017・初雪
秋が終わり、冬が迫る。
今日も、僕とティアさんは薬草を集めるため、山にいた。
毎日入る山の空気も、少し冷たくなった。
特に今日は、
(あ……息が白いや)
と、目でも季節の変化を感じる。
しばらく前から植生も変わり、見つかる薬草の数と種類も減っていた。
サクッ
数少ない薬草の茎を、短剣で斬る。
布袋に丁寧に入れる。
と、その時、
「……ぁ」
隣から声がした。
(ん?)
見れば、黒髪のお姉さんが頭上の空を見ていた。
少し驚いた表情だ。
(?)
どうしたんだろう?
彼女は白い手を広げて、何かを受け止めるような仕草をしている。
僕も目を凝らし、
「あ」
と、気づいた。
お姉さんの伸ばした手の先に、空から白い破片が落ちてきた。
――雪だ。
曇天の寒空から、雪が降っていた。
ほんの少し。
だけど、確かに雪だった。
(そっか)
息が白い訳だ。
ティアさんは珍しそうに、雪を掴む。
シュ……
小さな結晶は、すぐに溶けてしまう。
彼女は、その様子を見つめ、そして、どこか切なそうに微笑む。
(…………)
その表情を、綺麗だな、と思う。
同時に、
(もう少しで、山にも入れなくなるね……)
とも感じた。
冬、到来の予兆。
その初雪が降ったのは、僕とティアさんが出会って3ヶ月ほどが経った日のことだった。
◇◇◇◇◇◇◇
赤爪の大猿を倒してから、今日までの話をしよう。
まず、ティアさんのこと。
――彼女は、正式に『マパルト村の村民』になりました。
あのお姉さんを保護した直後に、村長が役所への報告と調査依頼をしていた。
で、先日、その回答が来た。
ティアさんの容姿、年齢などに該当する行方不明者、および捜索願などは、近隣では確認されていない――とのこと。
これを聞き、
(そっかぁ)
僕は落胆と、正直、安心もしてしまった。
これで、まだ彼女と暮らせるって……。
ごめんね、ティアさん。
ただ彼女も、
「そうですか」
と、どこか安心したような表情をしていた。
……気のせいかな?
どちらにせよ、彼女の身元は不明のまま。
でも、村長曰く、このままだと税金や社会保障、身分証明などの点で色々面倒があるらしい。
なので、
「この村の人間として、登録したっけよ」
とのこと。
うん、事後承諾。
最初は僕らも驚いたけど、
(でも……ま、いいか)
と、考え直した。
だって、今の暮らしと何も変わらないんだもの。
あの黒髪のお姉さんはとっくに、村の一員として受け入れられている。
ただ、書面上の違いだけだ。
ちなみに、
「住所は、ククリん家な」
「うん」
「はい」
「だけん、そのまま嫁になっても大丈夫だけの」
「…………」
「…………」
村長……。
僕らは2人で、赤くなってしまう。
(まったく)
あと、この時点で、保護した彼女への村の支援は打ち切られた。
まぁ、当然だ。
彼女自身、薬草採取で稼いでる。
あと、赤猿を倒したことで『村の用心棒』的な扱いもされるようになった。
具体的には、
『魔物出たら、よろしく』
という話。
その担当手当も、少ないけど毎月出る。
通常時は、『ククリの助手』的な立場らしいけどね。
…………。
まぁ、そんな感じで、色々あったけど、ティアさんはこの3ヶ月で自分の居場所を確立したんだ。
(うん、本当によかった)
心から、そう思う。
彼女のがんばりを、ずっと見てたから。
でも、彼女は、
「ククリ君がいてくれたからですよ」
と、言ってくれた。
僕が見守っていてくれるから、安心してがんばれた……と。
そう、僕に微笑んでくれた。
(ティアさん……)
ちょっと泣いた。
そんな僕に、彼女は少し驚いていたけどね。
……思い返すと、恥ずかしいや。
あ、そうそう、行方不明の話で思い出した。
同じく行方不明の勇者様。
先日、行商人のジムさんから聞いたけど、まだ見つかってないんだって。
(まだなの?)
と、驚いた。
だって、各国総出で探しているらしいのにね。
僕らの暮らすアークライト王国も捜索隊を出してるそうだけど、ここ、大陸の隅っこの小国だし、関係ない気もする。
本当、勇者様、どこに行ったんだろうね?
あ……そう言えば、ジムさんとは、こんな会話もした。
「なぁ、ククリ、知っとるか? 噂の勇者様って、黒髪紅目の美人らしいで」
「ふぅん?」
「なんか、ティアはんと容姿はそっくりやんな」
「あ、本当だ」
「やろ? なぁ、実は彼女が『行方不明の勇者様』ちゃうんかぁ」
「あはは、まさか~」
この世に、黒髪紅目の女の人が何人いると思うのさ?
そのお姉さんは、
ハフハフ
行商の焼き芋を買い、美味しそうに頬張っていた。
「…………」
「…………」
「さすがにちゃうか~」
「ちゃうでしょ~」
と、僕らは苦笑い。
そんな僕らに、彼女は、
「?」
と、綺麗な黒髪を揺らしながら、小首をかしげたんだ。
……うん、さすがにねぇ。
◇◇◇◇◇◇◇
家に帰ったら、居間の薪ストーブを点す。
ボッ ボボッ
詰めた藁が燃え、薪に火が移っていく。
(ん、暖かい……)
見える炎と熱に安心感を覚える。
でも、逆に言えば、そう感じるぐらい、空気が寒くなってきたという証拠だ。
チラッ
見れば、ティアさんの白い頬も、少し赤い。
僕の視線に、
「?」
ニコッ
彼女は微笑む。
大人っぽい容姿だけど、笑顔は可愛いな。
僕も笑顔を返す。
そして2人で、いつものように薬草の選別をする。
パサッ パサッ
何枚もの葉を仕分けていく。
ティアさんも、もう慣れたものだ。
作業しながら、
「寒くなったね」
と、黒髪のお姉さんに話しかける。
彼女は頷く。
「はい」
「初雪も降ってきたね」
「そうですね」
「多分、もう少ししたら本格的に降ってきて、雪が積もったら山に入れなくなると思う」
「そうですか」
「うん。でね?」
「はい」
「冬になったら、僕、出稼ぎに行くかも」
「……はい?」
僕の言葉に、お姉さんはその紅い目を丸くした。
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