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サイ・コーツ  作者: TADANOSTORY
第一部 邂逅
4/6

第四話 舞い込んだ捜索依頼

「そんで、件のイレギュラーについては何かわかったのか?」

 克己は次の日、事務所でトレーニングをしながら智流にそう問いかけた。

「いや、さっぱりだ。昔の知り合いの教授に尋ねてみたんだが、あんな変な挙動を見せるエラーなんぞ聞いたこともなかったらしい」

 智流のそんな返答に、克己は得心の言った顔で頷いた。

「だよなぁ……。今まで国や研究所が調査していたエラーの特性が全くこれっぽっちも正しくなかったことがわかったかもな」

「まぁ、国が公表してる情報に一般性なんか欠片もないことは確かだな」

 智流はそう呟き、克己は言い得て妙だ、とでも言いたげな顔で同意した。

「ははっ、違いねぇな」


ピーンポーン……


 そのとき、外部から彼らの一時の団欒を妨げるかのように、部屋のチャイムがなった。

「おっと、来客か? 俺が出るぞ」

「あぁ、助かる」

 智流は対応を任せ、引き続き教授の提供した情報と睨めっこを続けた。

 一方、玄関では。

「どちらさま、うぉっ!?」

 克己が扉を開けるや否や、向こう側にいたと思しき女性が克己の上着の裾を掴み、涙を浮かべて懇願した。

「助けてください!」

 女性のその態度に、一瞬即座に頷きかけた克己だが、稀にみる冷静さを取り戻し、女性に尋ねた。

「なんだ? 何があったんだ?」

「うぅっ……、どうすれば……」

 そして、女性は涙目で顔を俯かせたままそう呟くと、そのまま全身の力が抜けたように克己の方に倒れ込んだ。

「おい、おい!? しっかりしろ!」

 玄関での騒ぎを聞きつけた智流がやってくると、克己の置かれた状況を見て、一言言った。

「とりあえず、介抱してあげたらどうだ?」

「お前も手伝えよ!」

 克己の焦燥感に満ちた語勢に智流は思わず答えた。

「それはもちろん」

 そして、二人は三十代半ばほどに見えるその女性を抱き上げ、事務所の中へと運び込んだ。


*****


 数時間後。

 事務所には意識を取り戻した女性と、その動作を黙って注視している二人がいた。

「それで、何があった?」

 智流は、できる限り扁桃体を刺激しないよう、いつになく優しげな口調でそう語りかけた。

「はい……。私は綾念鏡と申します。私には双子の娘がいるのですが、十日ほど前から娘たちが帰ってこないのです。警察にも捜索願を出したのですが、ただの家出と処理されてそのうち帰ってくるとしか言われず……。それで私が自ら捜索していたところエラーに遭い、ここまで逃げてきたんです」

 話を聴いた智流は考え込んだ様子で顎に手を当てた。

「なるほど……」

「なぁ、どうみる?」

 そんな智流に克己が分析を求めた。

「あぁ、恐らくはエラー絡みの事件だろうが、行方不明や死亡と断定するには早計だな。あと、あまり公的機関を信用しない方がいいぞ。奴らは効率と保身を最優先しているから、国民がその場で求めているような情報は絶対に出てこない」

 智流が鏡にそう忠告すると、捜索に協力してくれるという意として受け取ったのか、深い安堵の溜め息と感謝が二人に返ってきた。

「あぁ、ありがとうございます、ありがとうございます……」

 そしてまた、目からナトリウムの混じった涙を流し始めた。

「ちょ、泣くなって。落ち着けよ」

 智流は母親の情緒を宥める克己を横目に、妙な点に気づいたように、鏡に問いかけた。

「そういや、エラーからはどうやって逃げてきた? 殆どの人間はまともに相対すらできず何かしらの被害に遭うはずだが」

 智流にそう言われ、鏡はきょとんとしたように智流に自身の経験を言った。

「え……? いえ、ただがむしゃらに逃げていたらいつの間にか消えていたんです。ですが、エラーというのはふと現れたり消えたりするものだと思っていたので、いつまた現れるか怖くて……」

