038・調査隊
村のみんなにも事情を話し、今日は皆と離れる許可をもらった。
「がんばれよ」
「気ぃつけてな」
「シュレイラさんによろしゅうな」
「しっかり稼いでくんだべ」
「マパルト村民の意地、見せたれ」
「うん」
「はい、がんばります」
皆の後押しをもらい、僕らもやる気になる。
彼らに見送られて別れたあと、シュレイラさんたちと合流した。
「お、来たね」
笑う赤毛のお姉さん。
合流場所には、王国軍と冒険者ギルドの関係者も集まっていた。
子供は僕1人。
なんか視線を感じる。
(…………)
まぁ、場違いだよね。
自覚あります。
だけど、シュレイラさんの推薦、判断なので、誰も文句が言えない感じ。
……うん。
この場で1番偉いのは、やはり彼女らしい。
その後、他の調査隊のメンバーも紹介された。
王国軍からは、騎士が2名、一般兵が6名。
冒険者ギルドからは、第3級冒険者が1名、第5級が2名、第6級が1名。
それと、第10級が2名――僕とティアさんだ。
あと、第1級のシュレイラさん。
計15名だ。
お互い、自己紹介する。
そこでも、僕らが10級なのに『えっ?』と驚かれた。
だけど、
「何だい?」
ニコッ
赤毛のお姉さんが笑顔を向ける。
途端、みんな、首を振り、
「いや、姐さんが直々に選んだんだろ? なら文句はねぇよ」
「ああ、問題ない」
「ええ、そうね」
「よろしくね、僕ちゃん」
「そっちの黒髪のお姉ちゃんも美人さんだねぇ」
「ま、がんばろうぜ」
と、受け入れてくれた。
少し意外。
でも、
(多分、これは、シュレイラさんへの信頼があるからだね)
と思う。
つまり、僕ら自身の評価ではないのだろう。
それは、これからの自分たちの行動で築くもの。
僕ら2人も、
「うん、がんばります」
「よろしくお願いします」
と、彼らに挨拶した。
その様子に、シュレイラさんは『うんうん』と満足そうに頷いていた。
その後、簡単な打ち合わせ。
隊列や移動ルート、調査の予定時間などを話し合う。
それらも終わると、
「よし、じゃあ、行くよ」
と、調査隊のリーダーとなる赤毛のお姉さんが号令をかけた。
僕らも頷く。
天幕を出る。
大勢の兵士や冒険者、ギルド職員などに見送られながら森の方へと歩いていく。
(……目立ってるなぁ)
凄く視線を感じる。
特に、1人子供の僕には、奇異の眼差しが多い。
(ま、いいさ)
気にしない、気にしない。
僕はただ、やることをやるだけだ。
そう思っていると、
キュッ
隣の黒髪のお姉さんに、優しく手を握られた。
彼女を見上げる。
ティアさんは微笑み、
「私は、ククリ君の凄さを知っていますから」
「…………」
「がんばりましょう」
「うん」
僕も笑った。
…………。
やがて、調査隊15人はその野営の場をあとにし、森の奥を目指していったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
頭上は、曇天の空だ。
森の中は薄暗く、冬の風は身を切るように冷たい。
足元には、たくさんの雪羽虫の焦げた死骸が転がり、黒く埋まっていた。
そんな森の中を、
ザッ ザッ
僕ら15人は歩いていく。
(ほふぅ)
吐く息は、白くたなびく。
しばらくは、身内同士で会話もあった。
だけど、1時間ほど歩き、足元の死骸が減ってくると、口数も少なくなる。
死骸がない。
それは、先日のシュレイラさんの魔法の炎の範囲外だということ。
つまり、ここはもう『森の奥』だ。
もう、何があってもおかしくない。
(……うん)
僕も、しっかり警戒しよう。
村の山のように、感覚を研ぎ澄ませる。
他の調査隊の人たちも、同じような緊張感のある表情だった。
そのまま、進む。
…………。
20分ほど経っただろうか?
(ん……?)
ふと、森の奥で光が反射した。
何だろう?
