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サイ・コーツ  作者: TADANOSTORY
第一部 邂逅
2/6

第二話 エラーという災厄

チリンチリン。

 ドアチャイムが鳴り響く。

 その音で部屋にいた一人の男は、この部屋の真の主が帰ってきたことを知った。

「おう、おかえり」

「ただいま」

 彼らは日常の挨拶を交わし、そのまま部屋の真ん中に鎮座しているソファに腰掛けた。

 赤髪の男が訊いた。

「何しに出てたんだ?」

 すると、黒髪の男は答える。

「あぁ、いつも通りだ。近所でエラーの目撃情報があったんでな。聞き込みに行ってた」

 赤髪の男は名を克己と言い、黒髪の男は名を智流と言った。

 克己は続けて訊いた。

「ちなみにどんな情報だ?」

「平凡だ。ただ夜道でエラーらしきものの後ろ姿を目にした、幼稚園のバスの中でエラーっぽいものの影を目にした、とかだな」

「そうか、まぁ、そんなもんは多分エラーじゃないとは思うが、近くで発生している『かもしれない』ことには間違いねぇんだ。警戒しておくことに越したことはねぇぜ」

「そうだな。偶には大きな実被害があってほしいものだ、被害者には悪いが、これじゃなんの手がかりも掴めやしない」

 彼らのその会話は、その話し方や声音も相まって、一瞬耳にしただけで彼らの間にある信頼関係が窺えるものだった。


 しゅーーーーーーー……

 ふいに気の抜けた音が部屋を埋め尽くした。

「ところで、コーヒーはいつできるんだ?」

「あ!? おぉ!? 忘れてた!?」

 克己はそう言い、床を蹴って立ち上がって台所へと一目散に駆けて行った。


*****


「ああ、ありがとう」 

 智流はそう言い、ティーカップになみなみと注がれたコーヒーを受けとった。

「いや、どうせインスタントコーヒーだしな、大したことはねぇよ」

「はっ、そうだったな」

 そうおどけて見せ、智流はコーヒーを啜った。

「今日は、やけにコーヒーが美味い気がする」

「そうか? 安物なんだしそんな変わんねぇだろ」

 そんなことを呟く智流は、言い知れぬ不安を感じたような表情を顔に纏い、肩の力を抜いてソファに凭れた。


*****


「さて、次のニュースです。またもや、都内でエラーによる人的被害が確認されました。これによりこの一週間での日本でのエラーによる死亡事故は三件目を突破し……」

 ふとテレビをつけると、そんな情報がでかでかと、画面下部のテロップと、アナウンサーの口から発せられていた。

「なぁ、俺らもそろそろエラ―の狩猟にシフトした方がいいんじゃないか?」

「そうだな……そろそろ情報収集ばかりしていても報酬も得られないし成果もあまりなくなってきたしな。やはり直接エラーと対峙して人助けなりなんなりをした方が、実入りにもなるだろう」

