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主人公だけが忘れる死に戻り  作者: 嘆き雀


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記憶者モア

 全部覚えてる。

 貧しさも、親が捨てたのも、寂しさも、暗い牢も、酷い言葉も、醜く歪んだ顔も。


 全部覚えてる。

 救い出してくれたのも、ぬくもりも、優しい言葉も、居場所をくれたことも、必要としてくれたことも。


 全部、全部、覚えている。


 *



 全てのものが光り輝いていて眩しい。第一に思ったことはそれで、第二にどれも高価なものだから触れにくかった。

 そんな思いをつゆ知らず、アンドレアス様が食事の乗った皿を差し出してくれたのを受け取る。


「よく食べなさい」

「はい」


 緊張しながらも食事を口に運ぶ。とてもおいしい。



 場は世界会議が終わった後の夜会だ。いたるところで貴族が歓談をしており、私のように別の意味でもぐもぐと口を動かす人は極わずかだ。


「おいしいか」

「はい。でも、いいのでしょうか。このように食事をしていて……」

「食事をしつつ、務めを果たそうとしているだろう。ならば、それでいい。キャリー様のお側にずっと居続けることは、キャリー様にも王族の務めがあり、モアの公にされている立場からして難しい」


 アンドレアス様は優しい眼差しを私に向ける。ここが夜会会場でなければ頭も撫でられただろう。

 そのように考えられるほどには、彼らから温もりをもらった。


 私は目と耳を働かせる。少しの情報も逃さず得る。そのために私はここにいる。


「見ろよ。カスぺの前バルツァー公爵家当主のアンドレアス様だ。前騎士団長でもあったか? 老体を働かせるほど、人材がいないんだな」

「その隣にいる子どもはなんだ。場違いじゃないか」

「子守りまでさせられているのか?」

「確かあの子ども、キャリー第二王女の側に控えていたな」

「側近か。ならあの年は納得だが、この場にまで連れてくるか?」

「寂しくて連れてきたのかもよ。キャリー第二王女も子どもだしな。お友達が必要な時期だ」

「いや、だが男だぞ」

「なんだよ。愛人っていいたいのか? あの年で愛人ってのは……」

「あのカスペだぞ。こんな世界会議まで開くことになった原因の、自国の英雄を引き渡さずに小国で面倒を見続けるって言い張ったんだ。常識なんて持っていないだろう」

「はっ。そうだな」

「まあカスぺも必死なんだろうな。英雄さえいなければ、今度こそヨサンダスに抵抗らしいこともできずに攻められて終わるだろう」

「どんなに糾弾されても引き渡さなかったからな」

「自国では監禁もしてないんだろう? 結果が目に見えているな」

「閉じ込めておけば死に戻りせず、楽なものだがな」


 私とアンドレアス様の組み合わせに油断している方々をちらりと見て、アンドレアス様に問いかける。


「あそこにいる方々はどの所属なのでしょうか」

「ヤルカの者だな。ヨサンダスと交易をしており、カスぺとの関係はよくない」

「そうなのですね」


 ヤルカがカスぺをどう思っているのかはよく分かった。そして、このような場で言いたい放題なことから、人材がよくないことも。


 私の立場に関しては噂をそのまま鵜呑みしているようですね。


 私は一応女であるが、子ども時代の特有な中性的な見目な上、短い髪も手伝って私の情報を集める務めを誤魔化してくれている。


「何か言っていたか」

「はい。記憶してるので、後ほど報告します」


 ただ軒並みな記憶力だったらキャリー様の役に立てていなかった。

 一度見聞きしたことを忘れることなく覚えることができる。生まれ持っていた私の唯一無二の能力だった。

 親には気味悪がられていたが、キャリー様が能力を見出してくれた。役に立てるというのは初めてで、ぬくもりをくれる恩返しもできて嬉しい気持ちがある。


 私はその能力の関係からもらっている腕時計を見る。腕時計というものは高価なもので、貴族の間でも誰でも持っているものではないらしい。壊さないように繊細に扱って見てみると、決めていた時刻が来ていた。


