028・出稼ぎ2日目
(ん……)
窓からの朝日に、僕は目を覚ます。
見慣れない天井……ああ、僕は今、王都の宿屋にいるんだっけ。
ゴソゴソ
ベッドから起き上がる。
隣のベッドを見れば、黒髪をシーツに広げて眠るお姉さんの姿があった。
「んぅ……すぅ……」
あどけない寝顔。
僕は、小さく笑う。
窓に近づくと、王都アークレイの賑やかな街の様子が見えた。
冬の早朝なのに、通りを歩く人も多い。
村の静かな朝とは、やはり違う。
(……うん)
パン
僕は、自分の両頬を軽く叩く。
よし、王都での出稼ぎ2日目、今日もがんばろう。
◇◇◇◇◇◇◇
ティアさんを起こし、宿の食堂に向かう。
食堂には、同じ出稼ぎ組の村の人たちも集まっていて、お互い挨拶を交わした。
全員が揃い、食事を始める。
村の皆で一緒に食べるのは、結束を高めるため、そして、情報交換のためだ。
食べながら、昨日の話をする。
すると、
「30万やと!?」
「マジか?」
「何があったん?」
「ほう、冒険者同士のトラブルに巻き込まれたんか?」
「よう無事やったなぁ」
「おお、あのシュレイラ・バルムントに助けられたんか?」
「うわ、羨ましかぁ」
「ええなぁ」
そんな感じの反応だ。
5人の件に関しては、何も言っていない。
単なるトラブルで誤魔化した。
詳しい内容は、ギルドから口止めされたから、と話さなかった。
まぁ、みんなの興味は、『30万』の大金と『シュレイラ・バルムント』に集まってたけどね。
僕は苦笑いで、
「初日から大変だったよ」
と、言う。
村のみんなも「ホントやの」と笑った。
それから、みんなの話も聞く。
僕以外の村の人は、土木や配達、毛皮集めなどの仕事をこなしたそう。
今年は、他村の出稼ぎ組も多かったらしく、土木と毛皮集めは例年通りだけど、配達は少し人手が余っていたとか。
でも、それぐらいで、大きな問題はなかったみたい。
(うん、よかった)
ま、それが普通なんだろうけどね。
そうして、和気藹々と朝食の時間は続く。
そんな中、
「なぁなぁ、ククリ」
「ん?」
「シュレイラ・バルムント、どんな人やった?」
「え?」
「話したんやろ? ええなぁ、あんな美人と」
「あ、うん」
「知っとるけ? あん人は昔、魔王と戦う『勇者の仲間候補』にも選ばれたらしいとよ」
「そうなの? 凄いね」
「ああ、あんな美人ば、俺らの村に嫁に来てくれんかなぁ」
「あはは」
僕は苦笑する。
話しかけてくる彼は、独身だ。
そして、王国の英雄シュレイラ・バルムントのファンでもある。
僕は彼に答えようとして、
「――来ません」
と、低い声がした。
(……え?)
見れば、僕の隣のティアさんが返事をしていた。
ジロッ
と彼を見て、
「来ませんから」
「そ、そか」
彼女の迫力に、彼は身を引いた。
えっと……?
「ティアさん?」
「……ククリ君も、彼女に嫁に来て欲しいですか?」
「え?」
「…………」
紅い瞳に見つめられる。
返事に困る。
と、彼女の後ろで、村の人たちが皆、首を横に振っていた。
(…………)
僕は答える。
「ううん、別に」
「……そうですか」
「うん」
「そうですね。ククリ君には、もっと似合う人がいますよ」
「そう?」
「はい、きっと」
黒髪のお姉さんは、頷いた。
ニコッ
そして、微笑む。
よくわからないけど、雰囲気が戻った気がする。
やがて、食事も終わる。
先に食べ終わった村の人たちが、僕の後ろを通り抜ける時、
ポン ポン
と、肩を叩いていく。
みんな、なぜか、生暖かい笑顔だ。
(???)
戸惑う僕。
そんな僕の横で、
「さあ、今日もがんばりましょうね、ククリ君」
と、ティアさんが笑った。
◇◇◇◇◇◇◇
本日も、冒険者ギルドにやって来た。
(うはぁ、混んでるね)
掲示板の前は、依頼書を求める冒険者が何十人も集まっていた。
……うん、もう少し待つか。
だって、あの中に入ったら、小柄な僕は死んじゃうもの。
ただ、村のみんなは違う。
山で鍛えた屈強な男たちの筋肉は、冒険者にも劣らない。
村の人たちは腕まくりをして、
「おし、行くべ」
「んだ」
「おっしゃあ」
「んじゃまたな、ククリ、ティア」
「うん」
「お気をつけて」
僕らは、人込みに突貫していく彼らを見送った。
20分ほどで、掲示板前も少し空く。
(さて……と)
本日も、薬草採取の予定。
僕は、掲示板の依頼書を確認していく。
薬草採取の依頼書は、5~6枚ある。
ただし、集める薬草はそれぞれ違い、必要数や報酬にも差があった。
(ふむふむ)
ペリッ
僕は、1枚を取る。
ティアさんが聞く。
「それにしますか?」
「うん」
僕は頷く。
依頼書を見せて、
「条件が1番いいから」
「条件?」
「依頼の『癒しの雪草』は、冬の時期でもよく生えてる薬草なんだ。だから必要数を確保できる自信があるし、あと報酬も悪くない」
「なるほど」
頷くティアさん。
他の依頼も、できなくはない。
でも、冬にあまり生えない薬草とか、必要数が妙に多かったりとか、報酬が安かったりとかで候補から外した。
で、目ぼしい候補の中で1番報酬が高かったのが、
(これなんだよね)
僕は、彼女を見る。
「これでいい?」
ちゃんと確認する。
だって、2人で受けるんだから。
彼女は頷いた。
「はい。私は、ククリ君に従います」
「そっか、ありがとう」
「いいえ」
優しくはにかむ、黒髪のお姉さん。
僕も笑う。
そして僕らは、受付の列に並んだ。
15分ほどで番が来て、1分で受注手続きは完了した。
(やれやれ)
内心で苦笑。
ともあれ、本日の仕事は確保できた。
僕とティアさんは、建物の出入り口へと歩きだす。
その時、
ザワッ
(ん……?)
