4.ハヴェルの人となり
まだ暗いうちに屋敷に到着する。門番がいて押し問答をすることになった。
「この先に通すことはできない」
「私の素性から断るより、ハヴェルを守ることを優先すべきだろう。敵は直ぐに仕掛けてくる。駆けつけたものから守りを固めるべきだ」
「っそれでも、通すことはできない。守りは王家の騎士が来るまで、我々が行う!」
「一人でも人数は多い方がいいだろう。それともなんだ、騎士がいないと不安か? 自前の兵では私を抑えられないと?」
「侮辱するな! 現状、不安要素は取り除くべきだ。お前は王家の騎士が来てから入れる」
内心苛つくが、私が暗殺者で何度もハヴェルを殺した以上、当然の対応と言える。押し切って屋敷内に入っても面倒事を起こした者、と信用が更に落ちるだけなので引くしかない。
仕方なく屋敷外で不審な者がいないか見回り、門番に不審な目で見られていると、別の兵がやってきた。
「執事のオーレインがお入りください、とのことです。ご案内します」
門番に睨みつけられつつ、屋敷内に入る。話が分かる相手もいるものだ。
「ハヴェル様のため、来ていただきありがとうございます。今回のようなことが次もあれば、私の名をお使いください」
「助かる」
オーレインは私のようなもの相手でも礼をつくした。変な奴だ。
オーレインの次はハヴェルの元に案内される。どのような部屋かは分かっていた。寝室に今回からは侵入の形でなく、招かれて正々堂々と入る。
「ハヴェル様、こちらの方が護衛として駆けつけてくださいました」
ハヴェルは寝巻き姿で、椅子に座っていた。
目と目が合う。そこからハヴェルは私の全身を見た。
「ロマだ」
「……ハヴェル・レイセタークだ」
勿論知っている。
「護衛する」
「なぜだ」
「お前を守らないといけないから」
「……」
「……そう第二王女と約束した」
母の病を治療してくれるから。
「そのような縁があるのか」
「ああ」
「……」
「死に戻りが起きている状況だからな」
なんだこのやりにくさは。
執事のオーレインを見遣る。首を軽く振られた。諦めろということか?
私もそうお喋りなたちではないが、ハヴェルはそれ以上だ。
目で説明が足りないと訴えてくる。声にだせ。
「私がお前を五度暗殺してみせた能力を買われた」
「暗殺者なのか?」
「今の立場でもそう言っていいのならそうだ」
「裏社会の人間だったのか?」
「そうだ」
「そうか。…………死に戻りは本当のことなのだな」
ハヴェルはすくりと立ち上がる。何をするのかと思えば「着替える」という。
私はそうなのかと思って、壁の端による。
「着替える」
ハヴェルが再度言う。
よく分からず、オーレインを見る。ハヴェルもオーレインを見る。
「着替えるため、ロマ様には席を外してほしいそうです」
「私は気にしない。護衛のため、いてもいいが?」
「女性の方なので……直ぐに終わりますので、少々お待ちいただいてもよろしいですか?」
寝室から追い出された。本当に少々の時間で再度入っていいと言われる。
無事にハヴェルはいた。
不機嫌そうな雰囲気が少し醸し出ている。
「見られたくないのか? 恥じらいか?」
「恥じらいはロマが持った方がいい」
ふいっと顔をそらしてオーレインに指示を出し始める。屋敷の守りを固めるらしい。
これからは着替えを見ない方がよさそうだ。五度殺されたことにはなんとも思っていなさそうなのに、変なところで気にする。
……私は男の肌を見ても、欲情しないからな。別に見たい訳ではない。
気を取り直して、ハヴェルには前回の死に戻りで得た情報を渡す。
長髪のメイドの女のことだ。オーレインに確認すると、長髪のメイドを全員呼んできてくれる。
「全員違う」
叩き起こされたメイドは眠そうに帰っていく。女はレイセターク家に雇われてはおらず、メイドに扮して侵入していたことが分かった。
オーレインは私から女の特徴をより聞き出し、似顔絵を描いてみせる。とても似ている。兵に見せて警戒をすることになった。人手が増えれば捜索にも役に立つだろう。
私の次に屋敷に到着したのはハヴェルの親友のノルベルト、第二王女と騎士は夜が明けてからだった。
「遅くなりました。王城に集合してからきたのですが、次からは先鋒を送った方がよさそうですね」
「ご足労いただき感謝します」
第二王女はハヴェルからの挨拶はそこそこに、オーレインから情報をもらう。その後、逆に情報をもらうのだが、その前に。
「母の治療の手筈は済んでいるか?」
「もちろんです。時戻りが起きたら、まず治療するように命じています」
「そうか」
