039・氷雪の巨人
(あれが……氷雪の巨人)
確か、氷属性の魔力を秘めた巨人種の魔物だったと思う。
僕も、あまり魔物に詳しくない。
だけど、巨人種のことは聞いたことがある。
人型で知能も高く、けれど、人間とは精神構造が違うらしくて、理解し合うことはできないとか。
しかも、強い。
あの巨体で、魔法も使える。
噂によると、竜種と同じぐらい危険な魔物らしい。
辺境の蛮族なんかは、巨人は、自然現象の具現で天災の1種だと考えられてるぐらいなんだって。
…………。
そんな巨人が目の前にいる。
(……本当に大きいや)
木々の上に、頭が見える。
この森の樹高は、20メード以上はあるはずで、あの巨人はそれ以上の巨体だ。
迫力が半端ないよ。
調査隊の皆は、
「おいおい、嘘だろ?」
「氷雪の巨人は、本来、もっと北の国境付近の山々にいる魔物だろう。どうして、こんな場所に……?」
「知らないわよっ」
「これも、魔王が死んだ影響か?」
「くそったれ」
「どうする、姐さん?」
と、動揺しながら、この場のリーダーに問う。
その赤毛の美女は、
「そりゃ、戦うよ」
と、あっさり答えた。
(おお……)
即答だ。
皆も驚き、
「正気か?」
「ありゃ、軍隊で戦う相手だぞ?」
「ここは一旦引いて、体勢を立て直し、軍と冒険者を総動員して対処するべきだ」
「そうよ、そうしましょう」
彼女の言葉に反対する。
確かに、皆の意見の方が正しく聞こえる。
でも、
(そうかな?)
僕は、疑問だ。
軽く手を上げ、
「あの……でも、今、戦った方がよくないかな?」
と、言う。
皆、驚いたように僕を見る。
赤毛のお姉さんも目を丸くし、それから面白そうに笑った。
「どうしてそう思うんだい?」
と、僕に聞く。
僕は、答えた。
「その方が、シュレイラさんが力を発揮できるから」
「ほう?」
「昨日も全員が避難してから、炎の魔法を使ってた。シュレイラさんが本気を出すなら、周りに人がいない方がいいと思う」
「…………」
「基本、単独で活動してるのも、だからでしょ?」
そう聞いてみる。
みんなの視線も集まる。
赤毛の美女は、数秒、沈黙する。
そして、
「あっははは!」
と、笑いだした。
バシ バシ
(わっ?)
何度も背中を叩かれる。
ティアさんが慌てて「ク、ククリ君っ」と僕を引っ張り、抱き寄せた。
赤毛の彼女を睨む。
調査隊の皆、目を丸くしている。
シュレイラさんは、
「ああ、すまない、すまないね」
と、笑いながら謝った。
金色の隻眼が、僕を見つめる。
そして、言う。
「そうかい、思った以上だ。ククリは本当に見る目があるし、頭も回る子だね」
「…………」
「ああ、その通りさ」
彼女は頷いた。
手にした『炎龍の槍』の石突で地面を叩く。
ガィン
強い音が響く。
彼女は、その場の全員を見回して、
「ただ人数を集めても、無駄死にが増えるだけさ。あの巨人は、アタシがやる。そのためにも、戦場には人が少ない方がいいのさ」
と、告げた。
皆、反論はない。
シュレイラさんは、指示を出す。
5級と6級の冒険者に、
「アンタらは、本部に報告しに戻りな」
「あ、おう」
「は、はい」
「負ける気はないけど、世の中、万が一はあるからね。状況を伝えて、対策を考えてもらうんだよ」
「わかったぜ」
「承知です」
2人の冒険者は頷く。
残る僕らには、
「あとは、雪羽虫の対処だ」
「うん」
「ああ」
「はい」
「アタシは『氷雪の巨人』相手で余裕がない。自分の身は自分で守りな。群体に飲まれないよう、気をつけんだよ?」
「うん」
「わかっている」
「ええ、言われなくとも」
僕とティアさん、他の人も頷く。
それを見て、シュレイラさんも頷いた。
「よし」
ザッ
彼女は、森を振り返る。
長い赤毛の髪が綺麗な弧を描き、頼もしい背中に落ちる。
視線の先には、
ズシン
こちらに迫る『氷雪の巨人』の姿がある。
その周囲には、何万匹もの白い綿毛の群れが羽ばたいていた。
彼女は、槍を前に向け、
ボボォン
独特な形状の穂先に、真っ赤な炎が灯った。
金色の1つ目で、魔物を見る。
そして赤毛の美女は、
「さぁ、始めるよ!」
と、開戦の合図を告げる。
次の瞬間、炎の翼を広げた槍に乗り、1人魔物の方へと飛び出したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
炎を散らし、空を飛んでいく。
(うわぁ……)
その神々しい姿は、まるで炎の天使だ。
真っ赤に輝く彼女の存在に、氷雪の巨人もすぐに気づいた。
ズズン
その歩みが止まる。
森の木々の上空で、炎の天使と氷雪の巨人が向き合い、火の粉と冷気を散らしなら睨み合う。
すると、
『――ゴガァアア!』
突如、巨人が吠えた。
瞬間、白い雪交じりの猛吹雪が周囲一帯へと噴き出していく。
ピキピキ
木々が、地面が凍る。
(!)
