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011・護身の弓

 本日も、ティアさんと薬草集めに山に入った。


 数時間、採取を続け、やがて、昼休憩を取ることにする。


 黒髪のお姉さんを拾った川原で、水音を聞きながら携帯食料を食べ、水筒で水を飲む。


 変わらぬ日常の行動。


 そして、毎日の光景だ。


 だけど、


 チラッ


 今日のお姉さんは、その腰に買ったばかりの長剣があった。


(……うん)


 結構、存在感がある。


 そして、なんか、目の前の黒髪の美女に凄く似合ってる。


 僕の視線に、


「……ククリ君?」


 と、彼女は気づく。


 僕は言う。


「なんか、格好いいね」


「え?」


 驚き、お姉さんは、少し赤くなる。


 ん?


「そ、そうですか? 突然ですね」


 と、自身の長い黒髪を触る。


 僕は頷き、


「うん、格好いいと思うよ、その剣」


「…………」


「? ティアさん?」


「あ、いえ……はい、そうですね」


 なぜか、落胆した顔。


(???)


 どうしたの?


 でも、彼女は気を取り直したように、すぐに微笑む。


「はい。中古でしたが、良い品を買えました」


「うん」


「これで、ククリ君を守りますね」


 ガチャッ


 と、座ったまま、鞘に差したままの剣を目の前に構える。


 姿勢がとても綺麗だ。


 それに、頼もしいお言葉。


 僕は笑って、


「ありがとう、ティアさん」


「いえ」


「ところで、ティアさんは剣術に心得があるの?」


 と、聞いてみた。


 彼女は、


「さあ? どうでしょう?」


「…………」


「記憶がないので、何とも」


「そ、そっか」


「ただ、何となく、使えるような気はするんです。なので、きっと大丈夫ですよ」


 と、微笑むお姉さん。


(う、う~ん?)


 大丈夫……なのかな。


 でも、剣を構える姿は、経験者っぽい。


 あと、ティアさん、意外と感覚派?


 理論や理屈よりも、自分の感覚を信じる天才肌のタイプなのかもしれない。


(…………)


 まぁ、いいか。


 剣術の経験があろうが、なかろうが構わない。


 剣を持つことで何か自信が芽生えたのか、今の彼女は生き生きしてる。


 それだけで、僕は充分だよ。


 それに、


「無理はしないでね」


「え?」


「一応、僕も身を守る術(・・・・・)は持ってるからさ」


「…………」


「だから、ティアさんも、まずは自分の身を守ることを優先してね?」


 と、伝えた。


 彼女は、ポカンとしている。


 それから、少し心配そうに僕を見つめだした。


(あれ……?)


 もしかして、信じてない?


 男の子の強がりみたいに思われてる?


(信用ないのか、僕……)


 トホホ。


 悲しい。


 そして、少し悔しい。


 なので、僕は、自分の護身術を披露することにした。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 僕らがいるのは、川原だ。


 黒髪のお姉さんには、僕から10メードほど離れた場所に立ってもらう。


 彼女の手には、川原で拾った小枝がある。


 そして、


「ん、よし」


 僕は、短弓を構えた。


 山に入る時、いつもリュックに括り付けている短弓だ。


 ティアさんがこちらを見ながら、


「よろしいですか?」


 と聞く。


 僕は頷き、


「うん、いつでも」


 と、平常心で答えた。


 心を落ち着け、待つ。


 彼女は、腕をゆっくり下から動かし、小枝を空中に投げた。


 僕は、矢を放つ。


 パシン


 見事、矢は小枝に当たる。


 ティアさんは、驚いた顔。


 僕は、すぐ次矢をつがえ、


 シュッ パシン


 弾けていく小枝に、また次の矢を命中させた。


 更に、もう1本、


 パシン


 再び、矢が命中。


 計3本の矢を、連続で当ててみせた。


(ふぅ) 


 僕は、短弓を下す。


 黒髪のお姉さんは、ポカンと口を開けたままの表情だった。


 …………。


 なんか、嬉しい。


 僕は笑って、


「どう?」


 と、聞いた。


 彼女は、僕を見る。


「凄いです、ククリ君」


 向けられる視線には、称賛と尊敬の輝きがあった。


(えへへ)


