう」
「あ、は、はい」
「うん。それで、来年も、再来年も、その次の年もその先も、ずっと、ずぅっと……毎年、一緒に祝おうね」
「…………」
ティアさんは、紅い目を瞬く。
僕は、真剣に見つめる。
やがて、黒髪のお姉さんは力が抜けたように微笑んだ。
嬉しそうに、
「はい、ククリ君。これからも、ずっと……約束です」
「うん!」
僕も大きく頷いた。
そうして約束を交わした僕らは、手を繋いだまま、宿屋までの道を辿ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
夜は、村の皆と1年の締め括りに豪勢な料理を食べた。
みんな、酒盛りしながら盛りあがる。
僕は未成年だったので果実水だけど、大人のティアさんは少しだけお酒を飲んでいた。
「ふふっ……美味しいです」
と、楽しそうに微笑む。
その表情は、いつもより柔らかく、ほんのり頬が上気して色っぽい。
(……うん)
僕も、つい見惚れちゃう。
やがて、日付が変わる。
深夜の街に歓声があがり、宿の窓からは、夜空に弾ける花火が見えた。
僕らは、
「おお、新年明けたの~!」
「おめでとう!」
「おめでとさん~!」
「めでたいの~!」
「おめでとうございます」
「おめっとぉ~!」
「今年もよろしゅうの」
「んだんだ」
と、笑い合った。
村の皆は、そのまま徹夜で新年会に突入するつもりらしい。
僕らは、明日、ティアさんにとっては初めての王都の『新年祭』を巡る予定だったので、ここで退席。
そのまま、自室で就寝した。
翌日の午前中、宿を出発。
宿の食堂では、村の皆がまだ酒盛りしつつ、何人かがテーブルや床で眠っていたけれど……。
…………。
…………。
…………。
新年初日は、快晴だ。
王都には、地方からも大勢の人が集まり、『新年祭』を楽しんでいる。
僕らも、その一部。
通りにはたくさんの人がいて、
「手、繋ごう」
「は、はい」
と、僕らは迷子にならないよう、お互いの手を握った。
本日は、一部、車道も規制され、通行人用に開放されたりもしている。
それでも、混んでたけど。
通りには屋台も並び、空には花火や紙吹雪。
各所には、アークライト王国の国旗も掲揚され、解放された通りでは大道芸人たちも自慢の芸を披露していた。
それらを眺め、
「わぁ……」
黒髪のお姉さんは、目を輝かせていた。
まるで子供みたい。
それが微笑ましく、そして、少しだけ痛ましい。
これまでの人生の分、いっぱい楽しんで欲しいな……と思う。
さて、まずは、
「神殿にお参りに行こっか?」
「あ、はい」
僕の提案に、彼女は頷く。
やがて、2人で『太陽と月の神殿』に辿り着く。
(うは……)
大混雑だ。
やはり、年の初めに神様にお参りに来る人は大勢いるみたい。
たくさんの神官や王都の衛兵が誘導指示を行い、1度にお参りできる人数に規制をかけながら、混乱のないよう順番にお参りさせている。
僕らも、人込みの中へ入る。
ムギュムギュ
つ、潰れそう。
ティアさんも僕を守ろうとしてくれるけど、前後左右から押し込まれるので、なかなか難しい。
彼女は心配そうに、
「だ、大丈夫ですか、ククリ君?」
「う、うん」
「これは……大変ですね」
「そうだね。でも、これも『新年祭』の醍醐味だよ」
と、僕は笑った。
彼女は、目を瞬く。
村では、こんな人混みを経験することもない。
普段の王都でもそう。
何よりこれだけたくさんの人が、たった1つの目的で同じ場所に集まるなんて、こうした機会でもない限り味わえないんだ。
貴重な経験。
だから、言う。
「大変だけど、楽しいよね」
「…………」
