第五話 双子の能力者
「っ! 数が多すぎる! ちょっと懐希! どうなってるのよ! すんなり動いてくれないんだけど!」
克己と智流がエラーの巣へ突入すると、そこには一人で大量のエラーを捌きながら仲間に指示を出している一人の少女と、その傍らで両腕を上げて絶賛戦闘中の少女の持つ無機物との交信を試みている少女がいた。
「お姉ちゃん、無茶、言わないで。私の能力、発現まで、効率悪い」
二人の少女は姉妹らしかった。懐希と呼ばれた妹らしき少女は自身の限界を姉に告げ、それを聞いて姉らしき少女は苦々しい表情を浮かべながらエラーを食い止めていた。
「くっ……そろそろ、限界」
「お姉ちゃん……」
姉は決意したように目を見開き、懐希に告げた。
「あなただけでも先に逃げなさい。ママにはちゃんと無事を知らせるのよ」
懐希はその言葉を瞬時に否定し、解決策を提案した。
「だめだよ、お姉ちゃん。お姉ちゃんだけ、死なせたりなんて、しないんだから。とりあえず、自警団の、人にでも救援を、……っ!」
そこで懐希は、自身の背後に影を見た。続いて首元へと流れる熱さと、それを発生させた別の要因があることに思い当たり、何かと思って後ろを振り向いた。その場には、姉妹を優に飛び越え、その先にある処しきれない大量のエラーに向かって、規格外に大きい炎球を放ち一帯を焼き尽くさんとしている青年が一人、傍らで炎球の中を見つめながら一つ二つとエラーを消し去っている青年が一人と存在した。
「ほら、克己、ぶっ放せ!」
「おう! 食らえぇぇぇーーー!」
懐希は突然の事態に全てが覚束なかったが、救援を呼んでもいないのにやってきた救援に不気味さと安堵を覚えつつ、姉に向かってありったけの声量で叫んだ。
「お姉ちゃん! もうちょっとだけ、粘って!」
傍らの青年は、現状を報告し、克己に続報を出した。
「よし、今ので一〇体以上のエラーが消滅したぞ! この調子で殲滅しろ!」
既に克己は次の特大炎球を生成していて、智流は戦況を見つめながら、独り言を呟いた。
「さてと……、俺もやるか」
智流はエラーの巣へと歩みを進めながら、懐希の傍を通り過ぎ、その瞬間無意識に言葉が零れ出た。
「もう女の子が目の前で死ぬのをただ眺めてるわけにはいかないんだ」
ところで克己は、炎球である程度焼き尽くしたエラーのところへと直に乗り込みながら、姉に援軍を知らせた。
「おい! 俺らも加勢するぜ!」
「え、えぇ!? まず誰よあんたたち! って男……」
姉は突然の登場に困惑したような口ぶりだったが、克己の性別が男であることを確認するや否や、その苦々しい表情はさらに深まった。しかし、克己はそんな反応をものともせず姉に告げた。
「そんなことは後でいくらでも答えてやる! 今は目の前のエラーを殲滅する方が大事だろ!?」
克己に諭され、姉は気を取り直したようにもう一度周囲の建物から混凝土を剥がし、練り始めた。
「そ、そうね。よし、懐希! あなたは今まで通りのをお願い!」
姉が男と会話しているのを見ていた懐希は信じられない状況の連続に困惑して、自身の渾身の叫びが姉に伝わっているか否かを確認することすら忘れていたが、姉の続報に持ち直し、自分の土俵に上がり直して、対エラーを再開した。
「ラジャー……」
そのまま克己の炎と智流の消去で引っかき回され続けていた戦場も、漸く終焉が見えかかっていた。
「後は石転移でいけそうじゃないか、克己?」
「そうだな、二度もあれをぶっ放して俺も疲れてたところだぜ」
楽勝そうな克己を一瞥して智流は肩を竦めた。
「なら、後はさくっと終わらせちゃうか」
「はっ、小規模なエラーなら何体いたってさして変わんねぇぜ」
「いや、あんたさっき炎球使って辛そうにしてたでしょ」
そこで、姉が克己に冴え渡るツッコミを入れ、それに対するツッコミを智流が入れる、という謎の構図が発生した。
「なかなかツッコミが冴えているな、姉」
「まだ、敵、残ってる。ふざけちゃ、だめ」
懐希は正論を言い三人を窘めると、克己と智流は互いに顔を見合わせて肯いた。
