026・見覚え
「ふぅ……」
シュレイラさんは、吐息を1つ。
それから、僕らを振り返る。
(あ……)
金色の1つ目と目が合い、僕は我に返った。
慌てて、
「あの、ありがとうございました」
ペコッ
と、頭を下げる。
ティアさんは無言のまま、僕を見て、真似るように会釈する。
赤毛の美女は、
「いや」
と、小さく微笑んだ。
少し悲しげ……かな?
犯罪を行ったとはいえ、同じ冒険者を殺したこと、やはり気にしてるのかもしれない。
でも、申し訳ないけど、僕は言う。
「あと、すみません」
「ん?」
「今回の件、冒険者ギルドで証言してもらうこともできますか?」
「ああ……そうだね、いいよ」
彼女は頷いた。
(よかった)
今回、5人の冒険者が死んだ。
彼らが加害者で、僕らは被害者。
だけど、他の目撃者がいない以上、彼女に証言してもらわないと、正当防衛が立証できない。
まぁ、事件そのものを報告しない手もある。
でも、5人が行方不明になる。
それを、もしギルドが調査して、彼らが僕らを狙っていたとわかったら、僕らの関与が疑われる。
報告義務違反……ぐらいなら、まだいい。
最悪、僕らの方が金品目的で彼らを殺したとされる可能性もある。
それを防ぐためにも、
(報告は大事)
と、思う。
幸い、第1級冒険者の証言なら、信用も高いだろう。
なので、僕は安心する。
そんな僕に、
「しっかりしてるね、少年」
と、シュレイラさんは苦笑した。
え、そう?
僕は、キョトンと目を丸くしてしまう。
でも、代わりに、
「ククリ君ですから」
と、なぜか黒髪のお姉さんが得意げに答えていた。
(えっと……)
僕は困惑。
赤毛の女冒険者は、そんなティアさんを見つめる。
「…………」
その視線が落ち、
ポタ ポタ
ティアさんの白い手にある血の滴る長剣を見る。
「いい腕だったね、アンタ」
「え?」
「さっきの剣筋、よかったよ。素人じゃないね?」
「…………」
「もしかしたら、アタシの加勢は必要なかったかな。……連中は『出稼ぎ組』って言ってたけど、本当かい?」
「本当ですよ」
頷くティアさん。
僕も頷いて、
「僕ら、マパルト村から来たんだ」
と、答えた。
赤毛のお姉さんは、
「マパルト……確か、東の方だね」
「うん」
「2人は、姉弟かい?」
「ううん、違うよ」
僕は、首を振る。
すると、ティアさんはキュ……と少し唇を引き結ぶ。
すぐに、
「ですが、一緒に暮らしています」
と、付け加えた。
シュレイラさんは、1つ目を丸くする。
「まさか、夫婦?」
「ううん」
「まぁ、似たようなものですね」
え?
僕は、隣のお姉さんを見てしまう。
(ティアさん?)
でも、彼女はシュレイラさんの方を見たまま、特に訂正しない。
……うん。
まぁ、ククリの嫁とか、毎回からかわれてるから。
(だからだね)
と、僕は納得。
シュレイラさんは、
「ふぅん? なんか複雑なんだね」
と、苦笑いだ。
複雑……かな?
確かに、未婚の男女の同居は珍しいかもしれないけど。
と、その時、
「あと、すまなかったね」
不意に、赤毛の美女が謝った。
(……え?)
僕は、青い瞳を丸くする。
シュレイラさんは少し神妙な顔をしている。
彼女は言う。
「今回の件、冒険者を代表して謝っておくよ」
「…………」
「だけど、冒険者っていうのは、全員、あんな奴らじゃないんだ」
「……うん」
「言い訳かもしれないけど、3年前から冒険者の数が急増してね。質の悪い奴らも増えちまったんだよ」
「3年前?」
僕は驚く。
(それって……)
僕の予想を察したのか、彼女は頷く。
「勇者様が魔王を倒してからさ」
「…………」
「魔王軍との戦いが終わって、職を失った兵士や傭兵が一気に流れ込んできたんだ。けど、魔物も減り、冒険者の仕事も減ってる」
「…………」
「おかげで、金に困る奴も増えてね」
「そう……」
僕は頷いた。
勇者様は、世界を平和にした。
でも、その変化に、社会の方が対応しきれてないんだね。
(……難しいなぁ)
世の中って。
ふと、隣を見れば、
「……勇者の……」
と、黒髪のお姉さんは呟き、何か考えている。
(?)
僕は、首をかしげる。
その表情は、少し真剣だ。
そんな彼女の美貌を、シュレイラさんもジッと見つめている。
不意に、その唇が動き、
「なぁ、アンタ……やっぱり前に、どこかでアタシと会ったことがないか?」
と、言った。
◇◇◇◇◇◇◇
(え……?)