「だよな」

 克己と智流はそう意思を合致させると、智流はおもむろに部屋の奥へと向かい、作業机の下に保管されている箪笥らしきものから銃を取り出した。

「じゃ、銃のメンテナンスでもするか」

「おう、俺は出力調整の練習でもしておくぜ」

 克己は、部屋の窓を開け、バルコニーの端についている的に向かって、掌から出した炎を撃った。


*****


 そして、二人は駅前にいた。

「さっきニュースで出てた死亡事故って、この多摩原の辺りなのか?」

「そうだな。なぜかは知らないが、南東京から神奈川にかけて異常に死亡事故率が高いのは事実だ」

「原因はなんなんだろうな」

「さぁな。エラー自体人口密集地帯に発生が集中する傾向にあるから、それこそ霧晴区なんて目も当てられない。去年度の転入届の件数だけで五万件を突破してるくらいだしな」

「田舎の方だと基本発生しねぇらしいぞ」

「それはそうだろう。日本はただでさえ都市部が過密だからな、熱力学第二法則が仕事サボってるんじゃないのか?」

 智流がそう呟くと、克己は頭の詰め物を脇に抱えて踊っているかのようなポカンとした表情を浮かべ、

「俺にゃそんな難しいことはわかんねぇけどな。ま、人の増え方だけで多摩原を選んだから、エラーの発生数が多くなる分には好都合、なんてお前は思ってんだろ?」

 克己はそう智流の心中を言い当てようとした。

「流石克己。俺のことを熟知しすぎている」

 克己は誇らしげに、

「おう、十五年の付き合いは伊達じゃねぇぜ」

 と言い返した。

 そう言い合う二人の間には、その会話だけで確かに長年描き上げてきた年輪の弦が垣間見えた。


*****


「一番新しいのだと、確かこの辺で襲われた人がいたんだったか……」

 智流は、街並みを総覧し、自らの記憶に残された文字を辿り、そう呟いた。

「でもよ、襲われた人が過去にいたところを当たったとて、同じ場所にもっかいエラーが発生するのか?」

「わからない。その確証はないし、根拠もないが、かといってエラーが出現していない場所の方が多すぎて、候補を可能な限り絞り込むにはこうするしかないんだ」

 克己はその言葉を聞くと、途端に登山中の山頂を見上げているかのような面持ちで、

「うあー、まぁ、地道な作業はお前に任せるから、戦闘のときは頼ってくれよな」

「今更だ」

 やはり、二人の間の妙な連帯感は崩せそうになかった。


*****


 二人はエラーの情報を求めて奔走していた。

「すみません、最近この辺でエラーってありましたか?」

 智流は道行く人を捕まえてはそんなことを訊くと、どこからか鉛筆とメモ帳を取り出し、まるで胡散臭い矛盾だらけのジャーナリストのような風貌になった。

「ええっと……。エラーなら確か何件かあったと思います。何故そんなことを?」

「いえ、ちょっとばかしエラーを狩っている者でして。次のエラーの発生場所を予想しようと」

「まぁ。そうでいらしたのですね。ですがすみません、詳しい場所までは存じ上げないのです。力になれず申し訳ございません」

「いえいえ、こちらこそ、お時間を取らせてしまって申し訳ないです。情報ありがとうございました」

 智流は慇懃にそう言うと、克己を連れて去って行った。

「なぁ、俺ってば置物扱いだったがそれでいいのかよ?」

「なんだ克己、不満か? お前は戦闘で活躍してくれればいいと言っただろう」

「いや、不満ではないけどよ。ちょっと自分の存在意義が気になってな……」

 智流は克己のぼやきをさらっと流し、克己の手を引いて歩きだした。


*****


「すみません、最近この辺でエラーの被害者っていましたか?」

 智流はまたもや道行く人を捕まえて取材をし、またどこからか鉛筆とメモ帳を取り出してスタンバイモードに入った。

 しかし、今度の相手は毛色が少々異なったようだ。

「ッ……!」

 相手はたじろぎ、続いて涙目になって眦に水分を溜めると、智流の方に向かって強い眼光を走らせ睨むと、背中を向けて走り去ってしまった。

「……」

 智流は一瞬戸惑ったが、すぐさま頭の中で経緯を察し、克己の方に向き直った。

「あちゃー……。智流お前、俺達みたいなやつらをちゃんと見分けないと。運が悪いとトラウマ掘り起こすことになるんだぜ? みんながみんな俺達みたいにトラウマを戦意に変換できるわけじゃねぇんだよ。今回に至っては最近だったっぽいし」

「あぁ……。そうだな。俺の判断ミスだ。今度からは気を付けよう。でも、エラーにトラウマがあるならそもそも外に出てくるなって話だけどな」

「お、おう。お前、俺の皮肉を言うときは畏まるくせに、他人の皮肉を言うときはそんな自然なのな」

「そうだったか、すまん」

 智流は自分がそれほどまでに自然体で克己に嫌味を言っていたとは自覚しておらず、つい本音で素直に謝ってしまった。が、悪びれたり後悔した様子も特に見当たらず、克己はそれに面食らい、

「いや、そんな素直に謝られてもな」

 と、苦笑するしかなかった。


*****


 何度目になるのかもわからない取材を頑なに智流は続けていた。

「智流、そろそろ同じこと聞いて回るのも飽きただろ、今度は俺がやるぜ」

 克己は智流にそう言い、智流の前に立って意気揚々と取材を始めようとした。

「ちょっといいか、最近この辺でエラーってあったか?」

 克己のぶっきらぼうな口調に応えたのは、これまたぶっきらぼうそうな貌をした強面のおっさんだった。

「あぁ? エラー?」

 おっさんは面倒そうに頭をかきながらそう反芻し、続けて克己の方を睨んできた。

「お前ら自警団の類いか。自分ちの周りの被害を頑張って減らすのに尽力してるその心意気は立派だがな、A.E.A.C.T.側にも言われてるだろ。能動的にエラーの撲滅に出向くのは控えろ、ってな」

 説教めいたそんなおっさんの言葉を、智流はじっと聞いていた。しかし、克己はそうは終わらなかったようで、おっさんの胸ぐらを掴み、その身を地面に転がすと、

「俺らがなんでエラーとやり合ってんのか、知りもしねぇくせによそから勝手なこと言ってくんじゃねぇ。てめぇはエラーに親や友達でも殺されたことあんのか?」

 克己はいかってしまった。地面に転がしたおっさんをねめつけると、エラーに対して溜まっていた鬱憤を全て目の前のおっさんに向けて吐き捨ててしまった。八つ当たりだということは理解わかっていた。それでも、今の克己には言わずにはいられなかった。

「克己、その辺にしとけ。俺らの戦う理由は、そこのおっさんには何ら関係ないぞ」

「すまなかったな、少年。お前らがエラーにこっぴどく罹災したやつらだったとは思わなかった。ま、そういうことなら止めはしねぇ。けどすまんな。情報は俺も持ってないんだ」

