4話
鬱蒼とした森の中、元気な赤子の声が響いていた。
そんな赤子の近くには、いかにも困惑しているフェンリルが、どうにかして赤子をあやそうとしている。
氷で作った人形を動かしたり、背中に乗せたりと、その方法は様々であるが、泣き止むのにまたすぐに泣き始めてしまうのだ。
ほとんどの理由はお腹が空いて泣いているだけなのだが......
人間の育て方など知らないフェンリルは、自身の種族の育て方しかできないため、乳の代わりに血を与えている。
といっても神獣は特殊なもので、神獣の血を与えた生き物が進化し神獣となる。
それは人間にも当てはまることで、当然赤子は2年もすればその力の片鱗を見せ始める。
歩き始めるよりも早くに魔法を使い、森の生き物と遊ぶようになった。
いつの間にかフェンリルは赤子を通じて森の生き物と関わり、森の支配者となる。
赤子が単語を口にできるようになってからというもの、フェンリルはずっと赤子の名前を考えているが、決められずにいる。
長生きのフェンリルにとって、この数年は短く感じる程度なので、放置していたらいつの間にかここまで来てしまったのだ。
ということで、森の生き物たちとフェンリルで会議が始まった。
傍目から見たらギャーギャーと鳴いているだけにしか聞こえないが、どうやら意志疎通はできているらしい。
この世界の全ての生き物がこういうわけにはいかないことからも、この森の生き物が特殊なのは言うまでもあるまい。
肝心の赤子の名前だが、知恵のない生き物たちがまっとうな名前を思い付くわけもなく、途中で現れたこの森のドライアドが知恵を貸した。
「人の子の名前には意味を持たせるのです」
そんなことを言われても他の生き物たちは呆然としている。
普段から自由気ままに飛び回っていた小鳥だけはなんとか案を捻り出した。
「街に飛んでいったときに聞いた気がするっぴ」
「そいつはどんな名前だったんだぷ?」
うり坊に聞かれた小鳥は短い羽を小さな頭に乗せて、悩むように思い出した。
「たしか.....リオスとかだった気がするっぴ!」
「肝心の意味は何だぷ?」
「ぴぴぴぴぴ......勇気だとか、強い子だとか......よくわからないっぴ。なんだか暗い雰囲気のボロ家だったからすぐ離れたっぴ」
「おおよそ名前の意味はそれで合っていると思いますよ。古代語でそのような意味があったはずです」
「さすがドライアドだっぴ!博識だっぴ!」
「そ、そんな......褒めても何も出ないですよ///」
「ドライアドの顔が赤いっぷ」
「その立派に育ちそうなお鼻をへし折られたくなかったら大人しくしてくださいね」
「いつもは温厚なドライアドが怖いっぷ!」
「そ、それ以上は辞めるっぴ......」
ドライアドの琴線に触れたうり坊は、いつもより顔を腫らしてしまった。
話がそれてしまったが、気を取り直して小鳥は再び話し始める。
「肝心の名前の案だっぴ」
「セリオンとかどうでしょうか?」
「直接関わらない感じだったのにどういう風回しぷ?」
「さっきのじゃ懲りなかったのかしら?」
「何でもないぷ......」
「そ、それの意味は何だっぴ?」
小鳥はうり坊の危機を察してか、話を再びもとに戻そうと助け舟を出す。
「光や元気といった意味を持っています。いつも自由奔放なあの赤子にはピッタリではないですか?」
「それすごくいいぷ!あの子といると元気が貰えるぷ!」
「それじゃあこれで決まりだっぴ!」
発案者代表としてドライアドがフェンリルの元へ向かい提案することとなった。
セリオンという響きと意味を聞いてフェンリルは表情には出さずとも、尻尾が盛大に揺れていることにドライアドは気が付いて、ドライアドもその喜びを共有した。
ちなみにドライアドは喜ぶと周りの木や花がざわめきだすのでこちらもわかりやすい。
フェンリルとドライアドが『セリオン』と名前を呼ぶと、自分の名前だと理解したのか、赤子はまだ拙いながらも『てゃりおん!』と何度も口にし始める。
