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002・保護

 ジャボ ジャボ


 僕は水をかき分け、岩に引っかかった女の人に近づく。


 水深は、僕の腰ぐらい。


 川の流れは穏やかだけど、ただ水が冷たい。


 僕は、必死に手を伸ばして、


 ギュッ


(よし)


 彼女の腕を掴んだ。


「大丈夫っ?」


 声をかける。


 けど、返事はない。


 体力を消耗しているのか、全然、力が入ってない。


 泳ぐ力もないかな。 


(急げ、急げ)


 僕は、力のない女の人を水に浮かせたまま、川岸へと引っ張っていく。


 バシャッ


「よいっしょ」


 何とか砂利の上まで引き摺りあげた。


 はぁ、はぁ。


 僕は、地面に座り込んだ。


 女の人は、ぐったりしてる。


 だけど、その濡れた服の下の大きな胸は、ゆっくりと上下していた。


(……うん、生きてる)


 よかった。


 女の人は、20歳ぐらいかな?


 長い黒髪に白いワンピース姿で、見えている足も裸足だった。


 顔は、


(うわ……)


 凄い美人さんだ。


 こんな綺麗な人、初めて見る。


 少し、ドキドキ。


 すると、


「ケホッ」


 彼女は咳き込み、水を吐いた。 


 何度か、繰り返す。


 ようやく落ち着いたのか、少しまぶたが開いた。


 紅い瞳だ。


 まるで宝石みたい。


 それは焦点が合わないまま、周囲を見回して、


「大丈夫?」


 僕は、声をかけた。


 こちらを見る。


 瞳の焦点が、僕に合っていく。


「……ここ、は?」


 綺麗な声だ。


 でも、少し震えている。


 僕は答えた。


「マパルト村近くの川だよ」


「マパルト……?」


「うん」


「……貴方は……?」


「ククリ」


「ククリ……」


「うん、僕の名前。お姉さんは?」


「……私?」


「うん」


「私……私は……」


「…………」


「……私は、誰でしょうか?」


「え?」


 彼女は困惑したように、僕を見つめる。


 僕は、目を瞬く。


 えっと……?


 まさか、これって、


(記憶喪失……?)


 僕は、少し呆然だ。


 その女の人の表情は不安そうで、まるで迷子の子供みたいだった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 1度、村に帰ろう。


 僕は、そう決めた。


 いや、記憶喪失のお姉さんなんて、僕1人の手に負えないよ。


 でも、


(その前に……と)


 僕は短剣で、近くの木の枝を切る。


 余計な枝も落として、1本の杖を作った。


(あとは……)


 リュックからタオルを取り出して、2つに切る。


 折り畳み、彼女の裸足に布紐で縛った。


 うん、簡易靴。


 黒髪のお姉さんは、少し驚いた顔をしていて、


「歩ける?」


「あ……はい」


 僕の言葉に、頷いた。


 杖を使って、何とか立ち上がる。


(うん)


「じゃあ、ゆっくり行こうね」


「はい」


 彼女は頷き、僕らは歩きだした。


 …………。


 下山中、何度か、後ろを確認する。


 女の人は杖を支えに歩けているけど、やはり、体力を消耗しているみたいだった。


 少し、足元が不安定。


(……うん)


 もうちょっと、ペース落とそう。


 …………。


 …………。


 …………。


 そんな感じで、約2時間。


 僕らは無事、マパルト村に到着した。


 山間の小村だ。


 腰ぐらいの高さの石壁に囲まれ、田畑と共に石材と木材を使った家屋が建ち並ぶ。


 僕は笑って、


「はい、ここがマパルト村だよ」


「…………」


 彼女の紅い瞳は、少し珍しそうに村を見ていた。 


 さて、


(まずは村長に報告と相談かな?)


 と、僕は判断する。


 村長の家は、村の高台だ。


 そちらに向かう。


 村の道を歩いていると、村の人が僕らに気づく。


「お~、ククリ、おかえり」


「ん、その人は……?」


「なんや、偉い別嬪さんやなぁ」


「知り合いかい?」


「ううん、森で拾った」


「ありゃま」


「迷子の旅人かいね?」


「ククリの嫁にするんか?」


「おお、年上の嫁はええぞ~」


「はいはい。村長に用があるから、またあとでね」


「おう、ほうか」


「またなぁ、ククリ」


 そんな感じで、歩いていく。


 いや、このお姉さん、美人だから目立つんだよね。


 あと、小さな田舎村で娯楽もないから、みんな、物珍しいことには興味津々になるんだ。


 当の本人は、目を白黒させている。


「ごめんね。みんな、村の外から来た人を珍しがってるだけなんだ」


「あ……はい」


 謝る僕に、頷くお姉さん。


 そのあとも何回か声をかけられつつ……やがて、村で1番大きな村長の家に到着した。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「――そら大変やったなぁ」