「そうだな、克己!」
「おう、ってでっか!?」
智流がいつものように熱した石をエラーの内部に転移させて自滅させるという作戦を使おうと言ったので、克己は能力を構えていた。しかし、克己の想像以上に普段の数倍以上大きい岩が出てきたので、智流に目配せをして説明を求めた。
『これくらいの巨岩じゃないとまとめてぶっ壊せないだろう?』
智流もまた同様に克己に目配せをして無言で応えてきたので、克己は瞬時に納得したように能力を発現させた。
「はっ、違いねぇ。じゃ、じゃ、やっちまうぜ」
「私の力でぶつけた方が強いのに……」
そこで、姉が自身の力をアピールするかのように、克己たちの戦術に対してぼやきを入れた。
「お姉ちゃん、張り合わない。せっかくの救援、無駄になる」
それを諫める懐希と、遠くからなぜか更に加勢する智流の解説。
「それに、克己の能力なら熱エネルギーを加えられる上に、俺の能力で自由落下による運動量も生み出せるから、一概に直接ぶつけた方が強いとは言えないしな」
「ふん、そんなわけないでしょ。同じ力学的エネルギーなら初速付きの方が強いに決まってるじゃない」
そこで、解説の傍ら巨岩を転移させてエラーの掃討を試みていた智流と、威力の底上げをしていた克己たちが姉妹の元へと戻ってきた。
「終わった?」
「あぁ、全壊だ。完璧に掃討できた」
懐希の確認に智流は望ましい結果を報告した。そして、克己は元の業務への復帰を促した。
「おっしゃ。じゃ、事情聴取といこうぜ」
「そうだな」
そこで姉妹は、きょとんとしたような訝しんだような顔をし、疑問を投げかけた。
「何よ、事情聴取って」
「そう言えば、私たちと同じ、超能力者?」
懐希はそこで、最も重要な事項について智流に指摘し、それに克己が驚いた。
「お前らも超能力者だったのか!?」
驚く克己を智流は宥め、姉妹の能力を推測した。
「さっきの戦闘で明らかに不自然な動作があっただろう。恐らく、漸次的座標移動系の能力か」
「ぜん、あぁ? もっとわかるように説明してくれよ」
智流は予想通り、という感想とやれやれ、という感想が入り混じったような表情を浮かべると、克己に向けて平易な言葉で言い直した。
「つまり、俺のみたいに突然消えて現れるんじゃなく、徐々に目に見えるように物体を操る、ってことだ」
「なるほどな。最初っからそう言えばいいのによ。無駄に難しく言いたがるから困ったもんだぜ」
「あんたの語彙力が乏しいだけでしょ」
姉は克己に突っかかり、それに対して克己はガンを飛ばした。
「あ?」
「あら?」
少ない言葉数で煽りをぶつけ合っている場面を目にした智流と懐希は、顔を見合わせると、無言の合意を果たしたように言葉をつないだ。
「お前ら、もしかして……」
「もしかしなくても、多分そう」
呆れたように肩を竦め、智流は懐希に提案した。
「まぁ、これ以上はやめといてやるか」
克己と姉の謎に馬の合う掛け合いもほどほどに、智流は姉妹に誰何される前に、自分たちの正体を明かしておくことにした。
「それはさておき、俺らは霧晴区で能力を使ったエラー関連や一般の事件や依頼を解決する仕事をしている言わば探偵だ。今も依頼の真っ最中でな、人探しをしているところだ」
姉は何か思うところがあったのか、少し冷や汗をかきながら答えた。
「へ、へぇ、そう。ところで、あんたたち名前は何?」
「人に名前を聞くときは先に自分から名乗るのが礼儀じゃないか?」
「テンプレな返しするわね……。私は綾念操希。この子は妹の綾念懐希。見ての通り双子よ。一卵性のね」
名前を聞いた智流は確信を深め、次いで自分たちが何者なのか告げた。
「俺は遷導智流だ。こいつは相棒の魁焔克己」
「お前ら、鏡さんと同じ苗字だな!」
そこで、克己が先走って姉妹にそう言った。自らの段取りが崩れた智流は頭を抱えたが、克己のことだし仕方ないか、と割り切って、直球で誰何しようと路線を変更した。
