1章I 『服従』
学校は憂鬱だ。こんなことを口にすると、不登校は甘えだの、社会不適合者だの、悪口を矢継ぎ早に言われてしまうのが今の世の中。あぁ怖い怖い。
でも果たしてこの人たちは私と同じ状況に置かれたとして同じことが言えるだろうか?この魔法少女学園においてただの落ちこぼれでしかない私に。
「紗夜ちん、また浮かない顔してるね〜」
「おはよ、午後に魔獣討伐訓練が入ってる日は大体いつもこんな感じでしょ。しょうがないって」
「まぁそんな気持ちも分かるけどさ〜、もっと笑顔でいた方が人生楽しくなるって〜」
朝から憂鬱な気分に陥っている声をかけてきたのは姫野愛莉。私のこの学園における唯一の友達で親友だ。
ピンク髪のポニーテールで性格は明るく、少し気だるげで呑気な声をしている。私のことを紗夜ちんと呼び、気軽に話しかけてくる愛莉に私の学園生活は救われている。
なんで朝っぱらからこんなどよーんとした空気が私から漂ってるかというと、私、早乙女紗夜はこの魔法少女学園に入っていながら、魔法を発現出来ていない。
正式に言うと検査によれば魔法は発現しているらしいのだが、私がそれ自体に気づけていない。その結果私は魔法を使えない無能の烙印をこの学園で押されてしまっている。
「それにしてもなんなんだろうね〜その紗夜ちんの魔法が使えないっていう状態は。そんな状態になってる人って、世界中を探しても他の誰にもないんでしょ?」
「らしいよ。世界で私だけ。もしかしたら私の魔法は自分の魔法が使えないみたいな魔法だったりしてね」
「やば、超面白いじゃんそれ〜ウケるわ〜」
「はぁ……こっちは真剣に悩んでるのにさぁ……」
相変わらず相槌が適当なやつだ。でも私は愛莉のことを信用している。なぜなら……
「はい、皆さん席に着いてください。1限の数学始めますよ」
教室のドアを開けて先生が入ってきた。お喋りに励んでいたクラスメイトたちは散り散りになり、自分の席へと戻っていく。しかし、愛莉は私の目の前に座ったままだ。それと同時に
「いやだ。帰って」
こう発言したのは私の目の前に座っている紛れもない愛莉である。教室中の声、動きがピタリと止み、静寂に包まれていた。愛莉は体の周囲にピンクのオーラを纏っている。これは、魔法少女が魔法を発現させている時に出る合図だ。ということはつまり……
「姫野さん!!また魔法使いましたね!その魔法を日常的に使うのは禁止って貴方だけにこの学園が特例で定めたはずですが!?」
そういう先生も体には緑色のオーラを纏っている。顔は百鬼という名前に名前負けしない程度に鬼の形相を浮かべていた。
「ちぇ〜やっぱ百鬼先生には効かないんだな〜、その『魔法無効』とかいう魔法チートすぎるだろ〜」
「あなたがそれを言いますか。貴方のその『服従』の魔法のせいで貴方のいるクラスの授業は全て私が担当しなければならないんですよ。法を超えた労働を課せられている私の身にもなってください」
「あはは〜大変そうだねごめんごめん」
この魔力バトルは毎朝恒例と言ったところだ。百鬼先生の魔法は『魔法無効』。あらゆる魔法の影響を一切受けないと言われている。私がさっき「自分の魔法が使えなくなる魔法かもしれない」というのを自虐気味に言ったのはこの先生のせいもある。だって完全に上位互換だし。
一方愛莉の魔法は『服従』だ。命令すれば相手はその命令に逆らうことが一切できなくなる。命令対象は基本的に愛莉の視線の先にある物であり、範囲を拡大したい時は宣言すれば広範囲に命令も出来るそうだ。
そして、この凶悪な魔法こそが愛莉がこの学園で私以外に友達のいない理由である。そりゃそうだろう。私も友達がいない同士でつるんでたりする訳でもなければこんな怖い魔法を持っている人になんて恐ろしくて近寄りたくもない。
「分かったら早く席に座りなさい。数学の授業を始めますよ」
「は〜い、じゃあまたね紗夜ちん〜、訓練頑張ろうね〜」
「はいはい」
全く反省している素振りを見せないまま、いつも通り愛莉は席に戻って行った。しかしやはりというべきか、クラスメイト中からは畏怖の念が感じられる。何故あんな怖い人間と一緒にいられるのか、という様な目線が私に刺さる。
「え〜、先日お伝えした通り、今日の午後には魔獣討伐訓練があります。午後までに皆さん2人1組のペアを作っておき、魔法の出力も調整しておいて下さい。それじゃあ授業に入りますが……」
ぬるっと数学の授業が始まった。そして午後にある魔獣討伐訓練、中止にならなかったかぁ…とげんなりする。雨が降っていれば中止になっていたかもしれないのに。