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サイ・コーツ  作者: TADANOSTORY
第一部 邂逅
1/6

第一話 Mr.パイロキネシス

あの日のことは、今でも脳裏に焼き付いている。

 そうだ、あれは俺が六歳の誕生日。

 誕生日パーティーを開こう、と母が言い、クラッカーやケーキの準備をし、俺はプレゼントを待ちわびていた。

 そして、後は珍しく外出していた父の帰りを待つだけだった。

 その直後だった。

 あぁ、今でも覚えているさ。

 突然、家の電話が鳴り響いた。

 普段と変わらないただの着信だったのに、今思えばやけに耳に張り付いてくる音だった。

 俺は子どもながらにして、嫌な予感が胸中を埋め尽くした。

 おかしい。

 ネガティブに考えれば考えるほど、どうにも事態は悪い方向ばかりへと進むように思った。

 そして、母の表情が凍りついた。

 この時でもまだ、俺は楽観的でいた。

『まさか、誕生日プレゼントがない?』

 こんな、歳相応のことを考えては、贅沢な不安に包まれていた。

 そうだ。

 これは贅沢だった。

 今から俺たちに襲いかかる得体の知れない現象に比べれば遥かに。

 母は、そのまま受話器に向かって唾液を飛ばしながら絶叫していた。

 母のヒステリックな音声を耳にして、漸く悟った。

 これは、誕生日パーティーどころの話ではなくなったのではないか、と。

 しかし、それがなんなのかまでは、把握できていなかった。

 そりゃそうだろう。

 六歳の子どもに電話の片方の台詞と反応だけを聞いて状況を察しろって方が無理な話だ。

 そこで、母が玄関へと駆けて行った。

 俺は母を追って家を出た。

 当時の俺は幼かったので、母が立ち止まったところまで一生懸命に母を追いかけても、何が起こったのか理解できなかった。

 母は駅にいた。

 俺は父を迎えに行ったのかと思い、そのまま母に駆け寄った。

 突然、謎の服を着た男たちに行く先を阻まれた。

 母は取り乱していた。

 ホームの先を見つめ、謎の男たちに取り押さえられながら、ホームに飛び降りようとしていた。

 ここでもまだ俺は、何が起きたのか全くと言っていいほど理解できていなかった。


*****


 謎の男たちは警察というらしかった。

 俺は、母と共に警察の拠点と言われた場所へ連れていかれ、そこで俺に対しても説明がされた。

 曰く、父がホームから飛び降りて自殺を図ったということ。

 その結果、ちゃんと死んだ、ということ。

 しかし、この歳の俺には、死んだと言われたところで、何が起きたのか理解できなかった。

 だが、母が正気を失っていることだけは、俺の目にも明らかだった。


*****


 母は砕けた。

 俺はろくに飯も食えず、毎朝一人スラム街に出向いてはゴミの残り粕を拾ってなんとか命をつないでいる状態だった。

 このあからさまな心神耗弱によるネグレクトに対して、しかしこの頃の俺はそんな概念を知る由もなく、専ら放置状態だった。

 しかし、ある日のこと。

 いつも出向いていたスラム街で、大規模な爆発事故が起きた。

 食べ物なんてもちろん拾いに行けなくなり、俺は途方に暮れていた。

 身体中が飢えに支配されてどうしようもなかった。

 俺は、どこかで聞いた紙の原料は植物性なので、食べても消化可能という言葉を思い出し、家に積まれていた段ボールに手を出した。

 そのとき、母が帰宅した。

 こんな俺を見て、心底驚いたような表情を浮かべ、次に眦に涙を溜め、まっすぐキッチンへと向かった。


 その日から、俺は食い物に困らなくなった。


*****


 それから三年。

 俺は九歳になった。

 もちろん、小学校になんて行っていない。

 母は相変わらずだった。

 朝帰ってきたかと思ったら、腕に怪しい器具を取り付けて、時折何やら恍惚とした表情に包まれる。

 そして、四時間ほど経つと、唐突に不機嫌そうな顔になり、すぐさま家を出て行って、また朝に帰ってくる。

 夜の間、何をしているかは知らない。

 しかし、毎日、ちゃんと朝昼夕の飯だけは、作ってくれた。