こうして無事赤子は名前を手にしたのだ。
セリオンが5歳になった頃、活動範囲もだいぶ増えたため、森の入り口付近まで出かけることも出てきた。
そんなある日、時間も忘れて暗くなるまで遊んでいると、セリオンと動物たちの声しか聞こえてこないはずの森に騒がしい他の人間の声が聞こえてくる。
「小鳥さん、空を飛んで周りに人がいないか確認してくれないかな?」
「任せろっぴ!」
しばらくすると小鳥が戻ってきた。
「西の方で柄の悪そうな人間がたくさんいるっぴ!」
「武器とかは持ってた?」
「武器は持ってたけど鎧とかはきてないっぴ」
「それじゃあ騎士ではなさそうだね。盗賊とかそこらへんかな?」
「でも子供を追いかけてた気がするっぴ」
「それなら急ごうか!」
セリオンは身体強化魔法を使い、到底五歳児とは思えないスピードで目的地へ向かった。
幼いころから森で暮らしていたセリオンにとって、もはや夜の森ですら遊び場の範囲内である。
暗い森でも夜目のセリオンは十数人の人影を捉え木の陰に隠れた。
彼らにばれないようにひそひそ声で動物たちと話し合う。
「あれどう思う?」
「どう考えても子供が襲われてるっぴ」
「僕もそう思うんだけどさ、あの子供の手足に何かついてない?」
「あれは手錠と足枷だっぴ、奴隷とかがつけてるのを見るっぴ」
「じゃあ奴隷が逃げたのを捕まえるために追いかけてたってことなのかな?」
「捕まえるにしてはあの奴隷はボロボロだぷ、このままだと死んじゃうぷ!」
「そうだね、とりあえず助けてみよう」
どちらにせよこのままでは奴隷の子が危ないと判断し、助けることに決めたセリオンは駆け足で木の陰に隠れながら近づく。
セリオンはしっかりと攻撃魔法を習ったことはないので、氷の造形くらいしかできないが、持ち前の魔力の多さでそれを補うことができる。
連中の上に大きな氷塊をいくつも生成し、遠くにも氷塊を落として視線を誘導した隙に子供を救出して、氷塊を落としつつ逃げる作戦だ。
タイミングを見計らって作戦を実行すると、予定通り彼らは音に気が付いて反応を示した。
しかし一人だけ奴隷の子供から視線を離さなかった男がいた。
セリオンはそれに気が付かずに、子供を抱えて走り去る。
「おい小僧、そいつをどこに持っていくつもりだ?」
「何言ってるんですかお兄さん、こいつは僕の友達ですよ?お兄さんの知り合いじゃありませんて」
「やましいことがない人間は自分からそういうことは言わないんだよ。さっさと返してもらおうか?じゃないと・・・小僧を痛い目にあわせることになるかもしれないな」
奴隷の子をその場に静かに置くと、一歩ずつ後ろに下がって警戒する。
男はそれを確認すると、相手が子供だからなのか油断して無警戒に奴隷の子に近づいた。
そのタイミングでセリオンは奴隷の子の近くに設置してあった、罠魔法を発動する。
男が気が付いた時には既に両の足が凍っていて、身動きが取れない状態になっていた。
「おいクソガキ!さっさとこれを解け!」
「解けと言われて解く奴がいますか?」
「わかった、もうお前にもそのガキにも痛い思いはさせねえし、他のやつらにも言っとくからよ。そうしないと俺が怒られんだよ。頼むから、な?」
「そういうことをするつもりがない人は自分からは言わないんですよ?」
「クソガキィ!」
セリオンは騒ぐ男を尻目に、奴隷の子を抱えてフェンリルの元へ帰り、事の顛末を伝える。
奴隷の子はひどい怪我をしており、背中には無数の鞭で打たれたような傷やその古傷があり、日常的にこういったことをされていたことは明白だった。
次の日の朝、奴隷の子は目を覚まし感謝の言葉と共に名前を告げる。
奴隷の子は自分のことをリオスと名乗った。
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