034・テントでの就寝
雪羽虫の駆除2日目だ。
本日も早朝から、
バシュッ バシュッ
と、白い魔物の群体に、僕は矢を放つ。
飛んでくる方向を予測し、こちらに近い雪羽虫から狙って射落としていく。
射る。
次矢をつがえ、弦を引く。
狙い、射る。
次矢をつがえ……。
その作業を延々と繰り返す。
矢筒が空になる20射で一息つく。
その呼吸の間に、
「はい、ククリ君」
「うん、ありがと」
黒髪のお姉さんが、素早く空の矢筒と20本満載の矢筒を交換してくれる。
そして、僕は、また矢を放つ。
命中、命中。
次々と、射られた白い綿毛が落ちてくる。
と、その時、
「相変わらず、お前は弓、上手ぇなぁ、ククリ」
隣の村の狩人が言う。
バシュッ
彼は、矢を射ながら話しかけてきていた。
(ん?)
僕も手を止めない。
他の狩人たちも、皆、矢を放ちながら、
「んだな」
「オラは、何射も外しとるんに」
「ククリは外さんもんなぁ」
「ホンマ、大したもんだ」
「大人んなったら薬草集めばやめて、狩人に転向したらどうだ?」
「そりゃええな」
なんて言いだす。
(……うん)
これ、みんな、退屈で話したくなったんだね。
僕は苦笑いで、
「僕は、薬草集める方が楽しいよ」
「そうかぁ?」
「もったいねぇなぁ」
「いい腕なのに……」
「んだんだ」
「ま、強要はできんべ」
「んだなぁ」
狩人のみんなは、矢を射ながら、器用にため息をこぼす。
(あはは……)
ま、命中率には自信あるけど。
でも、威力、射程距離では、皆に全然及ばない。
大人になって、大きな弓を扱えるようになったら違うのかもしれない。
けど、その弓で今の命中精度を保てるか、自信もない。
(難しいよね、弓って)
そう思いながら、
キュウッ
弓の弦を引く。
狙い、射る。
パシュッ バスン
また1匹、雪羽虫が落ちる。
すぐ後ろのティアさんは、感心した眼差しで僕を見ていた。
ま、今は今だ。
(集中、集中)
そう自分に言い聞かせ、
バシュッ
僕は、また1本、矢を放った。
◇◇◇◇◇◇◇
午後、出稼ぎ組で交代しながら、お昼を食べた。
食事は、王国軍と冒険者ギルドが共同で炊き出しを行い、肉と野菜のスープに乾燥パンだった。
モグモグ
(しょっぱい)
保存のためかな?
スープの肉は、塩分多め。
でも、たくさん汗をかいたし、いいか。
食中毒も怖いしね。
硬い乾燥パンも、スープに浸して柔らかくして食べる。
雑味はあるけど、お腹は膨れる。
ティアさんは、
「ククリ君の料理が恋しいです」
と、嘆く。
あはは……光栄です。
でも、さすがに料理までしてる余裕はないかな。
彼女もわかっているので、黙々と食べる。
僕は、ふと周囲を見る。
僕ら以外の場所でも、王国兵や冒険者たちが雪羽虫を駆除していた。
人により、物理攻撃、魔法攻撃、手段は色々。
特に魔法は、
ボボォン ドパパァン
放射状の炎が空に吹き出したり、無数の光の矢が撃ち出されたりして、大量の雪羽虫が1度に駆除され凄まじかった。
(……凄いなぁ)
きっと、上級冒険者たちだ。
そんな光景を眺めながら、食事をする。
だけど、
「数、減りませんね」
と、黒髪のお姉さんが呟いた。
僕は、彼女の横顔を見る。
もう1度、前方を向いて、
「うん、本当にね」
「はい。森も、草原も白いまま……あの綿毛で埋まっています。倒しても、倒しても、奥からまた新しい群れが出てきています」
「そうだね」
「本当に、駆除し切れるのでしょうか?」
「う~ん」
僕も唸る。
確かに、目に見える変化は乏しい。
(だけど……)
僕は言う。
「でも、まだ2日目だし」
「…………」
「相手は5000万匹だから、気長にやろうよ」
「……はい」
「それに、あと何日かしたら、あのシュレイラさんも遠征先から戻って参戦するって話だし」
「……え」
「そうすれば、きっと状況も好転すると思うから」
「…………」
「ね?」
「…………」
「……ティアさん?」
黙り込むお姉さんに、僕は首をかしげた。
(あれ?)
