2章XVII 『誓約』
葵ちゃんとたまちゃんが住処を作っていたであろう場所に戻ると、割と立派な小屋みたいなのが出来ていた。
「す、凄い!これ全部葵ちゃんが作ったの?」
「そう、軽い風避けくらいにしかならないと思うけど、ないよりはマシかな」
「そんな事ないよ!こんな短時間とこの材料でここまで作れるなんてすごい!」
小屋に関しては、四方が太めの木の幹が崩れないように積み重なっており、天井として大きな葉っぱが沢山かかっている様子だ。野宿っぽくて楽しそう。それに…
「これは何?もしかしてお風呂?」
「そうにゃ!昨日のホテルのお風呂が温泉って聞いたにゃから、小屋を作り終えたあと、源泉を探す作業をしてたにゃ。そしたら見事引き当てて露天風呂の完成ってわけにゃ」
すごい!露天風呂だ〜めっちゃ外だけど、なんなら私たちの住処からこの露天風呂丸見えなんだけど?
「僕たちのグループの他にも、いろんなところで眠る場所とかは完成してるみたい。心配はなさそうだね」
「そうかそうか〜じゃあ今度は私たちの成果の見せどころだね!さぁ沙那!見せたげて!」
「なんで私任せなの…。まぁあすみは何もしてなかったから仕方ないけれど。みんな見て、結構魚介がたくさん取れたんだ」
「「おぉ〜〜〜!!」」
左手には貝、右手には魚。そして私の手にはタコがある。お店とかで頼もうとしたら割と値段が傘みそうなレベルの魚介フルコースセットだ。
「お魚いっぱいだにゃぁ!」
「やっぱたまちゃんって魚とか好きなの?猫っぽいし」
「今私のことバカにしたかにゃ?でも、魚は好きにゃんよ〜」
「とりあえず、火を起こそうか。僕が燃料になりそうな可燃物を見繕っておくよ。」
葵ちゃんが火を起こしに行った。それじゃあ…
「それじゃあ、私たちは料理しよっか!包丁持てる人〜?」
沈黙、誰も手も挙げない。2人のことを見て、互いに目力で、え、出来ないのお前?みたいな雰囲気を醸し出している。
「ち、ちょっと待って、誰も包丁とか持てないの??じゃあこのタコとか鯛とかどうするのさ、丸焼き?」
「それしかないでしょう。あすみ料理とかできないの?」
「出来るわけないでしょ!私キッチンにすら立ったことないよ。沙那こそなんか作った経験とか無いのさ」
「無い。いっつもコンビニとかスーパーでお惣菜買ってるし」
「にゃ〜、どうするんだにゃ…」
この不健康児め……。鯛はまぁ確かに姿焼きって感じで丸ごと行ってもいいかもしれないけと、タコは厳しくないか?だ、誰かぶつ切りくらいしてくれないかなぁ。私包丁怖いんだけど…。
「君たち何やってるの〜。調子はどうお?」
「あ、会長」
丁度いいところに白石会長がやって来た。どうやら、私たちクラスメイトのことを見回りに来ているらしい。
「え〜!タコじゃんマジで?いいなぁ〜私タコ好きなんだよね〜」
会長が私の手に持っているタコを持って目を輝かせる。
「そうなんですか?でも私たち誰も包丁持ったことなくて…包丁怖くて使えないんですよ。」
「なるほどね〜。そういうことなら任せなさい!年上の私が最高の料理をしてあげよう!」
「本当かにゃ!?」
「嬉しい」
やったぁぁ!会長が料理を振舞ってくれるなんて…。これで問題が万事解決だ!
