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030・休日

 翌日、僕とティアさんは、王都の街中に繰り出した。


 昨夜の内に、出稼ぎ組の村のみんなにも事情を話したら、快く承知してもらえた。


 皆曰く、


「初日に30万、稼いでるけの」


「んだんだ」


「むしろ、2~3日、遊んでてもええべよ」


「ティアも、初王都だべ?」


「気兼ねなく、楽しんでけえよ」


「かぁ、デート、羨ましかぁ」


「んだな、わはは」


 と、笑顔で背中を押してくれた。


(ん……ありがと)


 みんなの厚意には、深く感謝である。


 真面目なティアさんは、


「……デ、デート」


 と、少し赤くなっていたけどね。


 そんな訳で本日、僕ら2人は王都の通りを歩いている。


 道沿いには、たくさんの店舗が並ぶ。


 レストラン、貴金属店、洋服店、魔法具店などなど、この辺は商店の集まる大通りらしい。


 僕は聞く。


「どこか行きたいお店、ある?」


「え?」


「せっかくだから、今日はティアさんの行きたい所に行こう」


「いいんですか?」


「うん」


「では……あそこへ」


 彼女は、嬉しそうに前を見る。


 そのお店とは、


(…………)


 視線の先を見て、僕は数秒、沈黙する。


 えっと、


「武器屋?」


「はい」


「美味しい料理とか、綺麗な宝石とか、素敵な服とかは、興味ない?」


「特には」


「……そう」


「……駄目ですか?」


「ううん。行こっか」


「はい!」


 嬉しそうな黒髪のお姉さん。


(ま、いっか)


 王都だから、最新のデザインの洋服とか装飾品とか、色々あるんだけどね。


 でも、本人の希望が1番だ。


 僕らは、武器屋に入った。


 …………。


 王都の店らしく、商品の種類は豊富で、その値段も凄い。


 中には、希少な『魔法剣』もあって、


(うわ……王都に家が買えちゃうよ)


 なんて金額だった。


 そんな武器類を、ティアさんは瞳を輝かせながら眺めていく。


 でも、


(さすがに買えないね)


 武器相場が下がり気味でも、王都の店は、そこまで安くならないみたい。


 僕らは眺めるだけだ。


 また王都には、武器の店だけでも複数ある。


 黒髪のお姉さんの望みで、僕らは、そうした武器屋を何軒も回っていく。

 

 その度に、


「まぁ……これは、いい剣ですね。こちらも軽量で、良い素材です」


 と、彼女は幸せそうに笑う。


(…………)


 武器、好きなんだねぇ。


 女の人には、珍しいかもしれない。


 でも、あれだけの実力者なのだから、そういうこともあるのかな?


(……うん)


 彼女の笑顔に、僕も微笑む。


 …………。


 そうして約2時間ほど、僕は、黒髪のお姉さんの武器鑑賞に付き合ったんだ。


 

 ◇◇◇◇◇◇◇



「――武器は良いですね」


 僕らは、喫茶店に入った。


 注文したケーキと紅茶を待っている間に、彼女はうっとりと呟く。


 頬に手を当て、短い吐息。


(……まるで恋する乙女だ)


 僕は苦笑し、


「そっか」


 と、頷いた。


 彼女は微笑み、


「はい。特に、特注品は素敵です」


「特注品?」


「はい。人はそれぞれ体格、筋力など違います」


「うん」


「量産品の武器では、使い手が武器に合わせた動きをしなければなりません。ですが、個人用の特注品は、武器の方が使い手に合わせてあります。なので、より戦い易く、その戦闘力は数倍に膨れ上がるんです」


「へぇ……」


「武器とは、人の命を守る力そのもの」


「…………」


「良い武器は、それだけ人を守れる力がある。だから、私は好きです」


「そっか」


 僕は、頷いた。


 僕の中では、武器は危険な物。


 使い手の意志で、対象に『死』を与える恐ろしい物という認識だった。


 でも、彼女は違う。


(人の命を守る力……か)


 その言葉が沁みる。


 何となく、ティアさんの強さと優しさの秘密みたいだと思った。


 ……もし、彼女が武器を手にしたら?


 特注の、物凄い武器を。


 そうしたら、


(きっと、多くの人を守ってくれたんだろうな)


 そう思えた。


 思わず、目の前のお姉さんを見つめてしまう。


 その時、


「お待たせしました」


 注文していたケーキと紅茶が届いた。


(わ、来た)


 都会でしか食べられないスイーツと茶葉の組み合わせである。


 甘いクリームと苺のショートケーキだ。


 黒髪のお姉さんも、


「まぁ」


 と、その瞳を輝かせる。


 うん、女の子っぽい。


 僕らは『いただきます』とフォークを使い、ケーキを1口、口に運んだ。 


(ん……)


 甘~い。


 溶けるクリームに、柔らかなスポンジ生地。


 仄かなバニラの匂いが最高です。


 ティアさんは、


「んん……! これは、美味しい食べ物ですね!」


 と、その声と身体を震わせた。


 大人びた美貌が蕩けている。


(…………)