内心ほっとする。忘れてられていないか心配だった。
ハヴェルが問う。
「母の治療とは?」
「……約束の内容だ」
これ以上話すことはない。なんでも説明すると思っていたら大間違いだ。私にも話したくないことはある。
死に戻りの度にこのように説明しなければならないのか。必要なことだとはいえ面倒くさい。オーレインに話を託したい。
とある騎士が情報を語り始める。
「私どもは王城で情報をまとめています。ハヴェル様の護衛、逃げ遅れている使用人の避難誘導、犯人の捜索と分かれて行動していました。ですが、どれも犯人らしき人物は見つかっていませんでした。ハヴェル様についていた騎士は護衛をしつつも、逃げ遅れた使用人の救助を行いもしていました。その際一時目を離したときにはハヴェル様の姿はなくなっており捜索、三階の廊下にて死体を発見して時戻りとなりました」
「死体は見つかっていたのか。同じ三階には私もいて、あの女と交戦していた」
私はハヴェルが通った道とは違う道で、三階についたのだろう。殺害現場とは離れていたようだ。
騎士とは別にノルベルトが犯人捜索をしていたというが、特に得られた情報はなしと簡潔に話した。
「相手は魔法を使うといえど一人だ。前回の失態を取り戻すぞ!」
騎士は既に分担は決まっているようで、特に具体的な指示もなく動き始めた。
私は今回どう動くかと考える。
門番の対応からして、他の兵士や使用人も同じような態度だろう。オーレインに女のそっくりな似顔絵を描いてもらったので、わざわざ女の捜索に混ざる必要性は低い。
私はハヴェルの護衛をすることにした。犯人は捕まらなければ、ハヴェルの元まで来るだろう。そうなったときのために待ち構えておく。
「一緒だなー。なんか話でもする?」
ノルベルトもいるが、気にせず黙っておく。
「お前は俺とだ」
「ええー?」
ハヴェルがノルベルトを連れて行ったので、うるさくなくなった。
暫く待機する。
ハヴェルはノルベルトから詳細を聞いている。他にいる騎士は真面目に静かに護衛をしていた。
そうして朝食が部屋にいる人数運ばれてきた。もう寝室からは部屋は移している。護衛をしつつ交代で食べていった。
その男を見つけたのはノルベルトだった。気分転換にか、窓から外を眺めたときだった。
「ん? なんか荷物もって出てく人いるけど」
ハヴェルが声に惹かれてみてみると「料理人として雇っているものだな」と呟く。
「なぜ出て行っている?」
「さあ、俺に聞かれても……」
丁度食事の片づけをしているメイドがいるので聞くと、言い淀む。
「噂で聞いていることですが……」
「それでもいい」
「自主退職です。…………その、死に戻りの原因がハヴェル様にあると言って、世に話を広めたことで、ハヴェル様のお立場を悪くしたと他の使用人から非難されまして」
「今の職場に居づらくなったってこと? それか自主退職しろって促されたのかな?」
「そこまでは私は分かりません」
ハヴェルは迷いなく言い切る。
「話がしたい。引き戻してきてくれないか」
「分かりました」
メイドは食事の片付けもあるので、別の使用人に頼む。
直ぐに件の男は重そうな荷物を持ったままやってきた。
「急な退職となってしまい、申し訳ございません」
「なぜ辞める」
「ハヴェル様の名誉を傷つけてしまったからです」
「死に戻りのことか。事実だろう」
「ですが、私が言うことがなければ、その事実は直ぐに広まることはなかったはずです」
頭を深く下げるこの男は覇気がなく、今すぐにでも消えてしまいそうだった。
ハヴェルはじっとその様を見ながら言う。
「名前は何という」
「ティモです」
「ティモ。辞めるな。行く当ても決まっていないのだろう。俺は気にしていない。根も葉もないことを言われるなら、言わせないようにする」
「……こんな俺を、許してくれるんですか? 世間がハヴェル様のことを悪く言うかもしれないのですよ。既に一部ではそのようなことを言っている者もいます」
確かに時戻りのせいで不都合を被っている者は、ハヴェルのせいだと悪く言うだろう。
ティモはぐっと唇を嚙みしめて、堪えている。
「許すも何も、咎めることではない」
ティモは滂沱の涙を流し始める。「ありがとうございます、仕事はここで続けさせてください」となんとか言っている。
「こういう奴なんだよなあ」
ノエルベルトが呆れたように、だが顔に笑みを浮かべていた。
ティモは自主退職させてもいい。ハヴェルのような貴族の立場が、手を煩わせる必要はない。
だが、ハヴェルはティモを拾い上げた。
ハヴェルの人となりが見えた、そんな出来事だった。