「ふふーん。材料はタコに鯛、後は貝類がちょっとあるのね。軽めの野菜とか調味量は昨日泊まったホテルからかっぱらってきたし、こいつら使ってちょっくら作ってみますか!」
「おお〜!」
会長が料理の準備を始める。まずはタコに手をつけた。私が陸に上げてずっと放置してたからもうほとんど死んでるんだけど、ちゃんと〆るところから始める。そして、そのまま足を切り落として薄ーくスライスし始める。
「会長何作ってるんだにゃ?」
「ん〜。タコ1匹分あるからね。たこわさとか、タコのカルパッチョとか作ろうかな〜って」
「何それ美味しそう…」
ついさっきまで丸焼きになりかけていたタコがみるみるうちに"食べ物"の様相になっていく。まだ火が到着していないので、生で食べられるものとして、薄くスライスしたタコにオリーブオイルとかがかかったカルパッチョが完成した。
「凄い…。いただきます」
「美味いにゃぁ!!天才だにゃ、将来料理人とか目指した方がいいんじゃないかにゃ?」
「もう…みんな褒めすぎだよ」
いや本当に美味しい!店で出せるレベルだぞこの味は…。年上ってすごい…。
「あ、もう無くなっちゃったにゃ」
「美味しかった、止まらなかったね」
「もう〜、みんな食べ過ぎだって。あと鯛と貝くらいしか残ってない…」
「お待たせ!火起こす準備できたよ!姫野先生が手伝ってくれるって……え?」
「あ」
ま、まずい。葵ちゃんの存在をすっかり忘れてた。葵ちゃんの分のタコが…。
「古賀環のお腹が満たされていくから、食べ始めてるんだろうなとは思ってはいたけれど、まさかタコが食い尽くされているとは…」
「ご、ごめんなさいにゃ!つい美味しすぎて…」
「いや、いいよ。美味しさは僕も味わえたしね。僕のお腹も満たされてるし」
「にゃはは…」
言ってることと表情が噛み合ってない。葵ちゃんの顔は静かな怒りに包まれてる。『同化』でたまちゃんの食事は追体験出来るとはいえ、やっぱり自分で食べた方がいいんだろうな。
「ありゃりゃ〜。じゃあ他の食べ物も食べて、さっさとお風呂入って寝ちゃおうか〜。私が皆のお風呂を沸かしておくから、みんなは食べていてね〜」
「先生、ありがとうございます」
姫野先生がちゃんと指揮を取っている。やっぱこの姫野先生なんかちょっと変な感じがするな。
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「ぷはぁ〜、あー今日一日の疲れが取れたよ。」
夜ご飯も満足に食べ、お風呂も私の番が終わり、清々しい気持ちで夜風にあたる。
今日はいろいろと疲れた…。昨日も疲れたんだけど…。みんなはまだお風呂入ってるらしい。私すぐのぼせちゃうからなぁ。昨日もそれで体調崩しちゃったし。
「あすみ、何してるの」
「あ、沙那。上がったんだ」
何もすることがなく、星をただ眺めていると、お風呂上がりの沙那が私に話しかけてきた。
「別に、何もしてないよ」
「そか」
短い会話が終わり、砂浜に座る私の隣に、沙那も体育座りで腰を下ろす。
二人の間に数分の間会話は無かった。砂浜に上がっては引いていく波の音だけが私の鼓膜を震わせている。
「あの…さ、今日の昼間のことなんだけど」
「う、うん」
沈黙を破ったのは沙那の方だった。昼間のこと…やっぱりあのことなのかな…。人工呼吸の方は不可抗力だったとして、その後の方は…。
「ご、ごめんね?あんなこと…、急にして」
「ううん。気にしてないよ」
気にしてない…。半分嘘だが、半分本当だ。昼間のキスで困惑していることは確かであるが、とはいえ謝られるほど怒っているわけじゃない。ちょっと無理やりっぽかったのは気になるけど。
「私…さ、小さい頃から親がいなかったじゃん」
「そうだね」
沙那の家庭事情はやっぱり複雑だ。両親が共に行方不明なのは知っていたけれど、そのことに対して沙那が深く考えていることを知ったのはつい最近のこと。
「3歳くらいの頃、私の両親は急に私の前から居なくなった。でもね、その代わりに私の前にはあすみ…、そうあすみが現れてくれたの」
「……」
私は今日見た夢のことを少し思い出す。そうだ、あれは沙那と初めてであった時の記憶だ。公園の遊具で1人遊んでいた所に、姿もボロボロで泣いている同い年くらいの少女が現れた。私はそれを見て、その子に声をかけてくれたんだ。
「あの時、あすみがかけてくれた言葉、今でも思い出すよ」
「え、えぇ?私なんか言ったっけ。なんも覚えてないんだけど」
「そうなんだ。まぁ確かに今のあすみだったら絶対に言わないかもね」
そう、沙那に声をかけたことは覚えてる。それは覚えてるし、そっから沙那が私の家まで来て、一緒に夜ご飯を食べたんだ。そこまでは思い出せるのに、何故だろう…。沙那にかけた言葉が全く思い出せない。
「私はね、あの声をかけてくれた時からずっとあすみの事が好きだったよ。あの約束、ずっと忘れない」
約束…何か、そんなことを言ったのか…。
「そう…。私も沙那のことは大切に思ってる」
今まで人生の大半を一緒に過ごしてきた大事な親友が沙那だもん。もちろん大切に思ってる。思ってはいるけど………、でも、それ以上の気持ちは………ない。
「ご、ごめんね。しんみりしちゃったよね。今日のことは忘れよ?」
「あ、あの沙那!」
「!」
立ち上がろうとした沙那を引き止めるために、私は少し声を上げる。沙那との出会いを具体的に思い出せない今、私はどうしても沙那に聞きたいことがあった。
「私は…私は、沙那にしたその約束、守れている?」
これだけは聞いておきたかった。沙那にした約束っていうのを全く覚えていないけど、覚えていないからと言って、それを遂行していないのはただのクズでしかない。それを不安ながら聞きたかったのだけれど…。
沙那は私の予想とは裏腹に満面の笑みで私に答えた。
「もちろん、今までも、これからもずっと守ってくれるって信じてる」
「そう、良かった」
「じゃあもう寝よ?おやすみ」
「うん、おやすみ」
沙那は即席寝床へと歩いていった。私はまだ夜風にあたり続ける。自然な眠気が来ることを私は祈り続けた。