思わぬ言葉に、僕は驚いた。
ティアさんも紅い瞳を丸くしている。
発言者の美女を見返して、
「私を……知っているのですか?」
と、聞く。
けど、シュレイラさんは考え込む表情だ。
指でこめかみを押さえ、
「と……思うんだけどねぇ」
「…………」
「冒険者ギルドで見かけた時、見覚えがあると感じたんだ。だけど、思い出せない」
「そう、ですか」
落胆のため息。
赤毛のお姉さんは、眉をひそめる。
「何だい、その反応?」
「いえ。実は、私は記憶がなくて」
「……は?」
彼女の口が半開きだ。
ティアさんは僕を見て、
「数ヶ月前、私は、このククリ君に助けられました。それ以前の記憶が何もなく、以来、彼のお世話になっているんです」
と、続ける。
赤毛の冒険者も、僕を見る。
「本当かい?」
「うん」
素直に頷く。
それから僕は、ティアさん発見から村人になった経緯までを簡単に説明する。
シュレイラさんは黙って聞いてくれる。
そして最後に、
「そりゃあ大変だったね」
と、頷いた。
僕は言う。
「あの、だから、ティアさんのこと、本当に見覚えがあるなら何か少しでも覚えてませんか?」
「う、う~ん」
赤毛の美女は、腕組みして考え込む。
僕らは、ジッと見守る。
30秒ほどして、
「……駄目だね」
と、隻眼の美女は首を横に振った。
動きに合わせて、長い赤毛の髪も踊る。
僕とティアさんは嘆息だ。
赤毛のお姉さんは苦笑いして、
「ごめんよ、2人とも」
「あ、ううん」
「いえ」
「ただ、これだけの美人は、さすがに簡単には忘れないはずだよ。だから多分、ここ1~2年の話じゃないと思うね」
「じゃあ、会ったのは2年以上も前?」
僕は、目を丸くする。
ティアさんも驚いた様子だ。
シュレイラさんは頷き、
「あと、本当に見かけただけなのかも」
「見かけただけ?」
「もし話したことがあるなら、もっと覚えてるさ。なら、せいぜい顔を見たことがある程度なのかもしれないね」
「…………」
「悪いね、役に立たなくて」
「あ、いえ」
僕は、首を振る。
何もわからなかったティアさんの過去。
でも、王国最強の冒険者と何かしらの関りがあった人物かもしれない可能性が生まれた。
記憶に関わる、小さな1歩。
だけど、確かな1歩だ。
「もし何か思い出したら、その時はアンタらに伝えるよ」
「うん」
「お願いします」
赤毛のお姉さんの厚意に、僕らは頭を下げた。
彼女も微笑む。
それから、
「さて、それじゃあ、アタシは先に帰るとするよ」
ボボォン
言葉と共に、手にした『炎龍の槍』から炎の翼が噴き出した。
翼が羽ばたき、空中に浮かぶ。
(わっ?)
火の粉が舞う。
軽い跳躍で、シュレイラさんは槍の上に立つ。
僕らを見下ろして、
「今回の不祥事の件、アタシから先に冒険者ギルドに報告しとくからさ。アンタらも気をつけて帰るんだよ」
「あ、はい」
「はい」
僕らは頷く。
彼女も頷いて、
「それじゃあね」
ボパァン
炎の翼が羽ばたくと、片手をあげた赤毛の冒険者は、あっという間に空の高みに飛翔する。
美しい火の粉を散らしながら、その姿は遠い空に消えていく。
僕らは、それを見送った。
(…………)
凄いなぁ。
あれが第1級冒険者……か。
ティアさんも瞳を細めて、彼女の消えた空を見つめている。
僕は、ふと周囲を見る。
5人の冒険者の死体がある。
「…………」
人の死に、何も感じない訳じゃない。
ただ村で生きていると、命の生死にはよく向き合う訳で、割り切りはできている。
害獣や魔物の駆除と同じ。
自分たちの生活、生命を脅かす存在とは戦う――それは当たり前のこと。
それでも、
(…………)
僕は目を伏せ、軽く手を合わせた。
そんな僕に、
「ククリ君は優しいですね」
と、黒髪のお姉さんは、淡く微笑んだ。
僕は、青い目を開ける。
ティアさんを見て、
「僕らも帰ろうか」
「はい」
頷く、黒髪のお姉さん。
そうして、僕ら2人は帰路に着く。
空は夕焼け。
予定より少し遅くなったけど、今冬、初めてのクエストは何とか達成できそうである。
…………。
やがて、日暮れの前に、僕らは無事、王都アークレイに到着した。