1章幕間2
目を覚ますとそこには無機質な廊下が広がっていた。四方が白い壁で囲まれており、何も立てかけられている様子もない。ただ前方へと道が開けていて、そこへ勧めと誘導されているようだ。
「ふむ。今は何時だ?」
腕に着用していた腕時計は無事だ。時刻を確認すると2075年9月1日の0:01と示されている。なるほど、初日から粋なことをしてくれる。
私の最後の記憶は……。非常に曖昧だ。しかし、8月31日の記憶はあるから、そこまで長い間眠っていたというわけでもないだろう。
「進むか…」
とりあえず目の前に続く廊下を進まないことには何も始まらなそうだ。立ち上がりまっすぐと歩いていく。カンカンと私の足音は響き、反響して空間に響いている。
途中分かれ道も何個かあったが、迷うのも良くないと思い、まずは真っ直ぐ進んでみることにした。
すると、突き当たりにぶつかった。突き当たりには大きなドアがあり、右手にあるスキャナーに顔を映せば顔認証で扉が開くシステムだろう。私は恐る恐るそのシステムに顔を近づけてみると、扉はウィーンと音を立てて上下に分かれた。
中に入ってみると、なにかの競技場かと思うくらい広い空間が広がっていた。ドーム状に丸い壁には多数のドアが設置されており、入口には人の名前の表札が立てかけてある。そして施設の中では数十人の研究者が慌ただしく活動していた。
「お目覚めになりましたか!ようこそ。歓迎いたしますぞ!」
私に声をかけてきたのは多分この風貌研究所で一番偉いであろう人だ。ボロボロの白衣にちりちりになった白髪、頭のてっぺんは禿げており、髭は伸び放題といった様子である。
「ふん、転職初日からいきなり気絶させるかと思いきや、意外とホワイトそうな職場だな。前の職よりはマシかもしれん」
まさか歓迎モードで迎え入れられるとは思ったなかったので、思わず皮肉混じりに答えてしまう。
「いえいえ、申し訳ありませんね。この魔力研究所は国家機密の機関故、研究所の場所を知られてしまうのはまずいのですよ」
「その感じだといかにも怪しいことしてるって研究所だけどな。見た感じ外見はそんな雰囲気がない」
この実験室の全容はただの大学の1研究室と言った具合だ。何も怪しげな実験をやっているような人間は1人も確認できない。
所長 (多分そうだろう)の顔が一瞬警戒の色を示したのを私は見逃さなかったが、笑顔を崩さず所長は私に告げる。
「はい。ここはホワイトな職場でございますよ。壁にあります扉からは皆様ご自分のお部屋へと行くことが出来ます。そちらは1LDKのお部屋、また3食完備で、欲しいものがあればなんでも取寄せさせていただきます。まさに天国のような場所でございますぞ」
中々嬉しい処遇だ。衣食住が完備されているとは…。てっきり不味い飯を食わされて働かされるもんだと思ってた。
「いいな。意外と嬉しい待遇だ」
「お褒めいただき光栄であります。しかし、絶対条件として、研究所外部との連絡を一切遮断させていただきます。それはご了承くださいませ」
これは、事前にも聞いていたことだ。何も驚くことは無い。
「ふむ。それで?『契約』の方はどうなってる」
「せっかちなお方だ。えぇ、もちろん出来ております。こちらが」
そう言って目の前の老爺は私に液体の入ったガラス瓶を渡してくる。中の液体は緑色でぶくぶくと泡がたっている。まさに、研究所にありがちな液体というやつだ。
「こちらが、魔法適合薬・タイプ『並行世界』でございますよ。こちらをグビっと行っちゃってくださいな」
「これを…飲むのか…」
『契約』通りきちんと開発が進み終わったからこそ私はここに呼ばれているのだろうが、正直体に取り入れていいものか…という見た目をしており、かなり抵抗感がある。
「そんなに心配なさらずとも。味は無味無臭でございます。不味くは無いですよ」
「そうか…」
言われるがまま、私は手にした液体を飲み干す。
ドクン…
体の脈が途端に波打った。だが、あまり抵抗感はない。体の芯に、すぅーっと新しい魂が取り付くような感覚がある。
すると、私の体からは大きな光の粒が放出される。所長はおっとっと…と言ってその光の粒を大きな試験管の中へと回収した。
「確認いたしました。これにて雇用時に話した『契約』は受け取りましたよ」
