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023・王都の草原

「――あ。あった」


 茂った草の中に、穂先が鈴みたいな草がある。


 鈴房の草。


 今回、採取依頼された薬草だ。


 確か風邪薬の原料で、解熱、鎮痛の作用があるんだよね。


(うん)


 僕は短剣で、


 サクッ


 と、茎を斬った。


 布袋にしまっていると、


「またククリ君に、先に見つけられてしまいました……」


 と、声がする。


 後ろを見れば、ティアさんが長い黒髪をこぼしながら、うなだれていた。 


(あはは……)


 僕は苦笑。


 彼女もやる気を出して、探してくれたんだけどね。


 まぁ、年季が違うから。


 紅い瞳が恨みがましく、僕を見る。


「どうしてですか?」


「ん?」


「ここは、いつもの山ではありません。なのにどうして、薬草の生えている場所がわかるのですか?」


「あ~、うん」


 確かに疑問だよね。


 王都アークレイは、平原の中にある。


 今、僕らがいるのは、街道を東南に2時間ほど歩いた先の草原地帯だ。


 広い広い草の大地。


 腰ぐらいの高さの草が、遥か先まで続いてる。


 そう、森ではない。


 マパルト村周辺の山々とは、完全に植生が違うんだ。  


 僕が薬草採取で生計を立てられるのは、山に生える薬草の場所を全て把握してるから。


 でも、ここは山じゃない。


 ある程度、推測は立つけど、


(でも、確実じゃない)


 本来なら、知らない土地に生えている薬草なんて、簡単に見つからないんだ。


 その条件は、僕もティアさんも同じ。


 なのに、僕ばかり先に薬草を見つけてる。 


 だから、彼女も疑問に思ったんだ。


 うん、正しい疑問。


 僕は、クスッと笑う。


 そして、種明かしした。


「実はね?」


「はい」


「3年前、初めて出稼ぎに来た時、王都周辺の草原にある薬草、全部調べて、生えている場所、覚えたんだ」


「……え?」


 彼女は、紅い目を見開いた。


 呆然と、


「……全部?」


「うん」


「…………」


「これから何度も出稼ぎに来ると思ったし、その時の仕事も薬草採取だと思ったからね」


「…………」


「最初の年の1~2ヶ月は、それに費やしたなぁ」


 少し懐かしい。


 でも、あの頃は必死だった。


 父さん、母さんが死んで、僕は1人で生きなきゃいけなくて。


 できることを、とにかくがんばったんだ。


 僕は、広がる草原を見る。


 青い瞳を細めて、


「毎年、生えてる場所に微妙に差はあるんだけどね。でも、そこまで大きく違わないから」


 と、彼女に笑ったんだ。


 僕の種明かしに、ティアさんは無言。


 ただ、僕を見つめる。


 そして、


「ククリ君は凄いです」


 と、短く言った。


 感情の込められた声に、僕は驚く。


「そ、そう?」


「はい」


「そっか。その、ありがと」


「いえ。私は自分の傲慢さと未熟さを知りました。まだまだ精進しなければなりませんね」


「う、うん」


「ククリ君には、本当に教えられてばかりです」


 と、彼女は微笑んだ。


 その優しい表情と尊敬の眼差しが、何だかくすぐったい。


(いやいや)


 ただ、僕にはそれしかないだけなんだけどね……?


 コホン


 赤面した僕は、咳払い。


 薬草集めの先輩らしく、


「よし。じゃあ、また薬草を集めよう」


 と、立ち上がった。


 ティアさんも頷き、


「はい、ククリ君」


 と、元気に答える。


 ふと、草原を風が吹き抜ける。


 長く綺麗な黒髪がなびき、微笑む彼女の白い手がそれをソッと押さえた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 お昼ご飯の休憩を挟みながら、半日、薬草採取を続けた。


 ちなみに昼食は、携帯食。 


 もちろん、僕の手作りの。


 モグモグ


 ティアさんは何も言わないけれど、毎回、微妙な表情でこれを食べる。


(…………)


 美味しいと思うんだけどなぁ。


 まぁ、保存優先だから。


 そんなことを考えながら採取を続け、やがて、クエストの目標本数に到達した。


(ふぅ)


 僕は、額の汗を拭う。


 隣のお姉さんも微笑み、


「終わりましたね、ククリ君」


「うん」


 僕も笑った。


 初日にしては、思ったより順調に作業できたと思う。


(ティアさんのおかげかな?)


