024・無法者
「面白れぇ……」
5人組の1人が凶暴に笑った。
ガシャン
巨大な曲刀を構え、
「やれるもんならやってみな、姉ちゃん!」
と、こちらに走り出した。
(来たっ!)
僕は、短弓を構える。
ティアさんは静かにその男を見据え、素早く1歩、前に踏み出した。
その動きに、男は反応する。
ブォン
空気を裂いて、曲刀を振り下ろす。
けれど、その下にいたはずのティアさんは、踏み込んだ足で地面を蹴り、逆に後ろに下がっていた。
曲刀が空を斬る。
瞬間、下段から跳ね上がった長剣が、
ヒュパン
曲刀を握る男の両手首を切断した。
切断面から、ブシュウと血が噴き出す。
「は……?」
男は、驚いた顔。
その顎に、
ガコン
側面から、長剣の柄頭が叩きつけられた。
首が捻じれ、脳を揺らされた男は失神し、地面へと倒れ込む。
ドクドク
草原に、血だまりが広がる。
男を殴り倒した黒髪のお姉さんは、澄ました表情で、残った4人の男へと長剣を構え直した。
その白い頬には、返り血が付いている。
4人の男は、呆然とした表情だ。
全員、目を見開いている。
(……うん)
僕も、少し唖然。
ティアさん、本当に強いや。
簡単に、1人を倒してしまった。
しかも、今のは明らかに相手の攻撃を誘った上での、計算された反撃である。
いや、でも、
(この結果も、当然か……)
僕は、思い出す。
この黒髪のお姉さんは、あの『赤爪の大猿』を単独で討伐しているのだ。
確かな実力者。
もはや、第10級冒険者の強さではない。
対して相手は、本職の冒険者とはいえ、こんな出稼ぎの女子供を狙うような連中である。
きっと1対1の実力なら、彼女の方が上なのだ。
「…………」
彼女の紅い瞳は、静かに4人の男を見据える。
その視線に、男たちは、
ギリッ
と、歯を食い縛った。
驚愕と焦りを飲み込み、
「ちっ……この女、思ったよりやるな」
「おい、油断するな」
「ここは、一斉に行くぞ」
「おう!」
ガシャン
大型の曲刀を、それぞれに構えた。
闘志は衰えていない。
相手は4人。
例え1対1で上回っていても、現状の1対4の不利は変わらない。
(……ティアさん)
彼女の表情に、焦りはない。
でも、余裕もない。
静かな緊張感が、その美貌にはあった。
(…………)
違う。
違うぞ、ククリ。
1対4じゃない、2対4だ。
(僕も戦うんだ!)
戦闘の主役は彼女に任せるとしても、僕も短弓でサポートをしよう。
彼女が戦い易いように。
少しでも、1対1の局面が生まれるように。
カシャ
矢筒の矢の数は、5本。
その5回を、有効に使うんだ。
そう思った時、
「おらぁ!」
4人の男たちは雄叫びをあげて、一斉に黒髪の美女へと襲いかかった。
◇◇◇◇◇◇◇
(――集中!)
僕は、短弓の弦を引き絞る。
キュッ
黒髪のお姉さんから遠い位置の3人を見極めて、第1射を放つ。
ヒュオッ ガィン
「うおっ!?」
走る男の右肩に命中。
金属の肩当てに当たり、傷は与えられない。
でも、足が止まった。
その時には、僕はもう次の矢を構え、射っている。
ヒュオッ ドスッ
「がっ!?」
2人目の男の太ももに刺さる。
威力は弱いので、浅手。
けど、厚手の布を貫通し、皮膚は貫いている。
当然、こちらも足が止まる。
ほぼ同時に、
パシュッ
僕は3射目を放っていた。
ヒュオッ カン
(あ)
3人目には気づかれ、曲刀の腹で弾かれた。
だけど、走る足は鈍る。
そして、ティアさんの前には、4人いた冒険者の男が1人だけ。
カィン キィン
数合、剣同士がぶつかり合い、
ヒュパン
「ぐわっ!?」
男の右耳が斬り飛ばされた。
反射的に動きが鈍った瞬間、長剣の刃が男の喉笛をシュッ……と、横に裂く。
ブシュッ
首から鮮血が噴く。
男は驚きの表情で首を押さえ、
ドタン
そのまま草原に、仰向けに倒れた。
彼女は長剣をヒュンと振るい、切れ味が落ちないよう付着した血を落とす。
そして、再び正眼の構え。
その時、僕を見て、
「ありがとうございます、ククリ君」
ニコッ
と、微笑んだ。
(あ……)
よかった。
少しは役に立てたみたいだ。
安心しながら、僕は短弓に4本目の矢をつがえ、ティアさんの後方で構える。
3人の男たちは、
「く、くそっ」
「2人もやられちまった!」
「どうする!?」
と、恐怖と怒り、焦りの混ざった表情だ。
戦意が揺らいでいる。
(このまま、押し切れるかな?)
そう思えた。
ただ、無益な殺生も好きではない。
戦闘継続もリスクはあるし、この場は見逃す手もあるけれど……。
…………。
いや、駄目だ。
後日、復讐に来る可能性もある。
手負いの獣は、1番危険……それは、山の常識だ。
僕は、心を殺して、
「ティアさん」
「はい」
「証人として、1人だけ生かそう。ギルドに報告するから」
「はい」
「あとの2人は……倒すよ」
「はい、わかりました」
黒髪を揺らして、頷くお姉さん。
答えに、躊躇はない。
逆に、3人の男たちの表情が強張り、顔色が悪くなった。
僕は、短弓を引き絞る。
その眼前で、彼女も長剣を正眼に構えたまま、男たちとの間合いを詰めていく。
ジリ ジリ
互いの距離が縮まる。
「……っ」
3人の男たちは、隙のない彼女の圧に動けない。
あと、1歩半。
それで、剣が届く距離だ。
その間合いに到達しようとした――その時、
「――おい、お前ら、何をしてるんだ?」
上空から声がした。
(え?)
僕は驚き、顔をあげる。
黒髪のお姉さんも剣先を男たちに向けたまま、目線だけを上向けた。
青く広がる空。
そこに、真っ赤な炎の翼を生やした槍が浮かび、その上に立つ赤毛の美女の姿があった。
(――は?)
僕は、呆けた。
ティアさんの紅い瞳も、険しく細まる。
3人の男も、呆然としていた。
――王国最強の冒険者、シュレイラ・バルムント。
赤毛の豊かな髪をなびかせながら、彼女の金色の隻眼が上空から僕らを見下ろしていた。