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051・氷雪の魔法大剣

「――では、次は私の番ですね」


 黒髪をなびかせ、ティアさんがそう宣言した。


 あ……。


(ついに主役の登場だね)


 今回、この場所に来たのも、本来は彼女の大剣を試すためなのだ。 


 僕の弓は、おまけ。


 黒髪のお姉さんは、大剣の鞘を外す。


 剣が長いので、鞘の固定ベルトを外して側面から抜く感じだ。


 ヒュオ……ッ


 青白い刀身が現れ、冷気が漏れる。


 綺麗な剣だ。


 僕の身長と同じぐらいの長さで、片刃の刀身には綺麗な模様が刻まれ、根元に魔法石が填まっている。


氷雪の巨人(フロストタイタン)』の魔石だ。


 ギシッ


 柄を持つ手が軋む。


 重量も相当ありそう。


 だけど、元勇者のお姉さんは、当たり前に1人で持っている。


 ザッ ザッ


 彼女は、遺跡群のほうに歩いていく。


 僕の横を抜け、


「ティアさん、がんばって」


 僕は、声をかけた。


 ニコッ


 彼女は微笑み、そのまま進む。


 進路上には、遺跡の陰から出てくる『黒死の蠍(ブラックスコーピオン)』が2体いた。


(大丈夫かな……?)


 少し、緊張する。


 と、僕の隣に、赤毛のお姉さんが立った。


 前を見ながら、


「さて、どうなるかね?」


 と、笑った。


 何だか、楽しそうな表情。


 まるで、期待する演劇の開演を待つ客みたい。


 ……うん。


 僕も信じて、前を見る。 


 ギチッ ギチチ……ッ


 30メードほど離れた先で、魔物たちが大剣を持つ彼女を見つけた。


 その集眼に、殺意が点る。


 ザッ


 瞬間、2体の蠍は、ティアさんに襲いかかった。


(――あ)


 速い。


 あの大きさで、思った以上の瞬発力だ。


 複数の足を駆使して、地形の凹凸も関係なく走っている。


 頑丈な甲殻。


 巨大な鋏と尾の針。


 遠距離で射貫いた時には気づかなったけど、接近戦は、かなり危険な魔物じゃないかと思える。


(ティアさん……っ)


 思わず、両手に力が入る。


 そして、


「……ふっ」


 短い呼気と共に、彼女は静かに動いた。


 ヒュパッ


 青白い大剣が、下段から天高くに振り抜かれる。 


 ……え?


 あまりに速く、軽々とした動き。


 隣にいる赤毛のお姉さんも、


「うお……?」


 と、その金色の1つ目を丸くしている。


 そして、大剣が振り抜かれたあとには、真っ二つになった『黒死の蠍』の胴体が、彼女の左右の地面を転がっていく光景があった。


 もう1体の魔物は、一瞬、止まる。


 けれど、


 ヒュボッ


 即、大きな鋏を突き出した。


 ゴシャアン


 その鋏を叩き潰し、今度は上空から落ちてきた大剣の刃が、漆黒の甲殻ごと『黒死の蠍』を両断する。


 刃は、地面に激突。


 放射状に亀裂が走り、盛大な土煙が舞った。


(う、わ……)


 僕は、目が点だ。


 最初は技術で、次は力技で。


 黒髪のお姉さんは、ほんの1秒ほどの間に、2体の『黒死の蠍』を倒していた。


 圧巻の強さ。


 しかも、150ギログの重量を物ともしない剣速。


 その上での、確かな技術と力。


 強いと思っていた。


 けど、


(……これほどだったんだ)


 改めて、思い知る。


 これが、元勇者の実力……か。


 王国の英雄で大陸に100人もいない第1級冒険者の赤毛のお姉さんも、目の前の光景に目を見開いていた。


「……こいつは、とんでもないね」


 彼女をして、そんな言葉。


 と、その時、


 ギチッ ギチチ……ッ


(あ……) 


 戦闘音に気づき、『黒死の蠍』が集まってきた。 


 ティアさんを中心に、100体近い魔物の集団が包囲するように接近していく。


 逃げ場が……ない。


(ティアさん!)


