003・朝食
僕の家は、村外れにある小さな平屋だ。
家の裏には、狭い面積だけど、自家栽培している薬草畑もある。
広い家じゃないよ?
でも、もう1人、同居人が増えても充分な広さ。
ティアさんが来ても問題ない、うん。
そうして、彼女を自宅に招く。
で……あっさりと翌日だ。
「んん……」
日の出と共に、僕は目を覚ます。
欠伸を噛み殺し、そして、いつも通りの1日を始めた。
家を出て、朝日に――太陽の神様にお祈り。
それから、村の井戸に向かう。
井戸水を、自宅の水瓶に運ぶためだ。
都会みたいに水道があると楽なんだけどね。
(ま、仕方ないよね)
井戸では、近所の人に出会う。
「おはよー」
「あら、おはよ、ククリ」
「聞いたよ、年上の嫁さん、もらったんだって?」
「あら、そうなの?」
「違うよ~」
パタパタ
僕は、左右に手を振った。
そして、ちゃんと事情説明。
近所さんたちも、あらまぁ、と驚いた顔だ。
それから僕は、これから同居するお姉さんのことを色々とお願いしておく。
今後、彼女は慣れない暮らしとなるだろうから。
根回し、大事。
近所さんは、皆、いい人なので、
「ん、お任せよ」
「困ってたら、助けるわ」
「ククリの嫁だもんね」
「だから違うって~」
僕は苦笑いだ。
やがて、井戸端会議も終わり。
僕は井戸水を汲んで運び、何往復もして家の水瓶を満たしていく。
最後に水瓶に、
チャポン
と、『浄化の魔石』を投入。
木の棒で、グルグル混ぜる。
(ん、よし)
これで終わり。
「ふぅ~」
僕は息を吐き、額の汗を腕で拭く。
それから、
「…………」
チラッ
と、家の奥の部屋を見た。
昨日のこと。
黒髪のお姉さんと自宅に帰ったあと、空き部屋に彼女を案内した。
昔は、両親の部屋。
現在は、客間だ。
部屋の掃除はしてあったし、ベッドの敷布なども新品にしてある。
案内した部屋で、
「えっと、台所と水瓶があっち、トイレは――」
と、家のことを軽く教える。
そのあと、1度、薬草採取の道具を片付けるため、部屋を離れた。
そして、戻ったら、
(ありゃ?)
「すぅ……すぅ……」
彼女はベッドで眠っていた。
試しに座ったら、そのまま眠ってしまったって感じ。
(ま、そうだよね)
体力、消耗してたし。
僕や村の人――知らない人に会うことで、無意識でも気を張っていただろう。
で、ようやく、1人の時間。
きっと、緊張の糸が切れたのかな?
僕は小さく笑って、
「ん」
彼女の姿勢を楽にする。
そのお腹に毛布をかけ、そして静かに部屋を出たんだ。
…………。
それから、彼女はずっと眠ったまま。
(大丈夫かな?)
さすがに心配になり、部屋を覗く。
カタッ
戸を開けて、
「……寝てる」
昨日と同じように、眠り姫だ。
長く綺麗な黒髪がシーツに広がり、大きな胸がゆっくり上下している。
安らかな寝息。
(う~ん?)
よっぽど疲れてたんだねぇ。
僕は苦笑し、
コトン
また扉を閉めた。
まぁ、もう少し眠らせてあげましょう。
(先に朝食、作るかな)
と、僕は台所に向かった。
材料を考え、ふと、気づく。
(そう言えば、自分以外の人の分の朝食を作るのって久しぶりかも……?)
