020・冒険者登録
朝、僕らは宿屋を出発した。
マパルト村の出稼ぎ組20名で、王都の通りを歩く。
石畳の歩道だ。
村の道は、土を固めた物なので、
(こっちは歩き易いな)
と、素直に思う。
話によれば、王都の道路や建物は、土魔法で建築するらしい。
魔法、便利だね。
魔法が使える人は希少で、田舎の村には当然、1人もいないけど……ま、それが当たり前なんだ。
ない物ねだりは、よくないよね。
通り沿いには、商店も多い。
今は早朝なので、開店準備中の店が多いかな。
そうしたお店の前には、商品を積み込んだ馬車が横付けされ、木箱が店内に運ばれていく。
そんな景色を眺めながら、歩く。
…………。
やがて、20分後、僕らの前に大きな建物が現れた。
3階建ての建物だ。
高さは、左右の建物と変わらないけど、横の長さが広く4~5軒分ぐらいありそう。
ティアさんも見上げて、
「ここが……冒険者ギルド、ですか?」
「うん、そう」
僕は、頷いた。
大きな出入り口からは、武装した人たちが何人も行き来してる。
冒険者ギルド。
アークライト王国だけでなく、各国にある国際企業だ。
ここは、王国本部に当たる。
この王都支部だけで、在籍冒険者は700人はいるとか。
凄いよね?
村の人口の3倍以上だ。
その辺を説明すると、
「そうなのですね」
と、黒髪のお姉さんも感心した顔だ。
そして、僕らも中へ。
建物の中も広い。
20人の団体が入っても余裕があり、室内には100人以上が集まっていた。
ワイワイ ガヤガヤ
朝から賑やか。
正面に、総合受付。
その奥に、依頼用、受注用の受付がある。
壁際には、依頼書の貼られた掲示板があり、冒険者の多くは今、そこに集まっていた。
武器、防具、道具などの売店もある。
他に、素材鑑定所、回復魔法室などの設備もあった。
天井は高く、2階は食堂だ。
座席の数も多く、食事しながら冒険の相談などもできる仕組みみたい。
(ほへぇ……)
僕も目を丸くしちゃう。
3年目だけど……うん、まだ慣れないや。
ティアさんや他の村の人も珍しそうに、ギルド内を眺めている。
やがて、
「おし、行くか」
「んだな」
「俺らは依頼、探すとして……ティアはまず登録か」
「ククリ、任せてええか?」
「うん、いいよ~」
「ほか、頼むわ」
「さすが、旦那だ」
「わはは」
「うっし。なら、俺らは行くべ」
「いい稼ぎ口、あるとええなぁ」
「んだな~」
ゾロゾロ
村のみんなは腕まくりしながら、混雑する掲示板に向かう。
あの人混みだ。
小柄な僕なら、すぐ潰れちゃう。
(がんばれ~)
心の中で応援だ。
隣のティアさんと見送って、
「じゃあ、僕らも行こうか」
「はい」
「まずは、総合受付に相談に行こうね」
「はい、わかりました」
頷く、黒髪のお姉さん。
その表情が、少し硬いような……。
あれ……少し緊張してる?
(う~ん)
僕は、少し考え、
ギュッ
彼女の白い手を握った。
彼女は、驚いた顔。
「あ……」
「僕もいるから大丈夫。さ、行こう」
と、僕は笑った。
紅い瞳が僕を見つめる。
そして、
「はい、ククリ君」
彼女も、ようやく微笑んだ。
うんうん。
僕も、もう1度、笑う。
そして歩きながら、お姉さんを引っ張った。
彼女も、素直について来る。
そうして僕らは2人で、冒険者ギルドの受付へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇
「すみません、冒険者登録したいんですけど」
総合受付の女の人に、そう声をかけた。
制服姿のお姉さんは、ニコッと笑う。
両手を揃え、こちらにお辞儀。
「はい、ありがとうございます。登録は、お2人ですか?」
「あ、ううん。1人だけです」
僕は、登録済み。
黒髪のお姉さんは、
「よろしくお願いします」
と、頭を下げる。
受付嬢さんは、少し意外そうに僕らを見比べる。
すぐに微笑み、
「かしこまりました。では、こちらの登録用紙にご記入をお願いします」
と、1枚の用紙と羽ペンを差し出してくる。
受け取るティアさん。
(どれどれ?)