 僕は、焦った。


 でも、彼女は、落ち着いた表情だ。


 シュレイラさんも、


「さて、ここからが本番・・だよ」


「え……?」


「さぁ、やりな」


 興奮の滲んだ声で言う。


 ガシャン


 その声が聞こえたように、黒髪の美女は、両手で握った『氷雪の魔法大剣』を顔の正面に掲げた。


 刀身の魔法石が、


 ヒィン


 と、輝きだす。


 刻まれた模様が光る。


 同時に、


 パアッ


 彼女の額に、紅く光る紋様が浮かびあがった。


 魔法石の輝きが増す。


 やがて、彼女の掲げる『氷雪の魔法大剣』の剣自体が光り出した。


(う……)


 眩い光は、見守る僕らも照らす。


 そして、



「――はっ」



 黒髪をなびかせ、彼女は大剣を振り下ろす。


 光が弾ける。


 魔力の冷気が吹き荒れる。


 そして、



 世界は――白く染まった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



(――は?)


 生まれた光景に、僕は目を疑った。


 目に見える荒野の全てが、真っ白く凍りついている。


 土も、植物も。


 遺跡も。


 無数の『黒死の蠍』も、全て。


 生息していた数百体はいただろう魔物は絶命し、それ以外の全ての生命が凍死しているだろう。


 遺跡となった都市1つが丸ごと……。


 いや、それどころか、視界の届く範囲全ての荒野が『氷の世界』と化していた。


 僕は、呆然。


 やったティアさん本人も、驚いた顔をしている。


 まるで、森中の雪羽虫を焼き殺したシュレイラさんの魔法の炎みたいで……でも、1点だけ、違う。


 それは、疲労具合。


 あの時、魔法を放ったシュレイラさんは、肩で息をしていた。


 でも、ティアさんは、


(……平然としてる)


 息も乱れてない。


 だから、わかる。


 これだけの広範囲を凍らせながら、けれど、まだ全力じゃない(・・・・・・)のだ。


(……そんな馬鹿な?)


 でも、そうとしか思えない。


 そして、気づく。


「あ……」


 僕の前にいた赤毛のお姉さんが、前方に『炎龍の槍』を突き出していた。


 独特の穂先には、炎が灯る。


 そして、それを始点に、僕ら2人のいる場所だけが何かに切り裂かれたように、真っ白に凍りつくのを免れていた。


 ジュウウ……


 周囲には、蒸気が上がる。


 彼女は、


「さすがに危なかったね……」


 と、呟く。


 その表情は、緊張からの安堵があった。


 白い額には、汗が滲む。


 凄まじい冷気から、この赤毛のお姉さんが守ってくれたのだとようやく気づく。


 もし、彼女がいなかったら……?


(…………)


 ゴクッ


 僕は、唾を飲む。


 ティアさんも、慌てたようにこちらに走ってきた。


「だ、大丈夫ですか、ククリ君?」


 焦った顔だ。


 僕は「うん」と頷く。


 シュレイラさんも、


「安心しな。こういう時のために、アタシも来たんだ。何も問題ないよ」


「……シュレイラ」


「ま、少し焦ったけどね」


 と、苦笑する。


 僕も笑い、


「でも、大丈夫だよ」


 と、ティアさんに伝えた。


(ま、ちょっと、びっくりしたけど……)


 でも、無事だから。


 僕の笑顔に、黒髪のお姉さんも安心したように息を吐く。


 それから、


「ごめんなさい。初めてなので、3割ぐらいの力で試したのですが……」


 と、謝る。


(3割で、これ……?)