「きっと将来、思い出した時に『あの時は大変だったね~』って笑って話せるよ」
村長や村の年寄りは、みんな、そう。
その時の皆は、大変な出来事を話してるのに、やっぱり笑顔だった。
きっといつか、僕らも。
ティアさんは、僕を見つめる。
「ええ……そうですね」
と、はにかむ。
笑いながら、
「何年先も、私はククリ君と一緒にいて、きっと今日のことを話します」
「うん」
「ふふっ、その日も楽しみですね」
「うん、そうだね」
僕も笑った。
やがて、1時間ほど、人混みで我慢する。
順番が来て神殿内に入ると、双子の女神像の前で、お賽銭を投げ入れ、深く祈りを捧げた。
日々の感謝。
そして、これからの平穏を願う。
あと、
(これからも、ティアさんといられますように……)
と、それを1番強く。
隣の黒髪のお姉さんも、静かに祈る。
やがて、10分ほどで時間切れとなり、神官たちに促され、他の人たちと一緒に神殿内から出ることになった。
(ふぅ……)
大変だった。
でも、楽しかった。
隣のお姉さんを見れば、彼女も笑っている。
そのあと、神殿の境内で販売している御守りとお神酒を買い、僕らは太陽と月の神殿をあとにしたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
神殿のあとは、王都内を散策した。
たくさんのお店が新年の安売りをしているらしく、どの店舗も繁盛している。
ティアさんは、
「武器も安くなっていますね」
と、武器屋の中を覗き込んでいた。
(あはは……)
女王様から『氷雪の魔法大剣』というとんでもない武器をもらったのに、他の武器も気になるんだ?
根っからの武器マニアなのかなぁ、ティアさん。
ともあれ、さすがに買う気はないみたいで。
色々眺めながら、通りを歩く。
通りには、屋台も多い。
焼きそばや綿飴、クレープ、焼き菓子などがあり、僕らは果物の入った棒の飴を買う。
それを舐め、かじりながら歩く。
(ん、甘ぁい)
ちょっと行儀悪いけど、今日ぐらいは、ね。
ティアさんも、頬を緩めている。
たまに大道芸人の所で足を止め、僕らはその芸を眺めて感嘆の声をあげ、拍手を送り、最後に小銭を逆さになった帽子の中に投げ込んだ。
黒髪のお姉さんは、
「不思議な技でしたね」
「うん」
「あの細い筒のどこから、あんな何匹も鳩が出てくるのでしょう?」
「本当にね」
「私もやってみたいです」
「そっか」
目を輝かせて言う彼女に、僕も笑ってしまった。
正午近くになると、たくさんの王国騎士と王国兵によって規制された車道の前に、大勢の王国民が集まっていた。
人垣の向こうの車道では、
(あ……女王様だ)
我が国の女王クレアリス・ヴァン・アークライト陛下を乗せた馬車が、ゆっくりと進んでいた。
新年のパレードだ。
女王様の他にも、将軍、大臣、高位貴族の方々が屋根のない車両に乗り、僕ら国民に向けて、笑顔で手を振っている。
ティアさんも、
「あら、女王ですね」
と、驚いたように呟いた。
僕も「うん」と頷く。
その時、僕ら2人の方を、女王様が見た。
その美貌が一瞬、固まる。
まるで、幽霊でも見た感じ。
そして女王様は、何事もなかったように視線を外し、国民へ笑顔を向け、手を振った。
(…………)
気づいたのかな?
でも、この人混みだし難しいよね。
少し悩んでいると、
「ククリ君に気づいたのに何も反応しないとは、無礼な女ですね」
と、黒髪のお姉さんが憤慨する。
えっと、
(それ、普通だから)
僕、ただの村人だし。
というか、やっぱり気づいてたんだ。
そして、女王様に対するその物言いに、周りにいた人たちが怪訝そうな顔をする。
こちらを見て、
(……お?)
