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037・勧誘

 9日目の朝が来た。


 目を覚ますと、目の前に黒髪のお姉さんの寝顔があった。


(…………)


 少しドキッとする。


 狭いテントだからね……。


 今日で9日目なのに、まだ慣れない。


 でも、整った寝顔を見ていると、ティアさんは本当に美人なんだなと思う。


 と、その時、


「ん……ぅ」


 気配を感じたのか、彼女も目を覚ました。


 開くまぶた。


 綺麗な紅い瞳が、僕を見つける。


 微笑み、


「……おはようございます、ククリ君」


 と、柔らかな声で言う。

 

 彼女の黒髪には少し寝癖があって、でも、それがより無防備で可愛く見えた。


 僕も笑って、


「うん、おはよう」


 と、答えた。


 そして、2人で起きる。


 テントを出ると、頭上は曇り空だ。


 ……雨、降りそう。


 見上げていると、


 ザワザワ


(ん……?)


 周囲が何だか騒がしい。


 落ち着かない雰囲気で、王国軍の人やギルド職員が何人か走っていく。


 冒険者たちも何事かを話していた。


 ティアさんが不思議そうに、


「何かあったのでしょうか?」


「……うん」


 僕も、曖昧に頷く。


 と、同じ出稼ぎ組の村人を見つけた。


 向こうも、僕に気づく。


「おう、ククリ」


「ん、おはよう」


「おはようございます」


「おう、ティアもおはようさん」


「ねぇ、どうかしたの?」


 と、僕は周囲を見る。


 彼は「ああ」と頷いた。


「何でもな、昨日、森の奥まで行った連中が今朝になっても戻らないんだと」


「え……」


「結構多くてよ、50人ぐらい」


「そんなに?」


 僕は、青い目を瞠る。


 隣のお姉さんも、驚いた顔だ。


 僕は聞く。


「理由は?」


「まだわかんね」


「そっか」


「けど、今朝早く、そいつらを探しに行った冒険者たちがいて、さっき戻ってな」


「うん」


「ただ……変な話しててよ」


 不意に、彼は小声になる。


(変な話……?)


 僕は、小首をかしげる。


 村人は、僕らに顔を近づける。


 そして、 


「戻ってこなかった連中、氷漬け(・・・)になってた……とか」


「は……?」


 氷漬け?


 僕も、黒髪のお姉さんも唖然となる。


 村人は言う。


「ま、本当かわからんけどよ」


「…………」


「けんど、戻ってこない連中がいるのは確かだしな」


「……うん」


「んで、捜索のために、今日、王国軍とギルドが調査隊を出すって話があってよ」


「そうなんだ」


「んだ、そんで、この騒ぎよ」


「そっかぁ」


 僕は頷いた。


 僕らが寝ている間に、そんなことがあったのか。


(でも、氷漬け……か)


 本当なのかな?


 話のあとは、村人の彼とは別れる。


 見送り、2人になると、僕は隣のお姉さんを見た。


 僕は言う。


「ありがとね、ティアさん」


「え?」


「昨日のこと、ティアさんのおかげで、全員、助かったかもしれない」


「いえ、そんな……」


 彼女は、少し驚いた顔。


 でも、本当だ。


 彼女が止めてくれなければ、僕らは全員、森の奥に行っていたかもしれない。


 そして……。


 僕の視線に、


「私は何も……。ですが、ククリ君の役に立てたのならよかったです」


 と、黒髪のお姉さんははにかむ。


 それに、僕も微笑む。


 …………。


 そのあと、僕らは朝食を食べて、今日のための準備を行う。


 荷物を用意し、矢筒に矢を詰める。


 その作業中、


 ザワザワ


(ん?)


 不意に周囲の人々がざわめくと、予期せぬ訪問者がやって来たんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



(何だろう?)


 作業の手を止め、顔をあげる。


 すると、人垣の向こうから歩いてくる赤毛の美女の姿があった。


 え……?


(シュレイラさん?)