「克己……。まぁ、こうなったら仕方ない。綾念なんて苗字が滅多にいるとも思えないしな。まぁ、俺らも人のことをどうこう言えるほどありふれた苗字でもないが」
「やっぱりこいつらが目当ての姉妹なんじゃないか?」
それから克己が一切捻らないそのままの推理を本人たちにぶつけたことで、智流の中で何かが吹っ切れた。
「今の情報をまとめるとそうとしか思えない。君たちの母親の名前は綾念鏡で合ってるか?」
その言葉を傍らに、操希は懐希と互いに目配せをし合うと、観念したように呟いた。
「ッ……。そ、そうよ。あんたら、ママから依頼でも受けてきたの」
智流は姉妹の白状を前に、漸く事が進んだと胸を撫で下ろした。
「はぁ……。やっぱりな。君たちの母親が行方不明になった君たちのことを捜しにうちに転がり込んできたぞ」
「っ、なんでよ! ママが私たちを捜したところで本末転倒なのに……」
「ママ、危険。私たちと一緒にいると、殺しちゃうかも」
突然物騒なワードが姉妹の口から飛び出たことで、智流の謎は一層深まった。
「それはどういう意味だ?」
*****
side:操希
エラーとは、誤謬性を帯びた現象である。
国からエラーという災害の存在が公表されたときも、決して国はバイオハザードとは明言しなかった。
よって、エラーとは現象である。
一人ないしは複数人の死亡若しくは行方不明を伴う、ね。
連日、ニュース番組を見れば、エラーによる被害者のリストが表示され、しかし未だ露わになっている件数だけを見ればエラーとの遭遇率は国民の中のたった〇.〇〇七パーセントに過ぎなかった。
人々はエラーの恐ろしさに怯え、しかしその割合の少なさに安堵し、次にエラーの脅威に再度怯え、不安を払拭するためエラーに対処するための武器を揃える。これが、エラーが跳梁跋扈している今の一般的な人々の動きだった。
私たちも家族を守り自分自身を守るため、エラーへの対処を考えて用意をせざるを得なかった。
しかし、ママはエラーの脅威を軽視し、学校に行く傍らエラーへの対処に躍起になっている私たちを心配し、一時は外出を禁止されたこともあった。
私たちはそれに屈さずに、地道にエラーからの防衛活動を続け、その過程で色々な私たちのような志を同じにする人たち、俗にいう自警団と呼ばれる人たちともたくさん知り合った。
結果、いくつかの世間に明かされていないエラーについての具体的な情報を入手した。
つまり、エラーとは限りなく生物に近い無機物の殺戮装置で、いわばウイルスのようなものだということ。
しかし、感染などはせず、人を一人か複数人犠牲にしたらすぐ消滅するということ。
エラーは、人為的に人を犠牲にせずとも消滅させられるということ。
エラーを消滅させるには、オリンポスという会社が開発した対エラー用の武器もしくは、私たちに宿ったような特殊な能力由来の自然現象の二つしか選択肢がないということ、である。
特に最後の情報は、私たちの身に宿った力の存在意義に直接つながるものだった。
私たちは、エラーをこの世界から抹消するためにこの力を授かったのだ、とこの時から考えることにした。
*****
しかし、私たちには一つ特異体質があった。
私たちが二人揃うと、その一帯はエラーの異常発生域になってしまい、私たちが一時所属していた自警団の人たちも、私たちに吸い寄せられたエラーによってたくさん死んでいった。
私たちは罪悪感を抱き、ママを巻き込まないためにも、人のいないところへと移住してエラーを吸い寄せて倒しながら生活していこうと決めた。
ママにはエラーに対抗するための手段がない。オリンポスの開発した武器は値段が高すぎてうちでは買えないし、もちろんママは私たちのような力を持ってはいない。こんな状況で私たちの体質のせいでエラーがたくさんママのところに引き寄せられれば、私たちはママを殺してしまうことになる。絶対にそうはさせない、と決心した私たちは、元々住んでいた東京都霧晴区を離れ、北に一〇キロメートルほど離れた匠海区まで引っ越しを敢行した。
もちろんママには内緒で。
*****
side:???