「なるほど……。イレギュラーへの端緒になるかもしれないな」

 智流はそう口にし、いつもの冷静でロジカルな顔つきに戻った。

「そうだな、エラーから逃げおおせたなんて聞いたこともねぇぜ」

 鏡はそう聞くと、心底驚愕したように克己に向けて目を見開いた。

「えぇっ!? そうなんですか?」

 鏡の驚きを耳にした智流は俯瞰的に、相手がいない場所に向かって独り言を言うかのように応えた。

「そうだな……、エラーには常識も論理も通用しない。だから、本来逃げれば遠ざかるという常識さえも成り立たないはずなんだ」

 その言葉を耳にした鏡は理解が追いついていない様子で、しかし表には一切それを出さずに言葉を返した。

「そうだったんですね……。じゃ、私はとても運が良かったんですね」

「いや、運が良かったとかいう言葉の感覚ではないんだが……。まぁいい、とにかく、捜索対象である娘の外見の特徴なんかを教えてくれ」

「あ、そうでした。えっと、二人は一卵性の双子で、そっくりさんなんです。それから、姉の名前は操希と言って、

 鏡が述べた特徴を頭に刻み込み、智流は克己を促して立ち上がった。

「じゃ、そこのベッドで休んでていいぞ。あと、食材とキッチンは勝手に使っていいし、そこにあるプロジェクターとパソコンも好きに使ってくれ。じゃ行くぞ、克己」

「おう!」

 智流にそう言われ、認識の追いついていなかった鏡は素っ頓狂な声を上げた。

「え……え!? 今から!? しかも寝食自由!?」

「何か問題でも?」

 智流はその反応を受けて一瞬依頼詐欺の線を疑ったが、次の言葉を耳にしてすぐに削除した。

「あ、いえ、料金とかは……」

「ああ、そういう類いのものは一切不要だ。普通の依頼なら話は別だが、何しろエラーとの関連がある程度ありそうとなれば、それは俺らがこの仕事に携わってる直接的な理由にもなってしまうからな。自分らの目的と人様の利益が一致するからといってそこにつけ込んで金銭を頂くつもりはないぞ」