 2人で手分けした分、1人よりも効率は増してるから。


 ま、採取量は、僕が8割。


 ティアさん、2割な感じだけど……。


 でも、2割分、助かった。


 その余裕の分で、今年の他の薬草の分布を確認することもできた。


 明日からの薬草採取は、もっと効率よくできる。 


(うん、がんばろう)


 でも、まずは今日のこと。


 僕は、空を見る。


 日暮れまでは、まだ数時間ありそうだ。


 だけど、王都まで2時間、あまりのんびりはしていられない。


 門前の検査。


 ギルドへの報告。


 報酬の受取。


(まだ、やることはいっぱいだ)


 リュックを背負い、


「じゃあ、帰ろっか」


「はい」


 彼女も頷く。 


 そして僕らは、草原を街道に向けて歩き始めた。


 ガサガサ


 草を分け、進む。


 その時、


(ん……?)


 ふと、草原の中に人影が見えた。


 5人組の武装した男たちだ。


 多分、


(同じ冒険者かな?)


 と思う。


 だけど、少し驚いた。


 街道ならともかく、こんな広い草原のど真ん中で人に会うなんて滅多にない。


 それに、草原は視界も開けている。


 この近さまで気づかないなんて……。


(…………)


 もしかして、隠れてた?


 でも……何で?


 困惑しつつ、少し警戒心も沸く。


 5人組の冒険者も、僕らに気づいている……というか、僕とティアさんを見ている。


 と、その時、


 クッ


 黒髪のお姉さんに袖を引かれた。


「ククリ君」


 小さな声。


 けど、静かな緊張感がある。


 それは僕に、警戒、警告を促すものだった。


 彼女の左手は、さりげなく、腰に提げられた長剣の柄に当てられている。


(……ん)


 僕も腰の短剣と、背負った短弓の位置を意識する。


 そのまま少し遠回りで、彼らと一定の距離を保ちながら通り抜けようとした。 


 けれど、5人組の1人が、


「よう、お2人さん」


 と、片手をあげ、気さくに声をかけてきた。


 僕は、


「こんにちは」


 と、作り笑顔で会釈。


 隣のお姉さんも無言のまま、僕を真似て会釈する。


 でも、足は止めない。


 だけど、5人組の残った4人が、僕らの進路上に割り込んできた。


 僕らは、足を止めざるを得ない。


(……これは)


 頭の中で、激しい警鐘が鳴る。


 男たちは笑う。


 低く抑えた、下卑た笑い声。


 そして、隣のお姉さんには、好色な眼差しを。 


 男たちは言う。


「お前たち、出稼ぎ組だろ?」


「薬草、集まったか?」


「ったく、困ったねぇ。お前らのせいで俺ら、仕事、奪われてんのよ」


「本当、迷惑」


「だからよ? 迷惑料に、その薬草、置いてけ。な?」


 シャン


 暴言と共に、男たちは剣を抜いた。


 大型の曲刀。


 鈍い白刃が、陽光に妖しく煌めく。


(――――)


 僕は、息を詰める。


 ティアさんも美貌を険しくした。


 と、そんな彼女を見て、


「くはっ、美人だねぇ」


「そっちの姉ちゃんも、可哀相な俺らのこと、慰めてくれよ」


「ちゃんと、いい思いさせてやっから」


「飽きたら、売るけどな」


「ぎゃはは」


「こっちのガキは、まぁ、奴隷商にでも売れば金になるか」


「だなぁ」


 そんな風に笑い合う。


 ああ……都会は怖いな。


 村の人は、皆、いい人だ。


 お互い助け合わなければ生きていけないから、ちゃんと敬意も持つ。


 だけど、


(人が多い場所だと……駄目なんだね)


 何だか、頭の奥が痺れた。


 同時に、心が冷めていく。


 恐怖もあるけど、それ以上に、生きるため、戦わなければいけないと思った。


 山で、熊や狼に遭った時と同じ。


 僕は、男たちを見据える。


 震える手で、短弓を持った。


 抵抗の意思を見せた僕に、5人組の冒険者は「お?」という顔をする。


 けど、表情には余裕があった。


 相手は、女子供。


 しかも、人数も優っている。


 嫌な笑みは消えていない。


 ドク ドク


 自分の鼓動が、大きく聞こえる。


 その時、



「――お前たちは今、ククリ君を奴隷にすると言ったのか?」



 氷雪のような声がした。


 僕は、隣のお姉さんを見る。


 表情はなく、けれど、だからこそ強い怒りを感じる。


 男たちの態度は、変わらない。


 彼女は、息を吐く。


 そして、隣の僕を見た。


「大丈夫です、ククリ君」


「…………」


 そこにあったのは、優しい笑顔。


 頼もしく、力強い。


 長い黒髪をなびかせながら、彼女は1歩、僕の前に出る。


 シュラン……と、長剣を鞘から抜く。


 それを正眼に構え、


 キィン


 同時に、空気が変わる。


 5人組の冒険者たちも何かを感じたのか、怪訝そうに彼女を見た。


 その視線の先で、黒髪の美女は、



「――お前たちの指1本、ククリ君には触れさせない」



 と、静かな声で宣言した。

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