2話
その日の夜はいつもより月が明るかった。
城の窓から差し込む青白い光は、脇目も振らず玉座へ向かっている。
光に照らされた玉座には魔を統べる王が鎮座していた。
「久しいな。今さら何の用だと言うのだ?」
「そんなこと、聞かなくても分かるんじゃないのか?親父」
明確に口にはしないが、魔族が求めるものはただ一つ。
それをお互いに理解している。
親子であるなら尚更だろう。
「お前にはまだ早い」
「はっ、それは今から分かることだ」
「・・・お前のことだ、力ずくでもここに座ろうとするんだろう。だが、お前にはまだ早い。」
「何回も何回も同じことを・・・」
男は怒りに染まった顔を見せる。
その手からは泥のような黒い固形物・・・といえるのだろうか、どろどろとしたものが溢れでていた。
「そんなものにまで手を出していたのか。堕ちるところまで堕ちたな」
「俺は魔王になる。全ての魔は俺のモノだ」
男が手を振り上げると、黒い物体は魔王目掛けて飛んで行った。
「そんなもの、簡単に防げるぞ」
魔王は右手を掲げバリアを展開する。
しかし、黒い物体はバリアに触れると、たちまち溶かし始めてしまう。
魔王の視界は塞がれ、ついに開けた視界の先には男が迫っていた。
魔王の顔には焦りが見える。
「平和ボケしたあんたの時代もこれで終わりだ!」
男の手が魔王に触れるその時、白い閃光が走る。
魔王の前にいたはずの男の姿はなく、そこには白銀の毛を身に宿したフェンリルが立っていた。
「クソ犬がぁ!」
男は抉られたわき腹を抑えながら立ち上がる。
抑えている手の隙間からは、血が絶えず滴っていた。
「魔王様、ご無事ですか?」
「お前のおかげでなんとか無事だ。油断していた。まさか、あれが憎悪そのものだとはな。」
「俺にこんなことして、ただで済むとは思うなよ!」
先程までの余裕と自信にあふれた態度とは裏腹に、男は焦りと怒りを露にする。
「まだそんな気力が残っているのか」
「・・・ロス、コロス、コロス、コロス、殺す、殺す、殺す!」
「まずい、憎悪に取り込まれ始めている。フェンリル、お前は神獣だ、あれに触れたらひとたまりもない。下がっていろ」
男は既に体の半分を黒い物体で覆われていた。
「我は魔王だぞ。禁忌に触れた存在を律するのも我の役目。実の息子であろうと容赦はせん。あいにく、もう聞こえてはおらんようだがな」
大地が揺れ、大気が呼応する。
それほど強大な魔力が魔王によって集められているのだ。
次の一撃、それで勝負が決まる。
フェンリルは対峙している二人からそう感じていた。
「来い!我が息子よ!我は世界でただ一人、魔を統べる名を冠するもの。今こそその身を賭して力を示さん。天よ、大地よ、この世の全てを構成する魔力よ、ここに集え!貴様が破滅を望むなら、叶えてやろう。無明の牢獄」
既に自我の無くなった男は不敵な笑みを浮かべている。
『先に逝く、お前は急がなくてよい。遠くへ逃げろ』
フェンリルは轟音の鳴り響く城を背に、森の中へと駆けていく。
まるで何かに誘われるように―――。
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