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サイ・コーツ  作者: TADANOSTORY
第一部 邂逅
6/6

第六話 和解

「一応ここがうちの事務所だ、入ってくれ。君たちの母親には数日間ここで生活してもらってるぞ」

 克己たちは綾念姉妹を連れて事務所へと帰ってきた。喜ばしい依頼の成果を報せるために。

「へー、結構立派じゃない。でも昔いた自警団の拠点の方がましね」

 操希は事務所の見てくれについて悪態を吐くと、克己に睨まれた。

「こいつっ……」

「お前ら、いがみ合うなら俺が見てないところでやれ。それともなんだ、まさかいちゃつきの裏返しとでも言うんじゃないだろうな」

 智流に指摘され、操希は顔を赤らめた。

「なっ……! そんなわけないでしょ! 目の前を見なさいよ!」

「心外だな。まさか俺が周囲の視界の確保もできない三流だと思われたとは」

 智流が操希の率直な言葉にいつもの皮肉で返すと、懐希に不思議そうな顔をされた。

「遷導さん……苦労人枠じゃなかった?」

「まさか」

 懐希のそんな言葉に、克己は呆れたような表情で智流の方を見て言った。

「こいつが苦労人枠なら、昔あんなことになってはなかったはずだぜ」

 智流はそれを受けて、苦虫を噛み潰したような表情になり、克己を小突いた。

「やめろ、その話を他人の前でするな」

 そんな克己と智流の様相を見て、懐希は何かを察したように訊いた。

「遷導さんたちも……訳あり……?」

「まぁな。俺らが訳ありじゃなかったら訳ありなんてこの世界にゃ存在しねぇってほどにはな」

 克己の返答を聞き、懐希は頭を振って顔を伏せた。

「……そう。エラー……関わると……ろくなこと起きない……」

「ははっ、そりゃそうだ。じゃ、とりあえず入れよ」

 克己が姉妹に対して事務所への入城を勧めると、智流から制止の声が上がった。

「おい克己、ここは一応俺の事務所なはずだが」

「今更そんな水臭ぇこと言うなって。俺はお前の相棒だろ?」

 智流は微かに笑みを浮かべながら、克己に長文を告げた。

「実は相棒とは名ばかりに、俺が常にお前の世話をして、お前は件の事件後より幼児退行し、うちの事務所に居候してエラーの前では怒りで我を忘れて力を暴走させる……。そんな自称相棒ならいたかもな、ふっ」

「おいやめろ、さらっとデマの中に真実を織り込むのはやめろ」

 克己の慌てっぷりに、智流は微かな笑みを深め、呟いた。

「冗談だ」

「今までのが全部冗談だったの……?」

 操希は克己たちのやり取りに少し引いた様子で驚いた。

「この人たちのノリ……キツめ……」

「いい加減事務所の前で駄弁ってるのも飽きたし、さっさとお前らの面を実の親に拝ませてやるフェーズに入ろうぜ」

「そうだな」

 克己はそう言って三人を事務所へと促した。

「言い方よ言い方……」


*****


「戻ったぞ」

「おう、ちゃんと拾って帰ってきたぜ」

 智流と克己は、部屋でタブレットを使い行方不明者の捜索について調べていた鏡に帰還報告をした。

 そんな鏡の様子を見て、姉妹は口を噤んだ。

「……」

「……」

 鏡は操希と懐希の存在を認知すると、まず突然目の前に現れた探し求めていた人物に呆然としつつ、次に現実の認識が追いついたことで目に涙が浮かび、そして問い詰めるような口調で姉妹に向かって訊いた。

「あなたたち……。今までどこに行ってたの!」

 姉妹は母親の取り乱した姿に居た堪れなくなったのか両者ともに俯き続け、見ていられなくなった克己が鏡を宥め、話し合いを導いた。

「まぁまぁ、落ち着けよ、鏡さん。まずは二人の話を聴いてやれ」

 鏡は漸く落ち着き、ハッとして克己と智流の方を一瞥した。続いて姉妹の方を向いていつもの謎に人妻感溢れる穏やかな顔を浮かべると、姉妹もやっと話す決心がついたのか経緯いきさつを語り始めた。