僕らも吹雪に飲まれ、
「ん、くっ」
猛烈な冷気に、息が詰まった。
呼吸が苦しい。
あまりに冷たい空気に、喉と肺がやられそうだった。
ティアさんも、
「く……っ」
と、口と鼻を腕で押さえる。
そんな彼女の黒髪も、長いまつ毛も、白く凍っていく。
調査隊の皆も、
「くそっ」
「こりゃ、やべえ」
「お、おのれ」
と、膝をつく人もいた。
(これが、氷雪の巨人の氷魔法?)
とんでもない冷気。
なるほど……人間丸ごと、氷漬けになる訳だ。
ピキ ピキ
僕らも足元から、凍っていく。
(えいっ)
パキッ
強引に足を持ち上げ、身体を動かし、成長する前に氷を砕いていく。
王国騎士も叫ぶ。
「動け! 動かないと死ぬぞ!」
「おう!」
「わ、わかってますよ!」
他の皆も答え、必死に動こうとする。
と、その時、
ボバァアン
森の上空が、赤い輝きに染まった。
炎の天使が、吹雪に対抗するように炎の渦を放射状に解き放ったのだ。
今度は、熱波が広がる。
(うわっ)
氷が溶ける。
白い水蒸気が広がっていく。
その向こうで、氷雪の巨人と炎の天使が接敵し、氷雪と炎の魔法をぶつけ合っていた。
ブォン
氷を纏う巨人の拳が殴りかかる。
炎の翼を羽ばたかせ、赤毛の天使がかわす。
そして、今度は、巨大な炎の刃を生やした槍で斬りつけていく。
肌に生えた氷鱗が、それを防ぐ。
バシュッ バシュウ
熱波と冷気がぶつかり、白い爆発が連続した。
…………。
もはや、人外の戦いだ。
僕みたいな普通の村人には、全く手が出せない。
と、その時、
「――ククリ君」
ティアさんの警告の声がした。
振り返る。
(あ……)
目の前の光景にハッとした。
彼女が見据える先の空に、大量の白い綿毛が浮かんでいた。
雪羽虫だ。
氷雪と熱波に巻き込まれ、何匹も死んでいく。
そして、炎の天使と氷雪の巨人の戦場から逃げるように、僕らの方に飛んでくる。
あの群れに飲まれたら、
(…………)
ギュッ
僕は、短弓を強く握る。
その前で、ティアさんも腰の長剣を鞘から抜き、僕を守るような位置に立った。
調査隊の皆も、それぞれの武器を構える。
騎士の1人が言う。
「耐えろ」
「…………」
「シュレイラ・バルムントが氷雪の巨人を討ち、こちらの加勢に戻るまで生き延びるのだ。そうすれば、我らの勝ちだ」
決死の覚悟を決めた声だ。
白い空を見ながら、僕らも頷く。
…………。
氷雪の巨人が倒されるのが先か、僕らが死ぬのが先か……。
僕は息を吐き、
キュッ
矢をつがえた短弓の弦を引く。
――さぁ、ここからは我慢比べだ!




