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045・迎えの馬車

 北の森を発った日の夕方、僕らは、王都アークレイに到着した。


 宿に着いたのは、もう夜だ。


 疲労回復のため、早めの就寝。


 翌日は仕事を休み、昼過ぎに起床する。


 すると村の人に誘われ、本日は宿屋の食堂を貸し切り、今回の成功を祝う食事会を開くことになった。


 もちろん、僕らも参加。


 夕暮れ時に、食事会は始まった。


「かんぱ~い!」


「わははっ」


「今回は大変だったけんど、稼げたべぇ」


「んだなぁ」


「雪羽虫様様だべ」


「なぁ~」


 と、皆、上機嫌。


 何しろ、10日間で4000万リオンだ。 


 1人200万リオン。


 全員、1日20万リオン稼いだ計算である。


 出稼ぎでこれだけ稼げた年は、皆、記憶にないそうだ。


(本当、凄いよね)


 うん、がんばった甲斐があったよ。


 ちなみに、4000万という額は、今回の『雪羽虫の駆除』に参加した出稼ぎ冒険者グループの中でも、5番目の数字らしい。 


 トップは、1億リオン越え。


 人数は、35人だって。


 1人当たり、約285~286万だ。


 凄いね……。


 でも、僕らの数字も悪くない。


 というか、本当に凄い額なんだ。


 だから、僕も上機嫌で、食事会の料理を堪能する。


 メニューは、高級赤目牛のサーロインステーキ、季節の温野菜、ホタテの半熟フライ、バター炒めライス、チーズケーキ&バニラアイス、旬の果実ジュースだ。


 ちょっと豪勢。


 いつもより、お値段も少しお高め。


(でも、美味しい!) 


 サーロインステーキは、高級牛の希少部位のお肉らしく、脂の旨味と肉汁が溢れてお口の中が幸せだった。


 茸を使った特製ソースも、いいお味。


 温野菜は、冬が旬の野菜ばかりで少し甘みがある。


 ホタテの半熟フライは、外側はパリッと、中はジュワッと。


 バター炒めライスは、少しガーリックが効いていて、味付けは塩と胡椒とシンプルだけど美味しかった。


 チーズケーキは、香りと風味も濃厚で。


 冬なのに、暖房の中で食べるバニラアイスも贅沢だった。


 果実ジュースも旬の果物を数種類、絞ったものらしく、自然な酸味と甘さが楽しめた。


 うん、どれも最高です。


(こういう凝った料理は、自宅で作るのはなかなか難しいもんね)


 まさに、お店ならでは。


 僕の隣に座る黒髪のお姉さんも、


「んん~♪」


 モグモグ


 と、食事しながら幸せそうな顔だ。


 見ていると、彼女の方も視線に気づき、目が合った。


 クスッ


 お互い、笑ってしまう。


 僕は言う。


「ありがとね、ティアさん」


「え?」


「ティアさんが来てから、村は凄く助かってる」


「…………」


 秋の赤猿事件も、今回の氷雪の巨人でも、村人に死者は出ず、むしろ財政面が潤っていた。


 全て、彼女のおかげ。


 だから僕は、


「ティアさんは、きっと僕らの『幸運の女神』様なのかもしれないね」


 と、笑った。


 彼女は、紅い瞳を瞬く。


 驚いたように、


「……ククリ君」


 と呟くと、恥ずかしそうに頬を染めて微笑んだ。


 その表情が、うん、可愛い。


 僕は、ほっこり。


 と、村のみんなが僕らの様子に気づき、


「2人とも仲ええのぅ」


「んだ、相変わらずだぁ」


「羨ましかねぇ」


「さっさと結婚せえ」


「んだんだ」


「わはは、若いのぉ」


「もげろぉ」


 なんて、からかってくる。


 僕とティアさんは、顔を見合わせる。


 少し赤くなり、


「あはは、なんか困ったね」


「ふふっ、そうですね」


 と、笑い合った。


 …………。


 そのあとも、僕らは料理を食べ、笑顔で話したり、からかわれたりしながら食事会を楽しんだ。


 10日間の苦労のあとの休日。


(――うん)


 今日は、いい1日だった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 翌日から、冒険者活動を再開した。


 僕のティアさんは『薬草採取』、村の皆もそれぞれに仕事を受注し、毎日、こなしていく。


 チャリン


 もらえる報酬は、1日1万~2万リオン。


 う~ん……少ない。


(でも、これが普通なんだよね)


 勘違いはいけない。


 日々、コツコツ、がんばろう。


 生真面目な黒髪のお姉さんも、文句もなく、僕らは雨の日も、風の日も薬草を集め、納品する。


 繰り返す毎日。  


 特に、事件も何もない。


 気づけば、雪羽虫の駆除から1週間が過ぎていた。


 そして、また朝が来る。


「ふぁ……」


 欠伸交じりに起床。


 隣のベッドのティアさんも起こす。


 少し寝乱れた黒髪のお姉さんは、どこか無防備で、何だか色っぽい。


 寝ぼけた紅い瞳を擦りながら、


「ん……おはようございます、ククリ君」


 と、柔らかく微笑む。


 僕も「おはよう」と笑う。


 窓の外は、快晴だ。


 うん、今日の薬草集めもがんばれそう。


 2人で荷物を準備し、


(そう言えば……シュレイラさんの連絡、まだ来ないのかな?)


