表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/97

025・炎姫の断罪

 炎の翼が羽ばたき、綺麗な火の粉が舞う。


 バヒュッ


 炎龍の逆鱗から作られた槍は、一気に高度を下げ、その上に立つシュレイラさんは軽く跳躍する。


(わっ!?)


 地面まで、約10メード。


 けど、彼女は猫みたいにしなやかに着地する。


 ……さすが、第1級冒険者。


 驚き、安堵する僕。


 落ちてきた炎龍の槍を彼女がキャッチすると、炎の翼は収束し、残り火も消えていく。  


 あとには、穂先が炎の形状をした独特の槍があるだけだ。


 吹く風に、長い赤毛の髪がなびく。


「…………」


 彼女の金色の瞳は、静かに足元を見た。


 そこには、ティアさんに斬られた2人の冒険者の男たちの亡骸がある。


 スウッ


 その独眼の瞳が細まった。


(――――)


 その場の空気がギュッと固まった気がした。


 息が……吸い辛い。


 それは僕だけでなく、3人の男たちも同じみたいだ。


 青い顔で、必死に呼吸しようとしている。


 ただ、僕の前に立つ黒髪のお姉さんだけは、平然とした様子を見せていたけれど……。


 赤毛を揺らして、彼女が顔をあげた。 


 順番に、その場の僕らを見る。


(!)


 視線の強さに、心臓が止まるかと思った。


 王国最強の冒険者。


 その風格を、僕みたいな田舎の人間でも感じる。


 その視線は、3人の男たちにも向く。


 途端、男たちはビクッと震えた。


「う、あ……」


「な、何で?」


「どうして、アンタみたいな人がここに……?」


「どうして?」


 彼女は、眉をひそめた。


 腰に片手を当て、


「別に? 王都に帰ったあと、久しぶりに1人で空中散歩を楽しんでただけさ」


「……空中散歩」


「そしたら、地上が何か騒がしくてね」


「…………」


「で、来たらこれだ」


 彼女は肩を竦める。


 彼女の目の前には、武器を向け合う僕らがいる。


 地面には、2人分の死体。


 そして、黒髪の美女の手には、血に塗れた長剣が握られていた。


 ジロッ


 赤毛の彼女は、僕らを睨む。



「――冒険者同士の殺し合いは、ご法度だよ。いったい、どういうことだい?」

 


 抑えられた怒気。


 思わず、震える。


 3人の男たちは、慌てたように、


「ち、違うんです!」


「俺ら、急に襲われて……っ!」


「そう、コイツら、出稼ぎ組の連中なんですよ! だから、きっと金に困って……!」


 なんて、言い出した。


(……はぁ?)


 僕は、呆れた。


 ティアさんも不快そうに美貌を歪める。


 赤毛の美女が、僕らを見る。


 僕は、


「違います」


 フルフル


 と、首を横に振る。


 シュレイラさんの金色の目を見返して、


「襲われたのは、僕らの方。僕らの集めた薬草と、多分、美人のティアさん目的でも狙われたんだと思う」


「ほう?」


「う、嘘だ!」


「適当言うんじゃねえ!」


「姐さん、信じてくれ!」


 男たちは叫ぶ。


 僕は、そんな3人を見る。


 そして、聞く。


「じゃあ、何で、貴方たちはこの草原にいるの?」


「え……?」


「ここは何もない草原だよ。理由もなく、ここに来ることはないでしょ?」


「い、いや……」


「それは……」


「そ、そんなの、お前らも一緒だろ!?」


「ううん、違う」 


 僕は、首を振る。


 薬草の入った袋を見せ、


「僕らは、依頼の薬草を集めに来たんだ。証拠は、この薬草」


「く……っ」


「な、なら、俺らも同じだ」


「そ、そうだ!」


「じゃあ、そっちの集めた薬草はどこ?」


「…………」


「…………」


「…………」


「あと薬草採取の依頼は、冒険者ギルドにも受注記録が残ってる。僕らの冒険者証にも。そっちも記録があるの?」


 ペラッ


 おまけで、しっかり依頼書も見せた。


 3人の男は、黙り込む。


 ティアさんは、感心したように僕を見ている。


「…………」


 赤毛の美女は、僕の説明を黙って聞く。


 そして、3人を見た。


 険しい視線で、


「お前ら、何か言うことは?」


 と、問う。


 3人は震えた。


「ち、違う……」


「そ、そうだ……俺らは、依頼とは別に薬草を集めてて!」


「あ、そう! その通り! だから、アイツらの薬草は、俺らが集めた物を奪った物なんだよ!」


 男たちは、必死に言う。


(う~ん、しつこいね?)


