表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

45/97

044・赤と黒の決闘

 赤と黒の髪のお姉さんが交錯し、


 ガィン ギィン


 直後、激しい火花が散った。


 2人の持つ剣と槍は、霞むような速さでぶつかり、弾け、またぶつかり合う。


 周囲に、衝撃波が広がる。


(う、わ……)


 離れた僕の髪も揺れるほど。


 目で追うのも大変なほど、2人は動き回り、武器を振る。


 ガキッ ギン ゴォン


 重い金属音が連続して、冬空に響く。


 シュレイラさんの『炎龍の槍』は炎を散らし、ティアさんの白く光る長剣は光跡を空中に残す。


 ……凄いや。


 素人の僕でもわかる凄さ。


 とてつもない迫力。


 2人とも、本当に高い技量の持ち主なのだと感じる。


 …………。


 …………。


 …………。


 でも、見ていると、赤毛のお姉さんが優勢に見えた。


 攻撃する回数は、彼女の方が多い。


 黒髪のお姉さんは、たまに反撃するけれど、基本、劣勢に回っていた。


 やはり、第1級冒険者。


 王国最強の彼女の方が強いのか……?


 その時、


 ガシュン


 振り抜かれた炎龍の槍が、近くの木に当たり、太い幹を抉り取った。


(!)


 何だ、あの威力!? 


 幹の傷口は、炎に焼かれ、真っ黒に焦げている。


 ゾッ


 背筋が震えた。


 あれが、もし1撃でも当たったら、ティアさんは……。


 考えたら、2人の武器には差があった。


 片や、中古の長剣。


 片や、伝説の炎龍の素材を使った、最高級の魔法の槍。


 この差は、大きい。


 普通なら、炎龍の槍とぶつかれば、中古の長剣なんて粉々に砕けてもおかしくないんだ。


 さっきの木の幹みたいに。


 だけど、耐えてる。


 ティアさんの長剣は、白く光っていた。


 多分、彼女の魔力なのかな……で、強化され、辛うじて耐えられてるみたいだ。


(ああ、そうか)


 劣勢なのも、当たり前だ。


 例え、2人の実力が同じぐらいでも、武器そのものの差が大き過ぎるのだから。


(……ティアさん)


 ギュッ


 僕は、両手を組み合わせる。


 勝敗なんてどうでもいいから。


(――どうか、無事に)


 そう願う。  


 その時だった。 


 ヒィン


 黒髪のお姉さんの額に、紅く光る紋様が浮かびあがった。


 美しい輝き。


 同時に、


 バキン


 炎龍の槍が、強く弾かれる。


「何っ?」


 赤毛の美女も、金色の目を丸くした。


 武器がぶつかり合う度に、炎龍の槍の方が後方に弾かれていく。


 まるで、ティアさんの力が何倍にもなった感じ。


(え? え?)


 僕も唖然だ。 


 武器の差を、腕力で押し返してる。


 そんな馬鹿な……。


 でも、現実にそうなっている。


 そして、赤毛のお姉さんも「マジかい」と苦笑しながら戦っていた。


 ティアさんの表情は、変わらない。


 淡々と。


 冷静に、剣を振る。


 劣勢だったのが、互角に。


 そして、気がつけば、


 ヒュン バキィン


 赤毛のお姉さんの攻撃は全て回避され、逆に彼女が、白く輝く長剣の攻撃を必死に防ぐ展開になっていた。


 見ていて、気づく。


(……学習してる)


 ティアさんの動きが、最初と明らかに違う。


 だから、わかった。


 彼女は戦いながら、シュレイラさんの動きを見て、体験して、学び、覚えてしまったんだ。


 そして、対抗する動きを行っている。


 ……凄い。


(凄いや、ティアさん)


 僕は、目を輝かせてしまう。 


 あ、ほら。


 劣勢のシュレイラさんは、魔法の炎を放とうとした。


 だけど、そのためには数瞬の間が必要で、今日までにそれを見て学んでいた黒髪のお姉さんは、その隙を与えないように間合いを詰めていた。


 ガキッ ギギィン


 連続した攻撃。


 赤毛のお姉さんは、魔法を断念せざるを得ない。


 …………。


 ジワリ、ジワリ……と。


 ティアさんの攻撃が、赤毛の冒険者を追い詰めていく。 


「く……っ!」


 追い込まれた彼女は、


 ヒュボッ


 起死回生を狙い、今まで以上の速さで踏み込み、炎を纏う穂先で鋭い刺突を放った。


 けれど、


(あ……)


