2章VIII(sideB) 『回収』
「はぁ、この研究ってもしやかなり厳しいのでは…?」
データに今日の成果をメモしながら独り言が漏れる。この魔法、確かに『並行世界』へ飛ぶことが出来るが、そこから過去に戻るためにはかなりの制約が必要となる。そもそも別世界に行ったとて、その世界の時間の流れは未来へと進んでいるのだ。当然の帰結ではある。
あれから十数年、この『並行世界』という魔法について調べたが、どうやら過去に行くためにはかなりの魔力を有するようだ。マジックリングを起動させ、魔力を『強化』させたとしても、遡れるのはせいぜい20年前。七五三柚葉の死からはもう7年前までしか遡れないのだ。
もう少しマジックリングが早く開発されていればあるいは…と考えもするが、その類のたらればは意味を成さない。
もうひとつ分かったこととして、『並行世界』の数は時代を遡れば遡るほど少なくなるということだ。現在の時点では数え切れないほどの『並行世界』が存在しているが、少なくとも13年前時点において『並行世界』は1000程度しか存在していない。これも『並行世界』そのものが、ある世界からの枝分かれによって生じていることに起因するのだろうと考えられる。
「今日も収穫なしかぁ」
正直この世界を探求するためには一つ一つの世界を虱潰しに遡れる所まで遡る他ない。正直、今の年数しか遡れないようでは、七五三柚葉の仮死について追求することは非常に難しい。
というのも、私はこの『並行世界』の探求をして以来、七五三柚葉の姿を視認していないのだ。どの世界を探しても、七五三柚葉無しで時が動いている。どうにかして七五三柚葉の存在を確認することが出来れば手掛かりが掴めそうではあるが、十数年の間それは叶っていない。
「支部長!大変です、侵入者が!」
「この朝っぱらから一体なんの騒ぎだってんの…」
一息つこうと思った瞬間、後ろの扉が叩き開かれ、部下が連絡を入れてくる。まだ朝の10時も回っていないというのに。私は徹夜なんだからゆっくりさせて欲しいものだ。
「す、すいません!しかし、もう既に門前の警備が突破され、建物内を侵入中です。誰かに静止してもらわねば…!」
「警備が突破された…?待て、この建物の警備は優秀な魔法少女を配置しているはずじゃないのか?確か『氷結』と『煉獄』の魔法だったんじゃ。そもそもこの建物の場所は機密事項だぞ?なんでここに来れたんだ?」
「はい!そのようだったのですが、どうやらいつの間にか2人とも眠らされていたようで、しかもなぜ眠っていたのか記憶していないようなんです。直ぐに目覚めたようではあるのですが、気づいた時には侵入者の侵入を許していて…」
眠らされた…?しかも気づかないところから…。『睡眠』もしくは『催眠』の類か…?いやそれでも顔を合わせるくらいしなければ発動しなそうなものだが…。まさか!
「向後、その侵入者の容姿はどんな感じだ。まさか、髪がピンクだったりしないだろうな?そしておそらく魔法を行使しているはずだ。ピンク色のオーラが出ていないか?」
「は、はい。髪はピンクでオーラもピンク色、魔法行使によるのでしょうか?セキュリティロックがかかっているはずの扉も何らかの手法で次々に開けています!もうすぐ応接間に到着します!」
やはり、そんな芸当が出来る奴は私は1人しか知らない。姫野愛莉で確定だ。この場所も自身に『服従』をかけて、目的地まで移動させたとかその辺の類で見つけたのだろうな。
「丁度いい。私が応接間で直接迎え撃とう。久しぶりに指導してやる」
✦︎
応接間に辿り着いた…が、人の影は見つからない。私の方が先に着いてしまったのだろうか。
応接間はかなり広めのスペースがあり、中央に向かいがけのソファー、そして奥に大きめの机が置いてある。壁には国魔連の偉大な功績を讃えるポスターが一面に貼っており、いわば学校の校長室の様な側面を醸し出している。
普段は国魔連の会長にまで登りつめた矢野輔が様々な人間と会話しているようだが、何を話しているのかは定かではない…。
「開け」
独り言を考えていると、急に入口のドアが開いた。私は関係者側が出入りできる逆側の戸から入っているので、そちら側の扉はロックされているはずなのだがな…。
「姫野じゃないか。久しぶりだな」