何か、不機嫌そう……?
彼女は、
「あの女が来る前に、駆除し切りましょう」
と、言う。
(あ、うん)
難しいとは思うけど、やる気があるのはいいことだ。
僕も頷き、
「うん、がんばろう」
と、笑った。
長く艶やかな黒髪を揺らして、彼女も「はい」と微笑む。
モグモグ ゴックン
やがて、食事を終える。
そして、僕らは午後の駆除に入った。
◇◇◇◇◇◇◇
2日目の夜だ。
湿布を貼り替え、早めの就寝。
冬なので、風除けのテント内で夜を過ごす。
出稼ぎ組の皆は、大型の天幕で雑魚寝し、ただティアさんは女性なので別の小型テントを使用している。
当初は、僕も天幕の予定だった。
だけど、
「……1人で眠るのは、少し寂しいんですよね」
と、彼女が悲しげに微笑んだ。
途端、
「よし、今夜はククリもあっちな」
「んだ」
「嫁を1人にしたらいかん」
「ちゃんと守ったれ」
「ほれ、行け行け」
「ちくしょーめ」
「え……う、うん、わかったよ」
と、村の皆に追いやられてしまった。
なんか団結してるし。
(……うん)
ま、いいけどね。
もう数ヶ月も、僕はティアさんと一緒に暮らしてる。
気にするのも、今更だろう。
実際、当のお姉さん本人が嬉しそうにしてるしね。
僕らは、テント内に入る。
空間は思ったより狭くて、2人の寝床も近くなる。
(ま、仕方ないか)
あまり気にせず、僕は自分のスペースに横になろうとする。
すると、その時、
「あの、ククリ君」
「ん?」
「今夜は、同じ毛布で一緒に寝てもいいですか?」
「……え?」
僕は、目を丸くする。
黒髪のお姉さんは少し恥ずかしそうに、
「その、1人だと寒いので……」
「あ、うん。……いいけど」
「あ……よかった」
彼女は安心したように笑った。
そして、僕の方へ四つん這いで近づくと、僕の背中側から身を寄せてくる。
(…………)
厚手の毛布に、一緒にくるまる。
ムニュン
柔らかな弾力が、僕の背中に当たる。
彼女の左手が僕のお腹の辺りに回され、グッと引き寄せられた。
綺麗な黒髪が、僕の首筋をサラリと撫でる。
フワッと、甘い匂いがする。
息がかかり、
「ククリ君は、温かいですね」
「……そう?」
「はい。それにお日様の匂いがして、何だか安心します」
「…………」
「ふふっ、ククリ君……」
スリ
甘えるように頬が寄せられる。
僕は動かない。
いや、動けない。
なんか、顔が熱い。
(ええっと……)
なんか、このままだといけない気がする。
僕は必死に考え、
「あ、そう言えばさ」
「はい」
「知ってる? 雪羽虫って、本来、もっと北の方にいる魔物なんだよ」
と、話題を逸らす。
彼女は、少し驚いたように、
「そうなのですか……?」
「うん。だから、こんな王都の方まで南下してくるのは珍しいんだって」
「まぁ……不思議ですね」
「うん、本当に」
僕も頷く。
もしかしたら、あれかな?
前に、シュレイラさんが『魔物の生息域が変化してる』と言っていた。
それが原因なのかも?
本当かはわからないけど、
(でも、可能性はある)
と思う。
…………。
これも、勇者様が魔王を倒した影響なのかな……?
平和な時代の到来。
だけど、まだまだ安定した平和ではないのかもしれない。
う~ん?
色々と考えてしまう。
と、その時、
ムニュン
(…………)
自分の背中の感触に、何だか考えていられなくなった。
んんっ。
僕は、軽く咳払いし、
「そ、そろそろ、眠ろうか」
「あ、はい」
「ん……それじゃあ、おやすみなさい、ティアさん」
「はい」
彼女は頷く。
柔らかな微笑みで、
「おやすみなさい、ククリ君」
耳元に甘く囁かれた。
(…………)
数秒、僕は固まる。
やがて、青い目を閉じる。
伝わる体温。
彼女が言っていた通り、本当に温かい。
(ん……)
少しだけ、力が抜ける。
その黒髪のお姉さんの温もりと、本日の疲労もあり、僕はそのまま眠りに落ちていったんだ。