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043・ただの金属剣

 案内されたのは、森の中だ。


 葉や樹皮のない枯れた木々が立ち並び、僕ら以外には誰もいない。


 遠くから、撤収中の王国兵や冒険者たちのざわめきの音だけが聞こえてくる。


(…………)


 何だか、寂しい場所だ。


 と、シュレイラさんの足が止まり、僕とティアさんを振り返った。


 赤毛の髪が舞い、落ちる。


 僕らも足を止め、彼女と向き合う。


 数秒の沈黙。


 そして、


「なぁ、ティア。アンタの剣、見せてくれるか?」


 と、彼女は言った。


 僕の隣のお姉さんは、「剣?」と呟く。


 腰の長剣を見て、


「まぁ、いいですが」


 カシャ


 と、鞘ごと差し出す。


 シュレイラさんは「ありがとよ」と受け取る。


 シュッ


 慣れた手つきで、鞘から抜いた。


 太陽の光に金属の刃が輝き、周りに光を散らす。


 赤毛のお姉さんは、その刃を返したりして、上下左右から確かめるように眺めた。


 そして、言う。


「造りはいいけど、やっぱりただの金属剣だね」


「はい」


 頷くティアさん。


 それはそう。


(だって、行商で買った中古の剣だもん)


 しかも、3万リオンとお買い得。


 別名、安物とも言う……。


 赤毛のお姉さんは、しばらく黙り込む。


 やがて、


「参ったね」


 と、ため息をこぼした。


 僕とティアさんは、顔を見合わせる。


(参った?)

 

 どういう意味?


 困惑する僕らに、


「昨日、氷雪の巨人を倒したのは『魔刃』だろ?」


 と、彼女は聞いた。


(あ、その技、知ってるんだ?)


 さすが、第1級冒険者。


 戦いの専門家だ。


 ティアさんも頷いた。


「そうですが」


「…………」


「……それが何か?」


「はぁ」


 赤毛のお姉さんは、またため息。


 僕らを見て、言う。


「魔刃ってのはね、『魔力の刃』を放つ剣技だ」


「うん」


「はい」


「だけどね、そのためには、高い魔力制御と剣の腕が必要なんだ。要するに、魔法使いと剣士の技量を高レベルで習得した者にしかできないのさ」


「そうなの?」


「まぁ、そうでしたか」


 驚く僕ら。


 あれ……ティアさんも知らなかったんだ?


 あ、でも、


(記憶喪失だもんね)


 と、思い出す。


 赤毛のお姉さんは、複雑そうに僕らを見ている。


 そして、


 ガシャッ


 長剣を強調するように、僕らの方に見せる。


 そして、言う。


「肝心なのはね? 魔刃は、そうした人物が更に『魔法剣・・・』を使用して放てる技なんだよ」


「え?」


「魔法剣?」


「魔力を流し易い金属を使った剣さ。それに魔力を流すことで、切れ味が増したり、魔法の発動もできるんだよ」


「…………」


「…………」


「で、だ。なぁ、この使い古された剣が『魔法剣』に見えるか?」


 と聞かれ、


 フルフル


 僕ら2人は、首を左右に振った。


 その上で、僕は言う。


「でも……ティアさん、その剣で『魔刃』を出したよ?」 


「そこだよ」


 シュレイラさんは、頷いた。


 我が意を得たり、って感じ。


 ジロッ


 黒髪のお姉さんを見て、


「魔力を通さないただの金属剣で『魔刃』を放つなんて、普通は不可能だ。けど、現実にそれが起きた」


「…………」


「なら、考えられるのは1つ」


「何です?」


「お前は、その不可能を可能にするほど理不尽かつ膨大な魔力量があり、それで強引に劣化版の『魔刃』を放っていた――ということだよ」


「まぁ……そうなのですか」


 ティアさんは、少し驚く。


 でも、それだけ。


 赤毛のお姉さんは、何だか悔しそうだ。 


 でも、僕は、


(劣化版……?)


 と、目を丸くする。


「あの」と挙手。


 お姉さん2人が僕を見る。


 僕は聞く。


「劣化版って……でも、氷雪の巨人を倒したけど」


「そうさ!」


 強く頷く、シュレイラさん。


 赤毛の髪が踊る。


「劣化した魔刃で尚、あの巨人を両断できる威力があった。つまり、それだけの魔力が込められてたんだ。ティアは、本当に異常なのさ!」


「…………」


「…………」


 異常呼ばわりに、ティアさんは少し嫌そうな顔だ。


 僕も困ってしまう。


 でも、赤毛のお姉さんは真剣だ。


 黄金の隻眼で、黒髪の美女を見つめる。


「お前は、おかしい」


「…………」


「…………」


「けど、現実にはあり得ない不可能を可能にするお前みたいな人物を、アタシは1人だけ、知っている」


「え……?」


「そうなのですか?」


 僕らは驚く。


 記憶のないティアさん。


 その正体を、この目の前の赤毛のお姉さんは知っている?


 彼女は、けれど沈黙する。


 そして、


 ヒュッ


 鞘に入った長剣を、ティアさんに投げ返した。


 受け取るティアさん。


 赤毛の美女は、代わりに『炎龍の槍』を回転させ、そして、ティアさんに向けて構えた。


(シュレイラさん?)


 僕は、目を丸くする。


 黒髪のお姉さんは、無言で赤毛の彼女を見つめた。


 彼女は言う。


「アタシと戦いな、ティア」


「…………」


「お前が本当に私の知る人物かどうか、試させておくれ」


 ボボォッ


 槍の穂先から、炎が噴き出す。


 金の瞳には、本気の闘志が宿る。


 ……冗談などではない。


 真剣な表情と眼差しだった。


(え? え? どうして……?)


 僕は困惑だ。


 止めなければ……と思い、


 シャン


 そんな僕の横で、黒髪のお姉さんは長剣を鞘から抜いた。


 白刃が陽光に煌めく。


「いいでしょう」


 と、答えた。


(ティアさん?)


 僕は、びっくりする。


 彼女は微笑み、


「大丈夫です、ククリ君」


「…………」


「彼女の言葉に嘘は感じません。ここは私を信じて任せてもらえませんか?」


「……うん。わかった」


 僕は、頷いた。


 そこまで言うなら。


(ここは、ティアさんのしたいように任せよう)


 そう、覚悟を決める。


 黒髪のお姉さんは、


「ありがとう、ククリ君」


 と、嬉しそうにはにかむ。


 そして、紅い瞳を閉じる。


 もう1度開いた時、それは剣士の眼差しとなっていた。


 1人、前に出る。


 スッ


 赤毛の美女に向け、中古品の長剣を正眼に美しく構えた。


 空気が引き締まる。


 赤毛の美女は、


「――そうこなきゃね」


 と、獰猛に笑みをこぼした。


 ボボボッ


 槍の炎も強くなる。


 僕は両手を握り、2人を見つめた。


 …………。


 …………。


 …………。


 数秒後、彼女たちは音もなく、お互い引き寄せ合うように前方へと踏み込んでいった。

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