「…百鬼先生!?」
「覚えてくれていて嬉しいよ。姫野も今は先生をやっているらしいじゃないか。その髪もイメチェンか?」
「………」
姫野は警戒の念を向けている。どうやら、まともに対話する気はないようだ。おそらく私が国魔連側の人間になっているとも察しているのだろう。
姫野はマジックリングを右腕にはめている。さて…こいつの魔法が『強化』されると一体どうなるのか…そこだけが未知数だ。
そして、姫野の情報がアップデートされていないのならば、私の魔法は『魔法無効』だと勘違いしているはずだ。そのせいで姫野の魔法は効力を成さない。出方に戸惑っているのだろう。
「まぁなんだ。久しぶりに会ったんだ。世間話でも」
「対象、この部屋の家具、先生を取り囲め」
「はぁ、いきなり攻撃とは変わってないな」
私の周りを応接間の中にあった椅子やら机やらが浮いて取り囲んでいる。今にも私にぶつかってきそうな感じではあるが…。
「え…?」
姫野はどうやら困惑している様子だ。なるほどこの攻撃は囮か。発動の必要ない魔法を使って私の『魔法無効』の意識を向けさせた後、距離を詰めて物理的に突破するつもりだったんだろう。しかし、私が魔力の行使を許した時点で思い通りにいかなかったという感じか。上手く考えてはいる。
ドタドタと私の周りにあった家具が床へと乱雑に落ちていく。どうやら効力が10秒単位まで弱まったというのは本当らしい。
「私もそんなに乱闘を好んでいる訳じゃないんだ。まずは話し合いで…」
「対象、私。加速しろ!」
姫野の体が間髪入れずピンク色のオーラで覆われる。私が『魔法無効』を使ってこないことに乗じたのだろう…。全くせっかちなやつだ…。
「マジックリング!起動!」
姫野は私へと距離を即座に詰めてくるが、その前に私は腕にはめていたマジックリングを起動させる。そして、私は姫野の前から一瞬姿を消し、そしてまた姫野の背後を取って首根っこを捕まえる。
「だ、か、ら。話し合いをって言ってるでしょ?姫野じゃ私には勝てないんだよ」
「な……んが………」
私が首の横を強く押しているせいで上手く喋れていない姫野が音を上げる。
「は…なせ!」
「ちっ!」
命令を行使されてしまった。離せと言われてしまったので、体が勝手に姫野の体を離してしまう。厄介なものだ。
「な…何が起きている!」
私にも姫野自身にも魔法をかけてしまった今、クールタイムが必要な姫野が私に問いかけてくる。どうやらようやく対話する気になってくれたようだ。
「何が起きていると言われてもね…そんな攻め込んでいる人間に易々と手の内を明かすわけないじゃない?」
「……」
無言で姫野は私を睨みつけてくる。怖い怖い。
「まぁいいです。私は貴方の元先生だものね。指導という形であなたに教えてあげましょう。まず私の魔法は『並行世界』に切り替わっている」
「え、へいこ…?変わるって…」
「そして私はその『並行世界』を行き来することが出来る訳だが、紙から別の紙へ移動する際には3次元空間を通らなければいけないように、3次元空間から3次元空間へ移動するためには4次元の空間を通らなければならない」
「はぇ…?えと…」
「この貴方がいる空間に対して別の世界を組み合わせて4次元化する。そうすれば現実の人が紙に落書きができるように、紙の中から現実に干渉できないように。4次元を司ってる私に姫野さん、あなたは触れられない」
「ど、どういうこと?まず聞きたいことが山ほど!」
要するに、並行世界を司るだけでなく、並行世界を含む次元まで操作できるようになる。これがマジックリングによる『並行世界』の強化なわけ。
姫野は困惑している様子だ。だが、彼女は今侵入者。時間をやる義理はない。
「私のことはこれまで。どう?私としてはあなたに早急にここから出ていって欲しいのだけど」
「それは無理。私は矢野輔という人物に会いに来たんだ。百鬼先生はお呼びでない」
はぁ…昔から本当に話の通じない子だ。仕方がない。
「強情な。ならばこちらから仕掛ける!」
私は現実空間から4次元空間へと体を動かす。おそらく姫野から見ると、私の体は対照的に無限の数投影されているだろう。すなわち、私の攻撃が飛んでくる方角が全く予測できないはずだ。
そして後ろから攻撃を仕掛ける!