「時間ですね」

「ではキャリー様のところに行くとしよう」


 時戻りの原因のハヴェル様がいるカスぺなので、夜会では人が殺到することが予想していた。それを一手に引き受けているのがカスぺの代表としてきているキャリー様だった。

 ただ同じ子どもである私と比べて圧倒的に有能なキャリー様であっても、人をさばききるのは無理だろうということで、早めの時間で引き上げることを決めていた。夜会に子どもがいつまでも居続けるのは、という言い訳はできた。


 各国が参加している夜会なので会場は広いが、キャリー様の居場所は把握しており、また人が集まっているため分かりやすい。

 移動していると、アンドレアス様が咳をする。続けて咳をしたので、心配で見上げる。


「飲み物を持ってきます」

「いや、大丈夫だ」

「……最近、咳をされていますよね」

「風邪をひいているようでな。この年だからな、長引いていても仕方あるまい」


 アンドレアス様は自身を気にすることなく、歩み続ける。私は夜会中、アンドレアス様から離れないよう言われているので、ただ共に歩くしかなかった。


 キャリー様はちょうど話をしていた。貴族だらけの夜会の中でも目立つ気品がある青年が相手で、他の者は会話に立ち入ることができていない。


「ノーウスの第三王子セシリオ様だな」


 ノーウスの名は記憶している。世界会議を行うにあたって、開催国として選ばれた国だ。つまり、今いる国がノーウスである。


 親交があって損はない国だ。話が終わるのを待っていると、キャリー様とセシリオ様を表情なくじっと見つめる男性が目についた。


 目に何かをかけているのは眼鏡というものだろうか、夜会の社交の場には混ざろうとしない雰囲気を中年だった。


「アンドレアス様、あのお方はどなたでしょうか?」

「どこだ?」

「ええと、眼鏡? をしている男性です」

「ああ、分かった。あのお方は有名でな、ラインマー様だ。魔法の最先端であるトゥーアで、一番の実力を持っている魔法使いだ。……変わり者、というのでも有名だが」


 アンドレアス様も私が気になった理由を見て感じたらしい。考え込んでいる。

 その間にキャリー様とセシリオ様の話が終わり、ラインマー様はそれを機に二人から背を向けてどこかに歩いていってしまった。


 その後、キャリー様と合流して割り振られている部屋に行き、一晩と一日を過ごして帰国することになる。キャリー様はその一日の内に複数の国の代表と対談しており、慌ただしく休むことはなかった。


「お疲れさまでした、モア」

「私なんか、キャリー様に比べたら微々たるものです」


 帰りの馬車ではキャリー様から、ご褒美にと甘い飴をもらう。私だけではなんなので、キャリー様にも飴を強引ながらも勧めると一緒に舐めることになった。

 表情が少しだけ柔らかくなっていて、気が休めているといいなと思った。


「帰ったら忙しくなりますね」


 窓の外を眺めるキャリー様は気を抜いてくれているからか、寂し気な表情があった。

 キャリー様のお立場を考えると下手な慰めもできず、ただ私は言い張る。


「私、頑張ります。キャリー様の、皆のお力になれるように」

「なら、私もモアに負けずに頑張らないといけないですね」


 寂し気な表情を覆い隠してしまって、ふんわりと笑いかけるキャリー様を見ていると、なおさら役に立とうという気持ちが湧いて出てくる。


 自国に帰ると直ぐに時戻りが起こる。


 牢の中に戻り不安でいっぱいになるが、ぬくもりを覚えている。

 信じた通りに救出されて、私は前回の時戻りでつけた分の体力を戻しつつ、情報を紙にまとめていく。繰り返しの中では普通の人間は忘れてしまうから、これも大事な私の役に立てることだった。

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