他の人たちも気づく。
周囲に警戒しながら、そちらに向かう。
そして、
「あ……」
思わず、誰かが呟いた。
そこにあったのは、大きな氷の塊だった。
薄く青い氷の中には、冒険者らしい人間が1人、閉じ込められていた。
もちろん、生きては……いない。
(氷漬け……)
噂を思い出す。
そうか、本当だったんだね。
一般兵と6級の人は、強張った顔をしている。
僕は、氷の中を覗く。
中の人の表情は、恐怖に染まっていた。
(…………)
僕は手を合わせ、黙祷する。
その後ろで、
「何があったんだ?」
「わからん」
「けど、これは氷魔法の氷みたいね。魔力を感じるわ」
「魔法、か」
「なら、何者かに襲われたってことか?」
「何者かって何だ?」
「魔物だろ」
「だが、これほど強力な氷魔法を使う奴か……」
「やばいわね」
「ああ……」
と、大人たちが会話する。
(……う、ん)
どうやら、この森の奥には、強力な氷魔法を使う魔物がいるらしい。
相当、危険みたいだ。
皆の表情も硬い。
チラッ
隣の黒髪のお姉さんを見る。
だけど、彼女は、意外といつもと変わりないように見える。
つまり、落ち着いている。
僕の視線に気づいて、
ニコッ
こちらを安心させるように微笑んでくれたりした。
赤毛のお姉さんは、
「やはり魔物がいる、か。ま、想定の範囲内だ。――皆、このまま進むよ!」
と、声を出した。
リーダーの指示に、僕らは頷く。
そのまま氷塊の横を抜けて、更なる森の奥へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇
その後、森の中の氷塊は、何個も見つかった。
恐怖や絶望の表情のまま、何人もの人間が時が止まったように氷の内側で死んでいる。
(………)
酷いね。
正直、直視するのも辛い。
森の奥に進むにつれ、氷塊の数も多くなる。
それと、冷気も強くなった。
地面は凍り、霜柱が生えている。
パキッ
歩くたび、砕ける音がする。
枯れた木々の枝からも、大小の氷柱が何本も伸びていた。
何か、おかしい。
「これ……自然の寒さじゃない」
僕は呟く。
思ったより声は大きく響き、先を歩く皆が僕を見る。
視線が続きを促してくる。
なので、僕は言う。
「歩いた距離もそこまでじゃないし、標高も変わってない。空に雲がある日は、気温もそう変わらない」
「…………」
「なのに、急に寒くなった」
あまりに不自然だ。
僕の言葉に、
「確かにな」
王国騎士の1人も頷いた。
他の皆も、
「原因は?」
「やはり、魔物だろう」
「これだけの広範囲に影響を与えるの?」
「……マジか。そりゃ、相当な力を持った魔物になるぞ」
「やばいわね」
「この冷気だ。もう近くにいるんじゃないか?」
「可能性はあるな」
と、会話を交わす。
赤毛の女冒険者は、何も言わない。
黙ったまま、皆が話している様子を眺め、そして、周囲を見る。
ティアさんは、
「――――」
スッ
不意に、ある方向に顔を向けた。
何もない森の景色。
(……?)
僕も、目を凝らす。
何もない……けど、そちら側の空が白く見えた。
(え……?)
雪羽虫だ。
魔法の炎を逃れた白い綿毛の群れが、何千、何万匹と浮かんでいた。
遅れて、皆も気づいた。
「お、おい」
「あれ……」
「マジかよ、凄ぇ数だな」
「まずいわね」
「私たちだけで対処できるか?」
「わからん」
調査隊の全員、警戒した顔だ。
そんな中、
「――いるね」
赤毛の美女が、ポツリと呟いた。
皆、彼女を見る。
隻眼の金色の瞳は、白い空を睨むように細められている。
(いる?)
何が……?
その意味がわからない。
けれど、
「はい、確かに」
黒髪のお姉さんが同意した。
彼女も、シュレイラさんと同じ方向を見ていた。
(ティアさん?)
何が……と、僕は聞こうとした。
でも、その前に、
ズシン
重い音が響き、足元が振動した。
(!?)
思わず、僕は硬直する。
同じように調査隊の全員がそれを感じ、会話と動きが停止した。
ズシン ズシン
重い音と振動が続く。
何これ?
いや、まさか……。
(足音?)
不意に、そう理解した。
赤毛と黒髪のお姉さん2人は、ずっと同じ場所を――白い綿毛の空を見ている。
その白い空が、
ブワッ
左右に裂けた。
(――あ)
その空間に、巨人が立っていた。
白い髪と肌。
厳つい風貌と筋肉質の巨体。
その背丈は、周囲の木々より頭1つ分、抜きん出ている。
ズシン
その歩みと共に、あの重い音が響く。
僕らは茫然。
ティアさんは、紅い瞳を細める。
そして、
「なるほどね」
赤毛の女冒険者が低く呟いた。
金色の瞳で巨人を睨み、
「正体は『氷雪の巨人』か……これは、なかなかの大物が出てきたね」
と、獰猛に笑った。