 白く輝く長剣が、それを上から叩き落とす。


 ガギィン


 槍が手から離れ、地面に落ちた。


 炎龍の槍から、ボボ……ボッ……と、炎が消える。


 2人の動きが止まる。


 赤毛のお姉さんの首元には、返された白い長剣の刃が触れていた。


「…………」


「…………」


 2人の美女は、見つめ合う。


 やがて、


「ああ……アタシの負けだ」


 赤毛のお姉さんは苦笑し、両手を上げた。


 確かな敗北宣言。


 黒髪のお姉さんは静かにそれを受け止め、剣を引く。


 ヒィ……ン


 同時に、額の紅く光っていた紋様が消え、長剣の白い輝きも消えていく。


 彼女は、息を吐く。


 と、僕を振り返り、


「ククリ君」


 ニコッ


 どこか誇らしげに笑った。


(……うん)


 王国最強の冒険者に、本当に勝っちゃったよ。


 少し呆然。


 だけど、無事なことにも安心する。


 だから僕は、


「ティアさん」


 と笑って、彼女の方に駆けだしたんだ。 



 ◇◇◇◇◇◇◇



 ティアさんの額は、汗に輝いていた。


 流れるような黒髪もしっとり艶やかに濡れている。


「は、ふぅ」


 吐く息も熱っぽい。


 全身からは、放熱の蒸気が昇っていた。 


 その姿に、


「大丈夫?」


「はい。……ただ、少し疲れました」


 心配する僕に、彼女は微笑む。


(そっか)


 でも、疲れただけ。


 怪我もしてないみたいだし、本当によかったな、と思う。


 一方のシュレイラさんは、炎龍の槍を地面に突き刺し、その横にドカッと座った。


 赤毛の前髪をかき上げ、


「はぁ、負けた負けた!」


「…………」


「ったく、タイマンで負けたのはいつ以来だ? ああ、くそっ」


「…………」


「けど……完敗さ」


 と、ティアさんを見る。


 僕らも、シュレイラさんを見る。


 そして、黒髪のお姉さんが聞いた。


「それで……私について、何か確かめられたのですか?」


「ああ、充分さ」


「では……」


「わかってる」


 赤毛の美女は、言葉を止めるように片手をあげた。


 ティアさんは、黙り込む。


 記憶のない彼女の正体。


 その心当たりを、この赤毛のお姉さんから聞けると思っていた。


 でも、彼女は、


「だけど、アタシの一存で話していいか、少し迷ってる」


「…………」


「まぁ、ぶっちゃけ、アタシは話してもいいさ。けど、下手すると、ククリに迷惑がかかるかもしれなくてね」


「ククリ君に?」


 黒髪のお姉さんは驚く。


 シュレイラさんは頷き、2人のお姉さんが僕を見る。


(え……僕?)


 と、青い目を丸くしちゃう。


 赤毛のお姉さんは言う。


「2人とも、出稼ぎでしばらく王都に滞在するんだろ?」


「あ、うん」


「はい」


「なら、もう少し待てるかい? 何、そんなに待たせやしないよ。ほんの数日だ」


「…………」


「…………」


 僕らは、顔を見合わせる。


(僕はいいけど……)


 でも、ティアさんは自分のこと、早く知りたいかもしれない。


 だけど、


「私は構いません」


 と、黒髪のお姉さんは言う。


 僕は少し驚く。


「いいの?」


「はい。知りたい気持ちはありますが、ククリ君の方が大事です」


「…………」


「この女も嘘を吐くとは思えませんし、ククリ君に迷惑をかけることの方が、私には耐えられません」


「ティアさん……」


「だから、待ちます」


 彼女は、優しく微笑んだ。


 自分自身の過去より、僕を優先して……。


(…………)


 ごめんなさい。


 申し訳ないのに、でも、嬉しい気持ち。


 そんな僕らの結論に、シュレイラさんも穏やかな表情だ。


 息を吐き、立ち上がる。


「アタシもなるべく早く伝えられるようにするよ」


「うん」


「頼みます」


「あいよ」


 頷く、赤毛のお姉さん。


 その笑顔は、本当に明るくて頼もしいものだ。


 それから、


「ああ、そうだ」


「?」


「氷雪の巨人を倒したのがティアだってのは、軍とギルドの幹部連中には伝えてあるからね」


「え?」


 そうなの?


