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018・出稼ぎ

「出稼ぎ……ですか?」


 ティアさんは、目を丸くした。


 薬草仕分けの手も止まってしまっている。


 僕は止めずに、


「うん、王都の方にね」


「…………」


「冬は何もできないから、毎年、村の若い人は出稼ぎに行くんだよ」


「ククリ君も……?」


「うん。10歳から毎年ね」


「そう、なのですね」


 彼女は驚いた様子で頷く。


 僕は言う。


「王都では、まず『冒険者登録』するんだ」


「冒険者?」


「そう。登録すると、土木、清掃、配達とか、色々仕事を受けられるから」


「なるほど」


「実は、僕も冒険者なんだよ?」


「ククリ君も?」


「うん。ま、冬の間だけだけど」


 と、笑った。


 基本、冒険者登録は誰でもできる。


 そして、最低年10回の活動をしてれば、登録抹消もされない。


 10回なら、冬の間に消化できる。


 また冒険者ギルド経由なので、仕事も見つかるし、仕事内容も確かで支払いも保証付きだ。


(地方の人間の出稼ぎには、便利なんだよね)


 本当にありがたい制度。


 その辺、説明して、


「だから、僕、冬の間は村を出るつもり」


 と、伝えた。


 ティアさんは、


「……はい」


 と、沈んだ表情で頷く。


(???)


 何で、そんな顔をするんだろう?


 僕は、小首をかしげる。


 不思議に思いながら、言う。


「えっと……それでね、ティアさんも一緒に行く?」


「え?」


 彼女は、ハッとする。


 驚いたような紅い瞳が、僕の顔を見つめた。


 そして、聞く。


「よろしいのですか?」


「うん」


「…………」


「あ、もちろん、村に残ってもいいんだよ? ゆっくりできるし、その時は家を任せるから――」


「いえ、行きます!」


(わっ?)


 身を乗り出す彼女に、僕はのけぞった。


 び、びっくりした。


 黒髪のお姉さんは、


「私は、ククリ君についていきます」


 と、強く言う。


 真剣な表情に、何だか気圧される。


 コクコク


 僕は頷き、


「う、うん、わかった。じゃあ、一緒にね?」


「はい」


 長い黒髪を揺らして、大きく頷く。


 そして、身を戻す。


 安心した表情で、再び薬草の仕分けを始めた。


「…………」


 僕は、ポカンだ。


 そんな僕に気づいて、


 ニコッ


 お姉さんは、優しく微笑んだ。



「――ずっと一緒です」



 そして、また作業へ戻る。


(…………)


 深い意味はないはずだ。


 なのに、少しドキッとしてしまう。


 まぁ、美人のお姉さんにそう言われたら、誰だってそうなるかな。


(……ん)


 僕も仕分け作業を再開する。


 ただの出稼ぎ。


 毎年の冬のお仕事。


 だけど、うん……今年は何だか、少し楽しみに感じる僕だった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 10日後、本格的に雪が降り始めた。


 冬将軍の到来だ。


 今年は、マパルト村の村人20名が出稼ぎで王都に向かうことになった。


 その中には、僕とティアさんも含まれる。


 出発当日は、


 ゴトゴト


 村で借りた大型馬車2台が用意された。


 皆で乗車。


「行ってきま~す」


「気をつけてなぁ」


「けっぱれよ~」


「お土産、頼むでぇ」


「嫁んなってくれそうないたら、村まで連れてくんだぞ~」


「そりゃ難しかぁ」


「諦めんなぁ」


「わはは」


 なんて、村長や残る村の人に笑顔で見送られながら、馬車は出発した。


 …………。


 …………。


 …………。


 出発した車内で、


 パクッ


 僕は、1粒の丸薬を口に入れる。 


 気づいたティアさんが、


「それは?」


「ん、酔い止め」


 ゴクン


 と、飲み込む。


 薬草3種類で作った、自家製の薬だ。


(馬車、揺れるからね)


 初めて乗った時は、大変だったっけ……。


 僕は、


「ティアさんも飲む?」


 と、聞く。


 彼女は少し迷い、


「では、せっかくなので」


 と、頷いた。


 僕は「はい」と渡す。


 小さな黒い粒を、彼女はしげしげと見つめる。


 やがて、意を決して、


 パクッ


「!?」


 端整な美貌が驚愕に歪む。


 涙目で、


「んっ、んんんっ!」 


 と、呻いた。


 パタパタ


 両手で口を押さえながら、両足が何度も床を踏む。


(あらら?)