「ぐっ…!!」
「何を言ってるかはよく分からないけれど、結局4次元からこっちの世界に干渉できないんでしょ?攻撃の時には必ず私の次元へ舞い込んでくる。そこを狙えばいいだけ!」
私が姫野に差し出した右腕は彼女に掴まれ自由を奪われる。その勢いのまま私は現実世界へと引きずり出されてしまう。
「百鬼先生、貴方からは1度大人しくさせてからゆっくり話を聞きたい。だからごめんなさい」
彼女がポケットから出したのはスタンガン!まずい、体が上から押さえつけられていて身動きが取れない!
「待ちなさい。君の客は僕なんだろう?」
「お前は!」
私が入ってきた方の扉から全身を白衣に包まれ、髪はチリチリのおっさん。矢野輔が姿を現す。
「お前が矢野輔なんだな!」
「いかにも。私が矢野だ。どうやら君は私に用があると聞いているのだが、一体どんな要件かな?」
「色々ある…私の魔法についても言いたいことはあるが、それよりも、魔法少女の死についてだ。なぜ、魔法少女は死んでも遺体が残ったままになっている?」
「え?」
姫野に踏みつけられながらも話を聞いていた私も思わず驚き声を上げる。魔法少女が死んでも遺体が残る?なぜ?そもそも死んでも遺体が残るんだとしたら私が十数年かけてきた研究がほぼ無意味になってしまうというのに。
「どういうことでしょう?魔法少女と言えど所詮人間。死んだら遺体が残るのは当然の成り行きでしょう?」
「とぼけるな!魔法少女は昔死んだら光の粒となって遺体すら残らず消えてしまうはずだった!だから紗夜は……絶対に今の状況がおかしい!」
「なるほど、たしかに昔の記憶はあるようだ。だが、それを言及する理由がありませんね。ここはお引き取り願いたい」
「そう言われて簡単に帰ってたまるか!対象矢野輔!自白しろ!」
姫野さんの体がピンク色のオーラで覆われる。『服従』の行使だ…!
でも…!
「……なぜ効かない?」
「ふむ。魔法少女と敵対したのは今日が初めてですから、今まで使ったことは無かったのですが、やはりこの魔法は重要でしたね。ありがとうございます百鬼さん」
「ど、どういう事?百鬼先生!まさか」
「そう、そのまさかよ。私はあの人から『並行世界』の魔法を貰う代わりに、『魔法無効』の魔法を彼へ譲渡した。ただそれだけ」
「い、いやそれだけって!だってそもそもあの人は男でしょう?なんで魔法が使えて…」
「男でも魔法は使える。ただ、魔法を使える男を震源として世界の崩壊が起こってしまうという原因なりえるだけだ。ただ…あの人を中心とする世界の崩壊は今だ起こっていない、その理由は不明だ」
「そんな…」
「お話はその辺にしてくれますかな。百鬼さんも私のことをそうべらべらと喋らないでいただきたい。自分の意思で帰る気がないのであれば、力ずくで帰らせましょうか」
矢野の体がオーラで覆われる。何かしらの魔法を使う気だ…。
「ふん、『魔法無効』の魔法に防御手段はあれど攻撃手段は無い。魔法を使わずに物理で押し切る!」
姫野が一気に矢野に距離を詰める。加速魔法は使っていないようだ。通るか……?
「くらえ………」
「細胞分割」
一瞬でも攻撃が矢野に通ると思ってしまった私が愚かだった。姫野の体は細胞レベルまで『分解』されてしまう。
「回復しろ!」
自身への魔法行使権を残しておいた姫野が咄嗟に自分の体を元に戻すが、その体は震え、どんな感情が籠ってるのかすら読み取れない表情を見せる。
「お…、お前その技……!」
「ふむ。本当に使いやすい。このレベルの技が無制限で使えるというのかこの魔法は」
「だってそれは…『分解』の魔法…。凛花のじゃ…」
「こんな素晴らしく強い魔法を持ちながら命を落とすとは。元の所有者はよっぽどの バ カ なのでしょうね」
部屋の空気が凍る。困惑していた姫野も矢野の言葉で一瞬で怒りが溜まってしまったようだ。
「お前…凛花をコケにしてるのか…?」
「まさか。残念で仕方ないのです。マジックリング、起動!」
矢野がマジックリングを起動させる。白衣に包まれた老爺の姿は、スラッとした高めの身長を持つ好青年の姿へと生まれ変わる。時間にしておよそ50年は時が戻っているような姿をしているぞ…。
「凛花を馬鹿にするなよ!!」
「本当に残念だ。この魔法の真価を知られずにこの世を去るだなんて。「精神分割」」
「がぁ………っ」
え?