 僕らは、少し驚く。


 彼女は頷いて、


「その上で、公表はしない判断だ」


「…………」


「…………」


「申し訳ないけど、受け入れておくれよ」


「うん」


「わかりました」


 僕らは了承した。


 きっと、これにも事情があるんだろう。


(多分、これもティアさんの過去に関わっているのかな……?)


 そんな気がする。


 素直に受け入れた僕らに、赤毛のお姉さんも安心した表情だ。


「ありがとね」


 ポン ポン


 僕の頭を、手で軽く叩く。


(わっ?)


 突然のスキンシップに、少し慌てる。


 黒髪のお姉さんも「ク、ククリ君っ」と、慌てて僕を抱き寄せた。


 睨むように、赤毛の彼女を見る。


 シュレイラさんは苦笑。


「ホント、過保護だねぇ」


「…………」


「ま、いいさ。で、話を戻すけど、今回の『氷雪の巨人』の討伐報酬と詫び代、他諸々込みを、後日、ククリのギルド口座に入れるからね」


(え……?)


 僕は、青い目を瞬いた。


 ティアさんは「そうですか」と受け入れ、頷く。


 もらえるのは嬉しいけど、


「何で、僕の口座?」


「いやぁ、ククリの方がしっかりしてる気がしてね」


 笑う、赤毛のお姉さん。


 一方のティアさんは、


「…………」


 何だか複雑そうです。


(あはは……) 


 まぁ確かに、僕の方が冒険者歴は長いしね。


 そう納得し、


「うん、わかった」


「そうかい」


「ちなみに、おいくら?」


「1000万」


「……え?」


 僕は目を見開く。


 ティアさんも、少し驚いた顔だ。


(……1000万って)


 桁、間違ってない?


 だけど、


「氷雪の巨人を倒しておいて、この金額は安すぎると思うけど……まだ10級の縛りとか、ギルド規約とか、色々あってね」


「う、うん」


 シュレイラさんは、申し訳なさそう。


(いや、充分ですけど!?)


 まさか、そんな大金になるとは……。


 しかも、僕自身は何もしてないのに。


 でも、1000万リオン……正直、嬉しい。


 今回の雪羽虫駆除の出稼ぎで、村全体の目標額は4000万だった。


 だけど、実際は3000万止まりで。


 でも、これで、


(その差額がぴったり補填できるぞ)


 うん、万歳!


 僕の様子に、ティアさんも気づく。


「よかったですね」


「うん!」


 僕は、大きく頷いた。


 赤毛のお姉さんも、僕の反応に安心した様子だ。


 僕は言う。


「ありがとう、シュレイラさん」


 ペコッ


 頭を下げる。


 彼女は「いや、ただ当然の報酬だよ」と笑う。


(それでも、だよ)


 僕も笑った。


 …………。


 何だか色々あった10日間。


 だけど、最後は笑顔で終われそうで、本当によかった。


 その後、シュレイラさんとの話を終えた僕らは、野営地に戻り、村のみんなと合流する。


 調査隊の報酬を伝えると、皆、驚き、喜んでくれた。


 僕とティアさんも笑い合う。


「じゃあ、王都に帰ろっか」


「はい」


 撤収準備を終え、馬車に乗り込む。


 そうして来た時同様、2000人以上の乗る車列が王都アークレイに繋がる街道を動き出す。


 ゴト ゴト


 車輪が回り、座席が揺れる。


 窓の外には、荒れた森林と草原の景色が流れていく。


(……ん)


 僕は、青い瞳を細める。


 冬空の下、そうして僕とティアさんを乗せた馬車は、王都への帰路を辿ったんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