3年ぶりかな。
1人じゃない食卓。
「…………」
何となく、くすぐったい気持ちになった。
◇◇◇◇◇◇◇
地下の保冷庫から、食材を取り出す。
赤目牛の肉と畑の野菜を2~3種類、あとは少ないけど茸と山菜。
竈に薪と藁を入れ、
「ほっ」
更に『火の魔石』の欠片を投入する。
ボッ ボボッ
火が付いた。
鍋に油を敷いて、軽く肉を炒める。
程よい所で、他の食材もポイポイ……と入れる。
水瓶から汲んだばかりの水も注ぎ、沸騰させたら灰汁を取る。
出汁粉も入れ、しばし煮込む。
クツ クツ
もういいかな?
適量、味噌を入れ、味見、調整、味見……よし。
(…………)
今日は奮発して、玉子も入れるか。
シャカシャカ
かき混ぜ、回しながら流し込む。
ん……いい感じ。
完成した鍋を、一旦移動。
竈に金網を乗せる。
また板の上で、硬いパンを包丁でスライス。
それを金網に乗せ、焙るように焼く。
ほんのり焦げ目がついたら、木皿に移し、ホカホカの上にバターを置く。
じんわり、バターが溶ける。
(んん~、いい香り)
僕は笑顔で、1人頷く。
そして、鍋の肉と野菜と山菜の煮込みスープも木皿に取り分け、パンと共にテーブルに並べた。
ん、よし。
(そろそろ、彼女、起こすかな)
そう思った時、
カタン
背後から物音がした。
振り返ると、部屋の戸が開いて、黒髪のお姉さんが立っていた。
僕と目が合う。
「……ぁ」
彼女は口を開こうとして、
クゥゥ
その前に、お腹の方が可愛らしく声をあげた。
あら……?
「っっっ」
慌ててお腹を両手で押さえ、彼女の顔が真っ赤になる。
なんか、嬉しい。
そして、可愛い。
僕は笑って、
「おはよう、ティアさん。さ、朝ご飯、食べよ」
◇◇◇◇◇◇◇
「あ……美味しい」
食事を始めると、ティアさんは紅い目を丸くする。
また1口。
そして、もう1口。
何だか、その味を噛み締めているような表情だ。
ハムッ モグモグ
僕の作った肉と野菜と山菜のスープを何度も口に運び、こんがりパンを千切って食べてくれる。
(……お気に召したかな?)
作り手としては、うん、喜ばしい。
それから、
「おかわり、あるからね?」
「あ、はい」
彼女は、驚いた顔で頷く。
ただ少し迷った表情で、結局、おかわりは申し出ない。
(……?)
見た感じ、まだ食べたそうに思える。
あれ……?
もしかして、遠慮してる?
(う~ん)
僕は少し考え、
パクパク
自分のスープ皿を空にする。
そして、おかわりするために席を立ち、
「ティアさんは?」
「あ……」
「おかわり、いる?」
「あ……その……すみません、いただきます」
「うん」
僕は頷いた。
彼女の木皿を受け取り、鍋から2人分のスープをよそる。
席に戻り、
「はい」
「ありがとうございます」
「まだ熱いから、気をつけてね?」
「はい」
心配する僕に、ティアさんは微笑んだ。
……うん。
笑うと、本当に綺麗な人です。
僕も笑ってしまう。
それからも2人で食事を続ける。
1人ぼっちじゃない食卓は久しぶりだったけど、何だか昨日より美味しく感じた。
気づけば、鍋は空っぽだ。
ティアさんも満足そう。
でも、多分、彼女はもっと食べれそうな感じがする。
ティアさん、意外と食べる人なのかな。
細いけど、背は高いもんね。
あと、胸とお尻も大きいし……んん、コホン。
「?」
僕の咳払いに、彼女は黒髪を肩からこぼして、不思議そうに小首をかしげた。
そのあと、僕はお茶を淹れる。
薬草茶だ。
葉に傷があったり、小さかったりで、売り物にならない薬草を煎じたお茶なんだ。
もちろん、健康にもいい。
たまにご近所さんにも配ってて、評判は上々です。
ティアさんも、
「優しい味ですね」
