035・炎姫到着
本日で、駆除7日目となった。
雪羽虫の減少に伴い、僕らは冒険者ギルドの指示で2度、場所を移動させられた。
現在は、森の中だ。
周囲は、樹皮までかじられた無残な木々が無数にある。
地面の草は1本もない。
(……酷いな)
荒れた大地。
そして、そんな木々や地面の上では、今も白い綿毛の魔物が蠢いていた。
バシュッ
僕は、矢を放つ。
射貫かれた雪羽虫の1匹が弾け飛ぶ。
同時に、
(痛……っ)
腕がビリッと痺れた。
7日間、何万回と矢を放ち続けた結果だ。
多分、腱鞘炎。
指にも、肉刺ができている。
腕の湿布と共に、今はもう、痛み止めの薬草飴も口に含んでいる。
それでも痛い。
予定だと、あと3日間……。
(……ん)
考えたら駄目だ。
今は、目の前のことに集中しよう。
そう思いながら、矢を放っていく。
僕だけでなく、ティアさんや村のみんなにも疲労は見えていた。
資金に余裕のある上級冒険者なら、回復ポーションとか使えるのだろうけど……生憎、僕らには無理な話である。
おかげで、矢の命中率も全体的に落ちている。
ただ、原因は疲労だけじゃない。
僕は弓を構え、
(……歪んでる)
矢の異常を感じた。
使い回している矢そのものが、もう限界なんだ。
見た目、普通。
だけど、目に見えない歪み、傷、ひびなどがあり、狙い通り、真っ直ぐ飛ばなかった。
……仕方ない。
これも、資金の限界。
王国兵みたいに、矢を使い捨てにはできないのだから。
バシュッ
矢を放ち、
バスン
なんとか、命中。
だけど、指3本分、横に流れた。
(ふぅ)
もっと変化を計算して当てよう。
…………。
こんな風に、駆除は少しずつ難しくなっている。
時に、数の多さに駆除が追いつかず、雪羽虫の群れに迫られることもあった。
そんな時は、
「ククリ君!」
ヒュン ヒュパン
黒髪のお姉さんが長剣を抜き、雪羽虫を斬り捨ててくれた。
本当に、頼もしい。
彼女がいなかったら、僕らは雪羽虫の群れに全身をかじられて大変だったかもしれない。
実際、被害も起きていた。
この7日間で、王国兵と冒険者に13人の死者が出た。
負傷者も、300人以上とか。
僕らは遠距離で戦う弓だけど、近接武器で駆除する人たちも多くて、雪羽虫の群体に飲まれてしまったらしい。
皆、生きたまま、かじられたのだ。
(…………)
想像するだけで震えてしまう。
やはり、相手は魔物。
見た目が可愛く、小さな羽虫でも油断はできない。
バシュッ
(あ……外した)
矢は大きく曲がり、近くの木の幹にぶつかった。
バキッ
簡単に軸が折れる。
あの矢も限界だったみたい。
また1本、なくしちゃったな。
(はぁ)
ため息が漏れる。
と、その時、
「ククリ君」
ティアさんに心配そうに声をかけられる。
その声で、我に返った。
(いけない、集中)
僕は彼女を見て、
「大丈夫」
と、笑った。
彼女も微笑み、頷く。
うん、元気出た。
僕は気を取り直し、新しい矢をつがえて、また弓を構えた。
◇◇◇◇◇◇◇
夜が訪れた。
淡い月明かりが差し込む森で、僕らは野営する。
木々の向こうには、他の冒険者や王国兵が野営する灯りが無数に見えていた。
モグモグ
今夜も炊き出しの夕ご飯。
腕の痛みで、少しだけ食べ辛い。
(でも、食べないと)
食事は大事だ。
硬いパンを千切るのに苦労していると、
「代わります」
「あ。ありがとう」
「いいえ」
ティアさんが微笑み、助けてくれた。
……うん、心が和む。
僕らは笑い合う。
と、その時、本日の討伐報告をギルド職員にしに行った村人が戻ってきた。
そして、言う。
「今日は、4万匹越えたぞぉ」
「おお~」
「じゃあ、400万リオンけ」
