使用人ティモ
レイセターク家は英雄ハヴェルが国王から褒美で賜った男爵家である。小国カスぺが大国ヨサンダスに攻め込まれているところ、ハヴェルが数々の戦場で勝利を導いた。指揮を執ったわけではない。そのときのハヴェルはただの平民で、個人の武で大国からの侵略を防いだ。
そんな活躍著しいのが新興のレイセターク家だ。
使用人は当然新しいメンバーの集まりだが、国王からの信頼が厚いハヴェルの元には熟練の使用人が遣わされている。
そんな熟練の統率を元に、俺は今日も働いている。
俺はしがない料理人だ。だが、作ったものを国を守った英雄様に食べてもらえる。なんて最高なことだろう。
気分は高々に、料理を進めていく。調理場には男手だけでなく、食材の下処理をする女性もいて花がある。だが、話に花を咲かせるような場ではなかった。
「はいっできた! 次はなにすりゃいいの!?」
「この皮をむいてくれ!」
「よしっ。終わったら、料理以外の準備に行くからね! 食卓の準備もしないとまずいんだよー」
いつも通りの毎日なら落ち着いて余裕がある。この家にはハヴェル様しか住まわれていないのだから、妻も子どももいない現状、他家と比べると労力は少ない。
ただ客が来るとなれば別だ。もてなしがいる。しかも来客はこのカスぺ国の第二王女キャリー様である。粗相は許されない。
国を救った英雄の立場なのだから、王女様がわざわざレイセターク家に出向いてもおかしくない。しかも王女様とハヴェルが婚姻を結ぶという噂がある。
「時が巻き戻っていることもあるし」
英雄なので頼られることだろう。流石我らが主人、と鼻高い。
突如として世界の時が巻き戻ることが起きた。それも一回だけではない。既に四回も起こっている。
時戻りはある起点の日まで戻る。今日から数えると二日前だ。
俺のように大多数の者にとっては特に問題なかった。
時が巻き戻らなくても、繰り返しの日々だ。
だが、そうでない者もいるだろうなあ、とニキビが永遠に治らないっと同僚が騒いでいるのを思い出した。
「ティモ! ぼーっとするな! 手ぇ動かせ!」
「っはい!」
慌てて煮込んでいたのを、おたまでかき混ぜる。
らしくないな、と笑われるも、その通りなので何も言い返せなかった。
*
王女様が来客して対応中の裏、俺たち使用人はなぜか最低限の人数を残して一箇所に集められた。
「なんで集められてんだ?」
「さあ……」
近くにいた者に聞くが、俺と同じ戸惑いを持つ者ばかりだ。王女様が同じ屋敷内にいるにも関わらず、ざわめきが大きくなったところで「お静かに」と手を打ち鳴らしながら執事が登場する。
老熟な執事であるが、ほぼ俺と勤めている時間は変わらない。現状ハヴェル様に妻がいないことで、使用人を取りまとめている。
「今回はカスペ国の第二王女様がいる中での召集ですが、第二王女様たっての要望のためです。このレイセターク家内で、何か異変を感じたことがある者は速やかに偽りなく名乗り上げてください」
静かだったのが、一気にざわめきを取り戻す。
なぜそのようなことを王女様が、何のために。異変なんてそんなことあったか。時戻りがまさに異変であるが、レイセターク家のみのことでない。まさかレイセターク家に時戻りの原因があるのか。
戸惑いと共に推測も大きくなっていく。時戻りの原因の話を聞いて、ハッとなった。そのぐらい重要なことなのかもしれない、この召集は。
「異変といえば、あるにはあったけど……」
「えっ」
その声を聞いて、俺含めて一斉にそのメイドを見る。執事もその視線の動きから見て、「なんでしょうか」と言った。
「もしかしたら見間違いかもしれません」
居心地悪そうに肩を縮めながらメイドは言う。さっぱりとした性格故に、それでもはきはきとよく聞こえた。
「それでも構いません」
「では、夜……四回目のとき戻りのことです。その一日目の深夜、私は屋敷内を見回っていたのですが、ハヴェル様の部屋の方からゴトリと音がしたのです。私は廊下を歩いていたのですが、怪訝に思っていると窓から物影らしきものが出ていって……。驚いて、直ぐにはハヴェル様に伺いはできませんでした。そして、伺ったときには……」
「時が巻き戻っていた、と」
「そうです。何も確認できないまま、私は自室で朝を迎えました」
時戻りはとても集中して意識しないと、意識できないまま早朝の大体の者が寝ている時間まで巻き戻る。時戻りは元の時間にいた場所にまで全てのもの――人間や食べたものなど元通りに戻るのである。
「このことは他言無用です。以上、元の仕事に戻ってください」
このメイド以外には異変を知らせることはなかった。
嫌な予感がする。この話を聞いた後、俺だけでなく使用人が感じたことだと思った。
*
その日は快晴だった。
俺は休みで、いい天気なこともあって町を練り歩く。
たった一人、気まぐれに店を冷やかしていた。
そんなときにレイセターク家の家紋が描かれた馬車を見つけた。
事件は直ぐに起こった。
俺がいる道とは反対側で、フードを被った性別不明が魔法だろう、人の頭よりも多きな炎を起こしレイセターク家の馬車に投げつけた。
「は?」
理解がおいつかなかった。馬車が一気に燃え上がるのを見続ける。俺まで肌がじりじりと暑苦しいくらいだった。
「おい兄ちゃんまで燃えるぞ!」
「でも……でも、あの馬車、俺が勤めている家のもので」
「レイセターク家か!? 俺だってみりゃ分かる! そのぐらい有名だ、英雄様は! その馬車が燃えてんな!」
「おかしいだろ、あの馬車に乗れるのはただお一人だけだ。ハヴェル様だけだろ? 馬車内に人影を見ているんだ」
そんな馬車が呆気なく燃え続けている。中から誰かが出てきた様子はない。俺は一切目を離していないのに。
ハヴェル様がまだ中に、という御者の声がする。やはりまだ脱出できていない。
炎がごうっと更に燃え上がる。誰かの甲高い悲鳴が上がる。
はあはあはあ。俺自身の荒い息がうるさい。
「こんなの、おかしい。ハヴェル様がこんな風に死ぬはずがない。ああ、そうだ。きっと時が巻き戻る。死ぬから時戻りが起こる」
突拍子のない、関連性などない話だった。
ハヴェル様が死ぬなんて考えたくなかった。だって、時戻りは四回起きているが、四回とも一日で時は巻き戻った。今の時間軸ではその日から何日が経った。もう、時戻りは起きない可能性がある。
だから願った。願いが声となった。声は俺の腕を強引に引っ張って、俺を火事から救おうとするおじさんが聞いて広まっていた。
俺が考えた、時戻りはハヴェル様の死が原因ということは正解だった。
時戻りは死に戻りと呼ばれるようになる。英雄の死が原因と世界各地に広まるのは、時間の問題だった。