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022・シュレイラ・バルムント

「――何だい、今日はずいぶん混んでいるね?」


 赤毛の美女は、呟いた。


 少し低く、けれど艶のある声だ。


 途端、周りにいた屈強な冒険者たちが集まり、


「姐御!」


「戻ってたんですか!」


「おかりなさい」


「討伐依頼された魔物、もう倒しちまったんですかっ?」


「すげぇなぁ」


「さすがっす!」


 と、あっという間に、1つの集団ができていた。


 集団に加わっていない冒険者たちも、遠巻きながら、畏怖と尊敬の眼差しを赤毛の彼女に送っている。


 いや、冒険者だけでなく、ギルド職員も同様だ。


(うわぁ……)


 僕も、まじまじ見てしまう。


 年齢は、20代半ばぐらい。


 頭の後ろで結ばれた赤毛の髪は、長さと量も豊かで少し癖がある。


 全身金属の鎧は、赤一色。


 手にある槍は、穂先が炎が燃え盛るような独特の形状だ。


 その瞳は、金色。


 ただ、左目には黒い眼帯をしている。


 それは、かつて恐ろしい魔物との戦いで失った……と、噂に聞いていた。


 見惚れていると、


 ツンツン


「ククリ君、ククリ君」


(ん?) 


 見ると、黒髪のお姉さんが僕の袖を引いていた。


 困惑したように、


「あの女性は、誰ですか?」


 と、聞いた。


 あ、そっか。


 もしかしたら異国の人間かもしれない彼女は、知らないのか。


 僕は小声で、


「あの人は、シュレイラ・バルムント」


「…………」


「アークライト王国でただ1人、第1級に認定された冒険者なんだよ」


「第1級?」


「うん」


 第1級冒険者は、大陸でも100人に満たない。


 国に1人もいない国もある。


 アークライトみたいな小国では、本当に稀有な存在で、ある種、女王様と同じぐらい人気と権力があるんだ。


(王国では、勇者様より有名かも……?)


 そんな人物だ。


 噂では聞いてたけど、


「僕も見たのは、初めてだよ」


 と、呟く。


 ドキドキ


 有名人を目にして、少し鼓動が速くなる。 


 しかも、思ったより美人さん。


(え……あんなに綺麗なのに、王国で誰より強いの?)


 何か信じられない。


 本当、びっくり。


 と、僕は気づく。


「あ、あの槍、見て」


「…………」


「昔、天蓋の霊峰に住む炎龍ジークガンドを単独で倒して、その逆鱗で作られた槍なんだって」


「はぁ……」


「でも、その時に左目を失っちゃったらしいんだけど」


「そうですか」


 淡々と答えるお姉さん。


 僕は頷き、


「でも、あんなに綺麗な人だったんだね」


「…………」


「うん、村に帰ったら、みんなに自慢しよ。あの炎龍殺しの冒険者シュレイラ・バルムントを、この目で見たよって」


「…………」


「ね、ティアさん?」


「…………」


「? ティアさん?」


 あれ……?


 彼女が、返事をしてくれない。


 何だか無表情で、興味がないというか、むしろ、不機嫌そうな空気で……。


 僕は、困惑。


 黒髪のお姉さんは、


「…………」


 ジッ


 無言で、赤毛の女冒険者を見ている。


 そして、シュレイラさんたちの集団は、


「実は今、出稼ぎの連中が来てて……」


「そうなんですよ」


「それでギルド内も、いつもより混雑しちまってて」


「ったく」


「邪魔な奴らだよな」


「本当、申し訳ないっす、姐さん」


 と、自分たちの中心にいる女冒険者に教えていた。


(……う)


 反発も仕方ないと、頭ではわかってる。


 でも、あの有名な『シュレイラ・バルムント』に、そんな風に伝えられるのは少し悲しかった。


 なんか、胸が苦しい。


 けれど、


 ゴン ゴン ゴン


 炎の形をした槍の平部分が、話した冒険者たちの頭を叩いた。


(……え?)


 驚く僕。


 赤毛の美女は、


「馬鹿野郎」


 と、叩いた全員を睨む。 


 1つだけの金色の瞳には、静かな怒気。


 皆、息を飲む。


「出稼ぎも何も、同じ冒険者だろうが? みっともない考え方してんじゃないよ」


「う……」


「で、でも、姐御」


「――あ?」


「い、いや、何でもないっす!」


「すいません!」


「俺らが間違えてました!」


 全員、直立だ。


 シュレイラさんは「ふん」と鼻を鳴らす。


 それから彼女は、出稼ぎ組らしい人たちの方を、僕らの方を見て、軽く頭を下げる。


「嫌な言葉聞かせて、すまなかったね」


「…………」


「慣れない冒険者の仕事で大変だろうが、がんばんなよ。もし何か困ったら、アタシらやギルド職員に声かけな」


「…………」


「ちゃんと力になるからよ」


 ニッ


 と、白い歯を見せて笑った。


(おお……)


 まるで太陽みたいな笑顔。


 ギルド内のあちこちで歓声があがった。


 パチパチ


 拍手も起きる。


 見れば、マパルト村の人たちも感動した顔で拍手をしていた。


 僕も両手を叩く。


(いい人だね、シュレイラさん)


 なんか嬉しい。


 だけど、


「…………」


 僕の隣の黒髪のお姉さんは、無言のまま。


 手も叩かない。


(?) 


 彼女は、何だか悔しそうな表情をしている。


 ティアさん?


 と、僕を見て、


「ククリ君」


「うん?」


「早く薬草採取に行きましょう」


「え、あ、うん」


「目的の薬草は、私がたくさん見つけてみせますからね」


「う、うん」


 何だか怖いぐらいの迫力。


 でも、やる気があるのはいいことだ。


 僕も頷き、


「うん、行こう」


「はい」


 ギュッ


 彼女は僕の手を握り、歩きだした。


(わ?)


 転ばないよう、慌ててついて行く。


 その際、シュレイラさんと周りの集団の横を通り抜け、ギルドの出入り口に向かうことになった。


 2人で横を抜け、



「――――」



 瞬間、赤毛の女冒険者がパッとこちらを振り返った。 


 なぜか驚いたような顔。


 見開いた金色の1つ目は、


(……?)


 僕の前を歩く黒髪のお姉さんの横顔を見ている気がした。


 ティアさんは無反応。


 いや、気づいてないのかな?


 シュレイラさんの方を振り返ることもない。


 そのまま僕らは、冒険者ギルドの建物の外に出る。


 だけど、


(…………)


 王国最強の冒険者の視線は、最後までティアさんに向けられていたように思った。


 ……気のせいかな?

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