 今の言葉とその大袈裟な反応に、僕は目を瞬いた。


 首をかしげ、


「ティアさん、ケーキを食べるの、初めて?」


 と、聞いた。


 パクッ


「んむ……?」


 彼女は、フォークを咥えたまま、僕を見る。


 モグモグ ゴクン


 と、飲み込んで、


「そうですね。存在は知っていましたが、初めての気がします」


「そうなんだ?」


「はい」


 長い黒髪を揺らして、彼女は頷く。


 少し考え、


「記憶はないのですが……昔の私は、こうした物を食べる余裕がないほど、常に何かに追い立てられていたような気がします」


「…………」


「食事が美味しい」


「?」


「そう感じたのは、ククリ君の料理を食べてからだと思いますよ」


「そう……なの?」


「多分、ですが」


 驚く僕に、彼女は苦笑した。


 記憶喪失のティアさん。


 その失った記憶の日々は、もしかして、辛い日々だったのだろうか?


(…………)


 そんな僕の前で、


 パクッ


 彼女は、ケーキをまた1口。


「んん……!」


 普通の女の人らしく、また幸せそうに頬を緩めた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 喫茶店を出たあとも、僕らは王都を散策した。


 噴水公園の遊歩道を歩いたり、路上の大道芸人の技を見物したり、屋台のハンバーガーを食べたり、色々と満喫する。


(……楽しいな)


 田舎の村にはないものばかり。


 隣のティアさんも笑顔でいる。


 不意に通り抜けた風に、長い黒髪が柔らかくはらみ、白い手がそれを押さえる。


 それが、凄く様になる。


 ……うん。


(本当に綺麗な人だね、ティアさん)


 改めて、そう思う。


 ふと気づけば、周囲を歩く人たちも何人か、彼女に見惚れていた。


 男の人も、女の人も。


 きっと、僕も。


 と、彼女は小首をかしげ、


「ククリ君?」


「あ、ううん」


 僕は、首を振る。


 でも、彼女は「?」と僕を見つめたままだ。


 視線に負け、僕は白状する。


「その、なんか、ティアさんと歩けるのが嬉しくて……」


「え……」


「…………」


「あ……その……ありがとうございます」


「ううん」


「私も……こうしてククリ君と一緒にいられるのは、嬉しいです」


「うん、そっか」


 僕は頷いた。


 少し頬が熱い。


 彼女の白い頬も、ほんのり赤くなっている。 


 お互い、相手の顔を窺う。


 視線が合い、


 クスッ


 2人で小さく笑ってしまう。


 しばらくクスクスと笑い合ったあと、何となく手を繋ぎ、再び歩きだす。


 目的地もなく、気の向くままに。


 通りには、たくさんの人がいる。


 人間、エルフ、獣人、ドワーフなど、人種も様々だ。


 都会らしく、綺麗な女の人もいっぱいいるけれど、僕にはティアさんが1番綺麗に思えた。


(身内びいき……かな?)


 自分じゃ、わからない。


 大きな車道では、無数の馬車が行き交う。


 賑やかな喧噪。


 静かな村のゆったりした日々とは、時間の流れが違う感じ。


 そんな大都会の景色の中を、僕らは歩く。


 そして、


「あ……」


 ふと、ティアさんの足が止まる。


(ん……?)


 何だろう?


 彼女の視線を追いかける。


 紅い瞳が見上げる先にあったのは、壮麗な神殿だった。


 周囲の建物よりずっと大きく、敷地も広い。


 神殿内は解放されているらしく、たくさんの王都民や巡礼者らしい人々が出入りしていた。


 僕は言う。


「太陽と月の神殿だね」


「太陽と月……」


「うん、世界を創った2柱の女神様を祀った神殿だよ」


「2柱の……女神」


 黒髪のお姉さんは、呟く。


 太陽と月の女神教。


 アークライト王国の国教で、世界各国でも1番信仰されてる教義。


 そして、


「あの勇者様も、太陽と月の女神様たちの神託で選ばれたらしいよ」 


 と、僕は教えた。


 結構、有名な話。


 世界各国の聖女や大司祭に神託があり、その結果、どこかの1人の女の人が『勇者』に選ばれたとか。


(本当、凄いよね)


 つまり、勇者様は、女神様たちに選ばれた存在なのである。


 ティアさんは、


「…………」


 目の前の神殿をジッと見上げている。 

 

(???)


 なんか、不思議な表情だ。


 懐かしそうな、悲しそうな、そんな何とも言えない表情だった。


 でも、視線は真剣で。


(……ティアさん?)


 僕は小首をかしげ、


「えっと……神殿の中、入ってみる?」


 と、聞いた。 


 彼女は前を向いたまま、


「――はい」


 コクン


 美しい黒髪を揺らして、大きく頷いた。

ご覧頂き、ありがとうございました。



冒頭、第1話の前に、プロローグを追加しました。


物語の展開的には何も影響ないのですが、もしよかったらご覧になって下さいね。


また、もしかしたらブクマ位置がズレる可能性もありますので、ご確認もよろしくお願いします。



より楽しんで貰えるように、より面白くなるように試行錯誤しているため、今後も細かい変更、修正などあるかもしれませんが、どうかご了承下さいませ。

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