え??
姫野の動きが一瞬で止まる。そして彼女の口から何かキラキラしたようなものが取り出された。
まさか、『分解』の魔法って『強化』されると…。
「ふむ。この魔法、『強化』を受けると実態のないものですら『分解』出来るようになってしまう。人間から精神を分解し取り出すのも容易いですね」
「う、嘘!そんなことが…」
「おや、生きていたのですか。まぁいいです。記憶分割」
姫野の口から取り出されたキラキラしているおそらく精神的な何かから、更に別のものが取り出される。文言的には記憶…なのだろうか?
「次はこれですかね。記憶改竄」
「一体これは何が起こって…」
「うん?これは『記憶』の魔法による記憶操作、対象の記憶の認知を少し歪めさせることが出来る程度の魔法」
『記憶』の魔法…?
「本来なら昨日の夜ご飯で食べたものを違うものを食べたように記憶を変えるとか、その辺しかできないようだけど、『分解』で記憶を体から切り離し、私が直接弄ることが出来れば、その力は絶大。生まれてから今までの記憶を任意に変えることが出来る」
「ど、どういうことですかそれは!」
「彼女の『服従』の魔法は強力だ。本当は今すぐにでも『回収』したい所ではあるが、それでは私のシナリオは完結しない。『服従』の魔法は彼女の体の中にあった方が都合が良いのだ。しかし、そうとは言え、このように此処へ毎度攻め込んでこられてきては対処が面倒だ。ここに攻め入る原因となる記憶だけを消し去っている」
「……あなたは一体…?そもそも私が貴方と最初にあった時のあなたの魔法は『自白』だったはず。何故こんなにも複数の魔法の力が扱えて…」
「そうか。こんだけ視認されているんだ。君には教えてもいいかもね。『回収領域!』」
彼がなにか技名のようなものを発すると、彼の体を中心に世界が黄色の膜で覆われていく、それはこの建物、この町、この都市…と飲み込んでいき、おそらく最終的にはこの星ごと膜でおおわれてしまったのだろう。そして、一瞬にしてその膜は無職となり、視認できなくなった。
「さぁ、これでこの世界の魔法少女は君たちの知っている通り、死んだら光の粒となり体が消えるようになったはずだよ。喜んで欲しいね」
あの現象は…まさかこいつが引き起こしたとでも言うのか…?
「ふふ、まさかと言ったような顔をしているね。そうだよ。僕の魔法は『回収』。魔法少女たちの魔法を『回収』し、そしてそれを利用してるのさ」
「『回収』…!なるほどそれならば納得が行く…」
「良かったよ。さて、そこで眠っている『服従』の持ち主は邪魔だ。元の場所に返してあげようか。『人員回収』」
途端に部屋の真ん中へ人影が現れる。この赤い髪は…小鳥遊か!
「え、え!?ここは一体…!ひ、姫野さん!それに百鬼先生に矢野さん…!!?ひ、姫野さん大丈夫ですか?」
「ふむ。その『服従』に命は別状はないよ。その子を早く学校へと連れ帰ってくれたまえ」
「つ、連れ帰るって。え、百鬼先生これは一体どういうことなんですか?そもそもなんで先生がここに…」
「小鳥遊…あのだな…」
「うーん。つべこべうるさいな。『模倣』!対象、小鳥遊と言ったか?お前だ。『服従』を連れて学校へ戻れ!」
「な!体が勝手に!『瞬間移動』!」
小鳥遊の姿は『瞬間移動』によって見えなくなる。おそらく矢野が『模倣』のような魔法を持っており、姫野の『服従』を仮行使したとかそういう類なのだろうか。
「さぁ、これでこの件は一段落しましたかね。私はこれから国会で会議があります。この応接間の掃除は任せましたよ」
「は、……はい」
矢野に問い詰めたいことは山々とあったが、聞く気にはなれなかった。魔法少女の消滅は矢野によるものだった…?だとしたら七五三柚葉の消滅は任意だった…?いや、早乙女紗夜は消滅しているからそれは無いのか…。分からない。それに矢野輔の魔法の数だも気になる。あいつは一体何個の魔法を所持している?そしてどんな種類の魔法を…。これも分からない。ともかく、私は彼が去る後ろ姿を見た後、応接間の掃除へと取り掛かった。