 僕は、目を丸くしちゃう。


 赤毛の美女も、呆れた表情だ。


 彼女は、少し考え、赤色の髪を乱暴にかく。


 そして、言う。


「そりゃ、『神紋しんもん』の影響だね」


「え……」


「神紋?」


「その額に浮かんでいた赤い紋章のことさ」


 ピッ


 彼女の指は、ティアさんのおでこを差す。


 ティアさんの細い指も、長い前髪の奥にある自分の額を触ってしまう。


 今は……消えてる。


(でも、確かに、魔法の時に光ってたね)


 と、僕も思い出す。


 赤毛の美女は言う。


「そいつはね、10年前、太陽の月の女神が勇者に授けた『無限の魔力』を生む紋章なんだよ」


「無限の……」


「へぇ……?」


 僕らは驚く。


(つまり、勇者の証だ)


 元勇者のお姉さんを、僕はまじまじ見てしまう。 


 気づいて、


「……ぁ」


 彼女は、少し恥ずかしそうに前髪で自身の額を隠してしまう。


 ……何で?


 目を瞬く僕。


 その一方で、赤毛のお姉さんは、


「『神紋』で体内を流れる魔力量が増えれば、自然と『身体能力の強化』や『魔法の威力増加』も起きるんだよ」


「ほう……」


「そうなんだね」


「ああ。けど、気をつけな」


「…………」


「?」


「制御できない大きな力は、ただの危険だよ。それでククリを殺したくないだろう?」


「!」


「……あ」


 今、それが起きかけたんだね。


 ティアさんも、真剣な表情だ。


 そんな彼女に、


「あとね? 制御できても、神紋を使えば『自分が勇者だ』って周りに宣伝してるようなもんだ。よくよく、使い所を考えるんだよ」


 と、赤毛のお姉さんは忠告する。 


 ティアさんは、


「肝に銘じます」


 黒髪を揺らし、生真面目に頷く。


(そっか)


 そうだね。


 勇者のこと、帝国とか、他の人にバレたくないもん。


 気をつけないと。


 僕は、彼女を見る。


 視線に気づいたティアさんも、僕を見た。


「…………」


「…………」


 お互い、頷き合う。


(うん、2人で注意すれば、きっと大丈夫)


 そう思う。


 そんな僕らに、赤毛のお姉さんも微笑んだ。 


 そして、言う。


「さて……じゃあ、どうする? もう少し、魔法剣の力、試してみるかい?」


「あ、いえ、大丈夫です」


 フルフル


 黒髪を散らし、首を振るティアさん。


 彼女は、


「もう、コツは掴めましたので」


「は……何だって?」


「コツ?」


「はい、このように」


 言いながら、彼女は『氷雪の魔法大剣』を掲げる。


 魔法石が輝き、


 ピィィン


 青白い刀身が光ると、そこから無数の『氷の小鳥』が飛び出した。


(わっ?)


 まるで生き物みたいに、氷の翼が羽ばたき、僕らの頭上の空を舞う。


 太陽の光に、キラキラ輝く。


 僕は、唖然。


 シュレイラさんも呆気に取られ、


「たった1度の試しで、ここまで魔法制御できるのかい……こりゃ、参ったね。さすが、元勇者様だ」


 と、呆れたように苦笑した。


 氷の小鳥は、華麗に舞う。


 黒髪のお姉さんも、その光景を見つめる。


 やがて、


 ヒィン


 大剣から、魔法の輝きが消える。


 途端、『氷の小鳥』たちは、


 パリン パリリン


 次々と空中で砕けていき、細かい氷の破片となって、風に流される。


 僕らの周囲にも降り注ぎ、


 キラキラ


 太陽の光に、万華鏡みたいに煌めいた。



 ――その中心に、黒髪の美女がいる。



 まるで、この世の存在とは思えぬ美しさで、彼女は微笑みながら空を眺め、散らばる光の中に立っていたんだ。

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