 智流のそんな聞く人が聞けば若干人が良すぎて逆に疑いを深められかねない言葉に、鏡は引け目を感じてしまった。

「ですが……」

 智流はあと僅かにこの空間にいれば遠慮が深まると判断し、克己を連れて瞬時に事務所を後にした。

「ほら、克己。さっさと行くぞ」

「おう、そういうことだから、吉報を待っててな!」


*****


 二人は事務所から出てすぐ手前のところで作戦会議をしていた。

「さてと……」

「どこから捜索を始めたもんか……」

 智流は克己のあまり強気ではない態度を訝しみながらも、エラーがまだ直接関わっていないからか、と思い直した。

「エラーの調査じゃなくて本物の人探しだからな……。ここが霧晴区で、母娘ともにここら辺に住んでいたということは、都外とは考えづらいだろう」

 克己はすぐに両手を上げ、智流に頭脳の全てを任せることにした。

「ま、俺はそういう推理とかはからっきしだかんな。お前に任せるぜ」

「後で行動を起こすときに手伝ってくれればいい」

「おう」

 克己との一致を得た後、智流は本格的に双子の捜索のために推理を開始した。

「さてと……。警察は当てにならないし、どうしたもんか……。エラーと直接関係してるなら話が早いんだがな」

 その言葉を聞いた克己は、直近の出来事を一つ思い出した。

「エラーって言ったらよ、最近あれ買ったんじゃねぇか?」

「あれってなんだ」

「お前が忘れてるなんて珍しいぜ、ほら。お前の知り合いとかいうやつがくれた過去のエラー検出器だよ」

「…………あ」

 智流の間抜けな反応を受けて克己は、相棒の全てを悟り、ニヤニヤと呆れた笑みを浮かべて提案した。

「ははん、お前さては事務所に忘れてきたな? ほら、取りに行ってやるからお前はもう少し思い詰めてろ」

「あ、ああ。助かる」

 智流は相棒のいつになく戦闘以外で士気の高い状況に内心狼狽しつつも、克己に検出器の回収を任せた。

「任せろ」


*****


 その後、克己は無事に鏡が一人で寝ている事務所に戻りエラー検出器を回収して、再び事務所前で智流と合流し、智流の推理を傍で眺めていた。

 と、そのとき。

「おっ」

 智流が何かを発見したような感嘆を上げた。

「何か見つけたか?」

「いや、姉妹の在処に直接関係があるわけではないんだが……」

 克己は智流の疑り深い声音を聞いて内心怪しんでいたが、続きの言葉を促した。

「なんだよ」

「ここを見てみろ。明らかにここを中心とした半径一キロメートル以内の座標で、過去にエラーの発生件数が多くないか?」

 克己は促されるままに智流が示した検出器の情報を目にすると、いつになく静かに頷いた。

「…………。確かに」

「一体ここに何があるのか、はたまた何があったのか」

「つまり、何が言いたいんだ?」

 克己ははっきりしない智流の物言いを急かし、後の行動の指針を欲しがった。

「俺としては、別に姉妹の捜索を後回しにしようってわけじゃなく、ここら一帯の異変に姉妹の失踪との関係性がありそうに思える」

 智流の久しくもはっきりとした言葉を聞いて克己は安堵し、自身の意向を口にした。

「ま、最近きな臭ぇことだらけだしな、お前の勘がそう告げてるのなら、行ってみる価値はあるんじゃねぇか? 元よりこの件については、お前の得意な論理で考えていっても手がかりが掴めなさそうだったしな」

 智流は克己の協力的な意思を示す言葉を聞き、静かに胸を撫で下ろした。

「そう言ってくれると助かる。じゃ、行くぞ」


*****


 智流は、エラーが多く発生していた現地を調査しながら驚きに唸っていた。

「これは……。凄いな」

「何がだよ?」

「いや、克己。ここをよく見てみろ。何か気づかないか?」

 智流に促されて、克己が智流が指差した場所に視線を注ぐと、そこには奇妙な組み合わせのものが鎮座していた。

「なんだこりゃ? 人の足跡と、水滴の跡に、これは……エラーの前兆物質?」

 克己の確かめ噛みしめるような言い方に、智流は深く頷いた。

「あぁ。恐らくだが、ここで誰かがエラーに襲われたか、エラーとの戦闘があったものだと思われる。足跡の流れを辿ると、同じ場所に複数の同一人物の足跡が重なっているから、エラーと鍔迫り合いになっていた可能性が高いな」