 と、ふと思い出した。


 ティアさんの正体を語るのに、数日、時間が欲しいと言われて、早7日。


 今日で8日目である。


 進展は、今だなし。


 チラッ


 黒髪のお姉さん自身は、焦った様子もない。


 気にはしていると思う。


 ただ、今の生活に昔の記憶が必要かと言われれば、そうでもないから……だから、あえて考えないようにしてるのかも。


(…………)


 見ていると、


「ククリ君?」


 と、視線に気づかれる。


 綺麗な黒髪を揺らして、小首をかしげた。


 僕は「ううん」と誤魔化し笑い。


 まぁ、待つしかないか。


 赤毛のお姉さんは義理堅いタイプだから、きっと約束は守ってくれると思う。


 だから、


(信じて待とう)


 そう決めた。


 やがて、準備も終わる。


 その時、


 コンコン


(ん?)


 部屋の扉がノックされた。


 僕は「は~い」と立ち上がり、扉を開く。


 すると、そこには村人の1人がいて、


「おい、ククリ!」


「わっ?」


 凄い剣幕で、肩を掴まれた。


 何、何?


 驚く僕らに、


「やばいぞ、お前らに客だぁ」


「客?」


「あの炎姫様だよ! お前らに用があるって、わざわざ宿まで足を運んできたんだぁ」


「え、そうなの?」


 直接、来たの?


 彼女自ら?


(王国の英雄みたいな人なのに……本当、気さくな人だね)


 さすがにびっくりだ。


 でも、まさに噂をすれば……だ。


 僕は、ティアさんを見る。


 彼女も僕を見て、


「会いに行きましょうか」 


「うん」 


 微笑む彼女に、僕も頷く。


 そして、僕らは部屋を出る。


 赤毛のお姉さんが待っているという宿屋の1階ロビーに向かったんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「よう、ティア、ククリ」


 彼女は、1階ロビーの長椅子に座っていた。


 片手をあげて笑う赤毛のお姉さんを、宿の従業員と村の人たちが遠巻きに見ている。


(う~ん)


 みんな、


『――何で、シュレイラ・バルムントがここに!?』


 そんな表情だ。


 僕は、内心、苦笑しながら、


「おはよう、シュレイラさん」


「おはようございます」


 黒髪のお姉さんも、僕の横で挨拶する。


 彼女は「おう」と頷き、椅子から立ち上がる。


「約束、果たしに来たよ」


「うん」


「はい」


「ってことで、宿を出るか」


「え?」


「はい?」


 僕らは、キョトンとする。


 彼女の金色の隻眼は、周囲を見る。


(あ……)


 周りには、宿や村の人、他の宿泊客もいて、聞き耳を立てていた。


 そっか。


 僕らは納得し、頷く。


 赤毛のお姉さんも頷き、


「それと、アンタらに会わせたい奴もいてね」


「会わせたい奴?」


「ああ。ぶっちゃけ、アタシよりティアの過去の事情に詳しい人物さ。話も、ソイツから聞いた方がいいと思ってね」


「……そんな人が?」


「いるんだよ」


 彼女は、断言する。


 僕とティアさんは、顔を見合わせる。


 すぐに頷き、


「うん、わかった」


「その人物に会わせてください」 


「あいよ」


 僕らの言葉に、シュレイラさんも頷いた。


 宿を出ると、


(わっ?)


 目の前の車道に、1台の馬車が停まっていた。


 マパルト村の人や行商人の使うような馬車ではなくて、貴族が乗るような高級馬車だ。


 通りがかりの歩行人たちも、珍しそうに見ている。


「さ、乗りな」


「あ、う、うん」


「はい」


 赤毛のお姉さんは、当たり前に乗り込む。


 僕はドギマギしながら頷き、でも、隣のティアさんは平然とした様子だった。


 見れば、御者の紳士が軽く会釈してくる。


(あ、ども)


 ペコッ


 僕も頭を下げ、乗り込んだ。


 おわっ……床、絨毯だ。


 座席もしっかりしたクッション生地で、内装も上品かつ繊細で美しい。


 ……何これ?


 内心、唖然です。


(ああ、そっか)


 これが、第1級冒険者の財力かぁ。


 気さくな人柄で勘違いしてしまうけど、本来、住む世界が違う人なんだと実感する。


 そんな彼女は、


「出してくれ」


 と、御者に指示。


 高級馬車は、防音性も確かなのか、物凄く静かに動き出す。


 窓は、カーテン付き。 


 透明度の高いガラスの向こうには、唖然としながら見送る村のみんなの姿が見えていた。


(あはは……行ってきます)


 硬い笑顔で、軽く手を振る。


 ゴトト


 静かな物音と共に、馬車は進む。 


 車内では、僕とティアさんが並んで座り、対面の座席にシュレイラさんが座っていた。


 キョロキョロ


 珍しそうに車内を見回す僕。


 と、その時、


「ふふっ」


 赤毛のお姉さんが笑った。


(ん?)


 僕は首をかしげ、


「何?」


「いいや、何でもないよ」


「…………」


「ただ、ククリの反応が、可愛いな……と思ってね」


 可愛い?


 僕は、キョトン。


 でも、隣のお姉さんは『うんうん』と頷いている。


(…………)


 なんか、むず痒い。


 ま、いいけど。


 それよりも、僕らは今、どこに向かっているんだろう?


 窓の外の景色。


 それは、貴族街のある丘側に向かっている感じ。


 まさか、


(これから会う相手って、貴族様?)


 そう思った。


 赤毛のお姉さんに、素直にそう聞くと、


「少し違うね」


 との返答。


(あ、違うんだ?)


 僕は、少し安心する。


 ティアさんは、そんな僕を見ている。


 そして、赤毛のお姉さんは、


 チラッ


 窓の外を見る。


 視線の先には、丘の頂上にあるお城が見える。


 彼女は、言った。



「――会うのは王族・・。この国の女王、クレアリス・ヴァン・アークライト陛下だよ」



 …………。


 …………。


 ……え?

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