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怒れる男

作者: 雉白書屋

「うおおおいテープ! 貼るなよ! あああもう!」


 夏の夜のとある雑貨店。そこに怒れる男が一人。

 仕事帰りだろう、スーツ姿。高級なものではなさそうなことに加え、声を荒げているが反社会的勢力に属している雰囲気もなく、ごく普通の会社員のようだ。

 ゆえに、恐ろしい。可愛らしい若い女店員に怒鳴り散らすその姿というのは。しかもその内容というのが


「これは! おれが買ったものだろう! つまりはもう、おれのもの! なのに勝手にテープ貼るなよ! なぁ! お前、人のものにテープ貼っていいと思ってんのかよ! なぁおい!」


「あの……」


「あとお前、袋入りますか? って聞いてきただろ。この鞄が見えないんですかぁ? この鞄がぁ! いらないに決まっているだろう! いちいち聞くなよ!」


 鞄をバンバン叩く男。その勢いは止まらない。女店員は黙ったまま俯き、時々すみませんと漏らすような声で言っては涙をこらえているようだ。


「あの……」


「エコだろエコォ! 袋貰わないのはさーあぁ! 偉いだろ! 偉い! なのによぉ! テープ貼るかねぇ!」


「あの……」


「テープまでが商品に含まれるんですかぁ? 違うだろ。おい。なのにテープを、おい、なんだお前さっきから……」


 と、振り返った彼がジロッと睨む。そこには一人の男。唇をプルプル震わせていた。


「店長……ではなさそうだな。なんだおい。ああ、会計か? ちょっと待てばいいだろうがよ! おれは今こいつと話をしてんだ! 文句あるなら、よその店行けよ!」


「あぁ……」


「なんだぁ? それとも、おれに文句あるのかよぉ……悪いのはこのバカ店員だろーがよぉ! テープをなぁ! 貼ったんだよ! お客様の物によぉ! 勝手にぃ!」


「あぁ……いぃ……」


「こいつが、ん? な、何だよお前、その顔……」


 と、彼が思わず怯んだのもそのはず、男は全身を震わせ恍惚な表情。そして、そのとろんとした目は彼をジッと見つめているのだ。


「いぃ、ですねぇ……」


「は、はぁ? 何なんだよお前!」


「い、いぃクレーマーだぁ」


「く、クレーマー? ふざけんなよ! おれはな、当然のことを言っているだけだよ!」


「あ、あ、あ、む、無自覚ぅ……い、いぃもっともっとぉ!」


「教育だよ教育ぅ! できない奴を無償で教育してやってんだよ!」


「い、いぃ、きょういくぅ……どの立場で物を言って、あ、あはぁん……」


「善意だよ善意!」


「あふぅ、おしつけぇ……」


「こいつどうせ親の金で大学で遊んでる馬鹿女だろ! 社会勉強、社会勉強! 人生の先輩からアドバイスしてやってんだよ!」


「お、お、お、決めつけに女性蔑視、滲み出る嫉妬心、あ、あ、あさいこぅ……」


「いや、お前は何なんだよ! きもちわりーなぁ!」


「あ、す、すみません。素晴らしい人材に、ふぅ、出会えたものですから……」


「あ、あぁ?」


「さぁ、来て! こっちに! さぁはやく!」


「な、なんでだよ!」


「いいから早く! 店の外へ! 早く!」


「触んなよ気持ちわりぃな! わかった! わかったよクソ……」


 弱い犬ほどよく吠える。攻撃的な者ほど攻められることには弱いとはよく言ったもので、彼は男の押しに負け、店の外へ。

 男は早く早くと急かし、そして電柱の前で飛び跳ねるように、はしゃいで言った。


「さあ、あの電柱! 蝉が鳴いてますねぇ! あなたならあの蝉にどうクレームをつける!?」


「馬鹿かよ! なんで、おれがそんなことしなきゃいけねえんだよ!」


「ミーンミンミンミー!」


「うるせえな! 夜だぞ! 鳴いてんじゃねーよ!」


「ああ、いい! いいよ!」


「おまえもうるせえよ! もう帰るからな!」


「駄目です! はやく! はやくもっとちょうだい!」


「だ、だから、何で、おれがそんなことしなきゃなんねえんだよ」


「ミーンミー!」


「ほら、煽られてますよ!」


「ただ鳴いてるだけだろうが!」


「ミミッ、ミッ、ミッ、ミッ……ミィィィィィィ!」


「ちょっとそれっぽく聞こえたな!」


「さあ、クレームつけて! 早く!」


「だから、おれはクレーマーじゃないっての! ああクソ! やればいんだろ! てめえ、誰の許可取って鳴いてやがんだよ! 黙れよ!」


「おぉー」

「いいですねぇ彼」

「何様って感じが出てますねぇ」


「いや、誰だよ!? 集まって来てんじゃねーよ!」


「ほう、観客巻き込みの劇場型ですか」

「はっはぁ巻き込まれちゃったねぇ」

「いいですなぁ」

「香ばしいねぇ」


「いいですよ! ほら、もっと攻めて攻めて!」


「なんなんだよ! 攻めるっていっても蝉、黙ってんじゃねかよ! 黙んなよ!」


「おほぉ、理不尽ですなぁ」

「彼、手慣れてますねぇ」

「普段からこうやってストリートで腕を磨いているんでしょうな」

「いや、家でもきっとああですよ」

「いやぁ、どうだかねぇ」


「だから誰なんだよ! どんどん集まって来てんじゃねえよ! 見世物じゃねえんだぞ!」


「ミィーンミンミー!」


「だからうるせえよ! 死ねよ馬鹿!」


「ジジジ……」


「落ちんのかよ! 本当に死ぬんじゃねえよ!」


「ジジジ!」


「うおっ、生きてんのかよ! 急に飛んでんじゃねーよ! ああもうなんなんだよ! どいつもこいつも! この話なんなんだよ! 着地点どこだよ!」


「ほぉ、メタ視点ですか」

「そこに手を出しましたかぁ」

「好みが分かれますねぇ」

「私は嫌いじゃないですがね」

「ミィミィミー」


「蝉もそこに混じってんじゃねえよ!」


「ああ、いいですよぉ! 大会! 大会に出ましょう!」


「あるかよそんなもん!」


 ――さいわよ。


「あ? 誰だよ! いや、今の声……」





「うるさいわよ!」


「いたっ! え、あ、これ、夢オチかよ! いてっ、い、痛いよ、ははは……」


「あんたの! 寝言が! うるさいからでしょうが! 私、今日お昼寝してないんだからね! ふざけんじゃないわよぉぉぉもおおおうううう!」


「あ、あ、ご、ごめん……いたっ、叩くのは、いたっ」


「叩かれて当然でしょうがよぉぉぉ! 大体、あんた喜んでんじゃないのよ! 気持ち悪いわねぇ! ニヤニヤしてさーあ!」


「あ、あ、ふふっ、あふっ、へへへへ……」

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