と、その味わいに驚き、微笑んでいた。
僕も笑って、
「お口にあったのなら、何より」
「はい」
ズズッ
僕らはお茶を飲む。
やがて、ティアさんが僕を見つめ、
「あの……ククリ君」
「ん?」
「昨日も、今日も、本当にありがとうございます。見知らぬ私みたいな女のために、色々と……」
「あ、ううん」
「…………」
「…………」
「…………」
「えっと……あれから、何か思い出した?」
僕の問いに、
フルフル
艶やかな黒髪を散らして、彼女は首を左右に動かす。
その表情は、どこか苦しげだ。
(そっか)
自分のことがわからないのは、きっと色々不安だよね。
世界中で、1人ぼっち。
そんな気持ちかもしれない。
それは、この3年間で、僕も少しはわかるつもり。
だから、僕は言う。
「焦らないでいいよ」
「え……」
「思い出すまで、この家でゆっくり暮らしてていいからさ」
「でも」
「ティアさんの食べ物とかも村長が用意してくれるし、僕も困らないしね。それに誰かいると、僕も楽しいし、料理も作り甲斐あるから」
「……ククリ君」
「ティアさんがいたいだけいて、大丈夫」
僕は、そう笑った。
彼女は、そんな僕を見つめる。
真紅の瞳は潤んでいて、大人びた白い美貌は少し泣きそうに見えた。
スッ
綺麗な黒髪を揺らして、彼女は頭を下げる。
「すみません……ありがとうございます、ククリ君」
「ううん」
僕みたいな年下にも、凄く丁寧な態度。
何だか、少しくすぐったい。
それと、もう1つ。
そうした所作が、彼女は凄く綺麗だ。
気品?
みたいなのを感じる。
(う~ん)
もしかしたら、実は彼女の正体は、貴族様……とか?
いや、まさか。
だったら何で、こんな山の中にいるのって話だもの。
「…………」
彼女は今も、潤んだ瞳で僕を見つめている。
黒髪の美人なお姉さん。
本当に……彼女は、何者なんだろう?
◇◇◇◇◇◇◇
カチャ カチャ
食事後は、2人で食器を洗う。
木の繊維で作ったタワシに洗剤をつけ、使った木皿とスプーン、鍋などを擦っていく。
本当は、僕1人でやろうと思ってたんだけど、
「私にも手伝わせてください」
と、ティアさんに強くお願いされてしまったんだ。
正直、昨日あれだけ体力消耗してたし、安静にしてた方がいいかなと思うんだけど。
(でも……ね)
彼女の気持ちも、少しわかる。
きっと、何かしたいんだと思う。
記憶がなくて不安だから。
居場所を作りたくて、何か自分でもできることを欲して……そんな気がする。
安静にしてても、心は休まらないんだろう。
(……それに)
思った以上に、身体は元気そう。
回復力が凄いのか、元々体力があったのか……もしくは、その両方かな。
だから、手伝ってもらうことにしたんだ。
ただ、まぁ、
カチャ カチャチャ
「ん……っ」
なんか、彼女の手つきが怪しい。
一生懸命なんだけど、でも、洗い物に慣れていないんだな、と、わかる感じ。
本当に貴族様だったのかも……?
ティアさん自身、下手な自覚がある様子。
悔しそうで、情けなさそうで、何だか表情が暗い。
あれ……?
むしろ、自信喪失してる?
(え、えっと……)
僕は少し考える。
カチャ カチャ
お皿の洗剤を水で流しながら、
「あの、ティアさん」
「あ、はい」
「洗い物のあとなんだけど、僕、いつも山に薬草を採りに行くんだ」
「はい」
「それ、ティアさんに手伝ってもらってもいい?」
「え……」
彼女は、驚いたように僕を見る。
ニコッ
安心してもらえるように、僕は笑いかけた。
彼女は紅い目を見開き、胸の前でキュッと手を握る。
僕を見つめて、
「はい、ククリ君。どうか私にも手伝わせてください」
と、強く頷いたんだ。