 僕は、唖然。


 周りで見ていた村の人が笑いだした。


「わはは、ククリの薬、飲んだか」


「苦ぇんだ、それ」


「ご愁傷様だぁ」


「まぁ、効き目はあんだけどなぁ」


 なんて言う。


(え、何、その評価?)


 僕は不満顔だ。


「嫌なら、みんなにはあげないよ?」


「お?」


わりわりぃ」


「長旅だけんな」


「やばそうだったら分けてくれんね?」


「頼むわぁ」


「ククリ様ぁ」


「機嫌直してけろ~」


 と、皆に拝まれる。


(全く、調子いいなぁ)


 ま、あげるけどね。


 僕は苦笑し、わざとらしくため息をこぼした。


 そして、


「うう……」


 隣のお姉さんには、恨みがましい涙目で見られました。


 あはは、ごめんね……。


 …………。


 そんな感じで、馬車は山道を進んでいったんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 僕は、車内で地図を広げた。


「王都までは、村から馬車で10日ぐらいかな」


 と、説明した。


 隣のお姉さんも、長い黒髪を手で押さえながら、横から覗き込む。


 村の西方にある平原。


 そこにある都市を、白い指が差して、


「アークレイ?」


「うん」


 書かれた文字を読む彼女に、僕は頷いた。


 王都アークレイ。


 僕らの暮らすアークライト王国の首都で、人口10万人の大都市だ。 


 王城には、女王様もいる。


 そんな立派な街。


 ただ……王国自体は、大陸の中では小国なんだけどね。


 1番大きい国は、大陸中央にあるレオバルト帝国。


 国土は、王国の10倍以上。


 しかも、あの勇者様が誕生した国なんだって。


 大陸には、そんな帝国を中心にして、大小の国が20ぐらい存在してるんだ。


 あと、大陸の北。


 海を渡った先には、魔大陸もある。


 魔物だらけの恐ろしい土地。


 そして、あの魔王がいた大陸。


 3年前、勇者様とその仲間たちは、魔大陸に乗り込んで魔王を倒してくれたんだ。


(……うん)


 ま、世界は広いよね。


 村人の僕には、少し遠い話だ。


 チラッ


 隣を見れば、黒髪のお姉さんが、王国の地図を興味深そうに眺めている。


 その様子に、僕は微笑む。


 そして、


(……そう言えば)


 ふと思った。


 アークライト王国の王都『アークレイ』の名前は、王国民は皆、知っている。


 田舎の村人の僕でも。


 でも、


(ティアさん、知らなかったね?)


 彼女は、記憶喪失。


 だけど、自分以外の記憶……例えば、知識、常識などは覚えている。


 なのに、王都名は知らなかった。


 なぜ……?


 もしかして、


(ティアさんは、外国出身の人?)


 そう思えた。


 いや、わからないけど。


 ただ、可能性の話。


 ま、仮に外国の人でも、だからどうしたって話だけどね。


 だけど、


(本当に、正体が謎のお姉さんだよ)


 ジーッ


 つい、その端正な横顔を見つめてしまう。


 と、彼女は視線に気づく。


「……?」


 綺麗な黒髪をサラリと揺らして、小首をかしげ、


 ニコッ


 と、僕に微笑んだ。


 ……うん、可愛い。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 村を出発して、5日が過ぎた。


 旅程の半分。


 今の所、旅は順調だった。


 山奥の村と違って、平地のこちらは雪もない。


 宿場村を経由しながら、出稼ぎ組の馬車2台は、王都アークレイを目指した。


 ゴトゴト


 街道を馬車は進む。


 周囲には、緑の草原が広がっている。


 車内には、村人の話し声。 


 ティアさんも、窓からの景色を眺めている。


(……ふぁ)


