010・ありがとう
太陽が山々の奥に沈む。
さて、そろそろ夕食の時間だ。
本日は、行商で珍しく栗が手に入ったので、秋の味覚・栗ご飯を炊くことにする。
あとは、適当に肉と野菜炒めかな。
「――よし」
調理開始だ。
まず栗の皮を剥き、水に浸す。
鬼皮が固いので、なかなか大変。
ティアさんに手伝ってもらい、何とか完了できた。
浸けてる間に、木製の計量カップでお米を取り、洗い、研いで、洗い、水切りして、土鍋に入れ、カップで必要な量の水を注ぐ。
で、しばらく待機。
その間に、生肉を薄くスライス。
塩胡椒し、フライパンで焼く。
ジュウ ジュウ
火が通ったら、皿に取る。
肉汁の残ったフライパンに、切り分けた葉物野菜や根菜類を放り込む。
塩、醤油を適量。
かき混ぜたら蓋をして1~2分、待つ。
そのあと、胡椒を少々。
また混ぜる。
(こんなもんかな?)
味見……うん、よし。
皿に取り分けて、野菜炒め完成。
あとは、スライスした肉で挟んで食べましょう。
(おっと、そろそろ時間だ)
水中の栗を引き上げる。
その栗を、軽く下茹で。
そのあと、土鍋のお米に栗と適量の塩をパラパラと入れ、火にかける。
クツクツ
10分ほどかけて沸騰させたら、火力を弱める。
そのまま水分が蒸発するまで待ち、蒸らして……蓋を開けたら、うん、いい感じだ。
端が少し焦げてるけど、ま、いいでしょう。
少し味見。
(うん、美味い)
僕は笑って、
「ティアさんも、味見、どう?」
「あ、はい」
頷く、黒髪のお姉さん。
お箸で彼女の口へ。
パクッ
雛鳥にご飯をあげるように、少量を食べてもらう。
「!」
紅い瞳が見開いた。
彼女は僕を見て、
「美味しいです」
と、言う。
「よかった」
僕は安心して笑う。
そんな僕の様子に、ティアさんも微笑んだ。
そのあとは、2人でデザート用の柿の皮を剥いていく。
ショリショリ
僕の横で、
「……っ」
ティアさんは少し悪戦苦闘していたけれど、何とか剥き終える。
ま、多少の凸凹は、ご愛敬。
そんな感じで、本日の夕食も完成だ。
2人で食卓を囲む。
「いただきま~す」
「いただきます」
手を合わせ、料理を口に運ぶ。
パクッ モグモグ
(うん!)
いいじゃないか。
ホクホクした甘い栗と白米に、塩の味が絶妙な加減だ。
お焦げも美味しい。
肉と野菜の炒め物も、いいお味。
別々に食べてもいい。
でも、スライスした肉で野菜を挟むと、肉の脂が染みて、またいい感じになってくれる。
「はふ、はふ」
目の前に座るお姉さんも満足顔である。
柿も、いい熟れ具合。
優しい甘さが、食後の充足感を与えてくれた。
(ふぅ、ご馳走様)
あっという間に完食です。
ティアさんも、幸せそうに吐息をこぼしていた。
食後は、お茶の時間。
いつもの薬草茶を飲みながら、落ち着いた心地で会話を楽しむ。
今日の話題は、やっぱり行商の話。
凄い賑わいだったね、とか。
珍しい品が売ってたよ、とか。
値切り交渉が成功して安く買えたんだ、とか、色々話す。
ティアさんも微笑み、話を聞いてくれる。
その中で僕は、
「――そう言えば、今、勇者様が行方不明らしいよ」
と、彼女に教えた。
◇◇◇◇◇◇◇
「勇者……が?」
彼女は、驚いた顔をする。
僕は頷き、
「そう。それも、自分から姿を隠したんだって」
「…………」
「その理由が、なんか怖いんだけど――」
と、僕は、情報通の行商人ジムさんから聞いた内容を、彼女にも伝える。
ティアさんは、神妙な様子。
全てを聞き終え、
「……そうですか」
と、頷いた。
(……?)
あれ……何だろう?