出入り口付近の人たちがざわめき、人が集まりだした。
何だろう?
見ていると、
「おう、おはようさん」
と、気さくな挨拶をしながら、建物に入ってくる赤毛の美女がいた。
(あ、シュレイラさん)
僕は、目を丸くする。
隣の黒髪のお姉さんは、
「…………」
紅い瞳をスッと細め、登場した美人冒険者を無言で見つめた。
集まった人たちは、
「姐御、おはようございます!」
「ちっす」
「今日はどうしたんすか?」
「仕事で?」
「アタシは今、次のクエスト予定日まで休暇中だよ。ただ、皆の顔を覗きに来ただけさ」
「わおっ」
「姐さん、光栄です!」
「俺ら、がんばりますよ!」
と、賑やかだ。
う~ん、相変わらずの大人気。
だけど、人が集まったせいで、出入り口が狭くなっている。
通り抜けられない。
(……困ったな)
と、思っていると、
パチッ
人垣の中の彼女と、目が合った。
「おう、ククリ!」
(え?)
赤毛のお姉さんは片手をあげ、笑顔で僕の名を呼んだ。
周りの人も、一斉の僕を見る。
(うわっ)
驚く僕の方へ、彼女は人を押し退けてズカズカとやって来る。
僕の前に来て、
ポン クシャクシャ
僕の頭に手を置き、茶色い髪を乱暴にかき混ぜられた。
わ、わわっ?
突然のことに、僕はびっくり。
ティアさんも、紅い目を丸くしている。
赤毛のお姉さんは笑って、
「元気そうだな、ククリ」
「あ、う、うん」
「今日もクエストか?」
「うん、薬草採取」
「そうか。昨日みたいなことはないと思うが、気をつけんだよ?」
「うん」
僕は頷いた。
王国で1番有名な冒険者なのに、何だか、近所のお姉さんみたいだ。
そんな彼女は言う。
「あと、魔物にも注意な?」
「ん? うん」
「いいかい、3年前に比べて魔物の数は減った分、生息域の変化も起きててね。予想外の場所に出没することも多くなったんだ」
「そうなの?」
「ああ。だから、王都の近くでも油断するんじゃないよ?」
「うん、わかった」
僕は、もう1度、頷く。
そうだね、改めて、気を引き締めよう。
そんな僕の隣から、
ズイッ
黒髪のお姉さんが、赤毛のお姉さんとの間に立つように前に出る。
ジロッと、赤毛の彼女を見返して、
「ククリ君は私が守りますので、大丈夫です」
「お、ティアもいたか」
「最初からいましたが?」
「悪い悪い。そうだな、アンタの腕なら安心か」
シュレイラさんは苦笑い。
パン パン
と、黒髪のお姉さんの肩を、横から軽く叩く。
ティアさんは何も言わない。
そして、王国最強の冒険者は、
「よし。じゃあ、アタシはギルド長にちょっと話があるから行くわ」
「あ、うん」
「はい」
「じゃ、2人ともがんばんなよ!」
ピッ
こちらに軽く指を振り、フロアの奥へ颯爽と歩きだした。
周りの冒険者たちは、
「あ、姐さん」
「待ってくれよ」
ゾロゾロ
と、集団で追いかけていく。
それを見送り、
(あ、出入り口が空いた)
と、僕は気づく。
ティアさんは何も言わず、彼女の去った方向を見ている。
声をかけようとして、
ヒソヒソ
(ん?)
残った何人かの冒険者が、僕らを見ていた。
囁き声が聞こえる。
「あの2人、何者だ?」
「あっちの子供には、あのシュレイラ・バルムントが自分から声をかけてたぞ」
「知り合い?」
「親戚とか……?」
「まさか、隠し子!?」
「いやいや、そんな……」
「隣の黒髪の女は、誰だ?」
「いや、美人だな……」
「ああ。誰か、声かけてみるか?」
「そうだな」
なんか、目立ってる。
(…………)
こういうの、何だか苦手だな。
何人か、こちらに話しかけてきそうな気配がしたので、
パシッ
僕は、隣のお姉さんの手を取る。
「あ……」
彼女は、驚いた顔。
僕は構わず引っ張り、
「行こう、ティアさん」
「は、はい」
コクン
と、頷く黒髪のお姉さん。
握られた自分の手を見て、その頬が少し赤くなっている。
僕らは扉を抜け、冒険者ギルドを出る。
そのまま、
タッ タッ
と、長い髪をなびかせる彼女と2人で、王都の通りを駆けていったんだ。