 智流の言葉に、克己は嬉しそうに呟いた。

「エラーとそれだけ拮抗できるってこたぁ、だいぶ腕の立つハンターの可能性が高いな?」

「あぁ。襲われたわけではないだろう。それか、襲われた人が力量不足でなんとか立ち向かおうとしてた可能性は拭い切れないが」

「でもよ、この水滴の跡はどう説明するんだ?」

 克己が智流の論理に足りなかったところの疑問点を提示すると、智流はさも当然のように肩を竦めて呟いた。

「さぁな。大方汗か涙か、はたまたそれ以外か……。元素分析したらわかるんだろうが、揮発しちゃっててできなさそうだ」

「ほーん……。ま、戦っててできた何かしらの体液であることは違いねぇな」

「さて、もう少し深く追ってみるか」

「おう」


*****


「また、だな……」

 智流は似たような痕跡を見つけ、思わず克己に向かって呟いた。

「ああ……」

「今度は違う二人の足跡とエラーの前兆物質だけか……」

「一人増えたな」

 克己の言葉に智流は否定の意を伴わないように首を振った。

「あぁ、足跡の交錯具合から両者ともに戦闘員だったと推測できるが……」

 そこで克己が、何かに気づいたように智流の肩に手を当てた。

「これ、靴跡の模様がすっげぇ似てないか?」

 その言葉を聞いた智流は、検出器の足跡をいま一度見比べた。

「確かにそうだな……。靴底の模様は微妙に異なるが、大方の特徴がそっくりだ。同じメーカーやブランドだという線が濃厚だな」

「偶然同じブランドの靴を履いていた戦闘員が同じ場所でエラーと闘ってたとも考えにくいぜ? やっぱ家族だったのか?」

 克己は自身の推理を智流に見せ、智流もそれに概ね同意した。

「そう考えるのが妥当だろうな……。これが件の姉妹だったら話は早いんだが、足跡だけじゃ紳士靴なのか婦人靴なのか、はたまた子供用なのかまでは区別がつかない」

「とりあえず、ここら辺一帯に姉妹がいるとして捜索した方が早そうじゃねぇか?」

「そうだな、その方針で行きたいところだが……。おっと、前兆なしの小型エラーのお出ましらしい。やるぞ、克己」

 突然発生した小規模エラーの情報を、智流は即座に克己に伝え、臨戦態勢を取った。

「おうよ。今更これくらいどうってことねぇぜ」


*****


 二人は何とかエラーを霧消させていた。

「はぁ、はぁ」

 克己は肩で息をしながら、エラーの発生していた方を睨みつけていた。

「なんだ、こいつ」

 智流もエラーの異常に毒を吐き、克己もそれに肯いた。

「あぁ、途中からもう一体加勢して、一気にきつくなっちまった」

「こんなこと、あり得るのか?」

 智流は、本来自らの役割だった異常への推理も忘れて、放心状態で克己に問い返した。

「さぁな、少なくとも国が公表してる中ではないんじゃねぇか?」

「あの姉妹とこのエラーの異常発生に関係があるとするなら……」

 智流は現状を訝しみ、戦闘前に見た足跡と戦闘痕を思い出していた。そして、一つの結論に辿り着いた。それは克己もまた、智流との長年の勘で思い至っていたようだった。

「なんだ、その姉妹とやらがエラーを寄せ付けているとでもいうのか?」

「その可能性はなくはない。だが、原理の説明が付かないな。まぁ、その辺りはこの一件が片付いてから教授にでも打診してみるか」

「今更だけどよ、その教授って誰だ?」

 智流は振り返らずに歩を進めながら答えた。

「教授は教授だ。俺が大学に通っていた頃のな。とりあえず、次行くぞ」

「あ、おい、待てよ!」

 似たような展開が続いてそろそろ飽きてきていた克己だったが、智流が妙に焦っていたのを感じ取り、渋々智流についていくために歩幅を広げた。


*****


 そのまま辺りをうろついていた二人。

 突然克己が、周囲の気に当てられたように、警戒するポーズを取り、智流もそのままそれに続いて立ち止まった。

「……!」

「何か見つけたのか?」

「途轍もないイヤな気配を感じさせやがる。智流、気を付けろ。いざとなりゃお前の転移で脱出するぞ」

 そう言われ智流はエラー履歴をレーダーで確認した。

「レーダーには引っかからないな……。!」

 途端に智流は背筋を強張らせ、続いて驚き、壊れたロボットのような仕草で克己の方へと振り向いた。

「どうだ、反応あったか?」

「こ、これは……」

 克己に訊かれ、智流は未だ困惑の抜けない声色で反応した。痺れを切らした克己が直接レーダーを覗き込むと、そこにはまさにあり得ない情報が表示されていた。

「なんだ、……!」

「この裏で途轍もない数のエラーが同時発生している」

 智流は漸く冷静を取り戻し、克己にそう事実を告げた。そして克己は、単純明快な答えを出した。

「どうする? やっぱぶっ倒すか?」

 至極明快な作戦を提示された智流は一瞬逡巡し、具体的な方策を克己に伝えた。

「そうだな……。一体の規模を見て無理そうなら俺の転移で脱出しよう」

 智流のブラッシュアップを聞いた克己はその場で立ち上がり袖をまくった。

「そうこなくっちゃな! よし、いっちょやってやるか!」

 克己の熱意に燃える反応を目にして智流は、一人呟いた。

「くれぐれも無茶はしてくれるなよ……」


*****


 智流は、燃え滾る克己に、再三注意するよう呼びかけるかのように、直前の指示を出した。

「よし、慎重に乗り込むぞ。お前は能力を発現させておいてくれ」

「おう、任せろ」

 相も変わらず克己は未知のエラー現象に遭遇し燃え滾っていたが、智流は克己が本番では自分の指示をよく納得してくれることにせめてもの安堵感を覚え、続いて作戦を告げた。

「いつもの戦法が通用しない可能性が高い。いざとなりゃお前がいつぞやに見せた特大火力の炎球を解放する用意はしておけよ」

 智流の作戦を聞いた克己はそれだけで消耗したような表情を浮かべて言った。

「あれ消耗激しいんだよな……。ま、頑張ってみるけどよ」

 そして、二人は大量発生したエラーの巣へと突入していった。

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