 僕は、少し驚く。


 隣のティアさんも気づく。


 同時に、向こうも僕らを見つけ、


「おう、ティア、ククリ」


 と、笑い、片手をあげた。


 白い歯が眩しい。


(……うん)


 本当に、気さくなお姉さんだね。


 昨日、あの凄まじい炎の力を見せられたのに、なぜか親しみを感じさせる。


 僕も笑って、


「おはよう、シュレイラさん」


 と、挨拶。


 彼女は、僕の前に来ると、


「おうよ、おはようさん、ククリ。元気か?」


 ポムポム


 軽く頭を叩かれる。


 僕は苦笑し、「うん」と頷いた。


 周囲の人たちは、シュレイラさんの出現と僕への態度に驚いた様子である。


 と、その時、


 ズイッ


 ティアさんが僕を庇うように、赤毛のお姉さんとの間に割り込んだ。


「お?」


 驚くシュレイラさん。


 黒髪のお姉さんは、


 ジロッ


 と、赤毛の美女を睨む。


 彼女は苦笑し、


「ティアも、おはようさん」


「はい、おはようございます」


「ただの軽いスキンシップだよ。そう目くじら立てなさんな」


「…………」


「はいはい。こりゃ、過保護なお姉ちゃんだね」


 と、僕に言う。


(あはは……)


 僕は、曖昧に笑った。


 と、そんな僕らに、


「でも、よかった。実は、アンタらを探してたんだよ」


「え?」


「私たちを?」


「そうさ」


 彼女は頷く。


 ジッと僕らを見つめ、


「なぁ、ティア、ククリ。お前らも調査隊の話は聞いてるか?」


「え、うん」


「はい」


 僕らは、素直に頷く。


 さっき聞いた、森の奥から戻らない人たちを探すための奴だよね。


 シュレイラさんは頷き、


「なら、話は早いね。実は、アタシがその隊のギルド側の人選任せられてんだけどさ」


「うん」


「はい」


「ティア、ククリ、アンタら2人もその調査隊に参加しなよ」


「……へ?」


「はぁ?」


 突然の誘いに、僕らは唖然。


 王国トップの『第1級冒険者』のお姉さんは、そんな僕らを笑顔で見つめていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「あの、シュレイラさん。本気?」


 思わず、僕は聞く。


 赤毛のお姉さんは、


「ん?」


 と、首を傾ける。


 拍子に、結ばれた長い赤毛の髪も踊る。


 僕は、言う。


「えと、僕ら第10級冒険者なんだけど……」


「知ってるよ」


「…………」


「けど、実力と等級が必ずしも一致しないってのも、アタシは知ってる。だから、アタシは自分の目を信じててね」


「目?」


「そうさ」


 と、彼女は笑う。


 ジッ


 その金色の1つ目は、僕らを見る。


 僕ら……いや、ティアさん?


 黒髪のお姉さんは黙ったまま、彼女の視線を受け止める。


(…………)


 僕は聞く。


「でも、危険だよね?」


「そうだね」


「…………」


「正直、未知の調査だ。何があるかわからないし、危険だよ。でも、だからこそ、ティアとククリが必要だと思ったんだ」


「どうして?」


 そう思う理由が、わからない。


 僕の問いに、


「アタシもわからん」


「は……?」


「でも、2人の顔を見て、改めてそう感じたんだ」


「…………」


「ま、女の勘さ」


 と、赤毛の美女は楽しそうに笑った。


(……何それ?)


 と思う。


 でも、笑い飛ばせない。


 数々の魔物との戦いを経験してきた王国最強の女冒険者の勘だ。


 なぜか、重みがあった。


 隣を見る。


 黒髪のお姉さんも、僕を見ていた。


 そして、言う。


「私は、ククリ君に従います」


「ティアさん」


「ククリ君のしたいように、好きなように決めてください」


 そう僕に微笑む。

 

 強い信頼。


 そして、優しい包容力。


 それを感じる。


(…………)


 どうしよう?


 悩む僕に、


「無理強いはしないよ」


「……うん」


「けど、同行する連中も腕が立つし、アタシもいる。ある程度の安全は、保障するよ」


「…………」


「あと報酬も出す」


「報酬?」


「2人は出稼ぎ組だろ? そりゃ、出すよ。ま、100万は堅いね」


「100万」


 そんなに? 


 少し心が動いた。


 残り3日、雪羽虫も数が減り、もう稼ぐのは無理かと思っていた。


 でも、まだ稼げる……。


 ふと、村のみんなの顔が思い浮かぶ。


(……うん)


 僕は、ティアさんを見る。


 彼女は、僕の気持ちがわかったのか、


「はい」


 と、微笑んだ。


 それで、心が決まる。


 僕はシュレイラさんを見る。


 僕の表情を見て答えがわかったのだろう、彼女も笑った。


 僕は頭を下げる。


 ペコッ


「調査隊への参加、お願いします」 


「ああ」


 赤毛のお姉さんは、頷いた。


 僕らの肩を叩き、


「受けてくれて嬉しいよ。よろしくな、ティア、ククリ」


「うん」


「はい」


 笑顔の彼女に、僕らも大きく頷く。


 そうして僕とティアさんは、シュレイラさん率いる調査隊の一員として、森の奥へと入ることが決まったんだ。

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