 僕は、聞く。


「それなら、この袋の中の薬草、なんて種類?」


「え?」


「自分たちで集めたなら、答えられるでしょ?」


「……それ……は」


「僕、今日、集めた薬草の場所を全部覚えてるよ。まだ採取跡も残ってると思うし、案内しようか?」


「…………」


 3人は、再び沈黙。


 僕は、赤毛の女冒険者を見る。


 彼女は、嘆息。


 その表情、雰囲気から、僕らの無実を確信したみたいに思う。


 と、その時、


「……うるせぇ」


 男の1人が呟いた。


(え……?)


 目には、正気ではない濁りがある。


 それが僕に向き、


「お前、うるせえんだよ!」


 ガシャン


 手にした大型の曲刀を振り上げ、突然、襲いかかってきた。


(うわっ!?) 


 僕は、硬直。


 けど、同時に2人の美女が動いた。


 ヒュン ボシュッ


 黒髪のお姉さんの長剣が男の手首を落とし、赤毛の美女の槍が男の腹部を後ろから貫く。


「が……」


 男は血を吐き、


 ドサッ


 崩れるように倒れた。


 ティアさんは、僕を見る。


「大丈夫ですか、ククリ君?」


「あ……う、うん」


 僕は頷く。


 少し驚いたけど、怪我もない。


 僕は、息を吐く。


「ありがとう、ティアさん」


「いいえ」


 笑う僕に、彼女もはにかむように微笑んだ。


 シュレイラさんは、そんな僕ら2人を見つめる。


 それから、


 ジロッ


 残った男2人を見た。


「ひ……っ」


「う、うわぁああ!」


 恐怖に駆られ、男たちは逃げ出した。


(あ)


 僕は、反応が遅れた。


 男2人は足元の草を散らしながら、あっと言う間に草原の奥に行ってしまう。


 思った以上に、足が速い。


 隣のティアさんは、すぐに追おうとする。


 けど、その前に、


「逃がさないよ」


 ガシャン


 赤毛の美女が『炎龍の槍』を高く振り上げる。


 その炎みたいな形状の穂先から、真っ赤な炎が噴き出し、周囲に美しい火の粉が散った。



「――はっ!」



 気合一閃。


 赤毛の長い髪をなびかせて、彼女は槍を横薙ぎに振るう。


 ボバァアン


 途端、放射状に炎が走った。


(!)


 まるで、竜の火炎ブレス。

 

 100メード以上の広範囲に渡り、草原は炎の海となって赤い輝きに染まった。


 逃げた男2人も、当然、巻き込まれる。


「……っ……っ」


「っっ……」


 悲鳴も聞こえず、炎の中で2つの黒い人影が暴れる。


 数秒後、


 ボロ ボロ


 崩れるように、2つの人影は倒れた。


(…………)


 見届けた直後、広がった炎はまるで自分の意思があるように自然と消えていく。


 草原には、焼け跡もない。


 制御された魔法の炎だったのかな……?


 でも、凄い力。


 その威力に、僕は目を丸くし、ティアさんも驚いた様子だった。


(あ……)


 草原には、炭化し、粉々に砕けた物体がある。


 人、2人分の量。


 それを赤毛の彼女は、静かに見つめる。


「……馬鹿が」


 呟く声には、どこかやり切れない感情の響きがあった。


 1つだけの金色の瞳が閉じる。


 ヒュウウ


 草原に吹く風が柔らかに、彼女の結ばれた赤毛の長い髪をたなびかせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