「えっとね、ママ。私たち、引っ越してたの」

「…………」

「匠海区まで」

「………………」

 操希から告げられた言葉に、またもや鏡の情報処理が止まったようだった。

「おい、誰か頭の上のはてな消してやれよ」

 克己が発した言葉に、鏡の認識の歩幅もまた現実と揃ってきて、ゆっくりではあるが落ち着きを取り戻した。今の今までずっと取り乱しっぱなしだった鏡は、操希から告げられた情報を頭の中で反芻し、続いて優しい声で姉妹を呼んだ。

「みーちゃん」

「っ」

「なっちゃん」

「っ……」

 しかし、努めて母であろうと頑張った鏡も、なぜか黙って娘たちが引っ越していたという現実が堪えたのか、眦に水を溜めて呟いた。

「ママのことは嫌い?」

 操希はその不穏な言葉にすぐさま反応した。

「ッ……。そうじゃない! そうじゃないの……」

 剣幕になりそうな操希の声に、克己と智流は空気を読んで撤退した。

「俺たちは向こうでやることやってっか」

「あぁ、そうだな。ここに居座るのも野暮だろうしな」

 操希の否定を聞いてもあまりの現実についに涙を伝わせ始めた鏡に、懐希が助け舟を出した。

「ママ、信じて。私たちはママに危害を及ぼさないために引っ越しを敢行した」

 姉に加勢しようと思わず普段の数倍早口になってしまった懐希の声は、しかし部屋によく響いた。

「危害って……。何の危害があるっていうのよ……」

 操希もついぞヒートアップしてしまい、鏡に全ての真実を吐き出し始めた。

「ママも知ってるんでしょ! エラーよ! 私たちがエラーを引き寄せちゃうから、ママも襲われちゃうかもって、思って……」

「これは事実。私たちも理由はわからないけど、無意識にエラーを引き寄せちゃう体質がある。そのせいでママが死んじゃいでもしたら、私たちはもう生きていけない」

 操希と懐希の口から真実が表れ、鏡はその苦労と思いに感極まり、覚悟を決めた顔つきになると、二人を自らの胸に抱き寄せた。

「……」

「マ、ママ……?」

 突然の母親からの愛情表現に操希は戸惑ったような声を発し、懐希はされるがまま母の温もりに身を任せていた。

「ママ!? きゅ、急に何なのよ、もう」

「ん……これ、随分、久しぶり」

「いいのよ……、私がエラーに襲われたって、そんなことはとっくに受け入れてるわ。たとえエラーに襲われることが多くなったとしても、あなたたちが守ってくれるんでしょう? だったら、ママはあなたたちと一緒にいた方が嬉しいわ。家に帰っておいで」

「っ……。ママぁ!」

「う、うん、うん……!」

 鏡の母性に満ちた声と言葉を最後に、姉妹の心を堰き止めていたものが決壊し、二人仲良く目から塩水を流した。克己と智流も、ひと時の間、遠くから三人に背を向け、各々の希望をなぞって佇んでいた。


*****


 しばらくして三人の声が聞こえなくなり、克己と智流は時機を待って事務所に戻った。

「どうやら終わったっぽいな」

 克己の言葉に、智流は突然肩の力が抜け、安堵して呟いた。

「これで完結、か」

 鏡は二人が戻ってきたことに気づき、駆け寄って感謝の言葉を告げた。

「本当にありがとうございました。この恩をどう返したらいいものか……」

 克己は黙って言の葉を心に仕舞ったが、智流は一つ疑問点というか、懸念点が湧出したらしく、怪しい笑みを浮かべて姉妹に言った。

「聴いていた限りだと、結局三人は一緒に住むことにしたのだろう? なら、結局エラーを引き寄せることになって、危険が増すのは同じだろう。二人だけではいずれ限界がくるかもしれないな」