ティアさん、何だか苦しそうに見える。
表情は変わらないんだけど、空気感というか、雰囲気というか……んん?
よくわからないけど、僕も言葉に詰まる。
お互いに沈黙。
そして、
「……ククリ君は」
「ん?」
「ククリ君は、その、勇者を憎んだりしていないのですか?」
「え……?」
思わぬことを聞かれた。
彼女は言う。
「もし……勇者がもう少し早く、魔王を倒していれば……と」
「あ……」
両親のことか。
魔王が倒される直前に、2人は亡くなっている。
でも、亡くなった時期まで話してないのに、なぜ知ってるの?
と、不思議に思い、
(あ、ご近所さんか……)
あの人たち、お喋りだし、お節介だし、僕のことを彼女に色々話したんだろうね。
本当の僕のお嫁さんみたいなつもりで……。
(……全く)
心の中で苦笑する。
でも、ま、いい人たちなんだよ?
両親が亡くなった僕を、いっぱい助けてくれた人たちだから。
ティアさんは、僕を見ている。
「…………」
真剣な眼差しだ。
それに、僕は、
「うん、憎んでないよ」
と、答えた。
彼女は、驚いたように紅い目を見開く。
僕は言う。
「何も感じてないって言うと、嘘だけど」
「…………」
「だけど、それは、僕が悲しみのぶつけ所が欲しいだけなんだと思う」
「…………」
「悲しくて、苦しくて、だから、ぶつけていい理由がありそうな相手に、理不尽にそう感じてしまうだけで……でも、それは身勝手な感情だもの」
僕は、目を伏せる。
その感情は、悪いものだ。
悪い自分になるのは、嫌だ。
だって、そんなの、父さん、母さんに顔向けできなくなる。
「……ククリ君」
少し震えた声が聞こえる。
僕は、顔をあげ、
「それに憎むなんて、そんなの、勇者様が可哀相だよ」
「…………」
「むしろ僕は、お礼が言いたいな」
「え……」
彼女は、驚いた顔だ。
僕は言う。
「だって、魔王と戦ってくれたんだよ?」
「…………」
「色んな国の軍隊や英雄が何人も殺されて、そんな相手と戦うなんて、勇者様だって怖かったと思うんだ。本当は、何度も逃げ出したかったと思うんだ」
「…………」
「だけど、僕らのために勇気を出して戦ってくれた。そして、本当に魔王を倒してくれた」
「…………」
彼女は、僕を見つめる。
僕は息を吸い、
「――だから僕は、勇者様に会えたら『ありがとう』って伝えたいんだ」
と、笑顔で言った。
それが本心。
感情だけでない、僕自身の願いだった。
(……ん?)
ふと気づく。
目の前の黒髪のお姉さんは、呆然とした表情をしていた。
そして……え?
「ティアさん?」
僕は、驚いた。
僕の呼びかけに、彼女はハッとする。
「あ、はい」
「えっと……」
「?」
「その、どうしたの?」
「え?」
「泣いてるよ、ティアさん」
僕は呟く。
ティアさんの紅い右目からは、一筋の涙がこぼれていた。
彼女は、
「え……? あ、え?」
と、自分の頬を触り、驚いた顔をする。
自覚してなかったの?
僕は困惑。
「あの、大丈夫?」
「は、はい」
「…………」
「すみません。自分でも、なぜ泣いたかわからないんですが……」
「うん」
「ただ……何だか、頭と心が痺れた感じで……気がついたら」
「そっか」
「はい……。どうしたんでしょう、私?」
彼女は、不思議そうだ。
自分の頬を触ったり、濡れた指先を困ったように見つめていた。
(う~ん?)
僕も首をかしげる。
もしかしたら、彼女は、勇者様の境遇や感情に共感してしまったのかもしれないね。
このお姉さんは、優しい人だから。
僕は微笑み、
「ティアさん、いい人だね」
「え?」
「ううん。あ、お茶、淹れ直そうか」
「あ、はい」
ティアさんも頷く。
そして、お茶会を再開する。
何だか不思議な出来事もあったけど、僕らはまた他愛もない話題に興じる。
今夜のお茶会をもうしばらく楽しんだんだ。