 村長も、驚いた顔をした。


 応接室で、事情を説明した時の反応だ。


 僕は、


「うん」


 と、素直に頷く。


 女の人は、恐縮した様子。


 それから、村長からも彼女に色々と質問する。


 名前、住所、年齢、家族構成……でも、やっぱり何も答えられなかった。


 表情も不安げで、


(嘘じゃない)


 と、僕は感じた。


 村長は、腕組みして考え込む。


「ふ~む。ほんなら、この村で保護するかぁ」


 と、言った。


 女の人は、目を見開く。


(うんうん)


 僕も頷いた。


 さすがに、見捨てる訳にはいかないもの。


 でも、お姉さんは、


「その……よろしいのですか?」


 と、聞いた。


 村長は頷いた。


「まぁ、困っている時は助け合わんとね」


「…………」


「こうした小さい村は、力を合わせんと生きていけんもんやから。やからお前さんも、安心おし」


 と、笑った。


 お姉さんは、しばし無言。


 そして、長い黒髪をこぼして、村長に深く頭を下げた。


 僕も微笑む。


 と、村長はそんな僕を見て、


「んじゃ、彼女、ククリんとこで預かってなぁ」


「ほへ?」


 突然の指名に、僕はポカンだ。


 村長は言う。


「今の時期は、ワイのとこも他も手狭やけん」


「あ、そっか」


 今の季節は、秋。


 収穫の厳しい冬に備えるため、どの家も備蓄で室内が埋まるのだ。


 新しい人を迎える部屋がない。 


 でも、


「ククリんとこは、空き部屋あんべ?」


 と、村長。


 僕は今、1人暮らし。


 そして、我が家は、元々両親と3人で暮らしていた。


 その分、他所より余裕があるのだ。


(うん)


 僕は頷いた。


「わかったよ、村長」


「そか。当面の服とか食いもんとか、こっちで用意するから頼むべ」


「はーい」


 僕は頷いた。


 お姉さんは、驚いたように僕を見ている。

 

 そのあとは、役所への報告とか、手続きとか、細かいことも相談する。


「ほいほい、こっちでやっとくだよ」


 と、村長のお返事。


(ん、さすが)


 と、僕も安心する。


 そうして僕は、お姉さんと一緒に村長の家をあとにした。 



 ◇◇◇◇◇◇◇



 村長の家を出て、僕らは村の道を歩く。


 僕は、


「家はこっちだよ」


 と、お姉さんを先導する。


 白いワンピースのお姉さんは、素直に僕について来る。


 でも、ふと足が止まり、


「あの……」


「ん?」


「ごめんなさい、迷惑をかけて」


「……え?」


 僕は振り返る。


 目の前の彼女は、深く頭を下げていた。


 その長い黒髪の先は、地面の土に触れてしまっている。


 驚く僕に、


「ですが、自分のこともわからなくて……どうしたらいいのかもわからなくて……その、だから……すみません」


 と、謝った。


 その声は、酷く震えていた。


(…………)


 馬鹿な僕は、ようやく彼女の不安に気づいた。


 何もわからず、未来も見えない。


 まるで、世界に1人ぼっち。


 それは、きっと3年前の僕と同じで……。


(……うん)


 僕は、青い目を伏せる。


「お姉さん」


「はい」


 彼女は、顔をあげる。


 僕は、


「お姉さんの名前、どうしよっか?」


「え?」


「これから一緒に暮らすんだから、名前がないと不便でしょ?」


「……あ」


「何て呼んだらいい?」


 と、笑いかけた。


 彼女は、僕の顔を見つめ、そして少し泣きそうになる。


 でも、唇を噛み締め、 


「それでは……その、ティア、と」


「ティア?」


「はい。何となく、その響きが頭に浮かんで……」


「そっか」


「…………」


「うん、いい名前だと思うよ」


「…………」


「それじゃあ、ティアさん、これからよろしくね」


「はい、ククリ君」


 綺麗な黒髪を揺らして、彼女は頷く。


 そして、


(あ……)


 出会ってから初めての笑顔を見せてくれた。


 まるで大輪の花が咲いたみたい。


 うわぁ……ちょっと見惚れる。


 うん、


(ティアさんは、本当に美人さんだ)


 それを思い知る。


 …………。


 これから、こんな美人な彼女と暮らしていくのかと思うと、僕は少しドキドキしてしまった。

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