「っ、あなたも全部解ってるんでしょ! ならどうすればいいっていうのよ!」

 操希は智流の物言いに感情をぶつけ、しかし事実なので否定もできず悶々としていた。

「鈍いやつだな、全く。お前らが俺らと一緒に行動すれば、身の安全も担保されるし、戦力も増えて一石二鳥だろう」

 智流の遠回しな提案に刹那逡巡しつつ納得した懐希は、操希に合理的な意見を伝えた。

「ん、確かに遷導さんたちの言う通り。お姉ちゃん、冷静になって。ここは譲歩すべき点だと思う」

 操希は漸く智流の物言いが遠回しな勧誘であったことに気がついたようで、論理回路をフル稼働させ、懐希の意見を頭で反芻し、結論を口にした。

「……。そうね、懐希の言う通りだわ。そうね」

 智流は操希の納得に確信を持ち、姉妹に意思の確認を再三取った。

「なら、仲間になってくれる、ということでいいのか?」

「っ、そ、そうよ。あ、改めて、よ、よろしく!」

「ん……うちの愚姉ともどもよろしく」

「って、誰が愚姉よ、誰が!」

「できれば揚げ足は取らないでほしかった」

 早速目の前で姉妹漫才を繰り広げながら探偵事務所の仲間入りを果たした操希と懐希を、鏡は遠くから母性を湛えて見守っていた。

「よしっ、これで仲間がやっと増えたな!」

 克己は、新たな仲間が加入したことに昂揚し、智流に向けて喜びの声を上げた。

「あぁ。改めて言っておくと、俺らは普段ここで探偵事務所をやっていて、エラーの殲滅に乗り出している。最終目標は全エラーの駆逐だ。ともに頑張っていこう」

「そうね、私たちもエラーには辛酸を嘗めさせられてきたし、そのエラーの駆逐とやらができるのかは未知数だけど、協力できる限りのことは協力するわ。ただし、エラーのことについてだけ、よ! 勘違いしないでよね」

 操希は智流の握手に珍しく何も言わずに応えると、やはり最後に象徴的な言葉を残し、克己にツッコまれた。

「はいはい、ツンデレツンデレ」

「そんなんじゃないってば!」

「まぁまぁ」

 そんな克己と操希の傍から見ればまるで克己が操希を御し慣れているかのような言い合いに鏡は微笑み、智流と懐希は完全スルーし、智流は続いて三人に探偵事務所内部を説明し始めた。

「さて、改めてここが俺らの拠点だ。このビル全体がオフィスになっていて、上の方に居住空間がある。俺も克己も上の部屋の一室に陣取って生活している。勝手に好きな部屋を陣取ってくれ。広さは三人で暮らすには多少手狭かもな。そこは堪忍してくれ」

「私は何の問題もありませんよ、みーちゃんたちと一緒にいられるなら」

「そう言ってくれると助かる。お前らも、それでいいか?」

 操希と懐希は顔を合わせ、智流の棚ぼたな提案に頷きつつ、操希が智流に告げた。

「どっちみち部屋は余ってるんでしょ? 後からきつくなったら、誰かが移ればいいじゃない。それに、どうせ同じ建物なんだし」

「どうやらそれで問題なさそうだな。では、行くか」

 智流が突然出口の方に歩を進め始めたので、珍しく頭上にはてなを浮かべた克己は全体の疑問を代弁して智流に訊いた。

「どこにだ?」

 智流は克己の質問を待っていたとでも言わんばかりに、ズボンのポケットから財布を取り出し全員に告げた。

「決まってるだろう。二人が加入した打ち上げだよ」

「打ち上げって、そんな余裕あるの?」

「失敬だな。そんなに経営がかつかつに見えたか?」

「ここは厚意に甘えるのが得策、お姉ちゃん」

 そこで、四人の会話に不安そうな顔をしていた鏡が会話に入り、智流に尋ねた。

「私も同行しても?」

「もちろんだとも」

 操希はなぜかその間逡巡しっぱなしだったが、ついに決心がついたように自棄やけな声で合意を発した。

「……。仕方ないわね。行けばいいんでしょ、行けば!」

「初めっからそう来ればいいのに、こいつは」

「しょうがない、これがお姉ちゃん」

 克己と懐希のイジりに赤面した操希は、鏡の後ろに隠れ、克己を睨み始めた。

 改めて、克己が声を上げる。

「よしっ、行くか!」

「「「「おーー!!」」」」

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