「だから、私たちは何も言わずにママのもとを離れたのよ。賃貸については知り合いの自警団の方がやってくれたわ。ママには悪いと思ってるけど、何も知らないママを巻き込んじゃって殺しちゃうよりましだと思ったから」
操希の語るエピソードを聞き終えた智流は、さっさと真実を伝えることにした。
「そうか、でもそれならもう安心だ。君たちのママはもうエラーの脅威も被害も十分知ってるからな」
その言葉を聞いた姉妹は、顔を真っ青にして見合わせた。
「え……? それって……」
「ママ、私たちがいなくても、エラーに、襲われた?」
智流は懐希の言葉を聞いて肯いた。
「その通り。それで命からがら逃げ果せてうちの事務所に助けを求めてきたんだ」
克己がそれに便乗し、珍しく大人ぶって姉妹を諭した。
「お前ら、結局母親を心配に晒して、お前らを探し回ってた最中にエラーに襲われかけてうちに逃げてきたんだ。その実の親にすらどこに行ったのかを知らせずに善意だけで動いてた結果がこれだ」
「ッ……。でも、やっぱり私たちはママとは一緒にいられないわ。あんた、それでママが私たちに吸い寄せられたエラーのせいで死んだりしたら責任取れる?」
操希の強情な言葉を受けて、克己は一つのアイデアに思い当たった。
「なぁ、その考え方が根本的に間違ってるんじゃねぇのか?」
「何よ、ママを危険に晒したくないっていう考え方が過ちとでもいうつもりかしら?」
操希の捻くれた受け取り方に智流は内心感心しながらも、克己のフォローに当たった。
「違う、克己はこう言いたいんだ。つまり、君たちが母親から離れたとてエラーの脅威が完全に消えるわけじゃない。それなら、母親の状態が観測できずいつ君たちとは関係なく危険な目に遭うかわからないこの現状より、君たちと一緒にいて、かつ君たちと関係ある危険が必ず起こると予測出来ている方が、安全じゃないかということだ」
智流のフォローに続き、克己も単純な言葉で姉妹の説得に続いた。
「大方、自警団の人たちが死んだのがトラウマになってるんだろ? 母親を同じ目に遭わせたくないってのはわかるけどよ、普通にお前らが側にいて母親を守ってやった方が、みんな幸せだしリスクも減らせるんじゃねぇかって思っただけだ」
最初は青かった姉妹の顔色が、次に赤くなり、それから渋くなり、今の克己の率直な意見を受けて居た堪れなくなっているように見えた。そこに更に智流が最後の追い打ちをかけた。
「それに、危険というのは必ずしもエラーだけとは言えないからな……。ときに人間というのは、自然災害よりも恐ろしい未曾有の災厄を呼び込むものだ」
エラー以外の単純かつ日常的な脅威に触れられたことでただでさえ居た堪れなかった表情は完全に折れ、操希は観念したように、羞恥心を振り払うように叫んだ。
「あー、もう。わかったわよ! ママのところに戻ればいいんでしょ、戻れば!」
しかし、操希に比べ比較的冷静だった懐希は、姉の胸中を理解しつつも、突然の姉の大声に驚き、克己たちの言葉の理を悟り、操希を諭した。
「お姉ちゃん、そんなに、怒鳴らなくても、いい」
「っ、ごめん……」
「今は、感情より現実を、優先すべき」
姉妹の心中も大方完結したと見た智流は、三人に呼びかけた。
「じゃ、帰るか」