004・薬草採取
(さて……と)
僕は、山に入る道具を用意。
形見の短剣は、腰ベルトの後ろに固定。
これは、採取道具であり、護身具でもある。
あとは、水筒、携帯食料、薬草を入れる布袋、タオルなどを入れたリュックを背負う。
リュック横には、短弓と矢が5本。
こっちは、完全な護身具だ。
虫除けのため、香草の匂い袋もベルトに括る。
足元は、頑丈な登山用の革靴。
(よし、準備完了)
僕は頷き、立ち上がった。
玄関でティアさんと合流する。
「お待たせ」
「いえ」
黒髪のお姉さんは、微笑む。
今のティアさんは、白いワンピースの腰を帯で縛り、足が大きく動けるように裾を持ち上げていた。
その足には、僕の予備の革靴。
サイズが心配だったけど、大丈夫そうでよかった。
長い黒髪は、毛先の方で紐で縛っている。
うん、動き易そう。
手には、昨日、僕の作った手作り杖もある。
僕は頷き、
「じゃあ、行こっか」
「はい」
と、僕らは家を出発した。
◇◇◇◇◇◇◇
僕とティアさんは、一緒に村を出る。
村の裏にある山に入った。
カサッ ガサッ
草を踏み分け、山道を進む。
(…………)
チラッ
後ろを振り返る。
杖をついて、歩くティアさん。
その様子を、こっそりと観察する。
(……うん)
見た所、普通に歩けている。
特に体調も問題はなさそうだ。
よかった。
ただ、昨日の今日なので、注意はしておかないとね。
だけど、
(歩き方が安定してる)
起伏のある地面なのに、重心がブレない。
姿勢が凄く綺麗だ。
(……う~ん)
もしかしたら、ティアさんは、元々身体を鍛えていた人なのかもしれない。
少なくとも、足腰は鍛えられている。
と、僕の視線に気づき、
「?」
ニコッ
彼女は、穏やかに微笑む。
……少し見惚れる。
僕は「ううん」と誤魔化し、前を向く。
少し頬が熱いや。
…………。
30分ほど、山を登る。
周囲には、緑の木々が生え、木漏れ日が差している。
(あ……)
僕は足を止めた。
後ろのお姉さんも止まる。
「ククリ君?」
「見つけた」
「え?」
「薬草。あそこ」
小さな指で、草の茂みを指差す。
彼女は紅い目を凝らすけど、よくわからない様子だ。
近づいて、
「ほら、これだよ」
と、1つの植物を示した。
似たような草が多いんだけど、これだけ葉の裏が白い。
ティアさんは、目を瞬く。
「あれだけの草の茂みの中から、よく見つけましたね」
「慣れてるから」
笑って答え、僕は短剣を抜く。
サクッ
茎を切断。
彼女に見せながら、
「これは、白葉草。この白い葉の成分が炎症とか抑えるんだ。湿布の原料になるんだよ」
「そうなのですね」
「うん」
彼女は、珍しそうに葉を触る。
僕は言う。
「この山には、薬草が70種類ぐらいあってね」
「70も……?」
「うん。それぞれ、鎮痛、解毒、消炎、殺菌……色々な作用があるんだ。中には、毒草もあって」
「毒草?」
「そう。神経麻痺毒なんだけど……上手く扱うと麻酔になる」
「…………」
「もちろん毒草だから、採取の時は気をつけないといけないけどね」
と、注意も伝える。
ティアさんは、感心した顔だ。
僕は、採取した白葉草を丁寧に布の袋にしまい、リュックに入れる。
背負って立ち上がり、
「それじゃあ、次の薬草、探そうか」
「あ、はい」
黒髪のお姉さんも頷く。
そして、僕らは再び山の木々の中を歩き始めた。
◇◇◇◇◇◇◇
薬草を根から抜く人もいる。
鮮度を考えると、その方がいいらしいけど、僕はしない。
だって、
(その方が、すぐ生えるし)
持続的に採取するなら、根を残して再生させた方がいいもの。
なんて、豆知識。
そんな話をティアさんとしながら、3時間ほど薬草を集めた。
…………。
彼女の手には今、薬草の入った布袋がある。
何か仕事がないと落ち着かないだろうと思って、荷物持ちを頼んだんだ。
そう重くないし、彼女も平気そう。
ただ、少し疲労も見える。
昨日の今日で、慣れない山歩きだ。
(…………)
僕は、太陽の位置を確認する。
もうすぐお昼。
彼女を見て、
「ティアさん、少し休憩にしよっか」
「あ、はい」
僕の提案に、彼女も素直に頷いた。
5分ほど移動して、昨日、ティアさんを発見した川に辿り着く。
手頃な石を椅子に座り、
「はい、お水」
と、水筒を渡した。
彼女は微笑み、
「ありがとうございます、ククリ君」
と、受け取った。
柔らかそうな唇に当て、水を飲む。
コク コク
白い喉が動く。
やがて口を離し、熱っぽい息を吐いた。
うん、少し生き返った感じ。
水筒を返してもらい、僕も口をつける。
「ぁ……」
ふと、彼女が声を漏らす。
ゴク ゴク
ん、冷たくて美味しい。
見ると、彼女は少し赤くなった顔をしていた。
(……?)