 夜出て行った後、玄関を見ると、何やら黒い水滴のようなものが点々としていた。

 しかし、俺は勝手に涙の痕だと思い込んでいた。


*****


 ある日、母が帰宅した。

 そのとき、見知らぬ男と一緒だった。

 こんなことはよくあることだった。

 俺は沈着を保とうとした。

 しかし、今度の男ははずれだった。

 その男は、俺の方を一瞥すると、「チッ、子持ちかよ」と吐き捨て、唾液を投げた。

 そのまま母がいつも恍惚とした表情を浮かべている部屋へと闖入すると、ドアも閉めずに母が身に纏うものを剝がし始めた。

 大丈夫だ。いつものことである。

 もとより、こんなことには慣れていた。

 男はそのまま母を貫き、その間に俺は母に言いつけられた通り、隣室で蹲った姿勢のまま百均で買った輪投げの擬似ゲーム機を弄って遊んでいた。

 うちはボロ屋だったので、木造だったことも相まって、家の中で大ぶりな動きをしたり、体重をかけたりすると、すぐに床や壁が軋んでしまっていた。

 軋みと退屈さと、空腹と喘ぎに堪えながら、ひたすら指の中のゲームを無心で弄っていた。

 そんなとき、男だけが突然部屋から出てきた。

 再三男の特徴を観察してみると、所々に刺青があり、顔には何度かの縫合手術を受けた痕があった。

 続いて母が部屋から出てきて、トイレへと向かった。

 男はそれを一瞥し、俺の方に向かってきた。

「お前があの女の子か」

 男はそう呟き、俺を睨みつけた。

「え」

「チッ、価値がダダ下がりじゃねぇか。未亡人だっていうから買ってやったのによ。七割返せ」

「何の話ですか?」

「……。やっぱ子供は子供ってわけか。まぁいい、てめぇに言ってもしゃぁねぇからな」

 男はそんなことを俺に言い、俺に背を向けた。

 その刹那。

「いや、やっぱあれだな。お前がいるから価値が下がったのは間違いねぇ。鬱憤晴らしに一発殴らせろや」

 そして、男は近くにあったうちの貴重な炊飯器を手に取り、俺に向かって振りかぶった。

 そのとき。

 俺の頭の中に、ノイズの混じった鈴の音のような、不思議な音が鳴り響いた。

 耳鳴りかと思い耳を塞ぎ、男の方を強くねめつけた。

 刹那、風が吹いた。

 どことなく暑かった。

 目を強く瞑り、怯えながら男の方を恐る恐る見ると、男の髪の毛と服に火がついていた。

 わけがわからなかった。

 男は悲鳴を上げ、家中を転がりまわった。

 母がトイレから出てきて、男と話し、そして男は言った。

「こ、こいつが、俺に、火を」

 俺?

 意味がわからなかった。

 俺はライターもマッチも持ってなければ、うちは光熱費が払えなくてガスも止まっていたので、火のつけ方すらわからなかった。

 俺がつけた火なわけがなかった。

 しかし、男は続けて言った。

「こ、こいつの手から、急に俺に、火が」

 母はそれを聞き、最初は驚愕に彩られた顔をしたが、徐々に俺に向ける目を懐疑的にした。

「まさか、超能力じゃあるまいし」

「いや、まじなんだって」

 そんなことを言い合い、渦中の俺は何が何だか全く把握できていない状況で、俺の意識は徐々に遠ざかっていった……。


*****


 目が覚めた。

 俺の手から、赤い何かが渦巻いていた。

 顔を近づけてみると、熱かった。

 本当に超能力なのか……?

 母はそう信じ切っている様子だった。

 俺自身がまだ理解していないのに。

 母は俺を隠そうとした。

 そして、母は超能力を使う気味の悪い子どもの親でいることを嫌がった。

 俺は、施設行きになった。


*****


 施設で、俺は自分の能力がどんなものなのか、何故こんなものを得たのか、一人で検証を始めた。

 しかし、施設で共に過ごしていた先生や同年代の子供には秘密にしていた。

 この力は、手から炎を出すことができて、出したあとの炎を操ることができる。

 それが基本だった。

 どこかの能力もののB級映画に出てきそうな能力だ。

 そう思ったこともあるが、俺は誓った。

 この力は、使わないようにしよう、と。

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