 僕は、少し眠気に襲われていた。


 だって、退屈なんだもん……。


 ウトウト


 重いまぶたと戦う僕の耳に、


「……平和ですね」


 と、彼女の声が聞こえた。


 優しい声だ。


 僕は頷き、同意する。


「ん、そうだね」


「はい」


「3年前までは魔物が出るから、街道の旅でも護衛が必要だったらしいよ」


「そうでしたか」


「うん。でも、今は必要ないんだから、本当、平和」


「……はい」


「これも、勇者様のおかげだね」


 と、僕は笑う。


 そんな僕を、彼女は見る。


「…………」


「?」


「ククリ君は……勇者が好きですか?」


「? うん」


 素直に頷く。


 ま、好きというか、憧れと感謝、かな? 


 僕の返事に、


「そう、ですか」


 彼女は、何だか困ったような表情で笑う。


(???)


 ティアさん?


 僕は不思議に思い、


「ティアさんは嫌いなの?」


 と、聞く。


 彼女は、数秒、間を空ける。


 そして、答えた。


「わかりません」


「…………」


「ただ……勇者のことを聞く時は、胸の奥がざわめき、落ち着かなくなるのです」


「そう、なの?」


「はい」


「…………」


「なぜでしょう、不思議ですね?」


 と、彼女は苦笑する。


(う~ん……)


 本当、なぜだろうね?


 僕もわからず、首をかしげてしまう。 


 と、その時、


「あ……」


 お姉さんが、窓の外を見て声をあげた。


(ん?)


 僕も、視線を追う。


 窓の外には、草原が広がる。


 その緑色の景色の中に、壊れた家屋の残骸があった。


 1つ、2つではない。


 数十戸だ。


 僕は言う。


「廃村だね」


「廃村……」


「3年前までは、魔物の襲撃で滅んだ村も多いから。今も放置されてるんだよ」


「…………」


 復興は大変だ。


 3年では、なかなか難しい。


 そして、復興を諦めた村も存在する。


(多分、その1つ……かな)


 と、思う。


 彼女は、その廃村を見つめる。


 紅い瞳を伏せ、


「……勇者の助けられなかった村ですね」


 と、呟いた。


 僕は、少し驚く。


 そして、言う。


「ティアさんは、優しいね」


「え……?」


「そうして、いつも弱い人の心に寄り添うようにしてるんだもの。優しいよ」


「…………」


「でも、きっと勇者様も万能じゃないから」


「…………」


「だから、彼女にも優しくしてあげてね」


 と、笑った。


 彼女は、


「ククリ君……」


 と、驚いた表情で僕を見ている。


(ん……ふぁぁ)


 あ、眠気が限界だ。


 コテン


 僕は目を閉じながら、自分の頭を、隣のティアさんの肩に預ける。


 彼女は、ビクッとし、


「ク、ククリ君っ?」


「……ごめんね、少し、肩……貸して」


「…………」


「すぅ……すぅ……」


 自分の寝息が聞こえる。


 もう半分、夢の中だ。


 サワ


 彼女の白い指が、僕の髪を優しく撫でる。


(ん……)


 心地好い。


 黒髪のお姉さんは、小さく笑っていた。


「もう……ククリ君は……」


 そんな呟き。


 ん……もう、駄目……。


 甘やかなお姉さんの匂い。


 そして、馬車の揺れに誘われ、僕は眠りに落ちていく。


 …………。


 …………。


 …………。


 そんな風に、馬車は街道を進む。


 やがて、10日間の旅は無事に終わり、僕らは王都アークレイに着いたんだ。

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