「あぁ、私の魔法の回収、それがお前らの目的なんだろう?」
今の大きな光の粒が私の魔法を概念化したものなのだろう。
「えぇ、その代わり新たな魔法『並行世界』の授与、そして単独で使える研究室の貸与が我々があなたに与える対価でしたね。こちらに用意してあります。どうぞ」
所長は私のことを研究所の奥の扉の方へ案内してくれるようだ。途中、下っ端の研究員に私の魔法を渡し、保管しておくように命じていた。
「しかし、私の魔法を欲しがるってのは一体どう言う風の吹き回しなんだ?私の魔法は対魔獣には役に立たないぞ」
「いえいえ、我々にも言えないことがありますからその辺は曖昧にしておきましょう。上層部からすればこの魔法はこれから先、非常に重要な役割を果たします。魔法適合薬として作り替えるべき魔法だ」
ふむ、私には秘密というわけか。別に興味は無いからいいか。
「こちらです。どうぞ」
所長はおもむろに扉を開け、中を私に見せてくる。中は先程までいた空間と同じような場所だが、少し狭めで、サイズ的には20畳あるかないかってところだ。
そして部屋の最奥には保存液で満たされたカプセルが置いてあり、その中には肉塊が沈んでいる。
「しかし、秘密という事でしたが、今からなんの研究をするのか。これからの我々の発展のためにも教えて頂けないですかな?」
所長が、私に尋ねてくる。が、しかし、答える義理はない。これは契約外の事だ。適当にはぐらかそう。
「それはもちろん、さっき貰った『並行世界』を使って『時間遡行』の謎を解き明かすために決まっているだろう………っっ!?」
思わず口を塞ぐ。黙っていようと思っていたことが何故か無意識的に言葉に出てしまった。これは一体…
「なるほど…『時間遡行』ですか。それはまた面白い魔法だ。是非我々の手中に収めたいものですな」
「てめぇ!!何をしやがった!!」
何か解釈を施しているようだが、私が今急に考えを自白してしまったのは明らかにおかしい。何か超人的な力が働いているはずだ。
「そう焦らないでください。私が持っている魔法による影響なだけです。私の魔法は『自白』。相手に意中の考えを吐かせることが出来る。ただそれだけですよ」
「お前は……何を言ってるんだ…。だって、お前は男じゃないか!!」
そうだ。目の前にいる所長はどう見ても男性。男性の魔力適合は法律により禁止されている。しかも何より、男性が魔力に適合してしまっては、世界の崩壊の開始点となってしまうはずだ…。
「あぁ。そういえば、まだ地上には男性の魔力適合を禁ずる法があるんでしたか。長いこと上に出ていないと忘れてしまうものですね」
「違う…!それもあるが男性の魔力適合は世界の…」
「世界の崩壊の原因足りえてしまうと?」
考えを見透かされ、私の言葉は途切れてしまう。
「ふむ。貴方に忠告で1つ良いことを教えてあげましょう」
「良いこと…だと…?」
「はい。貴方が知っている魔法の情報。それは恐らく大方間違っている。男性の魔力適合が世界の崩壊を引き起こす…?笑止。ならなぜ禁止された今でも世界の崩壊は起こるのか」
「確かに…」
言われてみればそうである。数は減っているものの、世界の崩壊は今でも起きているのが現状だ。
「私は国際魔力連合の研究員。魔法については人一倍知識をもちあわせています。それは、あなたが知り得る常識を『全て』覆してしまうほどにね」
「……」
何も言い返せない。というより、言い返す言葉の手札を私は持ち合わせていなかった。
「まぁいいです。私はもう去りましょう。研究で良い成果が得られましたら報告お願いしますね」
バタン。と扉を閉めて所長は出ていってしまった。
魔法の常識が事実と異なる…だと?我々は一体何を扱っていて…そして何が敵なんだ…?
考えていても仕方ない。私は目の前のカプセルを見上げる。そこには私の元生徒の体が沈んでいた。体と言っても、それは首から上は存在していない。胴体だけが保存されている。
しかし、おかしいのだ。こんなものが存在するというのが。魔法少女の遺体は死んだ後すぐに光となって空気と同化してしまう。ただ、実際問題今ここには『時間遡行』の持ち主の体が肉塊として残っている。
ここから導き出される結論はただ一つだ。
「七五三柚葉は生きている……!」