「こりゃ、明日には、合計3000万は越えるべ」
「んだな」
「くはぁ、疲れも吹っ飛ぶわぁ」
と、みんな笑顔だ。
僕も思わず、
「凄いやぁ」
と、目を見開いてしまう。
当初の目標は、4000万リオン。
あと3日も残して、3000万に到達している。
うん、順調だ。
(みんな、がんばってるもんね)
例え、このあと何もしなくても、1人150万リオンは確定だった。
150万……。
(うへへ)
例年の出稼ぎとは、桁が違う額だ。
みんな、表情が緩んじゃう。
そんな僕らに、ティアさんも微笑んでいる。
だけど、
「ただ、思ったより群れの数、多いらしいわ」
「え?」
「当初5000万匹だったけんど、今、推定7000万匹ぐらいになってんだと」
「7000万!?」
皆、唖然だ。
僕も、開いた口が塞がらない。
村人は言う。
「この数日で、繁殖したらしくてよ」
「ええ……」
「だけん、討伐日数、10日間以上に増えるかもだと」
「…………」
みんな、沈黙してしまう。
あと3日だと思って、がんばった。
だけど、そこで終わらないのだとすれば……う~ん、
(正直、厳しいなぁ)
その分、報酬は増えるだろう。
だけど、お金も大事だけど、それ以前に、身体が保つかが心配になってくる。
みんな、食事の手も止まる。
空気が重苦しい。
ティアさんが僕の湿布だらけの両手を見る。
「……ククリ君」
心配そうな声だ。
安心させたいけど、でも、僕もすぐに答えられなかった。
と、その時だ。
ザワッ
(ん……?)
突然、森のあちこちが騒がしくなった。
ザワザワ
え、何?
周囲を見る。
周りにある野営地で、灯りに照らされる人影たちが、皆、空の方を指差していた。
空……?
僕らも見上げる。
(――あ)
そして、気づいた。
真っ暗な夜空の一角に、美しい炎の翼を広げた存在がいて、それがこちらへと飛来してきていた。
火の粉が舞い、輝く。
それは夜空に、一筋の光跡を残していく。
僕も、村のみんなも、目を見開く。
――炎の翼を広げる、赤毛の天使。
その姿が、遠く視認できた。
(……シュレイラさん)
王国最強の冒険者の登場に、夜だというのに周囲一帯から歓声があがった。
空気が弾ける。
そして、その歓声の中、赤毛の天使は地上に降下していき、森の木々の向こう側に見えなくなった。
バヒュン
最後に炎の翼が上空に舞い散り、そして消える。
しばし、呆然。
やがて、みんなで顔を見合わせた。
「……おいおい」
「ありゃ、シュレイラ・バルムントか?」
「遠征から、戻ったんか」
「うほぉ……あん人も、明日から駆除に参加するんだべ」
「こりゃ、見ものだぁ」
「めっちゃ、綺麗やったのぉ」
「んだなぁ」
「こりゃ、明日はやべぇぞぉ」
ワイワイ
さっきまでの沈んだ空気が嘘みたいに、みんな、元気になった。
僕も、少し興奮してる。
あの人がいたら、
(あと3日で、無事、終わるかも……)
そう思える。
そして、そう思わせる存在なのが凄い。
それぐらい、第1級冒険者の肩書きと実力は、人々の心に希望を与えるものなのだ。
グッ
両手を握る。
痛いけど、もう痛くない。
(うん、がんばろう)
真っ赤な炎の舞い降りた方角を見ながら、僕は笑った。
その一方で、
「……むぅ」
そんな僕に、黒髪のお姉さんは少しだけ頬を膨らませる。
そして、紅い瞳を細め、
キッ
悔しげに僕と同じ方角を睨んだ。
(……?)
と、彼女は僕を見る。
自分の胸に手を当て、
「ククリ君には、私がいますから」
「え、うん」
僕は頷く。
でも、
(どういう意味?)
内心で、首をかしげる僕である。
…………。
そんな風に希望の炎の到着を目にしながら、僕らの7日目の夜は過ぎていった。