どうしたんだろう?
小首をかしげる僕に、
「いえ、何でもありません」
彼女は誤魔化すようにはにかみ、自分の唇を触っていた。
はて……?
…………。
そのあとは、携帯食料を2人で食べる。
小麦粉や干し果物、干し肉、豆類などで作ったスティック状の物だ。
もちろん、自家製。
ティアさんもかじって、
「これは、独特な味ですね」
「そう?」
僕としては毎日の味なので、わからない。
モグモグ
川の流れを見ながら、食べる。
彼女は食べずに、そんな僕の顔を見つめた。
そして、
「ククリ君は、いつも1人でこの山に?」
と、聞かれた。
僕は頷く。
「うん、そうだよ」
「……危なくはないですか?」
「多少はね。でも、熊とか狼ぐらいなら追い払えるし、基本、人に近寄ってこないから」
「…………」
「まぁ、ずっと入ってる山だしね」
と、僕は笑う。
危険な場所、してはいけないこと、色々わかってるのだ。
そんな僕を、彼女は見つめる。
「凄いですね、ククリ君は」
「え?」
「まだ若いのに、薬草の知識もあり、山のことも知っている。本当に凄いと思います」
「そ、そう?」
なんか照れる。
赤くなる僕に、お姉さんは優しい表情だ。
んん……。
僕は言う。
「父さんと母さんに、鍛えられたから」
「ククリ君のご両親?」
「うん」
僕は頷いた。
高い空を見上げて、
「もう死んじゃったけどね」
「あ……」
「もう3年も前だけど、山で薬草を集めてる時に、強い魔物に遭遇してさ」
「…………」
「僕だけ逃がされて……でも2人は、ね」
思い出すと、まだ胸が痛い。
彼女も、痛ましげな顔だ。
(あ……)
気づいた僕は、
「でも今は、山に魔物はいないから」
「…………」
「前より安全に山を歩けるよ。これも3年前、勇者様が魔王を倒してくれたおかげだよね」
「……勇者?」
彼女は、怪訝な顔をする。
(ん……あれ?)
その反応に、僕もキョトンだ。
何だろう?
まるで、勇者様の存在を知らないみたいな感じで……。
いやいや、
(そんな、まさか)
だって、人類の救世主。
今、世界で1番の有名人だよ?
と、その時、
「う……くっ」
美貌をしかめ、彼女は頭を押さえた。
え?
「ティアさん!?」
顔色が悪い。
頭痛がするのか、綺麗な黒髪が乱れ、額に汗が滲んでいる。
震える手が、宙に彷徨う。
ギュッ
思わず、その手を握った。
冷たい手だ。
「だ、大丈夫?」
「…………」
返事はない。
代わりに、手を強く握り返される。
まるで、すがるように……。
僕も温めるように、その白い手を握り続けた。
やがて、1~2分して、
「……ふ、ぅ……」
彼女は、大きく息を吐いた。
僕を見て、
「すみません……もう大丈夫です」
と、弱々しく微笑んだ。
(本当に?)
まだ心配な僕。
彼女は頷き、
「少し、頭の奥が痛くなって……ですが、もう収まりましたので」
「うん……」
「あ……」
お互いの握った手に気づく。
見れば、僕の手に、彼女の指の跡が残っている。
相当、強く握られたみたい。
彼女は、
「すみません」
と、また謝る。
僕は、首を横に振る。
「平気。ティアさんが無事ならいいんだ」
と、笑った。
彼女は、眩しそうに僕を見る。
少し照れ臭い。
でも、
「もしかしたら、昨日の今日で疲れが出たのかな」
「…………」
「ごめんね。今日は、もう帰ろっか」
「あ、はい」
僕の提案に、彼女は素直に頷いた。
それから、
「私は、ククリ君に従います」
と、微笑んだ。
本当に、綺麗な笑顔だ……。
また、少し見惚れちゃう。
…………。
それから、僕らは下山する。
ティアさんも、その後、体調を崩すことはなく。
やがて、僕らは無事に、マパルト村の我が家へと帰ることができたんだ。