 僕は、鼻高々だ。


 そして、言う。


「父さん、母さんに教わったんだ。矢は、意外と得意なんだよ」


「そうなんですね」


「うん」


「私、びっくりしました」


 彼女は、豊かな胸を押さえて言う。


 僕は満足。


 だから、伝える。


「でも、威力はなくてね」


「え?」


「僕、子供だし、短弓だから。殺傷力は低いんだ」


「…………」


「それが弱点」


 と、自分の手と弓を見る。


 村の大人の狩人たちの使う弓は、僕には引けない。


 力が足りないから。


「だけど、護身には充分」


「…………」


「熊とか狼も、顔に当てると逃げるんだ。大した傷にもならないけど、それだけで嫌がるから」


「……なるほど」


 僕の解説に、彼女も頷く。


 ま、使う機会も少ないんだけどね。


 何しろ、この辺の山々には、村の狩人たちも入るんだ。


 だから、野生動物たちは基本、人間の気配を感じたら逃げてしまう。


 突然の遭遇。


 あるいは、子供連れ。


 そうした場合以外は、襲われることも滅多にない。


 ティアさんは、


「ククリ君は、本当に山での生き方を知っているのですね」


 と、感心していた。


(あはは……)


 少し照れ臭い。


 ちなみに、小動物や鳥ぐらいなら、僕の弓でも殺せるよ。


 ただ、それ以上は、


(危険だけど、短剣じゃないと駄目かな)


 って感じ。 


 ま、殺す必要がある時は、だけどね。


 ティアさんは無言。


 やがて、


「それでは、ククリ君のことを私が守る必要はないんですね……」


 と、沈んだ声で呟いた。


 悲しそうな表情だ。


(え……)


 僕は、目を瞬く。


 お姉さんは、何だか、自信喪失したような顔である。


 あ~、えっと。


 少し失敗したかな。


 そう思った僕は、


(……うん)


 自分の恥を晒すことにする。


「ティアさん」


「はい」


「これ、見て」


「え?」


 僕は彼女の前で、自分の上着を持ち上げた。


 ペラッ


 お腹が丸見えに。


「ク、ククリ君!?」


 ティアさんは焦った様子。


 なぜか、顔が赤くなる。


(???)


 少し疑問に思いつつ、


「ここ、わかる?」


 と、聞いた。


 彼女は、薄目で僕の示したお腹の場所を見る。


 そこだけ、白い。


 そして、少し肉が盛り上がっている。


 彼女は、怪訝な様子だ。


 僕は教える。


「これ、昔、ホーンラビットに刺された傷跡なんだ」


「え……」


 彼女は、紅い目を見開く。


 僕は苦笑し、


魔物・・は動物と違って好戦的だから、矢を当てても逃げなくてね」


「…………」


「結局、短剣で戦う羽目になって……何とか追い払えたけど、僕は3日間、生死の境を彷徨うことになったんだよ」


「…………」


 彼女は、呆然とした顔だ。


 ふと、お姉さんの指が、僕のお腹に伸びる。


 触られるのかな……と思ったけど、直前で指は迷うように止まった。


 彼女は、僕を見る。


 僕は言う。


「身を守る術を知ってても、絶対安全じゃないから」


「…………」


「だから、ね……その、ティアさんに『守る』って言ってもらえた時、僕は正直、嬉しかったんだよ」


 と、白状する。


 彼女は目を瞠り、


「……ククリ君」


 と、僕の名を震える声で呼ぶ。


(う……)


 やっぱり恥ずかしい。


 赤面する僕を、彼女は見つめる。


 そして、


「大丈夫です」


「…………」


「もう2度と、ククリ君をそんな目には遭わせません」


「……ティアさん」


 僕も、彼女を見る。


 その真紅の瞳は、真っ直ぐに僕を射抜く。


 ギュッ


 剣の柄を強く握り、


「これからは、この私が、ククリ君を必ず守ります」


 と、宣言する。


 その声は、とても力強い。


 そして、騎士の誓いを立てるかのように誠実で静謐な響きだった。


(…………)


 僕は頷いた。


 彼女も優しく笑って、頷く。


 …………。


 涼やかな風が吹く。


 太陽の日差しが降り注ぐ川原で、僕らはそんな一時を過ごしたんだ。

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