「そうですか。取材のご協力ありがとうございました。先ほどは克己がすみませんでした」

 智流はそう言い、普段の皮肉屋な様子はどこへやら、礼儀正しくおっさんに向かって謝罪をした。

「いいってもんよ。こっちの配慮がちょっとばかし足りなかったってのもあるからな。気にしなくていいぜ」

 おっさんは寛大な口調でそう言うと、「じゃ、エラーの殲滅頑張ってなー」と残し、大股で去っていった。

「克己、冷静になれ。戦闘ならまだしも、な」

「悪かったな、外で騒ぎを起こしちゃって」

「まぁ、熱血なお前にあれを堪えろって方が無理あったろうし、ある程度仕方ないところだとは割り切ってるけどな」

 智流は諦めたような口調でそう言うと、袖を正して克己に告げた。

「ほら、今日はもう帰るぞ」

「あぁ、わかった」

 克己はそう呟くと、両手を後ろで組んで智流と並ぼうと大股で歩きだした。


*****


「はぁ……」

 克己が溜め息を一つ吐いた。

「はぁ…………」

 それに呼応するように、智流は倍の長さで溜め息を二つ吐いた。

「情報収集は頑張ってきたはずだったんだがな……」

「あぁ……」

 それから克己と智流はそれぞれ背中を向け合い互いにもたれ掛かって、これまでの反省点らしき事項を書き出し、床に就いた。

 長い、色んな意味で本当に長かった彼らの一日が、ようやく終わった瞬間であった……。


*****


???


 郊外のビル群を、二人の麗しい少女が駆けていた。

懐希なつき! 早くこっち!」

「ま、待って、お姉ちゃん、もう脚が」

「何言ってるのよ! あんた死ぬわよ!? 感覚が無くなるまで必死に走りなさい!」

『お姉ちゃん』と呼ばれた少女は、懐希と呼ばれた少女を励ましつつ窘めつつ、自身の脚を必死に転がして何かから逃げるように走っていた。『お姉ちゃん』と呼ばれた少女が速すぎたのか、『お姉ちゃん』と呼んだ少女は、もう足がパンパンになったかのように自身の四肢に触れることでタイムロスを犯しつつも、何とか必死に己の姉についていこうと脚を動かしていた。

「じゃ、お姉ちゃん、運んで」

 ついに懐希は限界を迎えたのか、一切抑揚の感じられない声で姉に向かってそう請願した。

「私だって今自分の身体運んでるのよ! 無理があるわ」

 姉の名は操希みさきと言った。操希は懐希の要請を却下しつつ、傍から聴けば妙な表現を使い、懐希を裏から励ますかのようなことを口にした。

「脚は、無理。私と同一判定、されちゃう」

「とりあえず、早くここに逃げ込んで!」

 隠れられるような場所を見つけたらしき操希が懐希にそういうと、脚にとっての地獄の時間が残り僅かであることを仄めかして希望を持たせ、操希は先に隠れ場所に逃げ込んだ。

「後で……覚悟」

「愚痴と文句なら後でいくらでも受け付けるから! ほら早く!」

 操希は懐希を急かすと、壁面に背中を預けて一息つき始めた。互いに命の危険を知らせることで激励しつつも、どこか声には真摯さが欠けている。姉妹同士、互いのことを信頼しきっているという証だろう。


*****


「はぁ、はぁ……」

「はぁ、はぁ……ふぅ。なんとか立て直せたみたいね」

 操希と懐希は、逃げ込んだ先で息を整え、なんとか逃げていた『何か』を撒くことに成功した。

「お姉ちゃんの煽り、危険だった」

 懐希は姉を責めるような口ぶりでそう呟き、ジト目をして操希を睨んだ。操希はそれにムッとしたように、

「だって、あいつら生物じゃないし、まさか光とか熱とかに反応するとは思わなかったし」

「お姉ちゃん、私より強いのに、失敗するなんて」

 懐希は追い打ちをかけるように、操希にジト目を向け続けた。

「うぐっ……で、でも、エラーについてなんて、直接戦闘行為に及んでいる私たちでさえも詳しいことはわかってないんだし、なんなら専業のAE-ACTの人たちですら解明途中なのよ? 失敗というか、単純な情報不足じゃないかしら?」

 操希はそう自己弁護すると、懐希に同意を求めるかのような熱い視線を送った。

「エラーに、五感なんてない、のは確か。光や熱に反応するのは、確かに想定外だった」

「そ、そうよね! でも、あれが偶然だった線は?」

 操希は自らの言い分が上手く受容されたことに表情を輝かせつつも、確かな情報を入手するため懐希に問い返した。

「お姉ちゃんの煽りの後、明らかに意思を帯びたかのような行動に走った。無機物らしくもない」

「そうよね……。エラーの異常な振る舞いについてはもうちょっと考察してみるとして、とりあえずはこの場から脱出することを考えましょう」

「了解。それが得策、放置はあり得ない……迎撃手段を講じるべき」

 懐希も操希の言葉に同意し、姉妹は謎の路地裏から抜け出すための準備に取り掛かった。

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