僕は、横から覗き込む。
書き込む内容は、氏名、性別、年齢、種族、住所、特技など、だ。
カキカキ
ティアさんは、羽ペンを走らせる。
氏名 ティア
性別 女
年齢
種族 人間
住所 マパルト村ククリ家
特技 剣術 薬草採取
(あ……)
年齢欄は、空白だ。
記憶喪失のお姉さんは、少し困った顔で僕を見る。
僕は言う。
「適当でいいよ?」
「え?」
「冒険者って色んな人がいるから。偽名登録の人とかもいるみたいだし」
「そうなのですか?」
「うん」
驚く彼女に、僕は頷く。
受付嬢さんは聞こえないふりして、笑顔のまま。
僕は笑って、
「ティアさんは記憶ないんだし、今は新しい人生のつもりで年齢も自分で決めちゃいなよ」
「――はい」
僕を見つめ、彼女は頷いた。
そして、
キュッ
羽ペンが動く。
年齢 20歳
僕より7歳上だ。
僕は聞く。
「20歳?」
「はい。多分、自分はそれぐらいかと」
「そっか」
「あと、キリが良いので……」
彼女は、少し恥ずかしそうに笑って付け加える。
僕も笑った。
でも、確かに、
(見た目、大人っぽいし、それぐらいかな?)
と、思う。
ともあれ、必須項目は埋まった。
記入済みの用紙を、受付嬢さんに渡す。
受付嬢さんは内容を確認し、更にティアさんの外見――身長、髪や肌、目の色なども記載する。
そして、
「最後に、こちらを」
と、1本の針を用意した。
針には、細かい魔法文字が掘られ、小さな魔法石が付いている。
ティアさんは、キョトンとする。
受付嬢さんは、
「これで、指を軽く刺してください」
「指を?」
「はい。針が血液に触れることで、ティア様の血の特徴、魔力紋などを把握し、本人の識別登録ができます」
「なるほど」
頷く黒髪のお姉さん。
(…………)
これ、少し苦手。
針を刺すって、意外と怖いんだよね。
3年前の僕は、涙目で必死に刺した。
でも、
プスッ
彼女は、平気な顔で人差し指に刺す。
小さな赤い血の玉が生まれ、
スゥ
針に吸われる。
針の後ろに付いた魔法石が、水に血が溶けたように赤く染まった。
針を返し、
「これで?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございました」
頷く受付嬢さん。
そして、血を拭くための白い布を渡してくれる。
受け取り、指を押さえるティアさん。
その間に、受付嬢さんは、1枚の金属プレートを用意した。
器具に固定。
鍵盤みたいな装置をポチポチ叩く。
すると、
ヒィン
プレートの表面に、文字が浮かぶ。
その文字は、
第10級冒険者 ティア
とあった。
布を返し、代わりに、その金属プレートを渡される。
見つめるティアさん。
受付嬢さんは微笑み、
「ご登録、お疲れ様でした。これでティア様は、冒険者ギルド所属の冒険者となりました」
「あ、はい」
「そちらは、冒険者証です」
「冒険者証……」
「はい。本人証明として、依頼受付時などに使いますので、どうかなくさないようにお気をつけくださいね」
「あ、はい、わかりました」
頷くティアさん。
(うんうん)
見守っていた僕も、笑顔で頷いてしまう。
そのあと、受付嬢さんから『冒険者の心得』という冊子を渡された。
ま、初心者のための本。
初級クエストのやり方、昇級の条件などが書かれてる。
(あと、違反行為も)
ま、違反行為は、基本、犯罪行為しなければ大丈夫だったはず。
「あとで、ご一読を」
と、受付嬢さん。
そして、これで登録は完了だ。
僕とティアさんは、受付を離れる。
見送る受付嬢さんは、こちらに深々、お辞儀をしていた。
ペコッ
僕らも会釈。
そしてティアさんは、まじまじと『冒険者証』を眺めた。
それから、
「……これで、私も冒険者」
ポツリと、呟く。
僕は笑って、頷く。
「うん、そうだよ」
「ククリ君も、冒険者証を持っているのですか?」
「うん」
ガサゴソ
服の下から、紐で括った金属のプレートを出す。
第10級冒険者 ククリ
と、表記されている。
僕は笑って、
「ほら」
「…………」
「これで、お揃いだね」
「はい」
「ティアさん」
「?」
「冒険者登録、おめでとう」
「……あ」
彼女は、少し驚いた顔。
カチッ
彼女の持つ冒険者証と、自分の物を軽くぶつけた。
そして、言う。
「これから、一緒にがんばろうね」
「――はい」
黒髪のお姉さんは、大きく頷く。
それから、
「ありがとうございます、ククリ君。私、がんばります」
と、はにかんだ。