全員、黒髪のお姉さんの美貌にポカンとした。
あ~、うん。
(美人だもんね、ティアさん)
気持ちはわかります。
男性も女性も動きが止まり、みんな、パレードではなく彼女を見てしまう。
少し誇らしい。
でも、これ以上は悪目立ちしそう。
僕は繋いだ手を引き、
「そろそろ行こっか」
「あ、はい」
と、彼女を促して、その場をあとにした。
…………。
…………。
…………。
気がつけば、もう夕方だ。
西に傾いた太陽が、王都を赤く照らしている。
それでも王都内は賑やかで、照明が灯されながら、まだまだ『新年祭』は終わりそうになかった。
そんな中、僕らは噴水公園のベンチにいた。
人は多い。
けど、少しだけ喧噪が遠い落ち着いた場所だ。
(ふぅ……)
色々歩き回った僕らは、ここで一息。
ティアさんも、満足そうな顔で隣に座っている。
僕は聞く。
「楽しかった?」
「はい」
彼女は頷く。
僕を見ながら、
「こんなに賑やかで、華やかな空間に自分もいることが不思議でした」
「そっか」
「でも、楽しかったです」
「うん」
僕も頷き、
「僕も、ティアさんと一緒に回れたから楽しかったよ」
と、言った。
去年、一昨年とは、全然違う。
ティアさんがいた今年は、本当に、世界が輝くような気持ちだった。
彼女は「ククリ君……」と紅い瞳を潤ませる。
僕は、照れ笑い。
それから、
「あ、そうだ」
「?」
「僕ら、今日でまた1つ年齢を重ねたんだよね。お互い、おめでとう」
「え……?」
彼女は、驚いた顔。
ん……?
(あ、そっか)
気づいた僕は、
「アークライト王国では、新年祭でみんな年を取るんだよ」
「まぁ……そうなのですね」
「うん。だから、僕は今日で14歳」
「はい」
「ティアさんは21歳だね」
「ですね」
頷く、黒髪のお姉さん。
だけど、
(あれ?)
ふと、僕は思い出す。
「でも、勇者様って……10年前に17歳だったんだっけ」
「…………」
「不老不死だったけど、でも本当の年齢は、27……いや、28歳……?」
「ククリ君」
「ん?」
「私はティアで、21歳です」
「…………」
「21歳です」
ニコッ
綺麗な笑顔。
だけど、逆らってはいけない美しさ。
僕は、
「う、うん」
と、頷いた。
少しだけ、ほんの少~しだけ、身の危険を感じだよ。
でも、28歳でも、21歳でも、僕にとっては、綺麗なお姉さんなのには変わりないんだけどね。
僕は、ジッと彼女を見つめる。
「? ククリ君?」
彼女は、少し不思議そうな顔。
僕は言う。
「僕、ティアさんに会えてよかった」
「え……」
「父さん、母さんがいなくなってから、ずっと灰色みたいな気持ちだったけど……ティアさんに会えてから、世界がすっごく明るいよ」
「…………」
「だから、ありがとう」
「ククリ君……」
彼女は、とても驚いた表情だった。
少し照れ臭い。
だけど、『新年祭』の特別な空気に促されて、僕は言う。
笑って、
「僕はこれからも、ティアさんとずっと一緒に年を取っていきたいな」
そう、正直な気持ちを。
彼女は、何も答えなかった。
ただ、僕を紅い瞳で見つめている。
綺麗な長い黒髪が、夕暮れの風に柔らかく揺れている。
やがて、
「――私もです」
そう答え、彼女は身を乗り出した。
その美貌が近づき、
(え……)
僕の頬に、紅い唇が柔らかく触れた。
ドキン
心臓が跳ねる。
彼女の甘い匂いがして、艶やかな黒髪が僕の肌を撫でる。
すぐに離れた。
その美貌は、真っ赤だった。
恥ずかしそうに、でも、幸せそうに微笑んでいる。
夕暮れの王都のベンチで、僕らは見つめ合う。
その背後で、公園の噴水の水が柔らかく噴き上がる。
紫色の空では、無数の花火が色鮮やかに咲き誇り、ドン、ドン……と心地好い振動を響かせていた。
…………。
…………。
…………。
ただ、心がいっぱいで。
やがて僕らは一言も喋ることなく、お互いの手を握ったまま宿屋への帰路に着いたんだ。